第190話 師弟3

「こいつは、いつまで寝てるのだ?」


 ベルナティオが寝室で肩ひじを付きながら、フォルトを見ている。ブロキュスの迷宮から帰ってから、三日も眠っていた。

 何をしても起きない。たまに目を覚ますと、左右へゴロゴロしてから、また寝てしまう。それを繰り返していたのだ。


「そろそろ~、目を覚ましそう~、ですぅ」


 ベルナティオの問いに答えるのは、枕を持った幼女だ。大罪の悪魔であるベルフェゴウルである。カーミラから禁止令が出ていたが、短時間で元の状態へ戻すのに必要だった。


「やっと起きますわね」


 そして、同じく肩ひじを付いているレイナスも居た。フォルトが寝る前に、二人へ指令を出していた。師弟になっておけと……。


「師匠、こうすると起きますわよ。ちゅ」

「むっ! そうか。ちゅ」


 レイナスとベルナティオは、フォルトの頬に口づけをする。ベルフェゴウルは、それを黙って見ていた。すると、フォルトのまぶたが開いてくるのだった。


「ふぁあ。ムニャ、ムニャ」

「フォルト様が、お目覚めになりましたわ」

「きさまというやつは……。私の相手をするのではなかったのか?」


――――――ぐー


「師匠、残念ですわ。暴食ぼうしょくの方が上のようですわよ」

「ちっ。しょうがない、ルリに伝えてこよう」

「ふふ。弟子の私が行きますわ」

「そ、そうか。では、行ってこい」

「はいっ!」


 ベルナティオはレイナスへ命令をして、フォルトに覆いかぶさる。それを羨ましそうに見たレイナスは、名残惜しそうに食堂へ向かった。

 向かうといっても、寝室の床に扉がある。そこから飛び降りるだけだ。お約束の直通の扉であった。


「んー! あれ、レイナスは?」

「食堂へ向かったぞ。ぁっ!」

「ティオも、あまり筋肉は付いてないなあ」

「起きましたね~。では~、わたしは~、寝ますぅ」

「あ、ああ。ベルフェゴウル、ありがとう」

「す~、す~」


 悪い手でベルナティオを触りながら、ベルフェゴウルが寝たのを確認した。この怠惰たいだの悪魔のおかげで、頭がスッキリとするのだった。


「よし、復活。飯は?」

「私より飯とはな。きさま……」

「食ったらな」

「ふん! 約束したぞ」

「分かった、分かった」


(そろそろ安定したかなと思ったが……。もしかして、これが素か? なんというツボを心得たやつだ。さすがは〈剣聖〉だな)


 男言葉で迫られると、とても新鮮な気分になる。身内には居ないタイプだ。マリアンデールとは、似て非なるもの。エロゲに登場する剣士のようだ。これには色欲しきよくうずくが、まずは暴食ぼうしょくを満足させる事にする。


「俺たちも食堂へ行くか」

「うむ。手をつなげ」

「はいはい」


 フォルトはベルナティオと手をつなぎ、食堂へ飛び降りた。レイナスが気を利かせて、扉は開けたままである。彼女も、できる女性の一人であった。


「ルリ、飯は?」

「食事に関しては、本当にタイミングがいいわねえ」

「まったくよ。出てる分を食べてる間に、追加で作るだけだわ」

「ルリがだろ?」

「そうよ! 料理を作ってるルリちゃんは、かわいいんだから!」

「そ、そうか。他のみんなは?」

「カーミラちゃんと、レイナスちゃんは借りてるわあ」

「調理場か」

「他のは……。来たわよ」


 マリアンデールが食堂の入り口を向くと、アーシャやソフィア、シェラとリリエラが入ってきた。

 料理の匂いが漂っているので、これもタイミングがバッチリだった。リリエラも、屋敷の中へ住まわせている。双竜山の森と違って、仮住まいで作った家がないのだ。新しく作るのは面倒である。


