第162話 ドワーフ王ガルド1

 生い茂る原生林を、ゆっくりと進む一団があった。はたから見ると、奇妙な一団である。剣を使い草を刈っている者と、何かに担がれた者たちが居た。


「ジャジャジャジャーン」


 その一団の何かに担がれている男性から、声が聞こえた。何か恥ずかしそうな、それでいてテンションが高そうな声だ。


「貴方、どうしたのかしら?」

「あ……。いえ、なんでもありません」

「フォルトぉ。歩いた方が速いんだけどお?」


 今度は二人の女性の声が聞こえた。フォルトと呼ばれた男性の隣で担がれている女性たちだ。ゴシック調のかわいい黒い服を着た女性が二人である。


「そう言うな。スケルトンたちが、頑張ってるじゃないか」

「アンデッドに頑張られてもねえ」


 その男女を担いでいるのは、骨だけのアンデッドであるスケルトンたちだ。十体のスケルトンが、木の板を肩へのせて進んでいた。

 これぞ、フォルトの愛車であるスケルトン神輿だ。進行方向には草が生い茂っているので、それを剣で切っているスケルトンも居る。


「ふん! まだ着かぬのか?」

「もうすぐじゃないか?」

「ふん!」


 そして、召喚している大罪の悪魔はサタンである。その彼女は魔物避けだ。マリアンデールとルリシオンに自動狩りは必要がない。ならば、ワラワラと魔物に襲われても面倒だった。


「マリとルリって、ドワーフの集落へ行った事があるの?」

「何度かねえ。顔見知りも居るわよお」

「あれ? ドワーフと戦争をしてたんじゃ……」

「ドワーフは、まともに戦っていないわよ」

「そうなんだ」

「武具を、人間にも魔族にも卸してるからね」

「へえ」

「フェリアスの森へ入った魔族だけを相手にしていたわ」

「ああ、二人は帝国の方を担当してたんだっけ」

「担当じゃないわ。ブラブラとね」


 ドワーフは、魔族を森から追い出す事に専念していた。それは、エルフも同じである。人間と一緒にジグロードへ向かったのは、獣人族だ。

 その獣人族も、ジグロードへの道の手前までだった。人間に義理を返した感じだ。魔族の殲滅せんめつ戦には参加せずに、森の防衛へ戻っていた。


「ふーん。後、どれくらい?」

「ほら、鉱山が見えるでしょ?」

「ああ、あれか」

「あの麓よ」

「さすがドワーフ。鉱山の近くか」

「自分たちで掘って、自分たちで加工するからねえ」

「それじゃ、数時間後ってところか」

「そうねえ。道へ出れば、もう少し早いわよお?」

「いや、スケルトンたちが見られるだろ」


 フォルトたちは、道があるのにも拘らず、原生林の中を進んでいた。まぬけかもしれないが、アンデッドが徘徊はいかいしていたら、攻撃されるだろう。

 アンデッドは、命がある者全ての敵だと認識されている。手当たり次第に生者を襲うからだ。しかし、吸血鬼は別である。これは、昔から生者と交流していたバグバットの成果だった。


「そう言えば、カーミラは?」

「金をな。そろそろ合流するはず」

「貴方、なんか買う気なの?」

「分からん。ドワーフから奪うのは、ちょっとな……」

「たしかにねえ。仲良くした方がいいわよお」

「そうなのか?」

「いろいろと便利な種族だしね」

「便利か……」


(そうかもな。便利というとあれだが、職人だしな。今後、お世話になるかもしれない。様子を見るとするか)


