第186話 フェリアスの空3

 原生林を進む二つの影。それは、スケルトン神輿である。進むスピードは遅いが、寝転んでいても前へ進める、フォルトの愛車である。


「マスター」

「なんだ、リリエラ?」

「あの……」

「どうした?」

「なぜ、私が膝枕をやるんすか?」


 スケルトン神輿は二つ。一つは、マリアンデールとルリシオンが乗っている。そうなると、残った一つに乗る者は決まっていた。


「カーミラが、居ないからだな」

「マリ様かルリ様じゃ駄目っすか?」

「あれを見ても、同じことが言えるか?」


 フォルトは、姉妹が乗っているスケルトン神輿の上を見る。それに釣られてリリエラもだ。主人の命令には逆らえない。

 二人の視線の先では、姉妹がイチャイチャしている。姉のマリアンデールが、妹のルリシオンの成分を補充していた。


「はぁ……。っす」

「そう言う事だ」

「分かったっす」

「嫌か?」

「そ、そんな事はないっす!」

「嫌でもやるがな」

「きゃ!」


 フォルトは反転して、リリエラの体の方へ顔を向けた。お約束の行動だ。これをやると、カーミラは喜んでくれる。ソフィアもだ。

 しかし、リリエラは嫌がる。なんとかフォルトの頭をどけようとしているが、そうはさせじと体重をかける。


「ちょ、ちょっと、マスター!」

「うるさい。カーミラが居なくて寂しいんだ!」

「で、でも」

「リリエラは、俺を楽しませるのだろう?」


 そういう契約だ。カーミラと結んだ悪魔の契約。それはフォルトと遊ぶ事。そして、楽しませる事だ。

 それにしても、フォルトの行動が強引になってきている。それは自分でも分かっていた。しかし、それに身を任せている。


(ティオを手に入れた時からだなあ。いつもの俺なら、リリエラに気を遣ってるつもりだったが……。まあ、いいか)


 リリエラは、レベル七の人間だ。無理をさせれば死んでしまう。せっかく手に入れたので、ロストをするのが嫌だった。それで、気を遣っているのだ。

 そして、リリエラの力が徐々に軽くなる。これ以上イジメてもしょうがないので、元に体勢に戻った。


「私は、こういう事が苦手っす」

「そうか? ガルドの屋敷では、凝視していただろ」

「あ、あれは!」


 御仕置き。その内容を思い出したリリエラは、顔を赤く染める。お察しの内容だが、彼女には刺激が強かった。だから、御仕置きである。


「主よ」


 かわいい顔のリリエラを見られたところで、ニャンシーが戻ってくる。カーミラとベルナティオへの伝言を頼んであったのだ。

 ニャンシーも、フォルトのスケルトン神輿へ乗った。彼女は小さいので平気である。二人では広く、三人では狭いのだ。


「伝えた?」

「それなんじゃがな」

「どうした?」


 ニャンシーが戸惑った表情をしている。これも、かわいい。彼女は何をしても、かわいい。これこそペット枠である。


「幽鬼の森へ、直接帰るそうじゃ」

「な、なんかあったの?」

「バードマンは知っておるか?」

「なんだっけ」

「マスター、フェリアスの部族の一つっす」

「ああ、そうだったな」


 フェリアスを形成するのは六つの部族。それは、エルフ族・ドワーフ族・有翼人族・獣人族・人馬族・蜥蜴とかげ人族である。フォルトたちは、人馬族がフェリアスを脱退したことは知らない。

 その内の一つである有翼人族が、ニャンシーの話していたバードマンだ。その話は三国会議の時に、ソフィアから聞いていた。


「それで?」

「あの人間の飛行訓練でな」

「飛行訓練?」

「ベルナティオじゃったか? 飛ぶ練習をしたらしいのじゃ」

「まあ、悪魔になったばかりだからな」

「それを、バードマンに見つかってしまったようでのう」

「ふむふむ」

「あの迷宮の空が、警戒されておる」

「なるほど」


(つまり、飛んで帰ろうとすると、見つかると。カーミラだけなら、『透明化とうめいか』で消えればいいが、ティオは無理って事だな)


