第184話 フェリアスの空1
フォルトたち一行は、ブロキュスの迷宮を出て、セレスが居るテントへ向かった。当たり前のように、ルリシオンを連れていく。ギブアップした時の交代要員である。そして、討伐隊の隊長であるヴァルターも一緒であった。
「フォルト様、罠にかかったと聞きましたが?」
「あれ? 知ってるんだ」
「先行したやつらにな」
「ああ、恥ずかしいな」
「何言ってんだ。ミノタウロスを二体も倒してるだろ」
「マリとルリがな。俺は、何もしていない」
「あはっ! 何もしなくていいのよお。私がやってあげるわあ」
隣に居るルリシオンが、腕を組んできた。体が上気しているのは、迷宮内の出来事が原因だ。それは、フォルトも同じ事だが……。
「そうですか。ですが、五層にミノタウロスが二体も?」
「そうなんだよ。それで戻ってきたのさ」
「ヴァルター殿の判断は、間違っていません」
「それでな。六層より先で……」
「んんっ!」
話が長引きそうなので、咳ばらいをした。ヴァルターが報告する内容には、興味がないのだ。さっさと、自分たちの事を進めたかった。
「それより、俺たちは帰るぞ」
「え?」
「目的の魔物は倒したからな」
「あ、あの」
「じゃあ、セレスさん。あの件は忘れないでね」
「まだ返事が来ていませんが?」
エルフの里へ部外者は入れない。それは、世界樹を守っているからだ。里へ入るには、許可が必要であった。セレスが出した手紙は、到着していないだろう。数日はかかるはずだ。
「返事がきたら、アルバハードのバグバット宛てによろしく」
「え? バグバット様ですか?」
「世話になっていてね。俺への連絡は、直接は届かないだろうし」
「なぜですか?」
「幽鬼の森に、居候している」
「あの、アンデッドの森ですか」
「だから、よろしくね」
伝えたい事は、それだけだ。これ以上は話す事もない。それに、セレスは目に毒だ。これ以上見てると、ベルナティオと同じになるだろう。だからこそ、テントから出ていこうとした。
「あ、待ってく……」
「駄目よお。私たちには、やる事があるからねえ」
「あ……」
「あはっ! 縁があったら、またねえ」
「そう言う事だ。いくぞ、ルリ」
(危ない、危ない。これ以上話すと、魔物の間引きを手伝わされる。すでに、手伝わされているからな。もう無理、帰る! セレスは、また今度!)
あまりに一方的な話し方で、さっさとテントから出ていった。その行動には、セレスとヴァルターも
フォルトの性格だと、頼まれると断るのが難しい。しかし、今は優先順位が確立されている。身内が一番であり、他はそれ以下だ。
「あれでいいのお?」
「うん。これ以上の収穫もなさそうだしな」
「セレスも狙ってるんでしょお?」
「他に居なければな。エルフの里へ行ってからでもいい」
「まあ、好きにすればいいわあ」
「ルリも分かってるな」
「あはっ。気にしないでいいわあ」
「そうか」
(もし日本で彼女が居たら、別れ話を切り出されるな。いや、音信不通になるだろう。まったく……。異世界万歳だな)
セレスとヴァルターの事が頭から消えた二人は、カーミラたちと合流をする。そこでは、帰る準備していた。
「御主人様、行きますかあ?」
「ティオは?」
「あの兎人族と話してますよお」
「ふむ」
フォルトは考える。このままベルナティオと一緒に帰ると、いろいろと勘繰られるだろう。痛くもない腹を探られるのは嫌だ。いや、痛い腹か……。
彼女は〈剣聖〉である。名声が高い。それに、討伐隊の主力だろう。なら、後で合流する方が得策だ。偶然を装っておけばいい。
「カーミラ」
「はあい! 後で連れていけば、いいですかあ?」
「分かるか。さすがだな」
「えへへ。ご褒美がほしいです!」
「もちろんだ。二人きりの時間を作るとしよう」
