第166話 ブロキュスの迷宮2
スケルトン神輿を降りて原生林を進んだフォルトたちは、遠くに駐屯地を発見する。そこには大勢の武装した集団が居るのだった。
「ここか?」
「うん? なんだ、おまえたちは?」
フォルトたちに気づいた男性が、近づいて声をかけてきた。この男性もそうだが、頭に耳が生えている者たちが多い。
「ルリ、よろしく」
「はぁ……。いいわよお」
最近は王様だの大貴族だのと話をしていて、頭が疲れきっていた。そこで、ルリシオンへバトンタッチだ。
「おまえは魔族か?」
「そうよお。私たち、ミノタウロスに用があるのよねえ」
「ミノタウロスだと? そんな深くまで進んでいないぞ」
「勝手に行くから、邪魔をしないでねえ」
「四人でか? 馬鹿も休み休み言え」
「あら。こいつ、死にたいのかしら?」
「なんだ、おまえは?」
「ルリちゃんの姉よ。入り口だけ教えて、とっとと消えなさい」
「なんだと! この……」
「あ、カーミラ」
「はあい! 黙っててくださいねえ」
「むぐぐっ!」
獣人の男性が爆薬を投下しそうになったので、カーミラに口をふさがせる。何を言いたかったなど察しはついているだろうが、マリアンデールは抑えていた。
「おい、どうした?」
「なんかあったのか?」
「おっ! 魔族が居るぜ」
遠目でトラブルに見えたのだろう。他の者たちが集まってきた。獣人族はもちろん、ドワーフにリザードマンまで居た。
(やれやれだな。どうしてこう、人が集まる事になるのやら。カーミラがちょっと口を押さえただけだろ。まあいい。とにかく、俺は空気)
アルバハードの晩餐会で
「なんだあ? 人間も居るぞ」
「魔族と人間だと? よく分からん組み合わせだな」
「人的交流は始まってるが、もうここまで来てるのか?」
「おい、人間。ここへ何しに来た?」
やじ馬というべき者たちに問いかけられて困ってしまう。カーミラも、男性の口から手を放して隣に戻ってきた。
「御主人様、どうしますかあ?」
「あ、ああ。どうしようか?」
「やっちゃいます?」
「さすがに、ガルド王から念を押されたからな。ルリ、よろしく」
「はいはい。ガルドから、手紙を預かってるんだけどお?」
「ガルド? ドワーフのガルド王か?」
またもや、ルリシオンへバトンタッチをする。その彼女は、ガルドから預かった手紙を見せて、責任者を呼びたいようだ。
(さすがはルリ。人間相手なら残忍だけど、獣人とかにはそうでもないな。それに、俺たちの中では、一番しっかりしている。任せておけば平気か)
「マリ、下がっとけ」
「え?」
「いや、ルリの邪魔をしないようにな」
「ちょっと、貴方。私をなんだと……」
「いいからいいから」
「ど、どこを触って……。ぁっ!」
マリアンデールの肩へ手を回して押さえ込む。いろいろと小さいので、腰に手を回せないのだ。その上で、悪い手を解放する。
「なんの騒ぎですか?」
やじ馬の相手をルリシオンがしていると、一人の女性が声をかけてきた。よく見るとエルフである。リリエラが着ていたような、肌を露出した服を着ている。
しかし、その服はインナーのようだ。見えてる肌を上着やアームウォーマーなどで隠していた。とても残念である。
「あんたは?」
「私はセレスです。あなたは?」
「俺はフォルト・ローゼンクロイツです」
「ローゼンクロイツ……。あの、魔族のですか?」
「そうよお」
「あなたは、魔族ですね」
「あはっ。ルリシオン・ローゼンクロイツよお」
「そ、そうですか。〈爆炎の薔薇姫〉ですね」
「ふふ。あなたへの手紙を預かってるのよねえ」
「手紙? これは、ガルド王からですか」
この討伐隊の責任者であるセレスが来た事で、やじ馬たちは解散していった。そして、手の空いたルリシオンが、彼女へ手紙を渡す。
その光景を横から眺める。その目はセレスにいっていた。クローディア以来のエルフだ。実に興味深い。
「なるほど。ミノタウロスですか」
「そうよお。勝手に行かせてもらうわねえ」
「それは、お待ちください」
「あなたの指揮下に入るつもりはないわあ」
「それだと、こちらに被害が出るのです」
「知った事ではないわあ。私たちに近づかなければいいわよお」
「ルリ、待て」
セレスは困っているようだ。ガルドからの手紙には、勝手に動くと書いてあるはずだ。それでもすぐに対応は無理だろう。迷惑をかけられない。
しかし、それは建前である。エルフと出会って、テンションが上がったのだ。もともと手に入れたかったが、どうしても、ほしくなったのだった。
(エルフ……。ほしいな。
「現状を教えてください。その上で合わせますよ」
「どうしたのお?」
「別に急いでるわけじゃないしな」
「それは、そうだけどねえ」
「ははっ。ゆっくり行こうじゃないか」
ここは丁寧に対応する事にした。あわよくば仲良くなって、エルフの里にでも連れていってほしい。フォルトにとって、エルフは正義である。
「では、ガルド王の客人として扱いますので」
「よろしくね」
「はい。では、現状を説明しますので、こちらへ……」
セレスに
何かの会議をしていたようだが、参加をする気はない。簡単に紹介を済ませて、さっそく現状を聞くのだった。
◇◇◇◇◇
「ちなみに、どんな構造なんですか?」