 【インジビリティ/透明化】は光属性魔法だ。カーミラは悪魔なので、闇属性魔法に特化している。スキルでは可能だが、魔法では使えないのだ。


「運が悪かったようだなあ」

「そうじゃの。その人間とカーミラは、地上から帰るそうじゃ」

「魔界は?」

「あの人間が通れん」

「駄目なのか」

「物質界で悪魔になった者じゃからな」


 フォルトたちの居る世界は物質界と呼ばれる。堕落の種で悪魔になった者は、物質界の悪魔として存在する。よって、魔界へ行くには、魔界から召喚される必要があった。要は通常の悪魔と逆である。


「理解した」

「そういう事じゃ。わらわは、どうすればよいのじゃ?」

「そうだなあ。とりあえず、もふもふだ」

「よいぞ。にゃ、ゴロゴロ」


 ニャンシーは、見た目が幼女である。ケットシーが、猫の擬人化をした姿だ。獣人族とは違い、尻尾は生えているものの、姿が酷似していた。

 よって、周りから見れば、少々危ない。勇者候補チームが見たら、犯罪だと騒ぎ立てる事だろう。


「マスター? カーミラ様は、戻ってこないんすよね?」

「そういう事になるな」

「じゃあ……」

「諦めろ。それとも、マリとルリに交代を頼むか?」


 フォルトは、マリアンデールとルリシオンへ顔を向ける。リリエラも釣られて、視線を向ける。これには、命令でなくても見てしまう。

 二人の視線の先では、姉妹がイチャイチャしている。姉のマリアンデールが、妹のルリシオンの成分を補充していた。先程と、まったく変わっていない。


「はぁ……」

「まあ、気持ちよくしてやるから」

「結構っす!」


 リリエラは拒否するが、フォルトの悪い手は止まらない。ニャンシーをもふっているのに器用だ。


(それにしても、バードマンか……。翼が生えた人間だっけ?)


 フォルトは有翼人に思いをはせる。カーミラとの合流を邪魔された格好だが、その姿形には興味が出てきた。

 日本のゲームでも、翼のある女性キャラは人気だった。そんな昔を思い出しながら、横になっているのだった。



◇◇◇◇◇



「うぅ、失敗したあ」


 カーミラが悔しそうにしている。隣に居るベルナティオは、キョトンとした表情で彼女を見ていた。


「なにか、問題があったのか?」

「空……」

「空?」


 ベルナティオが空を見上げると、数人の有翼人が飛んでいた。あっちへ行ってはこっちへ行っている。

 彼女にとって、有翼人は珍しくもなんともない。何度も見ているし、話した事もある。フェリアスには、何度も来ているのだから。


「有翼人だな。あれが、どうかしたのか?」

「私たちは悪魔なの。飛んだら攻撃されるよ!」

「あ……。そうだったな」

「透明化は使えないんだよね?」

「私は剣士だからな。魔法など使わん」

「むぅ。家に帰ったら、ニャンシーちゃんに習っておいてね!」

「私は剣の道を極めるのだ。魔法なんぞ知らん!」

「御主人様から言われても?」

「くどい!」

「本当に? ご褒美がほしいんじゃないの?」

「う……。か、考えておこう」

「はあい!」


 カーミラには、ベルナティオの弱点が分かっている。精神的にも、物理的にもだ。それに、カーミラよりはレベルが下である。言う事を聞かせる事は容易い。


「それで、もう行くのか?」

「行きたいんだけどお。空の蠅がねえ」

「蠅?」

「あんなにブンブンと飛んでたら、私たちが飛べないよお」

「有翼人の事か。これだから悪魔は……」

「ティオも悪魔だよお」

「ふん! 邪魔なら斬る。それだけだ」

「えへへ。斬れるの?」

「当たり前だ。あんな蠅など、簡単に斬れる!」

「蠅って?」

「空をブンブンと飛んでる、あれだろ?」


 今度は、ベルナティオが空を見上げている。その視線の先には、何名かの有翼人が飛んでいた。その彼女を見て、カーミラは邪悪な笑みを浮かべる。


(えへへ。簡単だねえ。後は放っておいても大丈夫かな? できれば、あの女を殺させたいんだけどお。御主人様がなあ)


