第170話 剣聖2

「やああっ!」


 前方から迫る巨大な黒い蛇を、持っている剣で切り裂く。しかし、鉄の剣とは違い、両刃ではなく片刃だ。刀身が真っすぐの形状の剣と違い、片刃が反り返っている。これは刀と呼ばれるもので、日本では侍が使っていた剣であった。


「まだまだ!」

「シャー!」


 戦っているのは、ブラックヴァイパーと呼ばれる黒蛇だ。全長が十メートル以上ある個体も確認されている、凶暴な蛇である。人間など簡単に丸呑みして食べてしまうのだ。目の前の黒蛇は三メートルほどではあるが……。


「ちっ。蛇の分際で……」

「シャー、シャー」


 その黒蛇と対峙たいじしている人間がいる。それは、長い黒髪をポニーテールでまとめた女性で、年の頃は二十代の後半くらいか。

 着ている服は道着のような服で、戦士というよりは剣士に見える。服の内側にチェインメイルを装備しており、動きやすさを重点においていた。刀は腰に二本差しているようだ。一本は抜かれている。


「『気剣体一致けんきたいいっち』、いくぞっ!」


 その女性はスキルを使い、刀を鞘へ納めてから、柄に手をかける。そして、構えを取った。そのスキルの効果で、刀が手足の一部のように感じられる。


「シャー!」


 その女性を丸呑みにしようと、黒蛇が口を開けて襲い掛かってきた。しかし、女性は動かない。そして、黒蛇の口が近づいた瞬間に動く。


「『月影つきかげ』!」


 女性は目にも止まらぬ速さで刀を抜き放ち、黒蛇へ向かい一閃した。すると、黒蛇の頭部と口が切り裂かれた。その斬撃の勢いは止まらず、胴体まで切り裂いたのだった。


「ふう。終わったか」


 女性は黒蛇が動かなくなったのを確認して、刀を鞘へ戻した。それから振り返り、後方で待機していた者たちの所へ戻った。


「ベルナティオ殿は、お強いですなあ」

「蛇ごときでは、強さを計れまい?」

「いやいや。おかげで四層の攻略も順調ですぞ」

「そう言ってもらえると嬉しいがな」


 〈剣聖〉ベルナティオ。齢二十七歳。わずか七歳で剣を取り、今の今まで負け知らず。その剣の道は誰にも譲らず。勇魔戦争でも魔族を相手に負けはない。帝国の闘技場では出場禁止の覇者であり、まさに天下無双の剣豪である。


「四層は、まだ間引きをするのか?」

「はい。五層への階段前までは……」

「分かった。おっと、私も解体を」

「いえ! ベルナティオ殿に、そんな事はさせられません!」

「いや、皆がやっているなら」

「最前線で戦ってもらっているのです。お休みください」

「そ、そうか? そう言うなら、お言葉に甘えよう」


(ふぅ。気を使ってくれるのは有難いのだが、特別扱いは困るな。「剣聖」の称号がカードに表示されてから、周りが騒ぎすぎだ)


 称号自体は最近獲得したものだが、すでに二つ名として〈剣聖〉と呼ばれていた。各国から秋波を送られているが、すべてを断っている。彼女には、剣の道を極めるという目標があるのだ。

