第192話 バグバットの提案1
今日は健康診断の日だ。女医さんの格好をしているシェラに、やってもらっている。いつかのデジャブになるが、実は気が向いた時にやっていた。
「どうですか?」
「異常なんて、ありませんわよ」
「えー。ここなんか、どうです?」
「そこは……。いつも異常です!」
「ですよね。じゃあ、ここは?」
「そこは……。あら?」
「どうしました?」
――――――ぐー
「おなかが減ったようですわね」
「ちぇ。そうらしいですね」
「では、健康診断は終わりですわ」
「えー」
「お・わ・り・で・す!」
「はい」
こうやって、シェラと遊ぶのが楽しい。彼女もノリノリの時があるので、出会った頃からは変わっているようだ。
「じゃあ……。はい」
「どっこいしょっと!」
シェラは両手を前に出して、フォルトにオネダリをしている。アーシャに教わった甘え方だ。すっかり自分のものにしていた。
さっそく彼女を抱き上げて、そのまま食堂へ向かう。そこでは身内が集まっていて、料理をテーブルへ運んでいるところだった。
「さあ、飯だ飯!」
「えへへ。御主人様! あーん」
「あーん」
料理を運んでいる最中のカーミラが、肉を口へ放り込んできた。その肉は、ペリュトンの足を焼いたものだ。骨付きなので、そこを持って席へ座る。
いつもの、お約束の光景だ。これを食べている間に、料理が出そろうだろう。テーブルには、それに参加できないものが居た。
(ソフィアは、調理場を出禁なんだな。それにティオもか……。たしかに、期待しては駄目な気がする)
「あ、あの……。魔人様?」
「ああ、シェラさんには話があるから」
「そうですか。では、隣に」
シェラは隣の席へ座った。その間にも、肉を頬張っておく。
「話とは?」
「シェラさんも、レベルをあげないと駄目かなってさ」
「レベルですか?」
「うん。マリとルリまでとは言わないけどね」
「堕落の種の事ですか?」
「察しがいいね。不老長寿でも、いずれ……。ね」
「そうですわね。ですが、私は暗黒神デュールの司祭ですので」
暗黒神デュールは暗黒神であるが、天界の神々の一柱だ。それに仕えている司祭であれば、悪魔に変わる堕落の種を食べないだろう。
「嫌なの?」
「いえ。私は魔人様のものなので、それは問題ないのですが」
「どういう事?」
「司祭を辞めると、限界突破の神託が……」
「あ、ああ!」
(そうだ、限界突破の神託か。全然、気づかなかったよ。さすがはシェラ。これも、俺を思っての事かあ。嬉しいなあ)
「んっ」
フォルトは無意識に、シェラの太腿を触る。隣に座っているので届くのだ。しかし、このままでは、シェラを悪魔にしてやれない。
「どうにか、ならないのかなあ」
「その都度、人間の司祭を
「お! カーミラ、聞いてたか」
「えへへ」
カーミラも隣の席へ座る。この席は密着型であるので、隣のシェラとは違う。フォルトとカーミラの席だけ、二人用なのだ。
「それは、止めた方がいいかと」
「なぜだ? ソフィア」
「神殿勢力を敵に回すと、国よりも面倒ですよ?」
「ふむ。なら、却下」
「さすが、御主人様! 決断が早いです!」
「面倒な事は嫌だからな。それに宗教はなあ」
あえて語る事はないだろう。狂信者の群れなど、アンデッドの群れにも等しい。聖戦と称して、人間全体が敵になる事になるだろう。それは、人間との付き合い方としては無理な相談だった。滅ぼさないと決めているのだから。
「他の方法だな」
「エルフの司祭ならどうだ?」
「ティオ、なんか知ってるのか?」
「やつらは、人間の神とは違う神を信仰してるぞ」
「ほう。でも、天界の神々では?」
「いや。たしか、違うはずだ」
「違うんだ……。詳しく!」
「知らん! 私は剣士だぞ」
「ですよねえ」
ここまで話したところで、テーブルの上には料理が満載だ。運んでいた者たちが、それぞれの席についた。
「難しい話をしてるわねえ」
「止めときなさい。貴方、寝ちゃうわよ?」
料理を運んでいる最中でも、聞き耳を立てていたようだ。マリアンデールとルリシオンが呆れた顔をしていた。フォルトの事を、よく分かっている。
「でもさ。シェラだけ悪魔になれないのはなあ」
「なんか方法はあるっしょ?」
「アーシャが言ってもなあ」
「ちょっ! たしかに、そうだけどさあ」
「冗談だ。神や居て、魔法がある世界だしな。なんかあるだろ」
「へへ。ティオさんが言ったように、エルフからあたってみれば?」
「そうだな。エルフの里にも行く予定だし」
ブロキュスの迷宮では、セレスと約束をした。そろそろ回答もくるだろう。許可さえおりれば、エルフの里へ向かえる。
「マスター。バグバット様に聞くといいかもっす!」
「リリエラ、珍しいな」
「意見は多い方がいいっすよ?」
「たしかにな。バグバットかあ」
「そうっす。何百年も生きてるっす」
「死んでるけどな」
「ツッコまないでほしいっす!」
いつものリリエラは、身内と距離をとっている。テーブルも一番端っこだ。あまり話す事もない。しかし、今回は声をあげてきた。
(なんか、心境の変化でもあったか? レイナスたちに、かわいがられているようだしな。思わぬ方向へ成長してる感じがする。これは面白い)