「御主人様、戻りましたっ!」


 そんな事を考えていると、カーミラが空から飛んできた。そして、首へ巻きついてくる。その温もりを堪能してから、スケルトン神輿へ座らせる。


「ご苦労さん。いつもの感じ?」

「各貨幣を一枚ずつでーす!」

「それでいい」

「えへへ。そろそろですかあ?」

「うん。『隠蔽いんぺい』をよろしく」

「はあい!」


 魔族とは交流があったが、悪魔との交流はないだろう。スケルトン神輿も、途中で降りる予定だ。知り合いが居るというので、後はマリアンデールとルリシオンに任せる。

 そして、鉱山も近くなり、遠くに集落が見える。集落といっても、小さな町のような感じだ。フェリアスを構成する種族たちは、人間のように町とは呼ばず、里とか集落と呼んでいる。


「「止まれ! 止まれ!」」


 集落へ近づくと、門を守っている三名の門衛に止められた。それを見ると、ドワーフだ。アルバハードでは遠くから見たが、少々感激してしまう。


「おお……。生ドワーフ」

「なんじゃなんじゃ、お主らは?」

「ガルドに会いにねえ。居るかしらあ?」

「おまえさんは魔族じゃな? ガルドと言ったら、ワシらの王じゃぞ」

「そうねえ。そのガルドよお」

「王に何用じゃ? 会う約束でもしておったか?」

「ふふ。ローゼンクロイツ家の娘が来たと言えば分かるわあ」

「ローゼンクロイツ家のだと?」

「マリとルリの知り合いって、王様だったの?」

「そうよ。ローゼンクロイツ家の力が分かったかしら?」

「ああ、実感した」

「よく分からんが、ちょっと待っとれ」


 ここでも家名がものを言っている。門衛は聞いた事があるらしく、近くの詰め所へ入っていった。残った二名のドワーフは、物珍しそうにジロジロと見ている。


「俺の顔に、何か付いてるのか?」

「いんや。おまえさんは人間じゃろ? なぜ魔族と一緒にいるのだ」

「俺のものだからな」

「俺のものじゃと? 人間が? 魔族をか?」

「俺がローゼンクロイツ家の当主だからな」

「おまえがか? たしか、ジュノバと聞いた事があるのじゃがな」

「こいつらの親父さんだな。まだ会っていないが」

「ふーん」


(な、なんかまずいのか? 職務質問をされてるようで緊張するぞ)


「ワハハハッ! どっちでもいいな。まあ、もうちょっと待っとれ」

「え?」

「細かい事を気にすると、腹が減るからのう」

「はい?」

「いやいや。喉も乾くだろ! 早く酒を飲みたいもんじゃ」

「ワハハハッ! 仕事が終わったら、一杯行くか?」

「なんじゃ、一杯じゃ足りんわい!」

「そうじゃそうじゃ。ワハハハッ!」


 目の前の門衛たちが、アフターファイブの話で盛り上がってしまった。すでに、フォルトたちを見ていない。それでいいのかと思ってしまった。


(すごい陽気だな。こんなんで門衛が務まるのか? しかし、面白い種族だ。新鮮で飽きないな)


「よし、入っていいぞ」


 門衛たちとやり取りをしていると、奥へ行った門衛が戻ってきた。そして、集落へ入る許可が出る。しかし……。


「すまんが、ガルド王は不在じゃ」

「あら? どこへ行ったのかしら」

「われらにも分からん。放浪癖がある方じゃからな」

「変わってないわねえ」

「それでいいのかっ!」

「なんじゃ? どうかしたのか」


 思わず突っ込んでしまった。仮にも王といえば国のトップ。ドワーフなら種族の族長だ。それが、部下も知らないうちに消えて居なくなる。そして、それを笑って認めているところがおかしい。


「そうは言うてものう。居ないものは居ないのじゃ」

「そ、そうか。待たせてもらえばいいのか?」

「ガルド王に確認が取れんだけじゃ。宿屋にでも泊まっておけ」

「宿屋か」

「うむ。ワシの知り合いの宿を紹介してやろう。飯も酒もうまいぞ」

「頼む」

「入ってすぐ右にある宿じゃ。ワハハハッ!」

「………………」


(それは紹介になるのか? まあいいや。ガルド王が戻るまでは、ゆっくりするとするか)


