第十二章 剣聖
第159話 それぞれの戦い1
生い茂る木の間から、眼下を見下ろす大柄な女性が居る。鎧はミスリルの胸当てを装備していて、それが大きく膨らんでいた。色はピンク色である。
腰当もミスリルで、スカートが付いている。スリット付きだ。しかし、そこから見えるのは、ぶっとい筋肉質の足であった。
「屋敷、小屋、倉庫、畑が見えるわねん」
その女性周りには、数体のオーガの死体があった。女性は振り向いて、髪の毛を整える。パンッと頭頂部で手を合わせ、そのまま上空へ向かって突き上げた。すると、合わされた髪が奇麗に直立不動となる。
この女性の髪型はモヒカンだ。そして、女性ではなく男性である。さらには角も生えている。ヒスミール・ホルノス。魔族の貴族であるホルノス家の嫡男だ。
「何者かが住んでるのかしらねん」
(行ってみようかしらん? 頼まれたのは偵察だけど、屋敷の大きさの割に、誰も居なさそうなのよねん)
ヒスミールは目を細めて観察をする。そして、ゆっくりと山を降る。双竜山を降ると森へ入るのだが、その手前で止まった。
「たしか、迷いの森とか噂になってたわねん」
ダマス荒野側からであるが、帝国の人間は、この森へ幾度か入っている。しかし、全員が丸一日森の中を歩かされた上に、入口へ戻されていた。
そして、ゴブリンの襲撃があったという報告も受けている。魔族であるヒスミールなら問題はないが、やはり迷うのが問題だ。
「森へ入らないと、何も始まらないのねん。女は度胸よーん!」
ヒスミールは意を決して、森へ踏み込んでいった。神経を
しかし、何も襲ってこない。ゴブリンすら見かけない。それでも気が抜けない。それは、何かがおかしいからであった。
(この森……。何かあるわねん。太陽の光も、
報告では、迷うだけで森の入り口へ戻されるだけだ。今まで死んだ者は居ない。ゴブリンに襲われても、逃げ出せば追いかけてこないようだった。
ヒスミールはドンドンと奥へ向っていく。しかし、すでに方向感覚がおかしくなっていた。
目印になるものが何もないのだ。真っすぐ進んでいたと思っても、木を避けながら進むと、どうしても方向がずれる。
「うーん。やっぱり、迷っちゃったかしらん。なら……」
ヒスミールは、近くにあった大きな木へよじ登った。そして、そこから跳びあがり、森の上空へ出る。周りを見渡すと、後ろに双竜山が見える。反対側を見ると、屋敷らしき場所が見えた。
(中間ぐらいかしらん? 進んではいるようなのねん)
上空から落下したヒスミールは、腰をクネクネさせながら考え込む。そして、何かを思いつき、嬉しそうな顔で前方を見る。
「道がなければ、作ればいいのねん! 『
ヒスミールは、スキル『
「じゃあ、いくわよーん!」
「待ちなさい!」
拳を引いて次のスキルを使おうとした瞬間、森の奥から声がかけられた。声が聞こえた方向を警戒しながら見ると、破廉恥な格好をした女性が姿を現す。
「森を傷つける事は許しませんよ」
「あなたは、誰かしらん?」
「私はドライアドです」
「森の精霊さんかしらん?」
「その通りです」
ヒスミールは警戒を
「早々に、森から出ていきなさい」
「残念なのねん。それは、無理な相談だわん」
「この先へ行っても、よい結果にはなりませんよ?」
「それは、行ってみないとなんともねん」
「旦那様の命令は、侵入者を森から追い出す事です」
「旦那様?」
「戦いは避けたいのですが、もし戦うのであれば……」
(やっぱり、誰かが住んでるのねん。ドライアドを使役している誰か……。厄介だわん。ドライアドには勝てるけど、問題が山積みだわーん!)
