第187話 (幕間)宮廷会議と秘密の会合

 エウィ王国で執り行われている宮廷会議。大陸の三大大国の一国として、三国会議で決定したことを遂行している最中だ。それ以外にも、国としての問題が多い。それらの方向性を決める必要があった。


「まずは、ブレーダ伯爵。魔の森の開発状況を聞こう」


 魔の森の開発責任者である、ブレーダ伯爵が前に出る。帝国に関税をかけられたので、食糧の輸出が減った。しかし、フェリアスへの輸出が増えるために、魔の森の開発は急務になっていた。


「デルヴィ侯爵から人足を貸していただいたおかげで、順調に進んでおります」

「ふむ。順調とは?」

「はい。森の中央付近までの魔物の討伐を、終えております」

「ほう。では、入り口の辺りは?」

「すでに開発が始まり、来年の収穫までには間に合わせる予定ですな」

「「おおっ」」


 ブレーダ伯爵は得意げな顔をしている。実際、この開発速度は速い。まだ魔の森の入り口ではあるが、十分な食料を確保できる事だろう。これには、エインリッヒ九世の表情も緩む。


「切り出した木材などは、どうした?」

「そちらは、ワシが話しましょう」

「デルヴィ侯爵か」


 デルヴィ侯爵が前に出る。その表情に笑みはないが、内心では喜んでいるのが分かっている。これは、出来レースのようなものだ。


「ワシの領地の材木商が、高値で買い取ってくれましてな」

「ほう。なぜだ?」

「闘技場の周りに造る、建物などに使うそうです」

「なるほどな。闘技場の完成も近いのか?」

「もう、そろそろですな。外観は完成しておるようです」

「ははっ。平民の娯楽のためと思ったが、楽しみだな」

「そうでございますな。ワシも年甲斐もなく、ワクワクしてる次第です」


 デルヴィ侯爵の楽しみは別の事だが、闘技場として考えるなら、楽しみなのだろう。王や上級貴族は乾いた笑みを浮かべているが、他の貴族たちは楽しそうに笑っていた。いつまでたっても上級貴族になれない所以ゆえんである。


「ならば、魔の森の開発、予定通りだな?」

「はい」

「では、次に移る」


 宮廷会議は議題が多い。それを一つ一つ解決していくので時間がかかる。途中で休憩を入れながら、進んでいくのであった。


「次の議題は……。爺からだ」

「はい」


 宮廷会議も終盤に差し掛かり、宮廷魔術師グリムの番になる。いつものように白い顎鬚をしごきながら、エインリッヒの隣に立つ。


「ワシからの議題は、裏組織の件じゃ」

「王国に蔓延はびこるゴミどもですな?」

「あやつらは、いつになったら消えるのだ!」

「わが領地にも手を出す始末。どうにかならんのか?」

「「しかり、しかり!」」


 グリムは貴族ではないので、軽く見ている貴族たちが多い。宮廷会議は厳粛な場であるが、彼の議題になると、口を挟んでくるのだった。


「静粛にせよ。話が進まぬではないか」

「「ははっ!」」


 エインリッヒが口を開くと止まる。毎度の事で頭を振ってしまうが、こればかりは仕方がない。この程度の事で、貴族に離れられても困る。


「新興の裏組織「蜂の巣」の件じゃ」

「「黒い棺桶かんおけ」ではなく、そちらですか? グリム殿も、お人が悪い」

「そんな小さな組織など、ローイン公爵の兵が、始末を付けましょうぞ」

「「しかり、しかり!」」

「ふぅ。その「蜂の巣」じゃが、ほぼ壊滅じゃ」

「爺、結果の報告か?」

「いえ、陛下。問題は、ここからですな」

「ほう、続きを聞こう」

「「………………」」


 まったくもって貴族は騒がしい。しかし、エインリッヒがグリムに聞く事によって、貴族たちも黙ってしまう。


「その組織じゃが、麻薬の栽培をしておりましてな」

「それで?」

「それに関与していたのが、レイバン男爵じゃ」

「なんと!」

「王国貴族の風上にもおけませんな!」

「静粛に」

「「はっ!」」

「貴族からの不祥事じゃ」

「そうだな。おまえたち、王国に仇をなすなら許さぬぞ!」

「「は、ははっ!」」


 このあたりの話は、芝居のようなものだ。緩み切っている貴族を引き締める。レイバン男爵は、スケープゴートに使われたのだ。

 これにより、犯罪を犯している貴族は、手を引くか慎重になるだろう。完全にはつぶせないので、こうする他はなかった。


「そのレイバン男爵じゃが、拘束して捕らえてあります」

「麻薬に関しては、国法にのっとって死刑である」

「見せしめに、ギロチンを!」

「国民の前で、公開処刑ですな」

「町を引き回すのも、忘れてはなりませんぞ!」


 裁判も何もない。国法では、麻薬の栽培は死刑である。その上、麻薬撲滅を国民へ訴えられる。要は、人気取りに使えるのだ。貴族たちは国民に嫌われているので、好感度を上げられる機会は逃さない。


