第163話 ドワーフ王ガルド2
鍛冶工房。そこかしこで、カンカンと鉄を打つ音が鳴り響く。そして、熱気がものすごい。その中で動いているドワーフたちは、近くにフォルトたちが居る事にも気付かないほどの集中力だった。
「剣を作ってるところは初めて見るな」
(なんか、工場見学をしてるようで楽しいな。小学生ぐらいだったか。社会科見学と称して、どっかの工場へ行ったなあ)
感慨深く昔を思い出していると、ドワーフの一人が近づいてきた。この工房に居るドワーフで、ちょうど手があいたようだ。
「なんじゃなんじゃ、お主ら。怪我をするぞ?」
「うん?」
「ここは鍛冶工房だぞ。売るもんはないわい」
「ああ、買いにきたわけではないんだ」
「では、何しに来たのだ?」
「見学だ、見学。作ってるところに興味があってな」
「ほう、人間のくせにのう。そこに居るのは魔族か?」
「そうよお。邪魔はしないから見せてねえ」
「こんなもんを見て面白いかの?」
注意にきたドワーフは、顎鬚を
(どれも同じに見える。まあ、人間でも人種が違うと同じに見えるしな。種族が違うのだから、もっと見分けはつかないだろう)
「邪魔をしないならいいだろう」
「悪いね」
「あまり近づくなよ? 火の粉が飛んで危ないからな」
「分かった」
許可を取ったフォルトたちは、剣を打っているドワーフを眺める。そのドワーフが持っている鉄は真っ赤に染まって、カンカンと音がするたびに形を変えていく。初めて見るので、飽きないものだった。
「フォルトぉ。面白いのお?」
「面白いかは別にして、見てしまうな」
「ふうん。私には、何がなんだか分からないわあ」
「私も分からないわ」
「私は、御主人様を見てるのが面白いでーす!」
「それはあるわね」
「………………」
なにか馬鹿にされてる気がするが、真剣なまなざしで鍛冶の光景を見ている。これは、おっさんでも男の子だからだろうか。何か、心躍るものがあった。
(なんかいいな。カッコいいというか、なんというか。やってみたい衝動に駆られる。やらせてもらえるかな?)
「カーミラ」
「なんですかあ?」
「やらせてもらえないか、頼んでくれ」
「いいですよお」
カーミラは先程のドワーフを探しに向かった。自分には誰が誰だか区別がつかないが、彼女には分かるようだ。
「ドワーフのおじさん!」
「なんじゃ、怪我でもしたか?」
【チャーム・魅了】
「なっ!」
「えへへ。やらせてもらって、いいですかあ?」
「ふむ。いいだろう」
いきなり魅了の魔法を使ったカーミラは、ドワーフに笑顔で頼み事をする。それについては、頭を抱えてしまった。他のドワーフは鍛冶に集中して見ていないようだが、わざわざ魅了の魔法を使う話でもない。
「御主人様! やらせてくれるらしいですよお」
「あ、ああ。そりゃそうだろうな」
「えへへ。さあ、早くやりましょう!」
頭は抱えたが、やってしまったものは仕方がない。そこで、さっそくやり方を聞く。さすがに全てをやれないので、鉄を打つところだけをやらせてもらった。
「鉄は熱いうちに打て!」
「ふむふむ」
「そこの炉で、鉄を熱しておるだろ」
「ふむふむ」
「あれを打たせてやるから、これを持て」
「これは?」
「大槌だな。これで、金床に乗せた鉄を打つのだ」
「ふむふむ」
「ほれ、持ってみろ」
ドワーフは大槌を渡してくる。柄の長さが約一メートル。頭の部分が約三十センチ。重さは六キロ近くある。それなりに重いが、それを片手でヒョイッと持ち上げた。五キログラムが、スイカ一個分である。
「ほう。力はあるようだな」
「まあ、これくらいなら」
「では、まずは振り下ろしてみろ」
「やってみよう」
そして、赤く熱せられた鉄の塊が金床に置かれた。ドワーフは、その固まりが付いているテコ棒を持っている。
(よし! まずは……)
「よいしょ!」
――――――ドゴーン!