 称号を獲得してからは、もっとひどい。強者を囲い込めば、それだけでパワーバランスが変わる世界だ。どの国も、喉から手が出るほどほしいだろう。


「やれやれだな」

「ティオは大変だねえ」

「フィロ、おまえも戦え」

「邪魔しちゃ悪いじゃん。目の前でピョンピョン跳ねられたら嫌でしょ?」


 フィロは兎人族の獣人で、昔からの知り合いだ。ベルナティオの事を、愛称のティオと呼べる間柄である。兎人族は、兎のように長い耳を持ち、関知能力に優れた種族である。

 その感知能力により生存率が高く、今まで生死を賭けるような戦いに遭遇した事がない。「幸運のフィロ」と呼ばれている。


「それぐらい問題はない。フィロには当てないさ」

「へへ。もしかして、私ならティオに勝てるかな?」

「無理だな。いくらフィロが幸運でも、私は負けないさ」

「まあ、そうだよね。それよりさ」

「なんだ?」

「なんか、嫌な予感がするんだよねえ」

「嫌な予感?」

「うん。こう、なんていうか……。ピリピリする感じ?」

「私には、何も感じないが」

「そう? 気のせいかなあ」


 フィロが腕組みをしながら、首をかしげている。彼女が危険を察知する時は、もっと直接的である。気にする必要はないだろう。


「歩き疲れたのだろう。私も休憩するから、フィロも休んでおけ」

「そうしよっかな。解体とか、私はやれないしね!」

「たしか、五層の駆除までだったな?」

「そう聞いてるよ」

「なら、一度地上へ戻った方がよさそうだな」

「どうだろうね。隊長次第じゃない?」


 隊長とは、ベルナティオに気を使っていた獣人族の男性だ。名前はヴァルターと言い、熊人族の獣人だ。怪力の持ち主で、隊員からの信任も厚い。

 しかし、戻ると言っても、全ての魔物を駆除したわけではない。戻る時にも遭遇するだろうし、また来る時にも遭遇するだろう。


「どっちも危険か?」

「さてね。まだピリピリする感じがするけど」

「魔物が来たなら、違う感じ方をするだろ?」

「そういう話なら、進んでも戻っても平気じゃない?」

「そうか。まあ、ヴァルター殿に任せればいいか」

「そうそう。ティオは鬼婆みたいに、戦ってればいいだけだよ」

「誰が鬼婆だ!」

「へへ。戦う事しか脳がないんだからさ」

「言ってろ。とにかく休むぞ」

「はいはい」


 ベルナティオは、通路の壁の前に座り、背中を預ける。そして、目を閉じて休憩に入った。寝ているようで寝ていない。そんな眠りに入ったのだった。



◇◇◇◇◇



「あの魔物は……」


 斥候役を努めているフィロは、通路の角から顔を出す。そして、その通路の奥の魔物を発見して凝視している。

 迷宮は暗いが、獣人族は『暗視あんし』の能力を持つ種族が多い。暗闇でも昼間のように見えるスキルの事だ。このスキルは、ゴブリンなども持っている。人間が夜を恐れるのは、このスキルを持たない上に、敵が持っているからだ。


「あれは、ナーガ?」


 視線の先には、人間のような上半身を持った蛇が居た。首から上は、人間の顔と蛇を足した感じだ。比率としては蛇の方が大きい。日本でいうコブラという蛇の顔に、人間のような目や鼻を付けた感じだった。


(あれはヤバいよね。とりあえず、戻ろっと)


 そのままフィロは、忍び足で通路を戻っていった。そして、討伐隊に合流をして、報告をするのだった。


「ナーガだと?」

「うん。階段の前に、居座ってたよ?」

「何匹だ?」

「一匹だけど、部屋が狭いよ」

「くそ。部屋が狭いんじゃ、部隊で入れねえな」

「そうだね。入れても五人ぐらいじゃないかな」

「狭すぎるだろ!」

「あ、戦闘を考えて五人ね。何も居なければ、もっと入れるよ」

「あ、ああ。悪いな」

「ヴァルター隊長は、せっかちです!」

「そう言うな」


 フィロの報告を受けたヴァルターは、頭をいて顔を赤らめた。こういう間違いは、よくやる方だ。他の隊員たちも、クスクスと笑っていた。


「でも、ナーガか……」


 ナーガの推奨討伐レベルは三十だ。一般兵では、出会えば死ぬレベルである。この討伐隊は精鋭部隊だが、それでも限界突破をしたものは少ない。


「毒が厄介なんだよな」

「そうだね。噛みつかれるのもそうだけど、き散らすんだよね!」

「それなあ。部屋が、毒だらけになっても困る」

「でも、毒の部屋になれば、五層へ行かなくても平気じゃない?」

「駄目だな。下層はアンデッドの巣だ」

「そうだったっけ? 毒とか関係がないか」


 フィロの提案は、毒部屋にすれば五層より先でスタンピードが起きても、その毒部屋で勝手に死ぬという発想だ。

 しかし、下層はアンデッドが徘徊はいかいしており、他の魔物も居る。人間や獣人族には毒でも、たいして効かない魔物の方が多いのだ。


「一体なら、私だけでも平気だぞ」

「いや、ベルナティオ殿だけでは危険だな」

「なぜだ?」

「やっぱり毒だな。いくら〈剣聖〉でも、毒には敵わないだろ?」

「吸い込まなければ平気だろ」

「そうなんだがな。少しでも触れると、死ぬ可能性もあるぞ」

「触れなければ平気さ」

「いや、やっぱり神官を付けよう」

「そうか」


 ベルナティオは、一人でも余裕だと考えていた。しかし、ヴァルターは安全を取る。部隊の隊長として、一人の犠牲も出したくはないのだろう。


「俺とベルナティオ殿。それに、神官と魔法使いだな」

「分かった」

「他の者は、後方からの魔物に対処しろ! 突破されて、邪魔をさせるな!」

「「おおっ!」」


 気合の入った小さな声が響く。ここは迷宮である。大声など、もってのほかだ。その声に、ヴァルターは満足そうにうなずいた。それからベルナティオとフィロとともに、神官と魔法使いを連れて奥へ向かった。


