第185話 フェリアスの空2
「マスターは、いじわるっす」
御仕置きを終えたフォルトたちは、テーブルのある席で、くつろいでいた。三人とも体が上気しており、先程までの行為を、裏付けるものであった。
「欲情したか?」
「うぅ」
「何で喋った?」
「レイナス様たちの事を考えたっす」
「なるほどなあ。まあ、今後は余計なことを喋るな」
「はいっす」
リリエラは、レイナスたち人間組に、かわいがられている。彼女たちのためになる情報でも、仕入れたかったのだろう。しかし、フォルトたちは秘密が多い。下手に喋られると困るのだ。
「まあ、それはそれ。家に帰ったら、報酬を渡す」
「は、はいっす!」
「貴方、ここには用がないわよね?」
「そうだな。次はマンティコアだっけ?」
「そうよお」
「どこに居るの?」
「アルバハードの北よ」
「北って……。大型の魔物が居なかったか?」
「ライノスキングねえ」
「ふーん」
(確かサイだよな。聞いただけだが、大型の魔物が居るなら、人間とかは居ないだろうな。なら、飛んで行くか? カーミラと一緒なら、二人を運べるし)
「レイナスちゃんたちの後でいいわよお」
「帰ったら考えるさ」
「帰っても、
「もちろんだ。身内が増えたのだし、ゆっくりするさ」
「身内が増えるのと、ゆっくりするのは、関係がないと思うけどお」
「あっはっはっ。そうだな。まあ、いいじゃないか」
幽鬼の森へ帰ったら、ベルナティオを紹介する必要がある。他の身内とも打ち解ける必要もあるだろう。フォルト自身も自堕落をしたい。
数日程度では済まないだろう。最低でも、一週間以上はダラけたい。以上なので際限はない。
「じゃあ、帰るとするか」
「ガルドは居ないしねえ」
「衛兵に言えばいいんだっけ?」
「そう言ってたわね」
「ほら、リリエラ。行くぞ」
「はいっす!」
四人は甘い香りのする部屋から出ていった。ベッドメイキングが大変だろうが、ドワーフたちなら、なんとかするだろう。
フォルトたちは、部屋を出たところに居る衛兵に、帰る旨を伝える。その衛兵は、ガルドから聞いているらしく、フォルトたちを外へ案内してくれた。
「お主」
「なんだ?」
「お盛んじゃな」
「ぶっ!」
「わっはっはっ! 片付けは、やっておくわい!」
本当にドワーフは陽気だ。遠慮を知らないのが欠点かもしれない。フォルトが感じたドワーフのイメージは、面白い種族の一点に尽きた。
ガルドの屋敷から出たフォルトたちは、そのまま集落の出口へ向かう。そこには、集落へ来た時に話をした、門衛のドワーフたちが居た。
「なんじゃ、おまえたち。帰るのか?」
「ああ、世話になったな。ガルド王の帰還を知らせてくれて助かった」
「なあに、いいって事よ。それより、酒は飲んだのか?」
「飲んだぞ。うまかった」
「そうだろ、そうだろ。ドワーフの酒は、天下一品じゃ!」
宿で出された酒や、ガルドの屋敷で出された酒はうまかった。バグバットに渡した酒と同じ物らしい。火酒と違って、普通の人間でも飲めるだろう。
一般的に流通しているエールとは違い、どちらかと言えば、ウイスキーに近かった。若い時は、モテたいがために、ウイスキーを飲んだものだ。そして、ビールも大好きだった。それが
「まあ、また来るといい。次は、金を落としていけ」
「そ、そうだな。そうしよう」
「わっはっはっ! 直接の受注もしておるからの」
「そ、そうか。ではな」
「うむ。気をつけて帰れよ」
(本当に遠慮ってもんを知らないな。素なのが分かるから、面白いのだが。それに、俺を見る目が
フォルトはシュンと違い、見た目はよくはない。どうしても、他人の目を気にしてしまう。歳を取るにつれて、どういう目で見られているか、分かるようになっていた。人を馬鹿にする目や、汚物を見るような目は分かるのだ。
「帰りは、どうするのお?」
「決まってるだろ」
「はぁ。いいけどねえ」
「なんすか? なんかあるっすか?」
「そう言えば、リリエラは見た事がなかったか」
「よく分からないけど、はいっす!」
「俺の愛車だ」
「愛車っすか?」
「まあ、見てろ」
ドワーフの集落を出発し、道を外れて原生林へ入っていく。それから、誰にも見られない奥まで進んでいった。そこで、スケルトンを召喚するのだった。
◇◇◇◇◇
有翼人。バードマンと呼ばれる彼らは、フェリアスの各地に点在している。その名の通り、背中に生えた翼で、空を飛べる種族だ。
外見は、人間に翼が生えただけである。
「シュレッド様、人馬族の行方は、依然として分からないようです」
シュレッドは有翼人の代表で、大族長である。各地に点在している集落は、族長と呼ばれる者が自治をおこなう。それは、集落同士が隣接していないからだ。
大族長とは、各集落の族長の取りまとめに過ぎない。人間でいうところの、王や皇帝とは違う。議長と考えると分かり易いだろう。
「ソレイユめ、何を考えているのか」
シュレッドは、髪を角刈りをした壮年の男だ。年齢は、五十歳をこえたばかりである。有翼人の寿命は人間と同じなので、見た目も中身もおっさんであった。
