第194話 バグバットの提案3

「ぐーぐー」


 ダラけにダラけきっているフォルトは、部屋でゆっくりと寝ていた。重い腰はまったく上がらないので、自堕落生活を満喫中であった。


「ちゅ」

「んがっ。ぐーぐー」

「フォルト様、起きてください」

「も、う……。五分だ、け……」

「それは、私のセリフです」

「んんっ! ソフィアのために起きるかあ」

「はい!」


 ここは、ソフィアの部屋である。あるものを待っているので、彼女の部屋で過ごしていた。ついでに、そのまま寝たというわけだ。

 フォルトは目を開けて、ソフィアの乱れたビキニビスチェを見る。会心の傑作だったので、よい目の保養になった。


「あまり、ジロジロと見ないでください」

「そうは言ってもなあ。目のやり場に……」

「やり場に困る服をプレゼントしたのは、フォルト様ですが?」

「ははっ。その通りだ」

「もう!」


 ソフィアは、プクッと頬を膨らませている。二人で居る時は、甘えん坊さんだ。また温もりがほしいのか、そのまま抱きついてきた。


「よしよし。ところで、ソフィア」

「なんでしょうか?」

「ソネンさんとフィオレさんなんだが」

「両親が、どうかしましたか?」

「子供が産まれるんだよな。いつごろだ?」

「三カ月後と聞いていますよ」

「なら、ソフィアを送らないとな」

「え?」

「出産には、立ち合いたいだろ?」

「え、ええ。なるべくなら……」

「空から行けば、すぐだしな。行く時は言ってくれ」

「ありがとうございます。ちゅ」

「でへ」


 フォルトの時間感覚は狂っている。生活習慣が乱れまくっているせいだ。そのため、三カ月後と聞いても忘れてしまう。そこで、予定の日が近くなったら、教えてもらう事にする。普段から、しっかりしている彼女なら安心だ。


(出産かあ。俺は姉しか居なかったから、よく分からないな。でも、ソフィアの家族は仲がいい。時折、里帰りもさせないとな)