フォルトから見れば、リリエラは玩具だ。身内を見る目では見ていない。それでも、ロストはしたくない玩具である。せっかく、ここまで遊べているのだ。飽きるまで遊ぶつもりだった。
「あなた、身の程を弁えなさあい」
「あ……。ルリ様、すみませんっす」
「冗談よお。意見は言いなさあい。フォルトのためになるのだからねえ」
「あ、ありがとうっす」
「でも、調子には乗らない事ね」
「マリ様……。はいっす」
これが
それを見ているソフィアは何も言わない。場を険悪にしないための配慮だろう。後で慰めるのかもしれない。
「さあ、飯だ飯。食事の時は楽しくな!」
別に決まり事ではないが、食事は楽しい方がいい。彼女たちも察しているので、険悪な雰囲気にはしない。それは、今までもそうだし、これからもそうだ。
(時間はたっぷりとあるさ。適当にやっても余るくらいだ。シェラの件は後回しにして、他にやる事もあるしな。でへ……)
頭の中をお花畑にしたフォルトは、ドンドンと食事を平らげていく。そして、腹がいっぱいになったところで、寝室へ戻っていくのであった。
◇◇◇◇◇
「主、連れてきたのじゃ」
あれからもダラけている。仕事もしていないので、毎日が日曜日なのだ。自堕落生活を続けており、いつもの毎日が過ぎていた。
そこへ、命令を出していたニャンシーが戻ってきた。幽鬼の森の入り口へは、大罪の悪魔であるサタンを向かわせてあった。
「ふん!」
「ご苦労だったな」
「ふん! 余には容易い事だ」
「消えるか?」
「ふん! 時間いっぱいまでは居てやろう」
「そうか。適当に過ごしててくれ」
「ふん!」
「それにしても、よく来てくれたな」
サタンを
「オメエ、引っ越したのか?」
「こんな森にねえ。物好きなやつだ」
連れてきてもらったのは、異世界人の冒険者であるシルビアとドボだ。彼女たちには、やってもらいたい事があった。
「一時的にな。また、戻るかもしれん」
「私たちを呼び出して、何をする気だい?」
「護衛だな」
「オメエの護衛か?」
「違うな。リリエラの護衛だ」
「誰だ、そりゃ?」
「後で紹介する。護衛の相場っていくら?」
「内容を聞いてからだな。ピンキリだからね」
フォルトは説明を始めた。シルビアとドボにはリリエラのクエストへ同行してもらい、ニャンシーの手を空けたいのだ。
もちろん、彼女の境遇やクエストの事は言わない。シルビアとドボも、フォルトが魔人とは知らないのだ。
「その護衛する女ってのは、弱えんだろ?」
「うん。一般人に毛が生えた程度だ」
「オメエの中での、そいつの位置付けは?」
「ロス……。んんっ! 死なせたくはないな」
「ふーん。死んでも守れって事か?」
「なるべくな」
「濁すねえ。なら、要人警護でどうだい?」
「それは?」
「VIP待遇のやつを守る事だね」
「んじゃ、それで」
「高いよ?」
「いいよ。金は用意しとく」
シルビアとドボには、一度釘を刺している。今回の値段は相場だろう。彼らの仕事に対するプライドは知っている。それについては、信用してもいい。
(ニャンシーよりは弱いが、冒険者なら護衛の仕事もあるだろう。レベル以上の働きはしてくれるはずだ。これで死んだら、それまでって事で!)
こんな考えをしているが、今までは過保護だったのだ。出番はなかったが、ニャンシーはレベル三十である。レイナスやシュンなどと同じ強さだ。
このレベル帯の護衛なら、人間の領域で雇うのは難しい。シルビアとドボのような冒険者か傭兵を、雇うのが普通なのだった。
「この幽鬼の森が、拠点になるからな」
「んじゃ、アルバハードに宿を取っとけばいいかい?」
「いや、小屋を用意してある。そこに泊まってくれ」
「いいのかい?」
「条件があるがな。屋敷には近づくな」
「はいよ。引き籠りだったね」
「そう言う事だ。その代わり、食事は用意するよ」
「いいねえ。でも、居る間は日割計算でいいかい?」
「面倒だ。多めに渡すから、それでいいか?」
「いいよ。オメエは金払いがいい。信用するよ」
ドワーフの集落へ行く時に、金を用意してあった。小銭は使ったが、価値の高い貨幣は使っていない。よって、それを報酬にあてる。
「前金で、大金貨一枚だよ」
「ほう」
「経費込みな。後は、警護が終わってから請求する」
「日数が分からないしな」
「そういうこった。足が出るかもしれねえから、多めに用意しとけ」
「はいはい」
本来なら、先に日数を決める。しかし、リリエラのクエストは日程が読めない。最大で一カ月だが、クエストを連続で出すかもしれなかった。
「んじゃ、リリエラを紹介する」
「おう、ソフィアさんにも会わせてくれよ」
「いいよ」
この後は、シルビアとドボにリリエラを紹介する。そして、ソフィアを彼らの担当にした。彼らを召喚したのはソフィアなので、知り合いだからだ。積もる話もあるだろう。
「んじゃ、リリエラ。クエスト開始だ」
「はいっす!」
シルビアとドボが来た次の日に、リリエラをクエストに出す。これがうまくいけば、ニャンシーの手が空けられる。そして、リリエラのクエスト達成を心待ちにしながら、いつもの生活に戻るのだった。
――――――――――
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