第154話 リリエラ日記3

 一人アルバハードに残ったリリエラは、バグバットの屋敷を拠点にしていた。本来であれば幽鬼の森からスタートだが、どうせ戻る事になるという事で、預けられたのだった。


「ふぅ。マスターも、無理難題を出すっすね」


 期限は一カ月。その間にクエストを達成して、幽鬼の森へ戻らなければならない。戻る場合は、ニャンシーが先導する手筈になっていた。そして、今回のクエストは人探しである。簡単なようで難しい。


「執事さん。ちょっと、いいっすか?」

「はい、リリエラ様。なんなりと、お申し付けください」

「あ……。そのリリエラ様って止めてもらえないっすか?」

「そうですか? では、呼び捨てにさせていただきます」

「ありがとうっす」

「それで、何か御用ですかな?」


 バグバットの屋敷を拠点とするにあたり、対応は吸血鬼の執事が担当していた。リリエラは元王女だが、今はただのリリエラである。それは、これからもだ。


「えっと。この町に、服飾師の職人さんは居るっすか?」

「職人ですか。服飾の?」

「そうっす。エロカワな服を作れる職人っす」

「えろかわ……。よく分かりませんが、職人なら何名かいらっしゃいますね」

「どこに居るっすか?」

「ご紹介いたしましょうか?」

「それは助かるっす!」


 執事の言葉に、パアッと顔を明るくする。町へ出てしらみつぶしに探す覚悟はしていたのだが、言ってみるものだった。


「でしたら、町へ出る用事がございますので、御一緒にいかがですか?」

「本当っすか! ぜひ、お願いするっす!」

「畏まりました。では後程、お部屋へお迎えにあがります」

「やったっす!」


 リリエラは部屋へ戻り、休憩をすることにした。それから、マスターであるフォルトの事を考える。クエストの達成をするにしても、彼が気に入る達成にする必要がある。処分されたくはないのだ。


(これは、簡単に達成できそうだけど……。マスターは、本当に何をしたいのだろう。前回が特産品調査で、今回が職人を探す事。商売でも始めるのかしら?)


「でも、あのマスターに限って、それはないっすね!」


 短いながらも同じ場所で生活しているので、フォルトの性格は分かりかけていた。本当にどうしようもないほど、自堕落で破廉恥だ。あそこまで何もしていないのに、生きていけるのが不思議でならなかった。


「まったく、羨ましいっす」


――――――コン、コン


「はいっす!」


 いろいろと考えていると、時間は早く過ぎるものである。どうやら迎えにきたようだ。部屋の扉を開けると、執事が笑顔を浮かべていた。


「それでは、出かけましょうか」

「はいっす! 執事さんの用事はなんすか?」

「私の用事は、商人ギルド長との打ち合わせでございます」

「商人ギルドっすか」

「はい。職人の紹介も、そちらでやっております」

「なるほどっす!」


 リリエラは、執事と一緒に町へ出た。商人ギルドの場所は、町の中央に近い位置にある。これは、どの町でも同じようなものだ。

 しかし、商人ギルドへ入ると待たされる。さすがに、ギルド長との話を聞くわけにはいかない。リリエラは重要な客でもないので、受付近くの椅子に座って待つことになった。


(人が多いですね。それに、人間だけじゃないようです。あれは、ドワーフでしょうか? カルメリー王国では見た事がなかったですね)


 ドワーフが人間の領域へ進出してるとはいえ、それほど多くはない。基本的に職人気質なので、自分たちからは売り込みにこないのだ。

 しかし、どの世界にも変わり者がいるように、商売に興味を持つドワーフもいる。アルバハードに居るのは、その商売の中心地だからだ。


「嬢ちゃん、詰めてくれんか?」

「え?」

「椅子が空いてなくてな」

「は、はいっす!」


 ドワーフの事を考えていると、隣にドワーフが座ってきた。酒樽のような体なので、椅子が狭く感じる。と、いうよりも狭い。

 そのドワーフは男性のようで、髭が長い。女性でも髭が生えているらしいが、短く切りそろえるのが美しいとされている。


「すまんな。荷物が多くて、座りたかったんじゃ」

「そ、そうっすか」

「人間の町では、物を売るのも大変じゃな」

「そうっすか?」

「手続きが多すぎるぞ」

「そうなんすか?」

「ワシらの集落なら、地べたに座って、すぐに始められるわ!」

「何を売ってるっすか?」

「服じゃな。エルフに卸しとるやつじゃ」

「へえ。エルフっすか」

「作り過ぎてな。人間と交流しとるし、売ってみるかとな」

「見せてもらえるっすか?」


 エルフが着ている服と聞いて興味を持ったリリエラは、まずは見せてもらおうと頼んでみた。フォルトの希望に沿うかもしれない。


「いいぞ。ワシの番までは、時間がかかりそうじゃ」

「やったっす」

「お嬢ちゃんなら、こういうのはどうじゃ?」

「これは!」

「どうした? 顔が赤いぞ」

「これって、露出が多くないっすか?」

「そうかの? 一部のエルフには人気なのじゃがな」

「そ、そうなんすか?」


 ドワーフが出した服は、アーシャが着ているような、露出が激しい服だ。上着は腹が見えて、スカートは短い。

 しかし、装飾はされておらず、色が緑色なだけだった。森の妖精をイメージした感じだが、シンプルすぎる。


「これを作ってるっすか?」

「いや、ワシは売る方じゃ。職人はドワーフの集落じゃな」

「そうっすか」

「なんじゃ、興味があるのか? 若いのに偉いのう」

「そうでもないっす。でも、興味はあるっす!」


 この服はフォルト好みだ。アーシャがデザインを描いているが、どれも露出が激しいデザインだった。


(かわいいかどうかは別にして、マスターの言うエロとは、これの事だと思うわ。なら、ドワーフの集落へ行けば手に入る? でも、遠すぎるわ)


