第167話 ブロキュスの迷宮3

 暗い道を進む四つの影があった。ここはブロキュスの迷宮である。フォルトは光の精霊ウィル・オー・ウィスプを召喚して、周りを照らしていた。

 後ろにはマリアンデールとルリシオンだ。カーミラは隣に居て、地図を見ていた。他には誰も居ない。


「カーミラ、こっちで合ってる?」

「はい! 地図通りであれば大丈夫でーす!」


 確かに人工的に作られた迷宮だ。床や壁は山で切り出された石が使われており、道幅も等間隔だ。同じような景色が続く。自然にできた迷宮より、たちが悪いかもしれない。


「でも、蟻とかの死骸がないな」

「あれは、武器や防具の材料になるのよお」

「そうなのか、ルリ?」

「堅いからねえ。ドワーフが加工すれば、それなりよお」

「なるほどな」


 所々に戦闘の跡があり、魔物の死骸の一部が散乱している。血だまりもあるので、激しい戦闘がおこなわれていたのだろう。

 その死骸の一部を見ると、魔物は蟻だけではないようだ。なんとなく記憶にある昆虫の足やらがあったりする。


(虫かあ。虫は嫌だなあ。まさか、あの黒い悪魔は居ないだろうな。あれがデカくなった魔物なんて出た日には……)


「フォルトぉ。どうしたのお?」

「い、いや。みんな、虫はどうなんだ?」

「どうって……。目の前に出たら、たたきつぶすだけだわあ」

「ふふ。ルリちゃんに近づく全ての虫はつぶすわ」

「えへへ。御主人様の前で、バーンとつぶしちゃいますねえ」

「そ、そうか。つぶすのか」


 蚊なら問題はない。蟻もいけるだろう。おそらく、はえもつぶせる。それ以外となると、手でつぶした事がない。気持ち悪さが先にきてしまうのだ。


「しかし……。よくもまあ、こんなに広い迷宮を作ったもんだな」

「そうねえ。ドワーフは妥協をしないからねえ」

「そういう問題か?」

「使用目的にもよるでしょ」

「それもそうか。で、目的は?」

「知らないわよ。おおかた、鉱石とかじゃないの?」

「鉱山の鉱石じゃなければ、銅とかかな」

「よく知ってるわね」

「いや、合ってるかは分からん」

「適当ねえ」

「専門のドワーフじゃないしな」


 疑問に思っただけで、詳しく知る必要はない。それでも何かを話していないと、迷宮が広すぎるのだ。討伐が進んでいるので、暇だったりする。


(それよりも……)


