第189話 師弟2

「ティオ、もうちょっと押し付けるように」


 テーブルを囲んだ席には、レイナス、アーシャ、ソフィア、シェラが座っている。それを眺めながら、ベルナティオに催促をするのだった。


「きさま……。こんな事をやらせるな!」

「何を言う。シェラを羨ましそうに見てただろ?」

「ちっ。目ざといやつだ。ほら、これでいいか?」

「むほっ! それでいい」


 彼女たちを呼んだ理由はそっちのけで、楽しんでしまった。目の前の四人は呆れているが、話はオヤツが運ばれてきてからだ。


「御主人様! お待たせでーす」

「来た来た、ルリ特製のフライドポテト」

「なんだそれは?」

「ほれ、食ってみろ。あーん」

「きさまに食べさせてもらうなど! あーん」

「どうだ?」

「うまいな!」

「だろう? 次に口へ入れてほしかったら、分かってるな」

「ちっ。それより、こいつらと話すんじゃないのか?」

「おっと、そうだった」


 カーミラを隣に座らせ、ベルナティオで遊ぶ。実に楽しいが、本来の目的は違う事だ。呼んだ彼女たちの視線が痛くなる前に、始める事にする。勇者候補と言えば、元聖女のソフィアだ。まずは、彼女に聞く事にした。


「ソフィア。シュンたちは泊まったの?」

「ええ。倉庫を貸して、食料も渡しました」

「泊まったんだ……」

「あ……。仕方なくですよ? それも、倉庫ですし」

「そ、そっか。なにもされなかったか?」

「だ、大丈夫ですよ。バグバット様の執事も一緒でしたから」

「あ、そうなんだ」


 まったくもって恥ずかしい。嫉妬しっとであるが、情けない嫉妬しっとだ。自分の知らないところで男女が会っていると、よからぬ想像をするのと同じである。

 この手の事で、別れるカップルも居る。相手を信用していない事と等しいのだ。心配と詮索は違う。これを間違えると、破局に向かうだろう。


(これは、昔の彼女にやったなあ。これが原因で別れたようなもんだ。男友達と飲みにいって、遅くなると……。いや、身内は信用しよう。そう決めたんだった)


「フォルト様の心配には及びませんわ」

「え?」

「私が、たたきのめしておきましたわよ」

「は?」

「あはっ! レイナス先輩、強すぎぃ」

「な、なに?」

「あの者の傷も浅く、見事な戦いでしたわね」

「く、詳しく!」


 彼女たちを信用したところで、レイナスがわけの分からない事を言ってきた。なぜ、シュンたちが来て、彼女がたたきのめすのか。いったい、フォルトの居ない間に何があったのか。これには少々混乱する。


「フォルト様、詳しく話すと長くなりますが……」


 そして、ソフィアから詳しい話を聞いた。この話について思うところは一つだ。とても残念な気分になった。


「はぁ。レイナスとシュンが戦うところを、見られなかったとは……」

「ですが、私も覚えていないのですわよ」

「え?」

「戦いの途中で、意識が飛んでいたようなのですわ」

「どういう事?」

「フォルト様を、けなされた時に少々……」

「ふ、ふーん」


 シュンが、フォルトの悪口を言ったようだ。それに対して、レイナスがキレた感じである。これには嬉しい反面、残念な気持ちになった。


(俺を思ってくれているのは嬉しいが、戦闘中にキレるのはよくないなあ。冷静に戦わないと、思わぬ不覚を取るだろう。レイナスを失いたくはない)


「でも、よく勝てたな」

「意識がある時でも、たいした事はありませんでしたわ」

「レベルは同じぐらいだよな?」

「そうですわね。技術と経験の勝利といったところですわね」

「なるほど。えっと、アーシャ」

「なにぃ?」

「意識が飛んでからの、レイナスの動きは?」

「切れ味が抜群って言えばいいのかな?」

「どういう意味?」

「洗練された動きっていうの? シュッ! バッ! シュッ! みたいな?」

「あ、ああ、なんとなく分かった」


 アーシャが身ぶり手ぶりで教えてくれるが、言っている意味は分かった。まるで機械のように動いたのだろう。


「それって……。もしかして、聖剣ロゼの仕業じゃない?」

「ロゼ、どうなのかしら?」


――――――カタ、カタ


 まだまだ魔人に慣れない聖剣ロゼは、バイブレーターのように震えている。それでもレイナスと話しているようで、彼女がうなずいたり首を振ったりしていた。


「どう?」

「そうらしいですわね。ロゼが、私を動かしていたようですわ」

「へえ。それは興味深いな」

「もともと、体の動きを調整してくれていましたわね」

「なるほどな。なんか、すごい聖剣だな」


 成長型知能を持っている時点で、すごいとは思っていた。話を聞く限り、オートで戦闘もやれるようだ。レイナスが気絶した時や、危険な時に使えるだろう。


「いいね、気に入った」

「ロゼがですか?」

「うん。レイナス、手放すなよ?」

「わ、分かりましたわ。フォルト様からのプレゼントですからね!」

「………………」


(そういう芝居もしたなあ。しょっちゅう、捨てようとしていた気がするが……。まあいいや。なら、ロゼに認められれば、もっとすごい事になるのか?)


