第157話 それぞれの拠点3
シュンはデルヴィ侯爵の話を聞いて考え込む。依頼を受けるのは、やぶさかではない。依頼内容も実力を買ってくれているものだ。そして、国内で有数の大貴族とパイプができる。断る理由がなかった。
「魔物の搬送をねえ」
「うむ。捕まえてくれる者が居るのでな。それを運んでもらいたい」
「うーん。でも、それでは俺たちが強くなれないが?」
「頻繁に運ぶ事はないだろう。その間はレベルを上げてくれたまえ」
「なるほど」
(これを受けると、拠点をハンに変えなきゃならねえ。あの町には別に未練はねえが、問題はラキシスだな。戻らねえと、ヤれねえし……)
急な招集があれば、城塞都市ミリエに帰れる。しかし、今は自由行動中だ。実力を付けた勇者候補の特権だが、戻る理由がないのに戻るのは要らぬ誤解を生むだろう。数回は平気だろうが、頻繁には戻れない。
「悪いけど、俺らは自由に動かないと駄目なんだよな」
「それぐらいの融通は利かせられるぞ」
「どういう事だ?」
「其方たちの配属を、ワシに変える事は可能だ」
「できるものなのか」
「他にも勇者候補はおるからな」
「ふーん」
勇者候補は、強くなればなるほど、王族の直轄で扱われる。しかし、シュンたちでは、まだその段階ではない。
英雄級以上になれば配置の自由は効かない。必ず王族の直轄になる。そうなればデルヴィ侯爵でも無理だが、今なら自由に配置を変えられる。
「でもな……」
「其方の事は聞いておる。手配してあるぞ」
「手配?」
「ふん。言ってよいのか?」
「え?」
デルヴィ侯爵は他の者に気づかれないように、その蛇のような目をアルディスとエレーヌに向ける。そして、ニヤリと笑った。
(この
「オッケーだ。でも、ハンを拠点にしても住む場所がねえぞ」
「案ずるな。それも手配してある」
「手配?」
「ワシが確保してある屋敷を貸してやる。そこを拠点にすればよい」
「いいのかよ!」
「渡そうとしていた男爵が失脚したのでな」
「分かった。詳しい話を詰めたいのだが……」
「それはバルボ子爵に担当させる。ワシに代々仕える子爵家の者だ」
「へえ」
「では、ワシは忙しいのでな。すぐにバルボ子爵を寄越すとしよう」
「了解だ」
これで決まりだ。デルヴィ侯爵が応接室を出ていったすぐ後に、バルボ子爵がやってきた。そして、その足で拠点になる屋敷へ案内される。
男爵に渡そうとしていただけあって、それ程の大きさはない。しかし、仮にも貴族の屋敷なので、平民の家とは比べ物にならない屋敷であった。
「ひゃあ! 大きいねえ」
「いいじゃねえか。集会所にピッタリだぜ!」
「ここに住むのか……」
「これ、管理が大変じゃない?」
「こ、こんなところ、掃除なんて無理よ」
この屋敷は五人で住むには大きすぎる。かといって、いまさら断れない。困ったものだが、エレーヌの言うように掃除が大変そうだ。
「週に一度、掃除に来させます」
「誰にだ?」
「メイドなど、手伝いの者たちです」
「おっ!」
シュンたちの雰囲気を察して、バルボ子爵が助け船を出す。デルヴィ侯爵ほどともなると、メイドなど余りまくっている。それを使おうという話だった。
「い、いいのか?」
「方々におかれましては、十分な拠点を用意せよと賜っております」
「へ、へえ。どうしてそこまで……」
「勇者候補は、わが国の切り札でございます」
「なるほど」
「十分なサポートをするのが、デルヴィ侯爵様の御心でございますれば」
「な、なら、お言葉に甘えようかな」
「そうなさる方が、よろしいかと存じます」
(見え見えの裏がありそうだけど、拠点はほしかったところだ。おっさんに頼むつもりだったが、その必要はねえな)
「シュン様……」
「なんだ」
「あちらへ」
なにか内密な話があるのか、バルボ子爵がシュンを呼ぶ。そして、みんなと離れたところで話を始めた。
「神官ラキシスの件でございます」
「あ……。やっぱりそれか」
「はい。シュン様がご執心と聞き及んでおります」
「そ、それは黙っててくれ」
「もちろんですとも。それで、そのラキシスですが……」
「こっちに来るのか?」
「すでに向かわれております。後日、この町の神殿に入られる予定」
「そうか! なら、いつでも会えるんだな?」
「はい。こちらの責任者に、手を回しておきまする」
「マジか」
「使うかは任せますが、そういう部屋も……」
「なに?」
「使うか使わないかは自由でございます」
「そ、そうだな」
バルボ子爵の話は、とても魅力的だ。今まで会うのにも苦労していたが、簡単に会えるようにしてもらえる。そして、ヤリ部屋の用意もだ。
(なんだ、この好待遇。今までの待遇はなんなんだって感じだ。でも、悪い気はしねえな。要は俺らを買ってるって事だろ? なら……)
「助かるぜ。デルヴィ侯爵様には、よろしく言っといてくれ」
「畏まりました。それと、部屋の改装が必要なら言ってくだされ」
