第168話 ブロキュスの迷宮4
地上へ戻ったフォルトたちは、報告のために森司祭セレスのところへ向かう。彼女からの依頼は達成したので、今後の話をするためであった。
隣にはカーミラではなく、ルリシオンを連れていく。いつでもバトンタッチをするためだ。カーミラは『
「戻りましたよ」
「あ……。お疲れさまでした。どうでしたか?」
「俺たちが到着してからの被害はないですよ」
「あはっ! お姉ちゃんが、一瞬で倒しちゃったわあ」
「そ、そうですか。さすがはローゼンクロイツ家の者たちですね」
「まあ、到着の前後は知りませんけどね」
「それで、討伐隊の者たちは?」
「勝手に撤収してくると思いますよ」
「そ、そうですか。それほどの力があれば、女王蟻も……」
セレスはチラチラと見てくる。気持ちは分かる。しかし、こちらもやる事があるのだ。手伝いはしたので、義理は果たしたと考える。
「この討伐隊には、強者は居ないんですか?」
「いえ、居ますよ。ですが、この拠点には居ません」
「へえ。どんな人?」
「〈剣聖〉ベルナティオさんです」
「け、剣聖だってえ!」
「どうしたのお?」
「いや、なんでもない」
〈剣聖〉と聞いて大声をあげてしまった。しかし、〈剣聖〉という言葉には衝撃を受ける。心が躍る響きだった。
「け、剣聖ですか……」
「ええ。最近、開花された方です」
「開花?」
「はい。称号に「剣聖」と……」
「なるほど」
(剣聖かあ。遠くから眺めてみたいな。さぞかし強いんだろう。レイナスが「氷結の魔剣士」だったな。なんかこう……。沸き立つものがある)
「どうかされましたか?」
「いや。そうですか、〈剣聖〉ですか。ちなみに、どんな人?」
「人間の女性ですよ。フェリアスへは武者修行に来ているとか」
「武者修行ですか。そうですか、そうですか」
「フォルトぉ」
「なんだ、ルリ?」
ルリシオンが呆れ顔だ。ここまで執着してれば察しただろう。手に入れたいのだという事に……。事実その通りで、フォルトの眼が爛々と輝いていた。
「
「そ、そうだな。少し、抑えるか」
「何か?」
「い、いえ。では、その
「まだ戻ってこないのです」
「いつ、戻るんです?」
「今は四層の討伐部隊に入っていますので」
「迷宮の中ですか」
「迷宮は狭いですからね。大部隊では討伐できません」
「それはそうでしょうね」
間引きをするにあたり、強者は下層へ向かっている。上層の間引きは、そこまで強くない者たちが担当だ。女王蟻など時間がかかりそうな魔物は放置である。スタンピードに発展しなければ、それでいいのだった。
「ブロキュスの迷宮では、五層まで間引きをすれば撤収します」
「なるほど。全滅させるのは不可能だと?」
「そういう事です。また数年後には同じ事をやりますね」
「大変ですね」
「どの地域の迷宮も同じですよ」
人間や亜人種では、どんなに修練をしても、倒せない魔物は存在する。例え倒せても、迷宮であれば数の脅威もある。一人が強くても、全滅までは無理なのだ。
よって、どの国でも同じ事をする。間引いて数を減らし、迷宮から魔物を出さないようにするのだ。それを、延々と続けていくしかなかった。
(ウィズなんとか! ってやつか? そう考えると、この世界って本当に大変だな。こういう場面に出くわすと、改めて感じてしまう)
「では、女王蟻は放置でいいですね」
「た、倒せるなら倒してもらったほうが……」
「ですよねえ。でも、マリとルリの限界突破があるので」
「そこをなんとか」
「なんともなりません。人を待たせてるので、さっさと終わらせたいのです」
「………………」
早く終わらせて、幽鬼の森へ帰る。そこでは、シェラと人間組の身内が待っている。彼女たちに自動狩りをしてもらうには、マリとルリが戻らないと駄目だ。
それに、彼女たちの成分を補給したい。こんな所で道草を食っている場合ではないのだ。しかし、エルフを手に入れたい欲求もあった。
「セレスさんって」
「はい?」
「悪魔に魂とか売れます?」
「え?」
「セレスさんさえその気になれば、女王蟻ぐらい簡単に駆除しますよ」
「そ、それはどういう?」
「フォルトぉ。ストップよお」
「あ……」
ルリシオンに止められる。少々頭に血が昇っていたようだ。エルフの里へ行く前に、エルフであるセレスを手に入れようとしてしまった。
たしかに、彼女でもいい。まさにエルフである上、好みでもあった。十分に
「あ、忘れてください!」
「え、ええ」
(危ない、危ない。エルフだけじゃなく、フェリアス全体を敵に回すところだった。手に入れるにしても、穏便に穏便にっと)
「時間は無限にあるしな」
「なにか?」
「いえ。なら、貸しって事でどうです?」
「貸しですか?」
「先程の手伝いは、エルフの里への招待ですよね」
「はい。里への手紙は出したばかりですが」
「セレスさん個人の貸しって事で」
「それは、どういう?」
「そうですね。里を案内してください」
「え? その程度でいいのですか?」
「いいですよ。試したい事もあるし」
「試したい事ですか?」
「ははっ。じゃあ、行ってきます」
「え、ええ」
ルリシオンの腰を引き寄せて、セレスの前から去っていく。これで、女王蟻を倒す事になる。しかし、彼女へ言った通りに、試したい事もあった。