 カーミラは、遠くに見える兎人族を見る。本来であれば、ベルナティオにフィロを殺させれば完璧だ。そういう状況は作れる。しかし、大好きなフォルトの事を考えると駄目だ。嫌われたくはない。


「あの猫は、どこへ行った?」

「ニャンシーちゃんは、御主人様のところへ戻りましたよ」

「そうなのか?」

「幽鬼の森の家へ向かうと、伝言を頼みましたあ!」

「なぜだ?」

「飛べないからね」

「あの蠅どもを、斬り捨てればよくないか?」

「よくないの! 御主人様に嫌われちゃうよ」

「なら、仕方がないな」

「えへへ。でも、討伐隊の方はどうなったの?」

「辞めてきたぞ。他の場所へ修行に向かうと言ってな」

「なら、もう出発できるかな?」

「そうだな。フィロにだけ、別れを言ってくる」

「いいよお。待ってるからね!」


 ベルナティオは、フィロのところへ向っていった。その後ろ姿を見ながら、カーミラは考える。


(ふむふむ。やっぱり、あの小娘が鍵かなあ。でも、弱っちい悪魔は要らないんですよねえ。リリエラちゃんもなんだけど……)


「でも、御主人様が、手を出しそうなんですよねえ」


 カーミラは独り言をつぶきながら、ベルナティオとフィロを見ている。フォルトのおかげで、物質界に悪魔が生まれた。これは喜ばしい事だ。悪魔王も、さぞかし喜んでいるだろう。


(まあ、なるようになるよね! 私は御主人様と一緒に居られれば、それでいいからね! それに、一歩先へ進んだし)


 ベルナティオを調教した事は忘れられない。あの時の光景は、前の主人であるポロを彷彿ほうふつさせたのだ。時空魔法や、『変化へんげ』のスキルの使い方が同じだった。

 そして、ソフィアよりも一歩先へ進んだ。それは、フォルトのカルマ値が悪へとかたむいた事だ。ベルナティオを無理やり調教した結果だが、悪魔であるカーミラには嬉しかった。


「えへへ。ルリには感謝ですね!」

「どうした?」


 大好きな主人との調教を思い出していたカーミラに、戻ってきたベルナティオが声をかけてきた。


「なんでもないですよお。別れのあいさつは済んだの?」

「終わったぞ。また、そのうちに会えるだろ」

「なんか言われた?」

「行くなとか言われたな。まあ、それは無理な相談なのだが」

「えへへ。そうだね! 無理な相談だね! 他には?」

「たわいもない話さ。また迷宮へもぐるから、死ぬなよと伝えた」

「五層までなら平気でしょ。精鋭部隊なんだしね」

「ああ、ヴァルター殿の言う事を聞いていれば、死なないだろう」

「じゃあ、行きますか!」

「よし、早く犯してもらわねば!」

「ゆっくりでいいよお。御主人様より早く着いてもね」

「そうか。そういう事なら、歩くとするか」


 それから二人は、原生林の中へ入っていった。ブロキュスの迷宮とは、おさらばである。きっと、フォルトはスケルトン神輿だ。走っていっても、先に家へ着いてしまう。それではもったいなかった。


「どうした? アルバハードへ向かうのだろ? こっちではないぞ」

「えへへ。御主人様は、こっちでーす!」

「幽鬼の森にある屋敷で、合流するのではないのか?」

「感動の再会ってやつですよ! その方が燃えませんかあ?」

「むっ! カーミラは頭がいいな。喜んでくれるか?」

「御主人様は、こういうシチュエーションが大好きなの!」

「そうか、燃えるか……。カーミラに任せる」


 ベルナティオの体が上気しているようだ。これも調教の賜物たまものだろう。カーミラは、彼女に見えないように、邪悪な笑みを浮かべた。それから二人は、別々の妄想を描きながら、フォルトのところへ向かうのであった。



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