「分かった。その分の働きは、ちゃんとやるさ」
「よろしく、お願いいたします」
これでバルボ子爵との話は終わりだ。変に勘繰られるのは嫌なので、即座にみんなの所へ戻る。そして、平然と屋敷を眺めるのであった。
◇◇◇◇◇
「さて、完成か」
放棄されていたバグバットの屋敷は、今やフォルト専用の屋敷に変わっていた。壁をぶち抜いて寝室を広くし、食堂や風呂には直通で行けるいつもの仕様だ。
そして、マモンとアンドロマリウスたちにより、寝具や家具が貴族のレベルになっていた。ルーチェの作った魔道具も設置して、さながら三流のホテルぐらいにはなっている。
「御主人様、完璧ですね!」
「まったくだ。外観は幽霊屋敷だけどな」
「えへへ。いいじゃないですか。まさに、悪魔の味方の住処です!」
(悪魔の味方の住処? ああ、正義の味方と言いたいのか。久々に聞いた気がした。懐かしいな)
「よし、マモン。消えていいぞ」
「そうかい? 挟まなくていいのかよ」
「あ……。い、いいや。また今度な」
「そっか。んじゃまたな」
セクシーボディのマモンが消えた。これで一週間は使えない。しかし、欲情しないので、消えても構わない。そのうち、呼ぶ事になるだろう。
「さっそく、
「はい! でも、すぐ寝るんですかあ?」
「今はな。とりあえず、寝心地を確かめたい」
「はあい! じゃあ、隣で寝ますねえ」
「フォルト様、私も寝ますわ!」
「あ、ああ」
「フォルトさん! 本気で寝るん?」
「そうだが?」
「じゃあ、適当に過ごしとくねえ」
「そうしてくれ」
そして三人は、ぐっすりと眠った。今までのベッドとは比べ物にならない柔らかさだった。その後、四度寝をしたところで起きだした。カーミラとレイナスと寝たはずだったが、隣にはソフィアが居た。
「あれ、カーミラとレイナスは?」
「カーミラさんは空から森の偵察。レイナスさんは庭で訓練中です」
「そっか。ソフィアも寝てたのか?」
「少しだけ……」
「そうか。この森はどうだ?」
「森自体は怖いですが、この場所はよい場所です」
「そうだな。なんか、帰るのが面倒臭くなったな」
「まだ早いですよ。あちらはビッグホーンが居る領地が近いです」
「そうだった。この近くにも居ないのかな?」
「聞いた事はありませんね。北へ行けばライノスキングが居ます」
「ライノスキング?」
「巨大なサイですね。ビッグホーンと同じく、素材は高いですが……」
「肉の味は分からないか」
「はい。食べた人間も聞いた事がないですね」
「ふーん」
(確かサイは、ワシントン条約に引っかかる動物だったな。肉を食べるなどもってのほかで、捕獲は禁止されている。流通はしてないから、味なんぞ知らん)
さすがにサイの肉を試す勇気はないので、基本的には無視になるだろう。そうなると、やはり肉の王様であるビッグホーンが近い方がいい。
「ソフィアは、あれからレベルは上がったのか?」
「はい。一つだけ……。時間もありませんでしたから」
「そうか。まあ、自動狩りについていけば大丈夫だ」
「そうですね。レイナスさんが強いですから」
「そうは言っても、限界突破をしてからレベルが上がっていないぞ」
「心配性ですね。相手がフロッグマンなら大丈夫ですよ」
「知ってるのか?」
「はい。勇者たちと遭遇した事があります」
「なるほど。でも、従者だったんだろ?」
「そうですね。後ろで隠れて見てました」
「ふーん」
「あんっ」
どうも勇者チームの話になると、
そして、ソフィアを十分に堪能した後、起きだして食堂へ向かった。当然三十分の延長があったが……。
「さあ、飯だ飯!」
「できてるわよお。持ってくるわねえ」
「助かる、ルリ」
「貴方は、いつ出発をするつもりなのかしら?」
「そうだなあ。もう少し、この家を堪能してからでいいか?」
「私は構いまわせんわよ」
「あたしもいいわよ。好きな時に連れてってもらえればね!」
「じゃあ、一週間後でどうだ?」
運ばれてくる食事をとりながら、出発の日取りを決める。まずは、自動狩りの下見も兼ねてフェリアスに向かうのだ。
マリアンデールとルリシオン、そしてシェラは家に残る。カーミラは当然一緒に来る。彼女とは一心同体なのだ。
「レイナスちゃんに、フォルトの食事は任せるわねえ」
「はい。まずは私の手料理で、胃袋から虜にしますわ!」
「アーシャ?」
「ぴゅ~、ぴゅ~」
「ははっ」
相変わらずの光景に、思わず笑ってしまう。そして、これから一週間は自堕落生活を続けるつもりだった。腰が重くなるかならないか微妙なところだ。それでもなんとか自分を奮い立たせて、フェリアスへ向かう事にするのだった。
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
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