「グリムの爺さんの方は、問題はないの?」

「やはり、出国した事で責められたそうです」

「それは、悪い事をしたなあ」

「ですが、デルヴィ侯爵が間に入っているようです」

「え?」

「国境を管理しているのが、デルヴィ侯爵ですからね」

「なるほど。責めれば、自分も言われると?」

「そうですね。それに、定期連絡はしていますし」

「ははっ。ありがとう」

「どういたしまして。ちゅ」


 異世界人は国を出られない。国法であるが、フォルトの場合は特殊すぎる。エインリッヒも苦悩してるだろうが、それについては気にしていない。

 しかし、グリムには世話になりっぱなしだ。面倒事も持ってきていたが、穏便に好き勝手やれているのは、彼のおかげであった。


「グリムの爺さんにも、借りを返さないとな」

「ふふ。そういうところは好きですよ。ちゅ」

「でへ。でも、俺にやれる事って……。ほとんどないよな」

「そうですか? フォルト様は、聡明そうめいな方だと思っていますが」

「ないない。四十年以上生きたから、多少はモノを知ってるくらいさ」

「異世界の知識が豊富だと思いますよ」

かたよってるけどな」


 生きていれば情報は入ってくるので、それなりの蓄積はある。だからといって、それが有益かは分からない。むしろ、なんの価値もないと思っている。

 フォルトの知識など、他人の知識を集めただけに過ぎない。それに、引き籠りでも楽しめる事しか、掘り下げていない。


「俺よりは、シュンやノックスの方が有益さ」

「私は、フォルト様の方がと」

「嬉しい事を」

「なにかあれば、御爺様から言ってくると思います」

「グリムの爺さんは、遠慮がないしな」

「ふふ。そうですね」

「それより、そろそろ来るか?」

「そうですね。昼過ぎには来られると」

「なら、テラスで待つとするか」

「嫌。後、五分だけ」

「そうでした」


 その後、三十分の延長を経てから、二人でテラスへ向かう。そんなに長くかからないので、飯は後だ。


「フォルトぉ。昼食は遅らせるわねえ」

「うん。オヤツと、あれを出して」

「はいはい。すぐに持ってくるわあ」


 テラスに居たルリシオンに、オヤツの準備をしてもらう。ついでに、ドワーフの集落で手に入れたワインも出すように言う。


「さてと……」

「来たようです」


 ソフィアとともにテラスで待っていると、空に人影が見えてきた。フォルトは、その人物を出迎えるために、立ち上がるのだった。



◇◇◇◇◇



「来てもらって悪いね」


 空から飛んできた者は、アルバハードの領主であるバグバットだ。ソフィアに頼んで、ハーモニーバードを飛ばしてもらった。会いに行くと言っていたが、腰が重かったのだ。結局、来てもらう事になった。なんとも傲慢ごうまんである。


「吾輩は大丈夫である。して、何用であるか?」

「限界突破の件でね」


 シェラに堕落の種を食べさせると、限界突破がやれなくなる事。その都度、人間の司祭を拉致ると、神々が怒りそうな事などを話した。


「ふむ。難しい案件であるな」

「やっぱり?」

「堕落の種を食べた瞬間に、信仰系魔法は使えなくなるのである」

「ほほう」

「人間の方も、まずいのであるな」

「神々の怒りを買うと?」

「買わないまでも、フォルト殿が面倒な事になるのである」

「え?」

「神殿勢力へ神託が降り、フォルト殿を討伐対象にするのである」

「うぇ。そっち系かあ」


 神々の敵と言われる悪魔などは、その神託によって、討伐指定をされる事もある。邪悪な魔法使いなども同じだ。程度によるだろうが、あまり悪さをすれば、対象にされてしまう。

 聖戦などを発動されれば、厄介この上ない。神殿勢力が力を持っている国は、全力で討伐に来るだろう。人間の個人と敵対するのはいいが、人類と敵対するのは御免なのだ。


「これだから宗教は……」

「フォルト様、気を落とさないでください」

「平気だよ。後、知ってるか分からないけど」

「なんであるかな?」

「エルフの宗教って……」

「自然神であるな。それは、天界の神々とは別の神である」

「ほう。どういう定義なの?」

「物質界の神と言えば、分かるであるか?」

「イメージができた。分かり易くて助かるな」


 この物質界にも、神が居るらしい。フォルトのゲーム脳ならば、その定義を理解する事は可能だ。ゲームにもあったし、小説や漫画などでもあった。日本では空想や創作物の類だが、この世界では本当の事だ。


(世界の神から他の神を倒してくれなんて話は、山ほどあったな。そんなイメージだろう。どこに居るのかは知らないし、見えるのかも分からんけどな)


