第160話 それぞれの戦い2

 ヒスミールと対峙たいじするルーチェは、死霊を体にまとわせて戦闘態勢をとる。ドライアドに頼まれて出てきたが、たしかに強そうであった。


(やれやれですね。せっかく魔道具が完成しそうだったのに……。しかし、あの角は魔族ですか? 魔族の場合の対処は、聞いていませんでした)


 フォルトからの命令は、森へ侵入する人間を追い返す事だ。しかし、目の前の女性らしき男性は魔族である。


「あなたの名前は?」

「私はヒスミールよーん。でも、覚えても意味はないわよん?」

「なぜですか?」

「うふふ。あなたはここで死ぬからよん」

「戯言を……」


 戯言である。バグバットと同じくルーチェもアンデッドなので、すでに死んでいる。消滅させるが正解だ。


(名前は聞きましたが、主様へ知らせる術がありませんね。追い返した後に報告をするとして、まずは……)



【サモン・アンデッドウォリアー/召喚・屍骨戦士】



 ルーチェが召喚した魔物は、アンデッドウォリアーと呼ばれる屍骨しこつ戦士である。体は骸骨であるが、骨太で装備を身に着けての登場だ。この屍骨しこつ戦士は中位アンデッドに属し、レベルは三十もある。召喚された数は五体だ。

 そして、その屍骨しこつ戦士の後ろへ隠れる。残念ながら彼女は魔法使いである。前衛で壁になる魔物が居ないと、ヒスミールに瞬殺されてしまう。


「あらん? アンデッドなんて召喚しちゃって、かわいいわん」

「そうですか。では、死んでください」

「五体もいるのねん。厄介だわーん!」


 ヒスミールはそれだけ言うと、屍骨しこつ戦士へ向かい走り出す。先程ドライアドと戦った時と同じ感じだ。

 それとともに屍骨しこつ戦士も動き出す。盾を構えて、さながら屈強の戦士のようだ。それらの屍骨しこつ戦士は、ルーチェを守るような位置を取る。


「どらあ!」


 ヒスミールは雄たけびをあげながら、蛇腹剣じゃばらけん屍骨しこつ戦士二体を巻き込むように振るう。しかし、それは盾で防がれてダメージを与えていなかった。



【マス・マジックシールド/集団・魔法の盾】



 ヒスミールが屍骨しこつ戦士を突破できないのを悟ったルーチェは、防御魔法を展開して、五体の屍骨しこつ戦士の防御力をあげた。これにより、さらに強固となった屍骨しこつ戦士が群がっていった。


「やっぱり、無謀だったかしらねん?」


 屍骨しこつ戦士が近づいてきたところで、蛇腹剣じゃばらけんを引いて後方へ下がる。そして、追いかけてくる屍骨しこつ戦士へ向かって、再び蛇腹剣じゃばらけんを振るう。

 今度は確実に一体の屍骨しこつ戦士を狙う。それが功を奏して、盾ごと巻きついた。それを確認して、思い切り投げ飛ばす。


「どらっ!」


 上空へ飛ばされた屍骨しこつ戦士は、蛇腹剣じゃばらけんに巻きつかれたまま、頭から落下する。それで、頭蓋を砕かれて動かなくなった。


「どらどらどらどらどらっ!」


 ヒスミールは、蛇腹剣じゃばらけんから屍骨しこつ戦士を外さずに、そのまま回転し始めた。遠心力を使って、屍骨しこつ戦士をぶつけるつもりだ。まるで、ジャイアントスイングのようだ。


「甘いわね」



【ボーンスパイク/骨突起】



 今度はルーチェが魔法を使い攻撃する。ヒスミールを中心に地面から鋭い骨が数十個突き出て、それが彼に向かって発射された。


「ちっ。ふんっ!」


 回転していたヒスミールは、それを避けるために蛇腹剣じゃばらけんもろとも屍骨しこつ戦士を投げ飛ばした。それは、向かってきていた屍骨しこつ戦士の一体へ当たり戦闘不能にする。

 それから、後方宙返りをして、飛んでくる骨を避けた。着地した後は素手で構えをとって、ルーチェをにらむ。


「やるわねん」

「当然です」


 ルーチェは澄ました顔で答える。二体を倒されたとはいえ、まだ三体も残っている。有利な事には変わりがない。それに、相手は武器を捨てていた。


「もう一度だけ聞きましょう。森から出ていきなさい」

「私は、ここからが強いのよん」

「そうですか。ですが、彼我ひがの戦力を見れば分かると思いますが?」

「たしかに、そうねん」


 そう言いながらも、ジリジリとにじり寄ってくる。それに合わせて、屍骨しこつ戦士もルーチェの警護に入る。これでヒスミールは飛び込めないだろう。


「参ったわねん」

「降参しますか? ならば、見逃してあげます」

「お言葉に甘えようかしらねん。その前に……」

「なんですか?」

「この森に住んでいるのは、フォルト・ローゼンクロイツかしらん?」


 ルーチェはポーカーフェイスだ。表情から悟られないようにする。そして、言われた名前から考える。


(主様を知っている? これを肯定してよいのか……。それに援軍がないところを見ると、この者以上の者は居ない?)