「フォルトさん、起きたのね」

「アーシャ、待たせて済まないな」

「それはいいんだけど、ティオさんの服よね」

「うん。デザインとか描いてた?」

「もちろんよ。後で確認をよろしくね!」

「私の服だと?」


 ベルナティオが興味を持ったようだ。そう言えば、褒美で服を作ると、軽く言っただけだ。彼女の服は、普通の道着である。まったく色欲しきよくが刺激されない。


「エロ……。カッコいい服を作ってやる」

「ほう。動きやすそうなので頼むぞ」

「動きやすいと思うよ! だって……」

「アーシャ、肉だ」

「むぐっ。もぐもぐ」


 ネタバレをされそうになったので、アーシャの口へ肉を放り込む。アバターのネタバレは厳禁だ。真っ赤になる顔が見れなくなる。

 ついでに、自分も食事を開始する。すでに暴食ぼうしょくが悲鳴をあげていたのだ。ベルフェゴウルを使って惰眠だみんをむさぼるのはいいのだが、起きた時は、無性に腹が減ってしまう。欠点と言えば欠点だ。


「もぐもぐ、その話は後でな」

「そ、そうね。ティオさんは、楽しみに待ってればいいよ」

「分かった」


 その後は、他の身内とも話しながら、ドンドンと飯を食べていく。話の内容は、フォルトの寝てる間にやっていた事などだ。幽鬼の森へ引き籠っているので、話題らしい話題は、そんなものである。


「そうだ、ティオ」

「なんだ?」

「レイナスは、どう?」

「筋はいいぞ。しかし、弟子とはな」

「どうした?」

「まだ修行中の身だ。弟子をとるなど……」


 ベルナティオにレイナスと師弟になれと言って、すぐに寝てしまった。それで、確認のために聞かれたのだ。その答えは、お決まりのパターンだった。これにはフォルトも、苦笑いを浮かべる。


「ははっ。まだ早いか?」

「うむ。だが、きさまの望む事なのだろ?」

「そうだ。レイナスも強くしないと駄目だからな」

「レイナスならばいいと思えるな。呑み込みが早い」

「魔法学園で、天才って言われていたようだしな」

「ほう。鍛え甲斐がありそうだ」

「ついでに、アーシャも」

「嫌よ!」


 冗談を言ったつもりだったが、アーシャの拒否反応がすごかった。寝てる間に、修行を見ていたのだろう。


「冗談だ、冗談。アーシャには無理だろ?」

「無理無理。あたしは「舞姫」だから、剣はレイナス先輩に任せるわ!」

「そうなると、アーシャ用の武器もほしいところだなあ」

「武器?」


 アーシャは中距離の踊り子だ。踊りながら使える武器が必要だろう。今は剣なので、近づかないと意味をなさない。

 この辺で、おっさん親衛隊の武装を整えたくなってきた。ベルナティオが入るのだ。見栄えはよくしておきたい。


「武器と言えば、ドワーフだな」

「なんだ、きさま。武器を買う金なんて持っているのか?」

「今はないな。後でカーミラに奪ってきてもらおう」

「奪うだと? きさまというやつは……」

「駄目か?」

「人間からならいいだろう」

「ティオさん!」


 ここでソフィアが声を上げる。堕落の種が芽吹いていると知っているはずだが、彼女の性格なら口を挟むだろう。


「ソフィア。ティオは悪魔だよ」

「あ……」

「堕落の種が芽吹いたからな」

「そ、そうでしたね」

「ははっ。レベルがあがれば、みんなこうなるさ」

「そ、そうですか」


 ソフィアは諦めたように、しょんぼりとしてしまった。


「ティオ、力は見せてないのか?」

「隠せと言ってただろ」

「そうだったか?」

「うむ。私を使うのだろ?」

「ああ、そうだったな。おっさん親衛隊に入れるからな」


 悪魔のベルナティオを入れると反則なのだ。それを思い出したフォルトは、頭をきながら食事の続きをする。


「フォルト様、追加ですわよ」

「お! ナイスだ、レイナス」


 追加の料理が運ばれてきたところで、全員が食卓についた。ここからは、愛すべき身内と団らんの時間だ。難しい話はなしにして、楽しい食事にするのだった。



◇◇◇◇◇



 聖なる泉の前で、ベルナティオとレイナスが座っている。二人は結跏趺坐けっかふざで座っていた。手のひらを上に向け、結手けっしゅと呼ばれる組み方をして、足の上に乗せていた。顎を引き姿勢を正し、呼吸を調ととのえている。日本では、座禅と呼ばれるものだ。


「………………」


 その二人の後ろには、フォルトが居る。師弟関係を結んだ二人の修行を拝見するため、カーミラとともにやってきたところだ。


「座禅か」

「御主人様、知ってるんですかあ?」

「日本でな。お寺とかで、よくやっていた」

「やったんですかあ?」

「俺はやっていないがな!」

「ですよねえ」


(なんだっけ? 自分を見つめ直すとかだっけ。俺が見つめ直したら、大変な事になるな。駄目男、クズ、エロおやじ……。見つめ直すかっ!)