「この先だな」

「御主人様、何か……。あ、そうですね!」

「あら、魔力探知に引っかかったかしらあ?」

「うん。まだかかるけど、これは……」

「私たちには、まだ分からないわよ」

「ははっ。先行してる討伐隊のやつらだな」

「この先ですと……。広い部屋になってますねえ」

「じゃあ、その辺が巣だな」

「急ぐのお?」

「まさか。走るのはダルい」

「さすが、御主人様です!」


 走るのはダルい。そして、魔力探知を広げすぎて、酔ってしまった。レーダーに、大量の物体を感知した感じだった。


「魔力探知って……」

「貴方の事だから、遠くまで広げたでしょ。馬鹿なの? 死ぬの?」

「ははっ。以後、気を付けるとしよう」


 それから地図を頼りに、ゆっくりと進んでいく。すると、剣戟けんげきの音や大声が聞こえてきた。先行している討伐隊のものだろう。


「さて、行きますか」

「御主人様がやるんですかあ?」

「え? やるわけがないよ」

「ですよねえ」

「迷宮蟻のレベルは?」

「レベル二十ぐらいじゃないかしらあ」

「んー。なら……」



【サモン・リビングアーマー/召喚・動く鎧】



 フォルトの魔法が発動すると、目の前に形成された召喚陣から、鎧の戦士が召喚された。しかし、思っていたのと、何かが違う。


「あれ?」

「どうしましたかあ?」

「鎧が……」

「カッコいいじゃないですかあ!」

「そ、そうか? 俺も、そう思う」


 召喚されたリビングアーマーは、日本の侍のような鎧武者だ。兜からは角飾りが伸びて、大きな肩当を装備している。持っている剣は、なんと刀だった。


「もしかして、俺のイメージからか?」

「たぶんそうですよお。リビングアーマーと言っても、形はいろいろですし」

「そうなんだ」

「はい! 詳しい仕組みは分かりませーん!」


 リビングアーマー。中身のない動く鎧だが、実はアンデッドだ。中身がないように見えるが、霊体が動かしている。倒すには、魔法か魔法の武器が必要だ。


「ちゃんと総面を付けてるし、顔が分からないな」

「顔なんてないですからね!」

「よし。俺の代わりに、しっかり戦ってこい!」

「ギギギ」


 命令を与えると、リビングアーマーは音のする方向へ走り出した。ガシャガシャとうるさいが、どうせ向こうでは戦ってるので大丈夫だろう。それを見届けた四人は、ゆっくりと歩いて追いかけるのだった。



◇◇◇◇◇



 広い部屋の中では、戦闘が繰り広げられている。剣や盾を持った戦士が壁を築いて、後ろから弓や魔法で応戦していた。しかし、数が多い。

 相手は迷宮蟻だ。迷宮蟻は、人間と同じくらいの大きさである。その堅い外皮と強靭な顎による攻撃で、一般兵では苦戦する魔物だ。


「お、押し返せ!」

「「おおっ!」」


 獣人族の男性が、迷宮蟻の顎を、盾で防ぎながら号令をする。すると、同じように防いでいた戦士たちが、迷宮蟻を押し込んでいく。

 その後ろからは、魔法の援護が飛ぶ。迷宮蟻の外皮は堅いため、弓矢はほとんど通らない。火属性魔法も使えないため、雷属性魔法や土属性魔法で倒していく。


「いけるか?」

「奥からこなきゃな」

「いったん、退くのも手だぜ」

「なに、言ってんだ! もうすぐじゃねえか」


 援護をもらった戦士たちは、攻撃を盾で防ぎ、剣で斬る。そこらじゅうから、金属のぶつかる音が聞こえていた。


「あ、あぶねえっ!」

「え?」


 そのタイミングで、戦士たちの陣形が崩れかかる。先頭を守っていた戦士に向かって、迷宮蟻の大顎が迫ってきた。


「や、やられ……」


――――――ガキーン!


 戦士の一人がやられそうになった瞬間に、見た事もない鎧を着た戦士が、迷宮蟻を斬り捨てる。そして、その大群へ向かい、無造作に歩いていった。


「た、助かった……。おい! 戻ってこい!」

「ギギギ」

「なんて言った?」


 獣人族の戦士の言葉を無視した鎧の戦士は、目の前の迷宮蟻へ攻撃を仕掛ける。すると、鎧の戦士に迷宮蟻が群がっていった。


「助けねえと!」

「む、無理だ! いったん下がって、陣形を立て直すぞ!」

「だが」

「それに、見ろ。あの鎧ヤロー、強えじゃねえか」

「え?」

「ギギギ」


 迷宮蟻が鎧の戦士に噛みついているが、まるで意に介さないように剣を振り回す。その剣が振られるたびに、迷宮蟻の頭部が斬られていった。それでも腕や足などに噛みつかれているが、ダメージがないように見える。