「こ、これ。一着売ってもらえるっすか?」

「おっ! それは願ってもない事じゃ。大銀貨三枚でどうじゃ?」

「そ、それは高すぎるっす!」

「なんじゃ、気に入ったのではないのかの?」

「そうっすけど、持ち合わせがないっす」

「ううむ」


 大銀貨三枚だと三万円だ。日本で考えるなら、この程度の服で三万円は高い。まるでファッション性はなく、ただ露出があるだけだ。しかし、丈夫そうではある。これなら、銀貨五枚程度なら出してもいいかもしれない。つまり、五千円だ。


「なら、ワシの手伝いをせんか?」

「手伝いっすか?」

「うむ。手伝ってくれたら、タダで一着あげるわい」

「えっ! 本当っすか?」

「ドワーフは、一度約束すれば絶対に破らんわ!」

「そ、それは失礼したっす」

「ガハハハッ! 冗談じゃ。破る時もある」

「そ、そうっすか……。で、なにをすればいいっすか?」

「それなんじゃがな……」

「ええっ!」


 ドワーフから内容を聞いたリリエラは、驚きの声を上げる。確かに簡単で楽ではある。しかし、リリエラにとっては厳しい。

 それでも、フォルトのクエストを達成するなら、やる必要がある。そこで、仕方なく引き受けるのであった。



◇◇◇◇◇



 執事に職人を紹介してもらう予定だったが、急遽きゅうきょドワーフの手伝いをする事になった。そこで、執事に謝る事にする。

 しかし、笑って許してくれた。紹介といっても、先方に話が通っているわけではない。お節介のようなものなので、気にも留めていなかった。


「ごめんなさいっす!」

「よろしいですよ。では、そのドワーフの手伝いを?」

「はいっす。服がタダでもらえるっす」

「そうですか。ドワーフなら安心だと思いますが……」

「なにかあるっすか?」

「もし、人間で同じような事があっても、受けない事をお勧めします」

「なぜっすか?」

「世の中、悪い人間などいくらでも居ます。騙されたくなければね」

「わ、分かったっす。忠告は素直に受けるっす」

「そうですか。それはよい心構えです」


 悪い人間が居るのは知っている。しかし、そういう者と関わった事がない。あのデルヴィ侯爵を除いては……。


(ハーラス……。いえ、彼の事はもう、記憶にも残しては駄目よ。私はリリエラ。マスターの玩具だわ)


 奴隷調教で壊されたとはいえ、記憶は残っている。こうやって、時たま思い出す時もあった。しかし、心と体はリリエラとなっている。


「では、行ってくるっす」

「はい。お気をつけて」


 リリエラは、ドワーフの所へ向かった。商人ギルドで出店の申請をして、場所を借りられたのだ。その場所は教えてもらっている。


「おお、来たか」

「はいっす!」

「じゃあ、頼むぞ」

「わ、分かったっす」


 ドワーフの借りた場所には、小さなテントが設置されていた。リリエラはテントへ入り、ドワーフから言われた事をする。

 それは着替えだ。エルフの服を着て店の前で立つことが、手伝いの内容である。要はマネキンである。


(は、恥ずかしいわ……。こんな服は、みなさんが着ているのを見てただけで、自分じゃ着れないと思ってたわ)


 スタイルに自信がない、わけではない。しかし、ここまで露出した服を着た事がなかった。リリエラはスカートを腰に合わせながら、恥ずかしそうにしていた。


「どうじゃ?」

「ちょ、ちょっと、開けないでほしいっす!」

「それはすまんのう」

「も、もうすぐっす」

「うむ。では、待つとするかの」


 リリエラは急いで着替えてテントから出る。それからドワーフの言われるがまま、店の前に立たった。股間から足にかけてスースーする。

 そのリリエラの格好を見て、通り過ぎる者たちの顔が赤くなる。中には近づいてきて、マジマジと見る男性もいた。それを、おなかを隠しスカートを下に伸ばしながら耐えていた。


「シッシッ! 男に売るもんじゃないわ!」

「ちっ。ちょっとぐれえ、いいじゃねえか」

「じゃが、買うならよいぞ」

「よくないっす!」

「い、いらねえよ! 着るわけじゃねえのに、買えるかってんだ!」

「なら、商売の邪魔じゃ。あっちへ行け」

「分かったよ!」


 こんな感じの事を数時間続けた。全ての服が売れるまで帰らないらしいのだが、ハッキリ言って売れていない。店へ寄ってくる女性は、興味がありそうに見てくる。しかし、買い替えるほどではないようだ。


「ガルドさん、売れないっすね」

「そうじゃな。人間の女性は、こういう服を着ないのか?」

「知っている人たちは着てるっす。でも、普通の人間じゃ着ないっすね」

「ほう。ならば、売れるかもしれんのう」

「微妙っす」

「もう数日ほど頼む。ワシも会合があるから、帰らないといかんしな」

「会合っすか?」

「たいした事ではない。ガハハハッ!」

「そ、そうっすか。でも……」


 一日だと思っていた手伝いが、数日になってしまった。断りたかったが、押しが強くて断れなかったのだ。

 これでは、普通に買った方がよかった。同じ時間をかけて郵便配達をやれば、元が取れる。そんな事を考えながら、手伝いの続きをするのだった。



――――――――――

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