「この先か?」

「そうだよ。もう一回見てみる」

「ああ」


 フィロが斥候をした場所へ到着したヴァルターたちは、戦闘の準備に入る。その間に彼女が、再び斥候へ向かった。

 準備の整った一行は、フィロの合図を待つ。ベルナティオだけは、それが見えない。『暗視あんし』のスキルを持っていないからだ。ここまでは、ランタンの光を頼りに進んできていた。今は、そのランタンを消している。


「どうだ?」

「まだだ。今、顔を出して、のぞいているところだ」

「暗闇で見えるのは羨ましいな」

「ははっ。戦闘になったら、ちゃんと光を灯すぜ」

「頼む」

「おっ! まだ一体のようだ。行くぞ!」



【ライト/光】



 フィロから合図がきたところで、連れてきた魔法使いが、光の魔法を使う。その光は魔法使いの杖から発しており、それを頼りに奥へ向かった。


「フィロは、ここで待ってろ!」

「ティオ、頑張ってね」


 ヴァルターを先頭に、一行はフィロの横をすり抜けて奥へ向かう。光を発見したナーガが、こちらを向いて威嚇していた。


「シャー!」

「俺に防御魔法を!」

「はいっ!」



【レジスト・ポイズン/毒耐性付与】



 連れてきた神官から防御魔法を受けたヴァルターが、部屋の中へ飛び込む。そして、ナーガに接近して大盾を構えた。


「来なっ!」

「シャー!」


 ヴァルターは、ギッシュと同じタンクだ。しかし、その戦い方は防御に特化している。持っている大盾はラージシールドと呼ばれ、ヴァルターの体を隠す。

 ナーガは上体を左右へ揺らして、攻撃できる箇所を探す。その動きに合わせて、ヴァルターは大盾を動かす。攻撃される隙を与えない事に終始していた。


「魔法で攻撃しろ!」

「はいっ!」



【ロック・ジャベリン/岩の槍】



 ヴァルターがナーガを引き付けてる間に、魔法使いが攻撃を仕掛ける。ナーガの左右に岩の槍を作り出して、それをぶつけていった。

 迷宮や洞窟で、火属性魔法は厳禁だ。酸素がなくなるのと、煙で肺を痛めるからだ。そして、ナーガには水属性魔法が効かない。風属性も空気を使うので控えた方がいい。よって、土属性魔法を使っていた。


「キシャー!」


 魔法攻撃を受けたナーガは、上体を後ろへ反らした。それを見たヴァルターは大盾を前に出して踏ん張る。ナーガの次の攻撃に、耐える必要があるのだ。

 反り返ったナーガは、まるで矢のような勢いでヴァルターへ向かってきた。そして両拳を前に出して大盾にぶつかる。その攻撃を踏ん張って耐えていたが、勢いがあり過ぎて押されてしまう。


「ぐうううっ!」

「もらった!」


 押されてきたヴァルターの後ろから、ベルナティオが左から飛び出してきた。ナーガは大盾に受け止められて無防備状態だ。彼女は刀の柄を握りながら、ナーガへ迫る。そして、間合いに入ったところで刀を抜いた。


「でやああっ!」


 ベルナティオは目にも止まらぬ速さで刀を一閃して、ナーガの胴体を斬る。そして、返す刀で首を狙った。


「シャー!」


 その時、ナーガの側頭部が開く。それは、コブラのような皮膚の膜だ。その膜から、紫色の体液が飛び散った。

 それを見てもベルナティオは意に介さず、ナーガの首を斬り落とした。しかし、その体液を浴びてしまうのだった。


「うぐっ!」

「治療だ!」

「は、はいっ!」



【キュア・ポイズン/状態異常回復・毒】



 ヴァルターの命令で駆け寄った神官が、ベルナティオへ信仰系魔法を使う。この魔法は、毒だけに効果がある魔法だ。効果対象を絞るので、初級の状態異常回復魔法よりも効果があった。


「大丈夫か?」

「あ、ああ。少々むちゃをした」

「まったく……。部屋を出るぞ!」


 ナーガを倒した一行は部屋を出た。毒をき散らされたので、しばらくは部屋へ入れないだろう。ベルナティオはフィロの近くへ向かい、地面へ腰を下ろし、壁に背をあずけるのであった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

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