「あはっ! 何を試すのお?」
「手加減?」
「フォルトは戦闘経験が少ないからねえ」
「そういう事だ。ルリたちや、召喚した魔物にやらせてばかりだったからな」
「フォルトらしいと思うけどお?」
「ははっ。こういう機会はめったにない。遊びだ、遊び」
「ふーん。いいんじゃないのお」
そんな事を話ながら、カーミラとマリアンデールの居る場所へ戻る。そして、女王蟻を倒す旨を伝えたのだった。
◇◇◇◇◇
「さて、どうやろうかな」
フォルトたちは休憩を取った後、再びブロキュスの迷宮の地下一層へ向かった。迷宮蟻の後始末がまだのようで、獣人族の討伐隊が残っている。
「まだやってたのか?」
「あんたたちか」
大勢の討伐隊が居るので、一度話した事がある戦士へ話しかける。周りの者たちは数奇な目で見てきた。しかし、それもすぐに元へ戻り、迷宮蟻の素材を確保するため、作業に集中するのだった。
「時間がかかっているようだな」
「堅いからな。バラすのにも時間がかかる」
「そっか」
「おまえたちは、帰ったんじゃなかったのか?」
「帰ったよ。でも、また来た」
「それは見れば分かる。何をしに戻ってきた?」
「女王蟻の退治だな」
「なに?」
「この先だろ?」
「そ、そうだが。四人でか?」
「ああ、さっきのアンデッドも召喚するから平気だ」
「そ、そうか」
(召喚しないけどな。さすがに四人で倒したら目立つだろう。演技が必要だな。ソフィアに演技が下手と言われたが、頑張ってみるとしよう)
この獣人族の戦士は、マリアンデールの強さを見ている。それに、セレスからの援軍として来ていたので、自分たちよりは強いと思っていた。
「だが、危険だぞ。援軍の礼を込めて、何名か連れっていっていいぞ」
「うん? ここの指揮官だったか」
「ああ、犬人族のスタインだ。よろしくな」
スタインを見ると、犬の耳が頭にあった。猫かと思っていたが違ったようだ。獣人族は獣の特性を持っているので、基本的に人間よりも強い。
「フォルトだ。フォルト・ローゼンクロイツ」
「ローゼンクロイツ家か。なら、強さは本物だな」
「信じるのか?」
「そこの魔族は〈爆炎の薔薇姫〉ルリシオンだろ?」
「そうよお」
「なら、そっちの嬢ちゃんが〈狂乱の女王〉マリアンデールか」
「よく知ってるわね」
「そりゃ魔族は隣人だからな。戦争じゃ戦ったが、魔王のせいだろ?」
「そ、そうねえ。そういう事にしておくわあ」
実際、勇魔戦争を引き起こしたのは魔王スカーレットだ。魔族は、それに追従しただけに過ぎない。
しかし、マリアンデールとルリシオンの場合は遊んでいただけだった。それでも、フェリアスとは遊んでいないので、恨まれてはいなかった。
「隣人ねえ」
(ふむ。やはり、マリとルリのためにも、フェリアスとは仲良くするべきだな。シェラも受け入れるだろう。俺と同じで、人間が嫌いなだけだ)
「ああ、よろしくな」
その言葉に聞き耳を立てていた周りの者たちから、ホッと溜息が出ていた。迷宮蟻を一瞬で倒した者たちと、敵対したくないのだろう。それに、ローゼンクロイツ家の事は知っているようだ。スタインと同じようなものである。
「じゃあ、元気な者は……」
「いや、大丈夫だ。俺たちだけで平気だよ」
「そ、そうか? なら、剣を持っていけ。折れてないのがある」
「もらっていいのか?」
「いいぞ。どうせ、これから撤収だ。支給品で悪いけどな」
「いやいや、受け取っておこう」
スタインが補給物資の中から剣を持ってくる。それを受け取って、鞘から抜いてみた。何の変哲もない鉄の剣であった。
「ありがたく使わせてもらおう」
「別に折ってもいいぞ。足りなくなったら、ドワーフから支給されるからな」
「そうか。まあ、適当に使う」
(獣人族ね。猫耳少女は……。汚れてて、よく分からん。地上に出た時にでも物色するか。ニャンシーが居るから要らないけど、目の保養ぐらいは……)
「どうした?」
「い、いや。では行ってくる」
「死ぬなよ」
「ははっ。地上でセレスが待ってるぞ」
スタインと別れたフォルトたちは、そのまま奥へ向っていく。魔力探知を少しずつ広げて、女王蟻の居る場所を見つける。
「カーミラ、地図は?」
「御主人様が探知したのは、この先ですねえ。そこを左です」
「ふむふむ。あいつらとは、だいぶ離れたな」
「離れていないと、蟻に気づかれて襲われるわよ」
「そりゃそっか」
「どう戦うつもり?」
「そうだなあ。このもらった剣でバッサバッサと」
「止めときなさあい。どうせ、前に出て戦う事なんてないんだからあ」
「そ、そうか? でも、そうだな。手加減するとしても魔法だしな」
「そうそう。
「ルリの言う通りだな。じゃあ、火は使えないから……」
フォルトは使う魔法を考えながら、目的の場所へ歩き出す。その後ろを、三人の美少女たちが、ニコニコしながら追いかけてくる。
目的の場所へ近づくにつれて、迷宮蟻の姿が確認できた。魔力探知で先に発見してるので、気づかれていない。しかし、止まっていても
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
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