「エルフの司祭なら可能?」

「大丈夫であるな。エルフと交流があるのであるか?」

「面識があるってところかな」

「ブロキュスの迷宮の討伐隊であるな?」

「よく分かるね」

「どこを間引きするかの情報ぐらいなら、簡単に手に入るのである」

「なるほどね」

「して、〈剣聖〉が居たと思われるのであるが?」

「居るよ。会う?」

「………………」

「どうかした?」


 バグバットが黙り込んでしまった。表情は分からないが、呆れていそうだ。そんな顔なら、よく身内が見せてくれる。


「それは、困ったのであるな」

「困った?」

「あまり名声の高い者を手に入れると、各国が黙っていないのである」

「や、やっぱり? 誰かにも言われたな」

「わ・た・し・で・す!」

「そ、そうだったな! ソフィアだったな!」


 ソフィアがプクッと頬を膨らませている。その頬を指で触りたいが、バグバットが居るのでやめておいた。彼は紳士すぎるので、こっちが遠慮してしまう。


「でも、手遅れだな。すでに手の内だ」

「で、あるか」

「バグバットでも、困るのか?」

「吾輩は困らないのである。困るのは、フォルト殿の方である」

「あ、はは……。それより、ワインをどうぞ」

「ありがたいのであるな」


 責められているわけではないが、改めて言われると、乾いた笑いが出てしまう。バグバットの好きな酒で、ごまかすのが一番だ。


美味びみであるな。フォルト殿は、飲まれないのであるか?」

「いや、飲むよ。ソフィア」

「はい。フォルト様」


(飲むなら美人のお酌に限る! 酔えないのが難点だが、ワインはうまい。毒耐性を切るのは夜だな。ほろ酔いでやるのも、好きだぞ)


「顔が赤いようであるな」

「んんっ! じゃあ、エルフの司祭でも頼るかあ」

「そう言えば、手紙が届いていたであるな」

「おっ! まさか、セレスか?」

「クローディア殿であるな。お渡しするのである」


 バグバットから手紙を受け取ったフォルトは、封を開けて手紙を読む。その書かれている内容は、フォルトを喜ばせるものだった。


「里に来ていいってさ」

「ほう。人間を入れるとは、珍しいのであるな」

「やっぱり、排他的なんだ?」

「そうであるな。同じフェリアスの者でも、許可がないと駄目である」

「じゃあ、魔族でも駄目なんだ」

「で、あるな」

「まあ、許可が出たなら行くとするか」

「フォルト殿」

「何?」


 バグバットはワイングラスをテーブルへ置き、フォルトの顔を見据える。そして、ニヤリと口角をあげた。


「エルフの里へ行かれるなら、女王の件を、お任せしたいのである」

「女王?」

「内容は伝えられないのであるが、頼られたら、受けてほしいのである」

「ふーん。それって、バグバットのためになるの?」

「そうであるな。吾輩は中立であるゆえ、何もしてやれないのであるが……」

「なら、借りを返せるか」

「それで、帳消しにするのである」

「分かった。クローディアに聞けばいいか?」

「で、あるな。吾輩の名前は、出さないでもらいたいのである」

「ふーん。訳アリか」

「フォルト殿のせいである」

「え?」


 自分のせいと言われて、フォルトはキョトンとしてしまった。何の事かサッパリ分からない。


「クローディア殿から、大量の手紙が送られてくるのである」

「ほう。取引関係の書類か何かか? 領主だと大変だなあ」

「恋文である」

「え?」

「吾輩が、クローディア殿を好いているらしいのである」

「へ、へえ。そうなんだ」

「吾輩が、恋愛の相談をしたらしいのである」

「そ、そんな事はないよな。吸血鬼だもんな! あははははっ」

「犯人は、分かっているのである」

「フォルト様……」


 ソフィアが、ジトッとした目で見てくる。心当たりが大ありだ。嘘も方便作戦の、ツケが回ってきたようだ。


「えっと……。バグバットも、まんざらではないんじゃ?」

「困ったものであるな」

「吸血鬼とエルフなら、いいカップルだよ!」

「吾輩には、色欲しきよくがないのである」

「気持ちのいい罪なのに」

「………………」

「フォルト様。謝った方が……」

「ご、ごめんなさい」

「仕方がないのである。そういう関係も、変化の楽しみにするのである」


 どうやら許してくれるらしい。またもや、バグバットに借りを作ったようなものだ。返す前に借りるという悪循環である。


「そ、それも……。また、今度な」

「で、あるか」


 とても気まずいが、フォルトはバグバットのグラスへワインを注ぐ。それを黙って見ている彼は、口元に笑みを浮かべていた。

 とにもかくにも、エルフの里へ行ける事になったのだ。自然神の司祭に力を借りられれば、シェラに堕落の種を食べさせられる。そんな事を考えながら、バグバットの接待をするのであった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、

本当にありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る