「うふふ。マリちゃんとルリちゃんは元気かしらん?」

「っ!」

「知り合いよん。私はホルノス家の嫡男。姉妹と同じ魔族の名家よん」

「どのような関係でしょうか?」

「それは、答えを言ってるのと同じだわん」

「っ!」


 誘導尋問のように引っかかってしまった。それにはルーチェも苦い顔をする。普通に考えれば、同じ魔族なので姉妹を知ってるのは当たり前だ。

 しかし、二人を愛称で呼ぶことが可能かは疑問だった。まるで知らない者に言われたら、姉妹は激怒するだろう。魔族なら知っているはずだ。


「そうですか。今は不在なので、いらっしゃいません」

「あら、それは残念だわん。久しぶりに、組み手がしたかったのよん」

「ヒスミール様がいらっしゃった事は伝えておきます」

「分かったわん。なら、引くとするわねん」

「お待ちを」


 ヒスミールが背を向けた瞬間、ルーチェが声をかける。


「なにかしらん?」

「用件を聞きましょう」

「用件? この森の主の正体を知るだけよん」

「何のために?」

「あるところから頼まれてねえん。でも、それ以上は言えないわよん?」

「そうですか」

「それにしても、マリちゃんとルリちゃんが生きていたとはねん」

「そ、そうですか」

「ローゼンクロイツ家の名前を聞いた時から、期待はしてたけどねん」

「それで、ヒスミール様は敵ですか? 味方ですか?」

「今は、どちらでもないわねん。今はね」

「………………」

「うふふ。私にもやる事があるのねん。でも、二人にはよろしくねん」

「分かりました。伝えます」


 それを最後に、ヒスミールは双竜山へ戻っていった。途中でドライアドが外まで案内するだろう。嫌がらせに迷わすかもしれないが……。

 そして、主人であるフォルトへ伸びた魔力の糸へ魔力を流す。これにより信号となるのだ。後は呼び出されるのを待つだけである。


「さて、ドライアド。戻りますね」

「はい。あの者の誘導は、お任せを」


 ドライアドは森のネットワークを使って、一部始終を見ている。ルーチェはヒスミールの事をドライアドに任せて、家へ帰還するのだった。



◇◇◇◇◇



「あいつ、来たんだ?」


 フォルトに呼び出されたルーチェが、今までの出来事を報告する。それを聞いたマリアンデールが、苦笑いを浮かべていた。


「前にマリが言ってたやつか?」

「そうよ。オカマ」

「………………」


(オカマが攻めてきた! やっぱり森を出て正解だな。会いたくないし。でも、怖いもの見たさに、遠くから見たいかもしれない)


 ルーチェから聞いたヒスミールの風貌を聞いて、少々興味が沸いた。世紀末雑魚のいで立ちだ。一度くらいは見てみたい。しかし、オカマなので会いたいとは思わないのだった。


「それで、あるところから頼まれたと?」

「はい。双竜山から来ましたので、恐らくは帝国かと思われます」

「ふーん」


 グリム領から来る者なら、双竜山からは来ないだろう。グリムが厳しく規制している。それにヒスミールは魔族だ。帝国が囲っているという話を聞いていた。


「帝国ねえ」

「森の主を知った事で、帰っていきました」

「まあ、俺の名前は皇帝が知ってるしな」


 帝国の目的は分からないが、ある程度の見当はつく。隣国なので国境となる双竜山と森は偵察したいだろう。そこに建物があれば調べたいはずだ。

 それに、森の主を知った事で引いていった。今後の出方が気になるが、今は放置して構わないだろう。


「強かった?」

「はい。なかなかの強者です」

「マリやルリより?」

「聞き捨てならないわね。ヒスミール如きに負けないわよ!」

「そ、そうか。それは済まなかった」

「ふ、ふん! 分かればいいのよ」

「お姉ちゃんの姉弟子じゃないかしらあ?」

「兄弟子よ、兄弟子。姉じゃないわ!」

「そんな関係が……」


 マリアンデールとヒスミールは、同じ師を持つ者同士だ。それは何十年も前の事で、彼女がそれほど強くなかった頃の話である。


「そう言えば、マリって無手だったな」

「そうよ。使うほどの相手が居なかったけどね」

「〈狂乱の女王〉か……」

「女王とか、いい響きよね。そう思わない?」

「ははっ。どちらもカッコいいよな」


 マリアンデールの〈狂乱の女王〉、ルリシオンの〈爆炎の薔薇姫〉。どちらも厨二病をくすぐりまくる。実に羨ましい。


「俺に二つ名とか付くかね?」

「さあ。魔人なのだし、怠惰たいだの魔人とか?」

「そういうやつじゃなくてさ」

「付けてほしいの?」

「いや、やっぱ要らない」


 言葉では要らないと言ったが、内心はほしかった。しかし、なんと付けられるか分からなかった。恥ずかしかったり、カッコ悪いのは御免だ。


「なんで今、来たのかな?」

「そんなの分からないわ」

「あの辺一帯が平穏なら、それでいいけどな」

「そうねえ。帝国軍が攻めてくるのかしらねえ」

「それは面倒だな。石化三兄弟が頑張ってくれればなあ」

「フォルトの出る幕はないわあ。お姉ちゃんと遊んでくるからねえ」

「そうよ。私たちの獲物を取らないでよね!」

「ははっ。その時は任せるよ」


 全て他人任せである。それでも、高みの見物くらいはしたいものだ。この世界には、エンターテインメントがほとんどない。

 マリアンデールとルリシオンの戦いを眺めるのは、映画を見るようで楽しいだろう。実際、レイバン男爵の時は面白かった。


「よしよし。じゃあ、続きを詰めるとしようか」


 そして、限界突破の話へ戻る。ミノタウロスはよいとして、もう一種類居るのだ。それは、マンティコア。この二体を倒さないと、姉妹の限界突破は終わらない。その事について、話を詰めていくのだった。



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