「帰ってきたら、知らせてくれるのか?」

「いいぞ。どうせ暇じゃからな」

「暇なんだ……」

「おまえたちのような旅人は、あまり来ないからの」

「へえ」

「ここは、生産をする集落じゃ」

「ああ、売っていないのか」

「売ってもよいが、近くの獣人族の集落で売っているぞ」

「あ……。なるほどね」


 この集落は鉱山で採れた鉱石を使って、生産をおこなう場所である。ここで作られたものは、各地へ輸送されて売られるのだ。

 よって、この集落へ来る者は、それに携わる者たちである。後は、食糧などを搬入する者たちだ。ほとんどが顔見知りで、暇というのもうなずける。


「それじゃ、集落へ入るか」


 そして、門衛に紹介してもらった宿屋へ向かう。その中は、ドワーフたちでにぎわっていた。酒場も兼ねているらしく、実に騒がしい。


「泊まりたいんだけどお」

「はいよ! 旅人かい? 珍しいね」


(声から察するに、宿屋の女将さんか。女性も髭が生えてると聞いたが、たしかに生えてるな。萌えるものはないが、見てる分には面白い)


「見ての通り、一階は騒がしいからね。それでもいいかい?」

「いいわよお。どうせ、ガルドが戻るまでだからねえ」

「なんだい? またどっかへ、ほっつき歩いてんのかい」

「そうらしいわあ」

「部屋はどうすんだい?」

「一部屋でいいわあ」

「ふーん。ベッドも床も頑丈にできてるから、安心しなよ!」

「ちょっ!」


 何を言い出すかと思えば、夜の営みの事だった。宿屋の女将は、フォルトを見てニヤニヤしている。こんなやり取りをされると、恥ずかしすぎる。


「い、いくぞ!」

「はいよ。二階の一番奥だよ。前金だ」

「カーミラ」

「はあい! いくらですかあ?」

「一泊、銀貨三枚だよ。飯は一階で頼みな」

「分かったわあ」


 フォルトたちは、二階へ与えられた部屋へ向かう。部屋の中は簡素だが、女将が言うように頑丈そうだ。これなら、三人を相手にしても平気だろう。


「ここから迷宮まで、どれぐらいだっけ?」

「あれなら二日かしら」

「まあ、スケルトン神輿だと遅いしな」

「短縮するなら、乗らない方がいいわよお」

「そうだなあ。行く時に決める」

「あはっ。どっちでもいいけどねえ」

「まったく、貴方ときたら……」


 それほど広い部屋ではないので、ベッドへ座りながら話す。一泊で銀貨三枚なら、この程度だろう。安宿に分類されるが、フォルトには十分だった。


「そのガルドとやらと、会ってからの方がいいか?」

「そうねえ。会っておくと便利だわあ」

「便利?」

「便宜を図ってもらえるからねえ」

「そういう事か」

「人間は居ないようだし、外をブラブラするかしら?」

「そうだな。ドワーフには興味があるし」

「ふふ。なら、明日にでも行きましょうか」

「そうしよう」

「きゃ!」


 マリアンデールの顔が近かったので、そのまま抱き寄せる。そして、ベッドの上に横になって目を閉じた。


「あら、寝ちゃうのね」

惰眠だみんモードですね! 今のうちに、魔界から補給をしておきまーす!」

「よろしくねえ。私たちは適当に過ごしとくわあ」


 フォルトが惰眠だみんに入ると、三人は個々で動き出す。マリアンデールとルリシオンは集落の下見へ向かい、カーミラは食糧の搬入を開始する。

 飯は一階で食べてもいいが、暴食ぼうしょくなので足りないだろう。おやつも必要だ。町の下見は、フォルトが好きそうなものを選定しておくためだ。そんな彼女たちの献身をよそに、寝息を立てて、惰眠だみんをむさぼるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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