第191話 ベルナティオ日記1

 体が熱い。このまま燃えてしまいそうだ。この歳になって、男性などには興味がなかった。剣の道を極める事。それが、ベルナティオの目標だ。


「まったく……。私の人生を狂わせおって」

「ぐーぐー」


 隣で寝ている男性が居る。この者に、身も心も奪われた。しかも、無理やりである。調教と言う名の責めを受けて、全てを奪われたのだ。


「まったく……。私は初めてだったのだぞ」

「ぐーぐー」


 七歳の時に剣を取り、今の今まで負け知らず。大人を相手にしても、たたきのめしたものだ。神童と言われていたが、それに甘んじる事はなかった。

 剣の道は面白い。そう思い始めてからは、さらに上達をしていった。その上達を感じるのも面白く、他の事には目もくれなかった。


(言い寄ってくる男は居たがな。私より弱い男には興味はない。おかげで、誰にも興味はなかったがな)


「まったく……。無敗の私に土を付けおって」


 寝ている男性は、戦闘経験が少ないのか、戦い方が粗末だった。召喚した魔物は弱く、この者も隙だらけだった。事実、最後は首をねる瞬間までいった。


(まさか、魔人だったとはな。負けて当然か。全ての種族の敵対者、天災級の災害を起こす種族。私の剣は、届かずか……)


「まったく……。狸寝入りをするな!」

「ティオは無敗だぞ。そ、そこをよろしく」

「ちっ。こうか? 負けは負けだ。それ以外に、なにがある?」


 ベルナティオは、この魔人と添い寝をしていた。人間の体と何が違うかを調べていたところだ。建前だが……。


「魔人は反則というものだ。おおうっ!」

「変な声をあげるな! 魔人は反則か?」

「そりゃあな。どうせ、なまくら刀じゃ斬れないぞ。ふぅ」

「その割には、大層な魔法で避けたではないか」

「俺も必死だったんだぞ。無傷で手に入れるのだからな」

「私のどこがいいのやら。周りは若い女だらけではないか」

「俺から見れば、ティオも十分に若い。守備範囲内って事だ」

「ちっ。満足したか?」

「するわけがない。さて、続きといこう」

「待たせおって……」


 隣の男性は、魔人フォルトだ。七つの大罪を持っている魔人らしいが、今まで聞いていた魔人とは全然違う。

 もっと恐ろしいものだと思っていた。戦う以前の問題で、天災に巻き込まれないように祈ったものだ。人間を食べる魔人が居たとも聞いた。


「ぁっ!」

「壊れるなよ?」

「誰にものを言っている」

「ははっ。迷宮でも壊れなかったしな」

「ちっ。はやくしろ!」


 体に刻まれた刻印。それが反応してしまう。それは、体に刻まれた喜びの事だ。抵抗したが無駄だった。フォルトのそばでしか、生きていけなくされた。

 フィロには、彼に仕えると言った。そのつもりだったが、身内という対等な立場として迎えられた。


「御主人様、私も!」

「おまえもか!」

「御主人様は、私にメロメロなんですよお」

「その通りだ。でも、同じように愛してやるぞ」

「ふん! それでいい」


 あの時を思い出してうずいてしまう。魔族の姉妹は居ないようだが、それでも喜んでしまう。そして、それを嫌がらない自分が居た。


(こいつは約束を守っている。私の体をむさぼってくれる。他の事を考えるのは、終わってからでいいだろう)


 無我夢中であったが、長い時間の行為も終わりを迎える。それからは、フォルトの惰眠だみんが始まる。飯までは時間があるので、それまでは寝るはずであった。


「ティオちゃん、慣れた?」

「面白い魔人だ」

「えへへ。最高の御主人様だよ!」

「そうだな。最高だ」


 この悪魔も分からない。魔人のシモベと聞いたが、普段は悪魔らしい事をしていない。今に満足しているようだ。それには同意をする。ベルナティオも、悪魔らしいことはしていない。


「堕落の種で悪魔になったが、何をすればいいんだ?」

「御主人様を満足させるだけだよ」

「そんな事でいいのか?」

「それ以外に、なにかありますかあ?」

「ないな」

「ですよね! ティオちゃんは分かってるねえ」

「ちっ。落とされたのだ。仕方があるまい」

「好きなだけ御主人様に甘えて、好きなだけ剣の道に生きればいいよ」

「永遠の寿命か……」

「最高でしょ?」

「最高だ」


 ベルナティオは、ニーズヘッグ種と呼ばれる悪魔になった。竜の悪魔だそうだ。しかし、人間だった時の力まで抑えている。抑えていなかった時は、気分が高揚したものだ。人間の限界を遥かにこえていた。


