第169話 剣聖1

「ここで待っててね」


 フォルトは、迷宮蟻が張っている警戒網の手前で三人に告げる。一緒に来ても危険はないだろうが、手加減の練習をやりに来たのだ。

 ルリシオンから指摘されたように、戦闘の経験は少ない。最近では、ビッグホーンとコカトリスの討伐くらいだ。その前だと、魔の森で冒険者を入り口へ送る時に、オーガを少々倒した程度である。


(さてさて。コカトリスの時のように、派手に倒しては駄目だな。でも、迷宮蟻の数が多いしなあ。なんか使えそうな能力はっと……)


 一応暇を見ては、アカシックレコードから、ポロのスキルや魔法を覚えている。それが、今まで使っていたものだ。しかし、膨大にあり過ぎて、全部を覚えていない。常に暇でも、怠惰たいだなので、覚えるのを忘れる時もあった。


「これでいっか。『帯雷たいらい』」

「あら、それはなにかしらあ?」

「これか? その名の通り、体へ雷をまとわせるスキルだな」

「へえ。ビリビリするのお?」

「俺自身は何も感じないけどな。でも……」


 フォルトがスキルの出力を上げると、体中に青白い稲妻をまとう。サタンが美少女に変わる時も、こんな感じだった。


「御主人様、ピリッとします!」

「おっと悪い。調整、調整ね」


 体から放出された稲妻が、カーミラを触ったようだ。これでも抑えていたが、まだ足りなかったようだった。戦闘で使う場合は出力を上げてもいいだろうが、非戦闘時には、もう少々抑えた方がよさそうだ。


「行ってくる」

「ほどほどにねえ」

「ふん! 早く戻ってきなさいよ」

「御主人様! いってらっしゃーい」


 三人に見送られながら、通路を奥へ歩いていく。そのまま進むと、警戒網に入ったのか、迷宮蟻の一匹が顎をガチガチと鳴らし始めた。すると、通路の奥から大量の迷宮蟻が殺到してくるのだった。


(うげっ! デカい蟻の大群だ。気持ち悪いなあ。でも、小さいままの方が気持ち悪いか。小さいままで、大量にまとわりつかれたらと思うと……)


「さて、出力を上げてっと……」


 『帯雷たいらい』の出力を上げると、激しい稲妻が体をう。しかし、迷宮蟻は昆虫なので知能がない。恐れもせずに、そのまま噛みついてきた。


――――――ガチガチ


 それをフォルトは避けようともしない。噛むなら、どうぞ噛んでくださいと言いたげだ。迷宮蟻はというと、簡単に噛み切れそうな、腕や足などを狙ってくる。


――――――ボンッ!


 そして、体をっている稲妻が迷宮蟻を襲う。放電しまくりなので、噛みつかれる前に、迷宮蟻が直撃を受ける。すると、内部から破裂したのだった。

 フォルトの周りでは、まるで風船が割れるみたいに、大量の迷宮蟻が破裂している。ボンボンと、うるさいぐらいだ。


(耳をふさごう)


 迷宮蟻が破裂するのは、稲妻の直撃を受けて、体内の体液を一瞬で沸騰させたからだ。破裂しない迷宮蟻の方が多いのは、その硬い外皮のおかげか。それでも内部はグツグツと煮えてるので、とっくに死んでいた。


「強いなあ、これ」


 まさに、無人の野をゆくがごとくである。破裂しない迷宮蟻がぶつかってくるが、当たった時には死んでいるので痛くはない。

 そして、迷宮蟻の猛烈な攻撃を凌ぎきり、奥にある大部屋へ向かう。大部屋と言っても扉があるわけではなく、ただ開けているだけだ。


「ほう。デカい……」


 迷宮女王蟻。大きさは、成人の人間が二人分くらいだろう。見た目は羽の付いた大きな蟻だ。何か威嚇音を出して、フォルトを見ている。

 部屋の中には、親衛隊とでもいうべき迷宮蟻が、数匹残っていた。迷宮蟻の習性は普通の蟻と似ているが、繁殖力は高くない。一つの巣に何万匹も居るわけではなかった。


――――――ガチガチガチガチ


(うん? 襲ってこないな。女王蟻って動けないのか)


 女王蟻以外の迷宮蟻が周りを取り囲むが、女王蟻は奥で鎮座している。鎮座と言っても、椅子に座っているわけではない。

 通路で襲ってきた迷宮蟻と違い、親衛隊の蟻は様子を見ているようだ。取り囲みながら左右へ動いていた。


「まあ、他はいいや。女王蟻を狙おう」



【マジック・アロー/魔力の矢】



 「ギッ!」


 まずは、簡単な無属性魔法の光弾を放つ。これは初級魔法である。しかし、魔力の調整をするには、もってこいであった。

 最初に放った光弾が直撃すると、女王蟻の足が吹き飛んだ。それを合図に、親衛隊の蟻が襲い掛かってくる。結果は、普通の迷宮蟻と同じだった。


(ふむふむ。まだ魔力を下げないと駄目だな。もう一人、連れてくればよかったか? 比較するものがないと、調整に時間がかかりそうだ)