ドライアドは微動だにしない。様子を
「仕方がありませんね。では、後悔しなさい」
「うふふ。いくわよーん!」
ヒスミールは
「『
ドライアドがスキルを使うと、周りの木から大量の
「それじゃ、止まらないわよーん!」
ヒスミールは、
「どらあ!」
射程に
「………………」
しかし、
「ど、どこかしらん?」
「最後の警告です。森から出て行きなさい」
どこからか声が聞こえる。しかし、出所が分からない。声が聞こえるので、精霊界へ送還されたわけではないだろう。
ドライアドは戦闘に不向きな精霊だ。レベルは高いが、戦闘で使うスキルや魔法は少ない上に威力が低い。
「それは、無理な相談と言ったわよん」
「ならば、問答は終わりです」
その言葉を最後に、ドライアドの声が聞こえなくなる。しかし、それもつかの間。急に周囲が肌寒くなった感じがした。
「な、なにかしらん?」
ヒスミールが周囲を警戒していると、前方から人影が現れる。その人影を見ると、どうやら人間の女性のようだ。ショートカットの整った顔立ちをして、エウィ王国にある魔法学園の男子用の制服を着ていた。
「何者かしらん?」
「それは、こちらのセリフです。主様の住まいに侵入した愚か者よ」
「あなた……。人間?」
「それは、その身で確かめるのがよいでしょう」
目の前に現れた女性は戦闘態勢に入った。すると、その女性の周囲に、レイスと呼ばれる死霊が、何体も出現するのだった。
◇◇◇◇◇
家のテラスでのんびりとしているフォルトは、ボケッとしながら空を眺めていた。足をダラーンと伸ばして、隣のカーミラに寄りかかっているのだった。
「レイナスたち……。早く帰ってこないかなあ」
「まだ行ったばかりですよお」
「そうなんだけどな」
「心配ですかあ?」
「心配といえば心配だな。フロッグマンは弱かったけど」
「えへへ。大丈夫だと思いますよお」
「そうか?」
「レイナスちゃんが、目論見通りに強くなってるじゃないですかあ」
「レイナスは真面目だからな。期待通りの成長をして、おっさんは嬉しいよ」
フロッグマンの討伐を終わらせたフォルトとカーミラは、リザードマンの集落で一晩を過ごし、空を飛んで戻ってきたところだ。つまり、まだ一日しかたっていない。帰ってくるのは五日後だ。
(レイナスは魔法剣士として、思い描いた通りの成長をしている。アーシャの支援もあるし、よほどの事がなければ死なないだろう。でも、寂しい)
単純に、スキンシップをしたいだけである。しかし、これは慣れないと駄目だろう。彼女たちが帰ってきたら、マリアンデールとルリシオンを引き連れて迷宮へ向かうのだ。帰ってきても、すぐに向かうわけではないのだが……。
「リリエラはどうしてるかなあ」
「リリエラちゃんは、クエストをこなしてると思いますよお」
「そうだな。ぜひ、頑張ってほしい」
「えへへ。新しい服は、かわいいのがいいなあ」
「エロ……。いや、かわいいのがいいな!」
「エロかわですね!」
「そう、それだ。クエストの失敗だけは、避けてもらいたいな」
「ニャンシーちゃんが居るので、死ぬことはないと思いますよ?」
「ゲームオーバーじゃなくてな。せめて、服を生産できる
「なるほど」
リリエラへ与えたクエストは、完全な趣味の領域だ。現時点での目標は、アルバハードをファッションの町にする事である。
しかし、仮定を楽しむ遊びなので、成功をしなくてもいい。いいのだが、最低限として、目的の服を生産できる職人は見つけたい。
「ははっ。楽しみだな」
「そうですね! カーミラちゃんも楽しみです」
(これに成功したら、周りが華やかになるな。実に喜ばしい。もし成功したら、リリエラに店でもやらせてみるか?)
そんな事を考えながら、ダラけにダラけている。そこへマリアンデールとルリシオン、そしてシェラが近づいてきた。
「いつものフォルトねえ。はい、フライドポテトよお」
「これこそ俺。ありがとう、食べさせてくれ」
「貴方、お礼が先になってるわよ。ほ、ほら、あーん」
「あーん」
魔族の三人は思い思いの場所へ座る。マリアンデールに食べさせてもらい、ホクホク顔で、その光景を見る。今度はポッキーゲームをやってみようかと考えてしまった。
「御主人様が、イヤらしい顔をしています!」
「でへ。今度な」
「はいっ!」
内容を伝えてないが、カーミラが喜んでいる。それはさておき、これから向かうであろうブロキュスの迷宮について話すのだった。
「その迷宮って、人工の迷宮なんだろ?」
「昔のドワーフが作った迷宮ね」
「地図とかないの?」
「それじゃ迷宮にならないから、捨てたって聞いたわ」
「マジか……」
「作った後は放置だからね。勝手に魔物が住み着いたらしいわよ」
「どんだけ……」
(ドワーフの頭の中はどうなってるんだ? 職人だから、完成させた事に満足してしまったとか? それとも……)
「そういうわけで、ミノタウロスも住み着いたって事ね」
「あ、ああ。そういう事か」
「地下十層って聞いてるわよお。歩くと何日もかかりそうだわあ」
「十層もあるのかあ」
地下十層と聞いて、げんなりしてしまう。それに、人工の迷宮なので、罠などがあるという話だ。知性のある魔物が配置した罠もあるだろう。
まずは行ってみないと判断が難しい。それでも攻略を考えてる時は、ゲームをしているようで楽しかった。
「ルリ。そのドワーフの集落までは、どれくらいだっけ?」
「そうねえ。アレを使うなら、三日ってところだわあ」
「そうか。途中で休める場所は?」
「獣人族の集落が何カ所かあるって、バグバットが言ってたでしょお」
「そ、そうだったな」
「駄目男だわ……」
「マリ、なんか言った?」
「いいえ、なんでも」
興味のない事には、とことん興味がないので忘れてしまう。しかし、その忘れてしまう事は、彼女たちが覚えておいてくれる。とても献身的であった。
そんな彼女たちに満足していると、フォルトから伸びた長い魔力の糸に、何かの反応があるのだった。
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
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