「力を解放したらまずいのか?」

「えへへ。御主人様次第ですねえ」

「こいつのか?」

「御主人様の望む事をやるのが、満足させる事ですよお」

「人間の私を望んでるという事だな」

「そうでーす!」

「ならば、こいつの望みである弟子を鍛えるとしよう」

「えへへ。それでいいと思いまーす!」


 カーミラは満面の笑みで答えてくれた。調教をしていた時のような、邪悪な笑みではない。しかし、どちらの笑顔も、好きになっていたのだった。



◇◇◇◇◇



「レイナス」


 ベルナティオは日課として、レイナスと聖なる泉のほとりで座禅を組んでいる。剣技なども教え込むが、まずは集中力を鍛えるのが先であった。

 これをやらないと、上達がおぼつかないのだ。レイナスの場合は、フォルトをけなされるとキレるようだ。そんな事では、剣士として失格である。


「………………」

「それでいい」


 スキルである『一意専心いちいせんしん』。ひたすら一つの事に集中して、迷いをもたないスキルだ。これを修得すれば、今後はキレる事もないだろう。

 〈剣聖〉としてのベルナティオは、これこそが剣の道の第一歩だと思っている。人間が簡単に死ぬ世界。冷静な判断がやれなければ、死ぬだけである。


「おまえは……。ここが弱かったな」

「んあっ!」

「駄目だ駄目だ! やり直し」

「師匠、それは卑怯ひきょうですわ!」

「何をいう。『一意専心いちいせんしん』とは、ひたすらに……」

「それは聞き飽きましたわ」

「むっ。ならば、卑怯ひきょうという言葉は出ないはずだな」

「くっ! 師匠は意地悪ですわ」


 レイナスは同類だと思っている。同じ調教を受けた身だ。考え方も似ている。一緒にフォルトの相手もする。弱点などは、お見通しであった。


(人にものを教える事になるとはな。まだ、剣の道もなかばだというのに……。それで、あいつが満足をするならいいか。褒美もあるしな)


「師匠、顔が赤いですわよ?」

「分かっている! 察しろ」

「ふふ。私たちは幸せですわね」

「レイナスの言っていた、女の喜びか。悪くはないな」

「後で……」

「話をはぐらかすな! 続きをしろ」

「は、はい!」


 ベルナティオがレイナスを威圧する。さすがは〈剣聖〉だ。軽口など吹き飛んでしまう。彼女は慌てて、修行の続きを始めた。

 それからも弱い場所を責めつつ、修行に没頭する。普段は、こんな事をやらない。これも全部、フォルトのせいである。


(まったく、余計な知識を教えおって。まあ、これはこれで……。駄目というわけではないな。むしろ、効率がいいのか?)


 集中力を高める過程で、レイナスの邪魔をしている。今までは肩をたたいたり、刀を眼前へ出したりとしていた。何事にもとらわれず、集中力を高める修行なのだから。


「今日は、これまでだ」

「ありがとうございました!」


 二、三時間の修行だが、本日は終了だ。本来なら、剣術の修行へ入る前にやる準備運動のようなものだ。レイナスは独学のため、その基本がやれていない。


「では、テラスで休むとしよう」


 聖なる泉で体を清めた後は、テラスで体を休めるのだ。メリハリが重要である。座禅を終えたベルナティオとレイナスは、テラスへ向かった。


「あら、修行は終わりですか?」


 テラスには、アーシャとソフィアが居た。ニャンシーから課題を出されており、魔法の勉強をしているようだった。


「休憩だ。ところで、ソフィアと言ったな?」

「はい」

「勇者の従者をしていたそうだな」

「はい。十歳の時でしたが……」

「そうか。勇者とは、一度手合わせをしたかった」

「アルフレッドは、戦いたくはないと言っていましたよ」

「そうなのか? 嫌われたもんだな」

「ふふ。人間と戦うなら、という話ですね」

「そうだな。あの戦争では、魔族を斬らねばいけなかったしな」

「ですが、プロシネンは戦いたかったようですね」

「聞いた事があるな。勇者の仲間の戦士だったか?」

「はい。寡黙で強かったですよ」

「面白い。出会ったら、お相手を願うとしよう」


 ベルナティオの周りに強者は居なかった。しかし、噂では聞いていた。勇者アルフレッドと戦士プロシネンだ。

 そのプロシネンは、〈蒼獅子〉と呼ばれていた。聖剣を持ち、青い鎧に身を包んだ戦士である。勇者チームの一人として、その名声は高かった。


「ソフィアさんは、どっちを応援するの?」

「アーシャさん。それは、意地悪な質問ですね」

「あはっ! 冗談だよ」

「プロシネンの応援でもしてやれ。私が勝ってしまうからな」

「ティオさん、すっごい自信!」

「無敗の〈剣聖〉。それが、あいつの望む事だからな」

「フォルトさん? そんな事、言われたんだ」

「魔人は反則だそうだ」

「あたしさあ。フォルトさんが戦ったところって、見た事がないんだあ」


 フォルト自身の戦闘が少ないので、実際に戦った場面を見た事がないらしい。彼の怠惰たいだなら仕方がないだろう。ベルナティオとの戦いですら、召喚した魔物に戦わせていた。


「安心しろ。あいつに勝てるやつはいない」

「やっぱ、そうなんだ!」

「アーシャも、私と戦ってみれば分かるだろう」

「うぇ、勘弁して。あたしは、みんなの後ろで支援するの!」

「ははっ。おっさん親衛隊だったな。戦う時は、よろしく頼む」

「任せて!」


(あいつの身内か……。みんな、面白いやつらだ。それに、〈狂乱の女王〉と〈爆炎の薔薇姫〉か。もう一人も魔族。従者のような者も居る。不思議なやつだ)


 人生が変わった。人間として短い人生の中で、剣の道を極める事が目標だった。しかし、永遠の人生に変わった。それだけ長ければ、いずれ極められるだろう。そう思うと、おかしさが込み上げてくる。


「ははっ、はははっ」

「どうしたの? ティオさん」

「いや、おまえらも、早くレベルを上げないとな」

「うぇ。ま、まあ、頑張るよ!」

「ふふ。私も頑張らないと駄目ですね」

「師匠が居れば、すぐに上がりそうですわ」


 こんなマッタリな時間など、久方ぶりだ。戦いに明け暮れて、もう二十七歳だ。フォルトは、それでも愛してくれるらしい。ならば、その思いに応えるためにも、彼の理想へ近づく事を誓うのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、

本当にありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る