「お待ちください」


 レイバン男爵の死刑方法が議論されてる時に、一人の女性が声をあげた。貴族たちは静まり返って、その声の主を見る。

 その女性はリゼット王女だ。宮廷会議は王族が出席している。王族が考える政策も、この場で発表されるのだ。ゆえに、リゼットも参加していた。


「お父……。いえ、エインリッヒ陛下へ、お願いがあります」

「どうしたのだ、リゼット?」

「レイバン男爵の、助命を進言いたしますわ」

「な、なんと!」

「いくら王女様でも、無理でございますぞ」

「そうですぞ。国民への示しがつきませぬ」

「静粛に」

「「ははっ!」」


 リゼットの身分は王女だが、何の権限も持たない。王族として発言してもよいが、貴族が聞き入れる必要はなかった。だからこそ、彼女は軽く見られている。


「なぜ、助命を請うのだ? 国法では死刑だぞ」

「誰にでも失敗はあるものです。一度の失敗で死刑などと……」

「一度だろうが、国法を曲げるわけにはいかんな」

「ですが、それを見た国民は、どう思うでしょうか?」

「当然、われらの決定を支持するであろうな」

「いえ。私は、そうは思いません」

「どういう事だ?」

「ここは寛大な心で許し、王家の懐の深さを見せるべきですわ」

「ふむ」

「失敗しても、やり直せると教える事。将来のためになるかと……」


――――――パチパチパチ


 リゼットの話の途中で、拍手をする者が居た。誰もが、その人物を見る。拍手をしているのはデルヴィ侯爵だ。これには、全員が目を見開いた。


「いやはや。リゼット様には敵いませんなあ」

「デルヴィ侯爵様……」

「失敗した者にチャンスを与えても、よいかもしれませぬ」

「デ、デルヴィ侯爵殿?」

「お気は、たしかですかな?」

「其方らは、何を騒いでおるのだね?」


 デルヴィ侯爵の人となりは、皆が知っている事だ。そんな言葉を出す人物ではない。盛大に処刑を演出する側の人物である。


「何をとは……?」

「男爵程度の者を処刑したとて、国民が喜びますかな?」

「そ、それは」

「貴族であれば……。その程度の事に、思い至りませんかな?」

「そ、そうですな! そうです。男爵などを処刑してもな!」

「デルヴィ侯爵の言う通りでしょう」

「「しかり、しかり!」」


 今現在、エインリッヒに次いで二番目の実力者である。その言葉には重みがあり、反論を許さない威圧感があった。貴族の話なので、グリムは除外だ。


「リゼット様は、お優しいですなあ」

「よろしいのですか?」

「国法では死刑ですが……。レイバン男爵は、騙されていた」

「そうなのですか?」

「そうでなければ、王国貴族とは言えませぬなあ。そうは思いませんか?」

「そ、そうですな! 男爵と言えども王国貴族」

「きっと裏組織に騙されたのでしょう。おいたわしい事ですな」

「家族でも人質に取られたのでしょう。それに、相違がありますまい」

「これは、情状酌量の余地がありますな」


 すでに、デルヴィ侯爵の手のうちである。彼が白と言えば白なのだ。これに反論できる者は、ごく数人である。


「しかし、リゼットよ。死刑を取りやめても、罰を与える必要はあるぞ?」

「陛下のおっしゃる通りです。そこで、慈善活動をやらせましょう」

「慈善活動だと?」

「全ての貴族の名において、男爵を許し、国民の模範となってもらいます」

「おお! それは、よい提案でございますなあ。さすがはリゼット王女!」

「全ての貴族とはまた、素晴らしい提案ですな」


 デルヴィ侯爵の言う通り、この場に居る貴族たちは、男爵などどうでもいいのだ。リゼットは貴族の急所を的確について、助命を成功させるのだった。


「では、レイバン男爵の件は、リゼットに任せようと思う」

「よろしいのではないですかな」

「そうですな。天使と呼ばれる御方だ。国民は納得するであろう」

「慈善活動は、リゼット様肝いりの政策の一つ。お任せする方が……」

「「しかり、しかり!」」