「やったあ! なら、ドワーフの集落へ連れていきますねえ」
「それで頼む」
カーミラと離れるのは寂しいが、彼女以外に適任者が居ない。数日の差を付けて、後で飛んでくるだろう。それを待てばいいだけだ。
「あの兎人族はどうしますかあ?」
「今は要らない」
「かわいいですよお?」
「ははっ。手に入れるには時期がある。そう言う事だ」
「えへへ。さすが、御主人様!」
「不要かもしれないしな。騒ぎを起こす事もないだろう」
「そうですね! 二人も消えると、怪しまれますしね」
「そう言う事だ」
実際のところ、おっさん親衛隊には不要だ。ベルナティオだけでいい。後は、治療のできる神官系の人間か亜人種だ。それで五人になる。
フィロは斥候を務めていたので、信仰系魔法は使えないだろう。荷物持ちとして従者でもいいが、それをやらせるなら、リリエラでも十分だ。
「悪魔の力って、抑えられるんだろ?」
「やれますよお。〈剣聖〉ですよね?」
「うん。悪魔を入れると、ズルになるからな」
「えへへ。切り替えは本人の意思で可能でーす! 私もやれまーす!」
「そっか。ならいい」
〈剣聖〉がズルになるかならないかは置いておいて、おっさん親衛隊へ入れるつもりだ。最上級のレアキャラを引き当てた感じで、フォルトは満足している。
この後は、マリアンデールとルリシオンを連れて、ガルド王のところへ戻っていくのであった。
◇◇◇◇◇
「なんじゃ、もう戻って来たのか?」
リリエラを引き取りに、ドワーフの集落へ戻った。そこで、ガルド王と面会中である。当然、スケルトン神輿に乗って戻ってきたのだった。
「目的を達成したからな」
「もうちょっと、手伝ってもよかろうに」
「まあ、やる事があるからな」
「そうか。無理強いをするのはいかんな」
ガルドは姉妹を見ながら
「リリエラは?」
「今は服飾師のところへ行っておる」
「なるほど。クエストを進行中か」
「クエ? よく分からんが、連れ帰るのだろ?」
「そうだな。そのために戻ってきた」
「まあ、一泊していけ。もしよければ、お主らと連絡を取りたいのだが?」
「俺たちとか?」
「うむ。なんでも、狩りがやれる場所を探しておるとか?」
「誰に聞いた」
「あの嬢ちゃんだな」
(リリエラめ、余計な事を……。って、余計でもないか。たしかに、フロッグマンだけじゃなあ。もうちょっと強い魔物を狩らせたいな)
「それで?」
「そこらじゅうで間引きをやっておる。参加せんか?」
「そういう事か」
フェリアスは広い。地域によっては、森の中でも縄張りにされている場所もある。もちろん迷宮もある。討伐の人数は足りていない。
「足りていないって言っても、やれているのだろ?」
「こういうものは、足りていないくても、足りているものだぞ」
その話はよく分かる。足りていなくても、仕事はやれるものだ。やれるからこそ、人員の補充をしない。その負担は、働いている者にのしかかる。それを、ガルドは解消したいと言う話だ。
「そうだな。アルバハードのバグバットへ、手紙でも送ってくれ」
「あの吸血鬼にか?」
「セレスにも言ったが、世話になっている」
「お主、何者だ?」
「ローゼンクロイツ家とだけ知っておけばいい」
「そうよお。それだけで十分じゃないかしらあ?」
「ふふ。手紙をもらっても、受けるかは知らないけどね」
「むぅ」
マリアンデールとルリシオンの援護が頼もしい。どのみち受けたところで、実際に動くのはレイナスたちだ。
それには、悪魔になったベルナティオも入るので安全だろう。彼女は武者修行をしたがっている。この話には、喜ぶかもしれなかった。
「まあ、連絡方法は以上だ。当然、報酬はもらうぞ?」
「それは構わんが、金では動かないのだろ?」
「よく分かるな」
「それぐらいはな。マリとルリも同じだ」