「「な、なんだ!」」
「「どうした!」」
言われた通り、振り下ろしてみた。しかし、金床もろとも粉砕してしまった。金床は原形をとどめず、床まで穴を空けてしまった。
「あ……」
「馬鹿もん! 力を入れすぎだ!」
「す、すみません」
「だが、アホみたいに力があるな。本当に人間か?」
「そんな感じです」
「そうか。とにかく、もっと力を加減しろ!」
「わかりました」
魅了がかかっているせいか、あまり怒ってはこなかった。このドワーフは、この鍛冶工房の親方のようだ。
「おまえらは、こっちを見てる暇があれば仕事をしろ!」
「「は、はいっ!」」
「まったく。これぐらいのことで動じおって。集中力が足らんわい!」
「「す、すみません」」
「だから、腕が上がらんのだ!」
「「はいっ!」」
ドワーフの親方が、説教を始めてしまった。これでは続きがやれないが、割って入る勇気もない。頑固おやじそのもので、実に怖い。
(あの怒りが、俺にきませんように……)
「御主人様、どうしますかあ?」
「い、いや、放っておけ。あれは当分の間、終わらないだろう」
「そうですかあ?」
「うむ。遊びは終わりにするか」
「はあい!」
「貴方、もう終わり?」
「フォルトぉ。少しは加減をしなさいよねえ」
「ははっ。ついな」
魔人の力を全開にしていないが、力み過ぎたようだ。興味があり、なおかつ、加減が分からなかったからだろう。しかし、反省はしていない。
「他に面白そうな場所はあるのか?」
「そうねえ。フォルトが喜びそうな場所だと……」
「酒造所かしら」
「酒か!」
「ドワーフの火酒は有名よねえ」
「へえ、どんな酒?」
「ちょっと飲めば、口から火をふいて目を回すわねえ」
「うぇ。さすがにそれは……」
「火をふくほど辛いって事ねえ」
「なるほど」
(辛い酒か。日本酒だと、糖の少ない酒が辛口とか言われてたな。それとは違うものか? ウイスキーだと、刺激の強い酒が辛口とか……)
「よし、連れてってくれ」
「いいわよお。下調べは終わってるわあ」
「さすがだな、ルリ」
「私も調べたわよ!」
「よくやった、マリ」
姉妹の頭を撫でたいが、マリアンデールを撫でると怒る。そして、ルリシオンだけにやると不貞腐れる。よって、何もしない。
四人は説教をしているドワーフを放って、鍛冶工房から出ていった。問題を起こしたのはフォルトだが、他のドワーフたちには、ご愁傷様としか言えない。
それから
「久々の香り」
「フォルトは飲めるんだっけえ?」
「前は飲んでたがな。今でも飲めると思うぞ」
「でも、酔えないと思いますよお。御主人様は魔人ですし」
「あ……。やっぱり? 俺もなんとなくそう思ってたんだよな」
「えへへ。『
「なるほど」
「あれ? スキル発動の切り替えはできるぞ」
「そうですけど、酔うつもりですかあ?」
「酒は酔って楽しむものだぞ」
「
「だあ! そうだった。いや、酔っぱらう前に切り替える」
「やれますかあ?」
「うぐっ! で、できるとも」
「えへへ。じゃあ、介抱はしますねえ」
酒造所の警備は厳しい。それはドワーフだからだ。酒が命よりも大事と言ってるくらいである。
厳しいといっても、現在は味見と称した、飲み会のような事をやっているそうだ。フォルトたちは、それに参加する事にした。
「一人、一杯じゃからな。後は、出荷した時に買ってくれ」
「早く飲ませろ!」
「分かった分かった。ワシも飲むからな!」
「「いいから、早く寄越せ!」」
酒を配るドワーフへ向かって、大量のドワーフが殺到する。大量といっても仕事を終えてる者たちだけだ。まだ昼間なので、その数は少ない。
ここで飲まなくても、すぐに酒場へ卸される。仕事をやってる者たちは、酒場で飲めるので問題はない。
「ふーん。これが火酒?」
「そうねえ。私たちには分からないけど、作るたびに味が違うそうよお」
「酒好きのドワーフならではの味覚か」
ドワーフは利き酒の名人だらけだ。ほんのささいな違いも見逃さない。そのため、毎日のように違う火酒を飲んでる感覚なのだ。
「スキルを切ったなら、小指に付けて飲むといいわよ」
「マリ、さすがにそれは、どうなんだ?」
「ふふ。フォルトに任せるわあ」
「御主人様! グイっといっちゃいますか?」
「ははっ。じゃあ、一口だけ……」
「「………………」」
さすがに、小指に付けた程度じゃ酔えないだろう。そう思い、一口だけ飲んでみた。一気にあおる事はしない。そこまで言われれば、怖いというものだ。
「………………」
「御主人様?」
「………………」
「フォルトぉ。大丈夫?」
「貴方……。駄目ね」
「うっ!」
一口を飲んだだけだが、火酒は喉の奥へいっぱいに広がって、胃の中へ落ちていった。そこからは大変だった。すぐにカーっと辛い物が胃の中で暴れ出したかと思ったら、そこからの記憶がなくなったのだった。
「はぁ。だから言ったのにねえ」
「まったく……。死にたいのかしら?」
「立ったまま気絶していますねえ」
「………………」
『
フォルトは立ったままだが、少しずつフラフラと動き出した。それを見たカーミラが、背中で抱えておんぶをする。
「さあ、宿へ戻るわよお」
「そうね。もう駄目でしょ」
「えへへ。御主人様は面白いですねえ」
「ふふ」
「あはっ!」
カーミラはレベル百五十の悪魔なので、フォルトを軽々と背負った。三人は、顔を見合わせてクスリと笑う。そして、宿へ向かって歩き出したのだった。
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
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