カーミラだけを連れて、セレスから現状を聞く。ブロキュスの迷宮の地下三層まで、討伐隊は進んでいるとの話だ。目的のミノタウロスは、それ以降の下層に生息していると思われる。
しかし、間引きをしているだけで、全滅をさせる必要がない。地下一層から進むが、魔物と遭遇する危険は残っていた。
「入り組んだ迷宮ですが、すでに地図があります」
「そうですか。それって、もらえます?」
「もちろんです」
セレスから地図を受け取り、テーブルの上に広げてみる。分かり易く書かれており、この地図があれば迷う事はないだろう。しかし、気になる点があった。地図の所々で、赤いバツ印が付いているのだ。
「この赤いやつは?」
「その先は魔物の巣です」
「巣ですか」
「そこを攻略するには、人数が足りません」
「ふむふむ」
「それに迷宮ですので、少数精鋭が求められますね」
「なるほど」
(狭い上に、大量の魔物か。確かにキツイな。弱い者たちで行っても、食われるだけって事だな。こういう場所は避けたほうがいいか)
「ちなみに、どんな魔物?」
「一層は迷宮蟻です」
「蟻か……」
「堅い上に、数が大量に居ます」
「それはまた、なんとも」
迷宮蟻。基本的な習性は、普通の蟻と同じだ。女王蟻の命令で、働き蟻が、ブラック企業さながらに仕事をする。
女王蟻を倒せば巣を壊滅させられるが、辿り着くのは容易ではない。蟻の習性として、巣の外に居る蟻は三割前後だ。残りは全て巣に居る。よって、攻め込むなら、その七割を相手にしないと駄目だ。
「で、おまえさんは討伐に参加するんだろ?」
「ローゼンクロイツの姉妹が居るなら、楽になりそうだな」
「頼むぜ。期待してるよ」
「いやあ。ガルド王も、いい人材を送ってくれるじゃねえか」
もともとテントに居た討伐隊の隊長格の面々が、期待を込めた目で見てきた。さまざまな者と話すようになって思い知ったが、マリアンデールとルリシオンの名声は高い。
「マリとルリの限界突破のために、ミノタウロスを倒しに来ただけだ」
「言ってたな。でも、上層を攻略しないと辿り着けないだろ」
「魔物が残ってても、三層までは行けてるんだろ?」
「まあな。四層からがキツくて、駆除がやれてねえんだ」
「なるほどな」
「どうせ、下層へ向かうんだろ? だったら手伝えよ」
(気楽に言ってくれるな。進行方向に居たら倒すだけであって、協力するつもりはないんだけどな。でも、獣人族か……)
ニャンシーを見れば分かるように、獣人系も好きだ。エルフに次いで二番目である。これも、友好を結びたいのであった。
「だが、断る!」
「な、なに!」
「いや、さっさと向かいたいのだが」
「そんな事を言うなよ。いいじゃねえか」
「いや、メリットがないんだが」
「メリットですか?」
「そうですね。例えば、手伝ったらエルフの里へ招待とか?」
「エルフの里ですか」
セレスの言葉に、取ってつけたメリットを言う。これはナイスアイディアだ。討伐隊の責任者であれば、エルフの中でも発言権のある人物だ。ならば、恩を売っておいて損はない。
「もしかして、世界樹に用でも?」
「いえ、エルフに用が」
「われわれですか? なんでしょうか」
「拉……。んんっ! 物珍しさですよ」
「たしかに、人間とは交流が少ないですが」
「どうしてもとは言いませんが?」
「そうですね……」
セレスは考え込んでいる。討伐隊の責任者としては、ローゼンクロイツ家の力は借りたいだろう。それで、少しでも被害を減らしたいはずだ。
「わ、分かりました」
「え? いいの?」
「クローディア様と相談になりますが、前向きに考えましょう」
「それはよかった」
「ではさっそく、今後の戦略を考えたいのですが?」
「あ……。待って」
「はい?」
「カーミラ、ルリを呼んできて」
「はあい!」
手伝うと決めたが、ここから先はルリシオンに任せる。そろそろギブアップ状態だ。セレスだけなら平気だが、他の隊長格の者たちが邪魔だった。
「後は、ルリと相談して」
「え、ええ。では、お休みになられるテントを……」
「ありがとう」
そして、足早に席を立ちテントを出ていく。入れ違いにルリシオンへ耳打ちをして、マリアンデールのところへ戻っていった。
「貴方、私のルリちゃんを……」
「すまんすまん。マリの優秀な妹なら、任せられるかなと」
「そ、そう。なら、許してあげるわ」
「ルリには耳打ちしたが、適当に手伝う」
「本気?」
「エルフがほしくてな」
「やっぱり……。別にいいけどね」
マリアンデールとルリシオンは貴族なので、側室などは普通なのだ。それに一緒に生活している身内は、特別と考えている。カーミラを除いて、その中では一番だと自負もしていた。よって、たいして気にしていない。
「まあ、ついでだしね」
「そういう事だ。レイナスたちを待たせる事になるが……」
「そのぶん、構ってあげればいいわよ」
「そうしよう」
「ふふ。今は、私たちの事を考えなさい」
「そうしよう」
「後で、かわいがりなさいね」
「はいはい。カーミラ、膝枕を」
「はあい!」
テントの準備をしてくれるらしいので、今は草むらの上に寝転がる。そして、カーミラに膝枕をしてもらう。隣にはマリアンデールを座らせて、今後の事を考えるのであった。
――――――――――
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