(金は要らないからなあ。リリエラが紹介された服飾師に、服を作ってもらうのが妥当か? 武器や防具もいいな。ドワーフ製は質が高いと聞いた)
「そんなところか。では、一泊させてもらう」
「明日には、出発するのだろ?」
「そうだな。リリエラは連れ帰るぞ」
「嬢ちゃんも、よく働いてもらった。礼を言っておく」
「働いたのか?」
「うむ」
「あ、内容は言わなくていい。リリエラから聞く」
「そうか? これからワシは、会合で居なくなるからの」
「なら、勝手に帰らせてもらう」
「うむ。衛兵に言えば平気だ」
これで、ガルドとの面会は終わりだ。それにしても、ドワーフと人間の差を感じる。まったく緊張をしないのだ。厳格という雰囲気とは程遠く、気軽に話せるのがいい。ガルドの人柄か、ドワーフの種族性かは分からない。
その後は、与えられた部屋で休む。泊まらせてもらった事があるので、同じ部屋を与えられた。
「ふぅ。一段落、ついたな」
「後は帰るだけねえ。レイナスちゃんたちが待ってるわよお」
「そうだな。飛んで先に帰ってもいい?」
「私たちを置いて行く気? 死にたいのかしら」
「冗談だ、冗談。それにしても……」
「どうしたのお?」
「どの国も、頼み事ばっかしてくるなと思ってな」
「当たり前じゃない」
その事自体は、ローゼンクロイツ家を名乗ったのだから仕方がない。マリアンデールも、そう言いたいのだろう。しかし、働く気はないのだ。
「無職こそ、わが人生」
「まあ、運動と遊びと思ってればいいわよお」
「カーミラにも、同じことを言われてるしな」
「変に考え過ぎなんじゃない? 好きなようにやればいいのよ」
「そうだなあ」
仕事を仕事と考える思考は、今までの人生経験によるものだ。しかし、今は違う。仕事と
(やれやれ。この思考も改めないとなあ。面倒だし、ゆっくりでいいや。おっさんに、急激な変化を求めては駄目なのだ。特に俺はな)
「戻ったっす!」
そんな事を考えながら時間をつぶしていると、リリエラが帰ってきた。その手には何着かの服を持っており、テーブルの上に広げたのだった。
「マスター、どうっすか?」
「こ、これは……」
「ドライアドさんが着てたような服っす!」
「これを作ったのは誰だ?」
「紹介してもらったドワーフっす」
「ほう。いいじゃないか」
「デザインによっては、難しいものもあるそうっす」
「ふむ。まあ、アーシャにデザイン画をあげさせよう」
「でも、タダじゃないっすよ?」
「そりゃあな。作れることが分かっただけで十分だ」
「報告はどうするっすか?」
「そうだなあ」
いつものクエスト報告は、今回はなしでいいだろう。ドワーフの集落で会った時に、
「仕事と言っても、調理場で皿洗いとかっす」
「そ、そうか……。ならいい」
「そうっすか?」
「他に面白そうな事はやった?」
「特にはやってないっすね。マスターたちが出発して数日っすから」
「そ、そうだな」
こんなものだろう。面白い事に、早々と遭遇するものではない。ドワーフの集落へ来た時までの報告で十分に面白かった。今後のクエストも楽しみだ。
「明日には出発する。体を休めておけよ」
「はいっす!」
「ニャンシー」
「なんじゃ、主?」
リリエラの影からニャンシーを呼び出す。彼女には、やってもらう事がある。それは、カーミラへ出発の日程を伝えてもらう事だ。明日までに来れないようなら、入れ違いになってしまう。
「カーミラに伝えといて」
「よいぞ。カーミラの状況も、聞いてくるのじゃ」
「よろしくな」
「マリ、ルリ」
「なあに?」
ニャンシーを送り出した後は、夕食まで時間ができた。これからやる事など一つである。リリエラへの、御仕置きも兼ねる事にする。
ガルドへ余計な事を言った事に対する、
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