「まだ、認められてないんだよな?」

「ええ、あと少しだと思われますわ」

「ほう」

「レベル三十五から四十近辺かと……」

「四十か。堕落の種が芽吹く時だな」

「ふふん! 私は芽吹いているぞ!」


 堕落の種と聞いて、後頭部を刺激してくれているベルナティオが得意げだ。調教が終わり、すぐにカーミラが食べさせていた。悪魔として、仕事が熱心だなあと思ったものだ。


「えへへ。ティオちゃんは、人間にはもったいないでーす!」

「そ、そうだな」

「神の先兵になられたら、面倒ですよお」

「なにそれ」

「天使ですね! 悪魔は天使と敵対してまーす!」

「悪魔が居るなら、天使も居るか」

「はい!」


 魔界の悪魔王の先兵は悪魔だ。その逆に、天界の神々の先兵は天使。神々は、人間の強者を天使にできる。悪魔王は、魔族の強者を悪魔にできる。


「あれ? じゃあ、マリとルリって……」

「もう悪魔になれますよお」

「しないの?」

「まだ、なりたくないって言ってましたあ」

「そっか。なら、待ってやれ」

「はあい!」


 前にグリムから、魔物の軍団でも作るのかと聞かれたが、これでは悪魔の軍団になりそうだ。身内だけなら、それでもいいかもしれない。そうなると、シェラのレベルも上げたくなってきた。


「シェラは、駄目なんだよな?」

「レベルが足りませんねえ。それに、暗黒神の司祭ですし」

「ああ、天界の神々の方か」

「そうでーす!」

「フォルト様?」

「あ……。すまん、脱線した」


 レイナスたちとの話から、かけ離れてしまった。今、重要な話はシュンたちの事だ。カーミラとの話は、後回しにする。


「カーミラ、後でな」

「はあい」

「それで?」

「あの方たちは、たいした事はなかったのですが……」

「どうした、シェラ」

「また来ることになっているそうですわ」

「へ?」


 シェラが、とても嫌そうな顔をする。それについては、フォルトも同じだ。同郷の者たちだが、いい感情は持っていない。留守中に彼女たちと接触したので、嫉妬しっとうずきまくっている。


「デルヴィ侯爵の担当者ですからね」


 その感情を見てとったソフィアが補足をする。


「なるほどなあ。シュンたちに、魔物を渡せばいいんだな?」

「そうですね」

「別にいいか。チェンジは?」

「無理だと思いますよ」

「なんで?」

「シュン様とギッシュ様は、限界突破を終わらせた異世界人ですので」

「みんなが捕まえる魔物を、運べる者が居ないって事かあ」

「そういう事です。闘技場で使う魔物なら、強いのも必要ですからね」

「そうだな。俺たちが運ぶわけじゃないしな」

「ふぅ」

「どうかした?」

「い、いえ」


 ソフィアの目的が分かっていないフォルトは、疲れたのかと心配をした。少々話が長くなってしまったかもしれない。


「それと、アルディス様の限界突破があるそうです」

「へえ。たしか、空手家だっけ」

「はい。対象の魔物はファントムだそうですよ」

「ファントム?」

「この幽鬼の森の奥地に居るらしいです」

「そっか。なんか、ワイバーンの時みたいだな」

「そうですね。あの時と同じ対応でいいと思いますよ」

「そうだな。なら、そのアルディスにパンツを……」

「駄目です!」


 ソフィアに怒られてしまった。ワイバーンの時は、彼女にエッッッッグいパンツを履いてきてもらった。同じ対応ならば、アルディスにもと思ったのだが……。


「じゃあ、これで話は終わりか」

「そうですね。問題は、フォルト様との連絡方法です」

「ああ、どうしようか」

「ニャンシー先生が適任なのですが?」

「リリエラに付いてるからなあ」

「また、クエストに?」

「出すよ。まあ、話を終わりにしようか。ふぁあ」

「大きな欠伸ですね」

「あはっ! 思考能力ゼロって感じぃ」

「起きたら、ご褒美がほしいですわ」

「添い寝は私がしますわ」

「なんだ、きさま。私を差し置いて、寝るつもりではないだろうな?」

「寝るよ。ティオも一緒にどうだ?」

「当たり前だ。聞くな!」

「あっはっはっ!」


 嫉妬しっとが収まり、怠惰たいだが顔を出してきた。難しい話は眠くなる。そういう時は、寝るに限るのだ。時間はたっぷりとあるので、起きてから考えればいいのだ。

 フォルトはカーミラとシェラ、そしてベルナティオを連れて寝室へ向かった。外から帰ってきたばかりなので、長時間の惰眠だみんになるだろう。起きてから始まる宴に思いをせながら、夢の中へ入っていくのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

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