――――――ガチガチガチガチ


 親衛隊すら居なくなった女王蟻は、威嚇しかやれないようだ。戦闘能力は皆無なのだろう。その場から動かずに、迷宮蟻を産むだけの昆虫だった。

 フォルトは、二発三発と光弾を撃ち込む。撃つたびに威力を下げていき、ようやく普通の光弾の威力まで下げられた。女王蟻の足は、一本を残して吹き飛んでしまったのだった。


「なるほど、なるほど。これぐらいの調整でいいんだな」


――――――ガチガチ


「よし、もう死んでいいぞ」



【マジック・アロー/魔力の矢】



「ギョ!」


 最後に、威力をあげた光弾を撃ち込む。その光弾は女王蟻の頭部に直撃をして、その頭を吹き飛ばした。これで、試したい事は終了であった。

 フォルトは、さっさと来た道を戻っていく。そして、三人の美少女たちが出迎えてくれた。これには、こそばゆい感じがする。


「御主人様、終わりましたかあ?」

「ああ。これで、ある程度は強さを隠せるんじゃないかな」

「へえ。ちょっと、撃ってみなさいよ」

「いいよ」



【マジック・アロー/魔力の矢】



 マリアンデールにうながされて、壁へ向かって光弾を放つ。威力も見た目も普通の光弾だ。それを見たルリシオンはうなずいていた。


「いいわねえ。それでいいのよお」

「後は、ローゼンクロイツ家としての強さに、調整すればいいだろう」

「そうねえ。まあ、常識外じゃなければいいわよお」

「そ、そうか。その辺のアドバイスはよろしく」

「はいはい」

「じゃ、戻るか」


 そして、四人は戻っていった。帰りの通路に魔物は居ない。しかし、他の通路の先には何かが居るようだった。そちらの方は、頼まれていないので放っておく。

 そのまま戻っていくと、スタインたちが作業をしていた。無視をするのも悪いので、あいさつをするために、近寄ったのだった。


「おまえら、逃げ帰ってきたのか?」

「え?」

「さっき向かったばかりだろ?」

「いや、終わったから戻ってきたんだが……」

「はははっ、冗談を言うな……。って、まさか、女王蟻を倒したのか?」

「そうだ。素材とかは要らないから、勝手に持っていっていいぞ」

「マジか?」

「マジだ」

「………………」


 スタインは、口を開けて呆けている。確かに早かったかもしれない。しかし、戻ってきてしまったものは仕方がない。そこで、適当な嘘をついておく。


「ま、まあ。マリとルリが居たからな」

「そ、そうか」

「それより、まだかかるのか?」

「解体する数が多いからな」

「分かった。セレスに伝えとく」

「頼む」


(長く話しても、ボロが出るだけのような気がする。さっさと帰ろう。これ以上、頼み事もないだろう。戻って休憩して、ミノタウロスまで一気に行くか!)


 これからの予定を脳内で決めて、スタインと別れる。解体を手伝うつもりは毛頭ないので、頼まれる前に消える方が得策であった。


「じゃあ、頑張ってな」

「ちょ、ちょ……」

「三人とも行くぞ」

「はあい!」

「………………」


 やはり何かを言いそうだったが、足早に地上へ向かう。振り返る事はしない。そんな事をすれば、面倒事が増えるだけである。それから地上へ出たフォルトたちは、セレスに事の顛末てんまつを伝えるのであった。



◇◇◇◇◇



 セレスへの報告が終わったフォルトたちは、軽い運動をしてから、迷宮へ入っていった。軽い運動の内容は内緒だ。


「カーミラ、こっちで合ってる?」

「地図通りなら、合ってますよお」


 地下四層のマッピングまでは終わってた。その四層は、現在攻略中だ。一層から四層までの階段も書き込まれているので、最短距離で向かっていた。


「なんか、この迷宮って……」

「虫だらけですねえ」

「気持ち悪いわあ。地下じゃないなら、燃やしたいわよお」

「貴方、ルリちゃんが気持ち悪がってるわ。なんとかしなさい!」

「なんとかと言われても……」


 マリアンデールの無茶振りは置いておいて、二層からも巨大昆虫の連続だった。ジャイアントビートルに、ビッグマンティス、キラービーやらが居る。それぞれ、甲虫・蟷螂かまきり・蜂だ。この虫たちが巨大になった感じである。


「御主人様、ビッグマンティスですよお」

「………………」



【マジック・アロー/魔力の矢】



 魔力感知で位置が分かっているので、発見したら、すぐに攻撃だ。誰かに見られてもいいように、威力を抑えてある。しかし、何発も撃つのは苦痛なので、一撃で倒せる威力まではあげていた。


「ギョ!」


 ビッグマンティスがカサカサと向かってきたところで、顔面へ光弾をぶち込む。そのビッグマンティスは、頭部が破壊されて倒れた。しかし、なぜか虫というものはしぶとい。頭部を吹き飛ばされても、前脚の鎌が、敵を挟もうと動いていた。


「気持ち悪いわあ」

「貴方……」

「分かってる、分かってるって。でも、燃やせないしなあ」

「まったく。ちゃんと討伐しておきなさいっての!」

「ほんとよねえ」

「まあ、倒しながらも進めてるんだ。行くとしよう」

「はあい! こっちでーす!」


 二層より先のよいところは、迷宮蟻のように群れていない事だ。単体で現れるか、群れていても三匹から五匹だった。

 おかげで、光弾の数を増やさなくてよかった。それだけが救いだ。その程度と思われるだろうが、地下へ入ると気分が乗らないのだ。


(さて、そろそろ四層か。たしか、討伐中の層だったな。ご苦労さんと言いたいところだが、そこから先は地図もないのか)


 フォルトはマリアンデールを見る。


「なによ」

「はぁ……」


 フォルトはルリシオンを見る。


「どうしたのお?」

「………………」


 フォルトはカーミラを見る。


「えへへ。マッピングならカーミラちゃんに、お任せです!」

「おお!」


 さすがはカーミラであった。ツーと言えばカーである。自分もマッピングには自信がないのだ。そこで、類友であるマリアンデールの肩へ手を回す。それからフォルトは、ニコニコしながら、先へ進むのであった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、

本当にありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る