 自分を振り返ると、とても自虐的な気分になる。そこで、見つめ直すのを止める。見つめるなら、身内の水着姿がいい。


「あ……。夏って」

「そろそろじゃないですかあ?」


――――――ぽん


 フォルトは軽く手をたたく。目の前の師弟は、その音を聞いても微動だにしない。そこで、二人の間へ座り、悪い手を解放しておく。

 この世界に夏という定義はないが、数週間暑い日が続く時がある。それは、一年の間に数回は訪れる。


「むふっ。よしよし」

「また、えっちぃ事を考えてますね!」

「仕方がないだろう。色欲しきよくを持ってるのだからな」

「逆じゃないですかあ? 御主人様だから、色欲しきよくがあるんですよ」

「ま、まあ。似たようなもんだ」

「えへへ。じゃあ、リリエラちゃんの出番ですね!」

「さすがはカーミラだ。なんでも、お見通しだな」


 リリエラの次のクエストが決まったところで、カーミラの膝枕を堪能する。それでも、両隣の二人は微動だにしない。


「すごいな。寝てるんじゃないのか?」

「きさま、邪魔をしに来たのか?」

「起きてたか。これって、修行になるの?」


 ベルナティオの言う通り、修行の邪魔をしに来たのだ。アーシャやソフィアの魔法の勉強も邪魔している。時間はたっぷりとあるので、暇つぶしだ。


「なるぞ。戦闘では、冷静な判断が必要だからな」

「へえ。ここがいい?」

「うむ。『一意専心いちいせんしん』の基本だ。んっ」

「聞いた事があるな」

「ぁっ。集中力を上げるスキルだ。身につくかは、レイナス次第だがな」


 集中力を上げると聞いたが、声を出してるあたり、集中していない気がする。その事をツッコむと、きっと怒り出すので言わない。


「剣の方はどうだ?」

「筋がいいと言っただろ。自己流だったから、矯正きょうせいは必要だがな」

「ほう。調教みたいなもんか」

「………………」

「冗談だ。か、刀を握るな!」


 さすがに鞘からは抜いていないが、冗談の通じない女性だ。それもまた面白いのだが、レイナスから甘い声が聞こえない。


「レイナス?」

「止めておけ。今は集中力が、最高に高まっている時だ」

「ほう。俺には、とんと分からん」

「剣の道を歩む者しか分からんよ」

「レイナスは魔法剣士だからな。剣士だけでは駄目だぞ」

「魔法なんぞ知らん。それは、あの猫にでもやらせておけ」

「ニャンシーか……。あ、そうだ。ニャンシー!」


 ベルナティオの言葉で思い出し、ニャンシーを呼んだ。リリエラが帰っているので、彼女も近くにいるのだ。


「なんじゃ、主よ」

「ちょっと、やってもらいたい事があってなあ」

「リリエラはいいのかの?」

「その件も絡むが、今はいい」


 フォルトはニャンシー耳打ちをする。カーミラも耳を寄せているので、話の内容は筒抜けだ。


「なるほどお。忘れていましたね!」

「だろ? せっかくだから使わないとな」

「居る場所は聞いてあるからのう。すぐにでも向えばよいか?」

「行ってくれ」

「分かったのじゃ」


 命令を受けたニャンシーは、さっそく魔界へ向かった。かなり距離があるが、すぐに必要でもない。戻ってくるまでは、適当に自堕落をしていればいいだろう。


「きさま。あの猫は、どこへ行ったのだ?」

「内緒だ。それより、修行は中断してテラスへ行くぞ!」

「「きゃ」」


 フォルトは、ベルナティオとレイナスの脇へ手を入れて、立ち上がらせる。レイナスはびっくりしていたが、そのまま体をあずけてきた。

 ベルナティオも同様だが、この場で始めるつもりはなかった。それは後の楽しみにとっておいて、四人でテラスへ向かうのであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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