「それより、ホルンよ」
「なんでしょうか?」
この報告をしているのが、ホルンと呼ばれる有翼人だ。茶色い髪を長く伸ばした女性である。彼女の特徴は、その白い翼だ。まるで、天使のような翼だった。
装備はミスリルの槍と鎧を装備している。白銀の戦士と呼ばれても、
彼女は兵団の団長を務めており、その白い翼からとって、神翼兵団と呼ばれていた。シュレッドを守護する、親衛隊と思えばいいだろう。歳は若く、二十代の前半に見える。
「討伐の方は、どうなっている?」
「山岳地帯のグリフォンなら、間引きを終わらせてあります」
「損害は?」
「若干名の怪我人が出たくらいです。死んだ者は居ません」
「ならばいい。それから、あの話は聞いているか?」
「あの話とは?」
「ブロキュスの迷宮近くの……」
「正体不明の者を発見した事ですか?」
「それだ。すぐに姿を消したらしいが、その後の目撃情報は?」
「ありません。見間違いではないですか?」
「まあ、その可能性もあるな」
有翼人は空輸も担当しているので、各所で飛び回っている。その空輸の途中で、有翼人ではない何かが、飛んでいるのを発見したのだ。その発見した場所が、ブロキュスの迷宮近くであった。
その何かを発見した有翼人は、大事な荷物を運んでいる最中だったので、近づかなかったらしい。それに、遠目で見えただけで、すぐに消えてしまったようだ。
「フェリアスの空を飛ぶとなると……」
「グリフォン、ヒポグリフ、ワイバーン、ロック鳥ですか?」
「人影だからな。ハーピーか?」
「チョンチョンとか」
「それは首だけだろう」
「そ、そうでした……」
ホルンは顔を赤らめる。ちょっとした間違いだが、さすがに恥ずかしい。しかし、すぐに気を取り直す。大族長と話している最中だ。
チョンチョンとは、人間の顔のような魔物である。耳が大きく、その耳を使って飛ぶのだ。攻撃方法は、噛みつくだけである。推奨討伐レベルは十だ。
「フェリアスの空は、われわれの領域だ」
「はい」
「まあ、迷宮近辺の警戒を怠るな」
「はい!」
「では、行っていいぞ」
「あ、あの……」
「なんだ?」
「い、いえ。なんでもありません!」
「そうか」
「では、失礼します!」
ホルンは何かを言い出しそうだったが、その言葉は引っ込めた。これは、誰にも知られてはいけない事なのだ。そして、シュレッドの家を出ていった。
「ふう」
「どうした、ホルン?」
大族長の家を出たホルンは、考え事をしながら、集落を歩いていた。そのホルンに、有翼人の男性が声をかけてきた。
その男性は、緑色をした短髪で、中肉中背の体格をしている。皮鎧を装備して、手には鉄の槍を持っていた。
「ミリオンですか。何の用?」
「用ってほどでもねえけどよ。考え事か?」
「チョンチョン」
「は?」
「な、なんでもないです! それより、訓練は終わったのですか?」
「終わってるぜ」
「居残り訓練でも、すればいいのに」
「なんか言ったか?」
「なんでもありません! 幼馴染だからと、気軽に話しかけないでください」
「これは失礼しました、団長殿!」
「はぁ……」
ミリオンは姿勢を正して、槍の柄を地面へ付ける。敬礼らしい敬礼はないが、この状態が、有翼人兵士の敬礼だ。
これを見たホルンは溜息をつく。彼は昔から調子がいい。同僚にも人気があり、ちゃっかり者といった感じだった。
「まったく……。ブロキュスの迷宮の件ですが」
「ああ、空を飛ぶ正体不明のやつらか」
「やつら?」
「二体居たって聞いたぜ」
「くっ。報告は、キチンと!」
「まあまあ。伝え忘れたんだろ?」
「………………」
「そう目くじらを立てるなよ。空輸便のやつだぞ」
「そ、それは、そうですが」
「兵士じゃねえからな」
「そうですね。分かりましたよ!」
ホルンはプイっとソッポを向いた。ミリオンは苦笑いをしている。神翼兵団団長として、背伸びをしているように見えたのだろう。
「じゃあ、明日にも確認しに行くか」
「なぜ、ミリオンが決めるのですか!」
「ははっ。どうせ、そのつもりだろ?」
「そ、そうですが……。もうっ!」
「んじゃ、飯でも食いに行くか」
「しょうがないですね。ミリオンの
「は? なんで俺が」
誘ったのはミリオンだが、この返しには呆れてしまった。その顔を見たホルンは、クスクスと笑っていた。
「ふふ。誘ったのはミリオンです」
「部下に
「幼馴染として、
「幼馴染だからと、気安く話しかけるなとか言ってなかったか?」
「なにをブツブツと言っているのです?」
「なんでもねえよ。分かった、分かったよ!」
「それでいいのです」
「その代わり、安い店に行くからな」
ホルンは、高い方の店へ向かい歩き出した。それを見たミリオンは、焦って追いかける。フォルトが見れば、爆裂系魔法を使いそうだ。しかし、二人は付き合っていない。
とにかく明日は、ブロキュスの迷宮の上空まで偵察だ。ホルンに追いついたミリオンは、彼女の腕を取り、安い方の店へ連れて行くのであった。
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