第151話 アルバハード再び1

 屋敷の応接室へ通されたフォルトたちは、デルヴィ侯爵にもてなされている。豪華な部屋で、王宮の貴賓室よりも立派な感じがする。成金趣味が全開で、それを隠そうともしていなかった。


「其方からワシに会いに来るとはな」

「近くを通ったものでね」

「ほう。ようこそワシの領地へ。と、歓迎したいところだが……」


 デルヴィ侯爵は怪訝けげんそうな表情で、フォルトを見ている。相変わらず蛇のような目でにらんでいて、歓迎しているのか迷惑なのかが分からない。


「其方の事はいろいろと聞いておるが、森から出るとは思わなかったな」

「閉じこもってると、やれない事もあるんですよ」

「国境をこえたいと、そういう事だな?」

「………………」


(話が早い。でも、あの一言でよく分かったな。やっぱり侮れない爺だ。やってる事を知ってるから、素直に尊敬できないけどな)


 エウィ王国を出るとは、一言も言っていない。言い回し的には、デルヴィ侯爵領内に用事があると思うのが普通だ。

 デルヴィ侯爵が今の地位まで築けているのは、この鋭い洞察力のおかげである。表面的な部分はもちろん、見えない部分まで見抜く力だ。

 その洞察力に、年齢と経験に裏打ちされた思考能力を合わせると、これくらいの事は簡単に見抜いてくる。


「そうだな。其方の事は、まだ周知しておらん」

「そうですか」

「国を出る事を、陛下は知っておるのか?」

「うーん。グリムの爺さんが言ってると思うけど」

「ソフィア殿?」

「フォルト様の仰る通りだと思います」


 国から出る条件として、レイバン男爵を捕縛した。ついでに、新興の裏組織「蜂の巣」をほぼ壊滅させた。いまさら駄目と言われても困る。

 その条件とは別に、定期連絡を含める事で許可をとったのだ。フォルトにとって定期連絡などは簡単にできるので、問題はなかった。


「グリムの責任においてならばいいだろう」

「では?」

「国境を素通りさせるのは構わん」

「ありがとうございます」

「しかし……」


(きた。そりゃ、タダで通れるとは思っていない。何かしらの条件が出されるだろうと思っていた。さて、何を言われる事やら)


 相手が貴族ならば、見返りを求められるのは当然だ。貴族は家族ですら捨てられる。無償の奉仕などは絶対にしないのだ。

 それをするような貴族なら怖くない。デルヴィ侯爵から見れば、自ら手をくださずとも、勝手に没落していく者たちだ。


「其方の力を見たい」

「え?」

「其方の強さは、風聞でしか知らぬ」

「直接見せてほしいと?」

「うむ。この場で大爆発などは困るがな」

「あ……」

「フォルト様、やろうとしましたわね?」

「………………」


 デルヴィ侯爵とレイナスが鋭い。そんなに見たいなら、壁に向かって爆裂系の魔法でも使えばいいと思ってしまった。しかし、本当によく分かるものだ。


「強さと言ってもな。レイバン男爵を捕らえたとかじゃ駄目か?」

「ほう。レイバン男爵に、何か落ち度でもあったか?」

「麻薬の栽培だな」

「麻薬の栽培だと?」

「そうだ。畑も裏組織もつぶしておいた」

「それは大義であったな。しかし、その程度ではな」

「ふーん」


(悔しがると思ったが、まったく表情に出ないな。金づるの裏組織が壊滅状態なのに。それとも、金づるじゃなかったか? いや、そんなはずはないな)


「では、大陸の南に生息している竜を……」

「あ……。面倒、遠い。俺に竜退治なんて、無理無理」

「なんだと?」

「しかも反対方向だし」

「ワシの言う事を聞けぬとはな」

「偉いかもしれないけど、俺には関係がないんで」


 権力と金の化け物といっても、どちらも要らないものだ。よって、フォルトを動かす事は無理だ。


「反対方向だと……。其方が行きたいのは、アルバハードだな?」

「よく分かるね」

「引き籠りの其方が行く場所など、一度行った場所しかあるまい」

「………………」

「ならば、ワシにつけ」

「はい?」

「悪いようにはせん。其方のためにもなろう」

「どういう事だ?」

「それは言えん。金も女も用意してやる」

「あ……。そういうのはいいんで!」


(女は間に合ってるし、十分に満足している。それに、金など要らん。やっぱり、考える事が悪代官だ。そのうち、誰かに成敗されるぞ?)