 これで決定だ。レイバン男爵の処分は、リゼットの手のうちになった。彼女は提案が通った事で、微笑みを浮かべる。それは、まるで天使のような笑顔だった。


「爺も、それでよいな?」

「はい。リゼット様であれば、レイバン男爵も更生するじゃろう」

「では、次の議題へ移る。次は勇者召喚についてだ」


 宮廷会議の一番の議題があがる。新しい聖女が決まった事で、勇者召喚が可能になった。エインリッヒは、宮廷会議が始まる前に、神殿からの通知を受け取っていたのだった。



◇◇◇◇◇



 リゼットは部屋へ戻り、一人で書物を読んでいる。それは、彼女しか読めない書物だった。テーブルの上には、紅茶の入ったカップが置かれている。


「まさか、デルヴィ侯爵が手助けしてくれるとはね」


 宮廷会議を思い浮かべたリゼットは、軽く紅茶を飲む。その目線は書物を見ていた。しかし、読んではいない。書物のページを、眺めているだけであった。


――――――コン、コン


 本を眺めていると、部屋の扉がたたかれる。どうやら来客のようだ。リゼットは立ち上がって、その扉へ向かう。


「入ってよろしいですわ」


 リゼットが入室の許可を出すと、一人のメイドが入ってきた。


「デルヴィ侯爵様が、お見えになりました」

「デルヴィ侯爵ですか?」

「はい。面会を求めておりますが、いかがいたしましょうか?」

「………………」


 リゼットは考える。デルヴィ侯爵ほどの者が、なんの力もない王女に、用があるとは思えない。利用するにも、王族なので扱いづらい。放置しても無害な王女なのだ。用があるとは思えなかった。


「通していいわよ」

「よろしいのですか?」

「ちょうど紅茶もなくなりましたので、お代わりを持ってきてください」

「畏まりました」


 メイドは扉を開けて出ていった。リゼットはテーブルへ戻りながら、さらに考える。しかし、デルヴィ侯爵の事ではない。


(あのメイド……。どこの貴族の者だったかしら? 興味がないので忘れてしまったわ。まあ、デルヴィ侯爵が尋ねてきた事が漏れるわね)


「その程度の事を知らない、デルヴィ侯爵ではないでしょうが……」


 それからしばらく待っていると、メイドがデルヴィ侯爵を連れてきた。リゼットが頼んだ紅茶と、来客用のカップを持ってきている。


「宮廷会議では助けていただき、ありがとうございました」

「いやいや、思った事を言ったまで」

「あなたは、下がっていいですよ」

「はい」


 メイドはカップに紅茶を注いで、部屋を出ていった。これで、リゼットはデルヴィ侯爵と二人きりである。年頃の淑女にあるまじき行為だ。

 本来であれば、メイドが同席をする。相手によっては護衛がつく時もある。しかし、相手がデルヴィ侯爵なので、何も言えないだろう。もし、二人きりだったと騒ぎ立てれば、メイドの家がどうなるか分からない。


「それで、何用でしょうか?」

「そうですなあ。リゼット様が、何をなさりたいか知りたいと……」

「レイバン男爵を助けたい。だけでは、駄目ですか?」

「それでもよろしいですが、お力になれると思いましてなあ」

「私はデルヴィ侯爵様の力に、なれそうもありませんが?」

「ローゼンクロイツ家」

「っ!」


 デルヴィ侯爵は、蛇のような目を細めてリゼットを見る。すると、彼女の表情が変わっていった。


「ふふ。デルヴィ侯爵様の望みが分かりましたわ」

「さすがは、リゼット様でございますな」

「書物は、お持ちで?」

「はて、何の事でしょうか?」

「なんでもありませんわ。では、お話をするとしましょう」


 リゼットの顔が上気していく。そして、その話を聞いたデルヴィ侯爵の口角が上がる。どれぐらいの時間、話しただろう。もうすぐ日も落ちそうだ。

 これ以上部屋に居ては、さすがに問題となるだろう。彼女との話を切り上げたデルヴィ侯爵は、部屋から出ていったのだった。



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