「い、いいから」

「わかった」

「いったん下がれ!」

「「おお!」」


 獣人族の戦士たちが下がって、後方で治癒魔法を受ける。他にも効果の切れた強化魔法を受けて、陣形を整えていた。

 その間にも鎧の戦士を見るが、戦い方は変わっていない。それに疲れを知らないのか、その動きが衰える事がなかった。


「お、やってるなあ」


 その時、背後から声が聞こえた。その声は小さかったため、近くの者しか聞こえなかった。治療を担当していた獣人だったが、振り向いて声をかけるのだった。


「誰だ! 今は忙しい」

「だろうな。まあ、手伝いにきたぞ」

「手伝いだと? おまえは誰だ?」

「俺はフォルト・ローゼンクロイツ。セレスから頼まれてな」

「セレス様? 頼んでいた援軍か!」

「そう言っている。数は少ないけどな」

「それでもいい。おまえは魔法使いだな?」

「んー。それでいい」

「そ、そうか。戦士たちの後ろから攻撃をしてくれ」


 フォルトは前方を見る。どうやらリビングアーマーが囮になっており、戦士たちが下がれたようだ。そろそろ支援も終わり、迷宮蟻と戦う気配を見せていた。


「分かっ……」

「御主人様、やるんですかあ?」

「駄目か?」

「えへへ。いろいろとバレちゃいますよ?」

「あ……。そうだったな。力の加減がどうもなあ」


 たまにフォルトが見せる攻撃魔法は、相手によっては初級魔法だ。しかし、魔人である彼が使うと、初級も上級クラスになる。

 魔力の調整をしなくては、強大な魔法に見えてしまい、探られたくない腹を探られる。しかし、その調整の加減が、うまくいっていなかった。


「じゃあ、私がやるわ」

「マリがか?」

「すぐ済むわよ。ちょっと、数が多いけど……」

「ふーん。なら、任せる」

「ふふ。高みの見物をしていなさい」


 フォルトの事情を知っているマリアンデールが前にでる。ルリシオンもついていくが、姉を手伝うつもりはないようだ。迷宮蟻からというよりは、周りの獣人族を警戒しているようだった。


「お姉ちゃん、頑張ってねえ」

「ああん! ルリちゃんの期待に応えて、一瞬で終わらせてあげるわあ」



【グラビティ・プレス/重力圧】



 使う魔法は、マリアンデールが得意とする重力魔法だ。迷宮蟻の数は多いが、魔力を多く込める事で対象を拡大する。この魔法のよさは、集団化しなくても使える事だろう。彼女にとって、使い勝手がいいのだ。


――――――ブオン


 マリアンデールの魔法が発動すると、前後左右に黒い球体が現れる。そして、強力な重力を発生させた。


「「ギョッ!」」


 その重力魔法の使い方も素晴らしい。いつものように上空へ出現させずに、挟むような格好で作り出した。その中心点はリビングアーマーだった。

 そして、迷宮蟻たちは、中央で互いにぶつかり押しつぶされる。その中にはリビングアーマーもおり、ペシャンコになってしまったのだった。


「終わったわ」

「やるな。省エネか?」

「省エネ? ふふ。全部に使ってたら、魔力がいくらあっても足りないわ」

「お、おい!」


 マリアンデールと話をしていると、獣人族の戦士が声をかけてきた。その声は怒っているのか戸惑っているのか、微妙な声だった。

 周りを見ると、他の者たちは、疲れ切って座っていた。リビングアーマーが居なければ、乱戦にもつれ込んでいただろう。


「助かったが……。あの鎧の戦士が死んじまったぞ!」

「ああ、気にするな」

「気にするなって、それでも人間か!」

「あれは召喚した魔物だ。だから、気にするな」

「え?」

「あの鎧の中身は、アンデッドだ」

「アンデッドだと? アルバハードの領主の手下か?」

「ル、ルリ……」

「はいはい」


 ここでルリシオンへバトンタッチだ。説明が下手なので、ここは任せてしまう。そして、何事もなかったかのように後ろへ下がる。後は彼女に、お任せだ。


「さて、これでセレスからの依頼は終わりだな」

「はいっ!」


 森司祭セレスからの依頼。それは、地下一層の迷宮蟻で苦戦している部隊への援軍だ。女王蟻までは倒さないが、その巣の近くにいる迷宮蟻を退治していた部隊があった。援軍要請がきていたので、フォルトたちに白羽の矢が立ったのだ。


「じゃあ、戻るとしようか」

「こいつらは、どうしますかあ?」

「後は放っておけば、勝手に撤収するだろ」

「そうですね!」


 フォルトに治癒魔法は使えない。呪いで傷を移すにしても、近くに移す相手が居ない。よって、早々に帰る事を選択するのだった。


「ルリ! 帰るぞ」

「はあい」

「それじゃあ、後はよろしくねえ」

「あ、ああ……」


 ルリシオンを呼び戻して、さっさと帰っていく。彼女は有無を言わさない威圧感を出し、獣人族の戦士たちを黙らせた。

 話が長引くと、撤収の準備を手伝わされそうだ。それを察知した彼女が、釘を刺した感じだった。そして、四人で仲良く、地上へ向かうのであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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