 ある時代劇を思い出してしまう。自分で成敗をする気はないが、バッサバッサと切り倒される場面を目に浮かべる。


「分かっておったが、欲がないとはな」

「あることはあるよ」

「ほう。言ってみろ」

「放っておいてもらいたいもんだ」

「誰にも邪魔されない平穏を求めるか」

「自堕落なもんで」

「自堕落か。だが、そうも言ってられんぞ」

「え?」

「すでに其方は、国内外から注目されておる」

「うぐっ!」

「ローゼンクロイツ家を名乗り、皇帝に喧嘩を売りおって」

「喧嘩を売ったわけじゃ」

「勇魔戦争を知らぬわけではあるまい」


 あの状態を、喧嘩を売ったと思われても困る。しかし、そう見えるかもしれない。事実、こうして見られている。それだけにバツが悪い。

 エウィ王国のデルヴィ侯爵がそう思うなら、ソル帝国の方はもっと思ってるだろう。ヘタに刺客を送らても困る。


「どうだ? グリムには無理だが、ワシならなんとかしてやれるぞ」

「その代わり、手足になれと?」

「近いが違う」

「うん?」

「ワシも、ローゼンクロイツ家を敵に回すほど馬鹿ではない」

「ふーん」

「ワシの依頼をこなしてくれればよいぞ」


(また、このパターン? 王様も同じ事を言ってたな。自分たちでこなせない仕事が、そんなにあるのか? しかし……)


「だが、断る!」

「ぬぅ」

「俺は、仕事をしないと決めているのですよ」

「………………」


 何度も思う。本当に何度でも。魔人になって仕事をしたいやつが居るのかと。遊びの結果が仕事になってしまったのなら、それは別に構わない。

 しかし、率先して依頼など受けるつもりはないのだ。そんなものを受けるなら、寝室で横になって寝てる方が幸せだ。


「それだと、国境をこえさせるわけにはいかぬのだがな」

「あ……。そうだった」

「馬鹿者。人に物を頼むなら、対価を支払え」

「ですよね」

「まったく。子供に言い聞かせてるみたいだぞ」

「………………」


(デルヴィ侯爵って、こんなやつだっけ? 馬鹿らしくなっただけか。いや、いかんいかん。悪いやつがちょっと良い事をすると、良いやつに見えるだけだ)


 デルヴィ侯爵の表情は変わらない。何を考えているのかは、素人なのでは分からない。しかし、対価を支払えという話は分かる。

 それに、対価として金を要求しない事も分かった。彼はフォルトの力を見たいのだ。それをもって、何に使うか決めるのだろう。


「じゃあ、あまり負担にならないやつを」

「ふむ。ならば、闘技場で使う魔物を集めてくれ」

「はい?」

「なにも、人間同士の戦いだけが闘技場ではないぞ?」

「それはそうだけど」


 闘技場と聞いたので、少し興味が出てきた。確かに出場する者は、人間だけじゃなくていいのだ。そうなると、この依頼の趣旨も分かる。


「人間が勝てねば意味がない。そこそこの魔物でよい」

「ふーん。ゴブリンとか?」

「居てもよいが、弱すぎるな」

「オーガとか?」

「そのあたりはほしい。人型以外にもな」

「バジリスクとか?」

「それは駄目じゃ。対策がないと、一方的に終わってしまう」

「なるほど」

「どうだ? 国から出るなら、珍しい魔物もおるだろう」


(目の付け所はさすがだな。闘技場の利権を持ってるから、盛り上げたいといったところか。それなら、自動狩りのついでに、何匹か確保できそうだな)


「レイナス?」

「よいと思われますわ」

「ソフィア」

「フォルト様のお好きに……」

「受けてもいいけど、管理は?」

「こちらでやる。奴隷紋を施すから、暴れないようにして送れ」

「分かった。でも、仕事ではないよ」

「なんだと?」

「ついでだ、ついで。依頼を受けたわけではない」

「やれやれだな。そうとらええるのは勝手だ」

「順次送るからな。何日も置いておけん」

「ふむ。では、担当者を決めておこう」

「バグバットの世話になるから、アルバハードまで寄越してくれ」

「バグバット殿だと? ふむ……。それでよかろう」


 これで決まりだ。国境をこえる対価を払うだけだ。仕事ではない。そう思う事で、負けたと思わなくする。

 そして、国境の通行証を発行してもらい屋敷を出る。それから待機中の者たちと合流して、アルバハードへ向かうのであった。



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