第150話 寄り道3
町から町へ向かう街道を、普通の人間が外れる事はない。街道を外れると、魔物の領域になる。平野部に生息する魔物の多くは、知能を持たない虫系か魔獣系だ。草が多いところでは、植物系の魔物も見かける。
見晴らしもよいので、空を飛ぶ魔物にも襲われる。グリフォンが代表的だろう。鷲の上半身と獅子の下半身を持ち、翼が生えている魔獣だ。
飼いならす事は可能だが、野生のグリフォンは危険である。旅をする者なら、馬車の馬などが狙われやすい。このように、街道を外れるのは避けるべきだ。
「ふう。一段落だな」
フォルトたちは、レイバン男爵をソネンの私兵に渡し終えたところだ。これが、グリムに頼まれていた事である。
レイバン男爵が栽培していた麻薬畑をつぶす。それとともに、レイバン男爵を拘束したのだ。ついでに、新興の裏組織「蜂の巣」の力を削いだのだった。
ボスのガマスを倒したので壊滅に近い。しかし、裏組織などは完全に壊滅しないものだ。すぐに、次のボスが現れる事だろう。
(テロ組織にしても闇組織にしても、トップを殺しても意味がなかったしな。次のやつが出てきて、すぐに活動を開始する)
「さてさて、肉は焼けたかな?」
「焼けたわよお。でも、魔物が寄ってこないわねえ」
「サタンが居るからな。立ってるだけでいいらしい」
「ふん!」
サタンの圧倒的威圧感が、魔物の生存本能を刺激する。これならば、虫だろうが魔獣だろうが寄ってこない。虫であっても、つぶそうとすれば逃げるのだ。つまり、そういう事である。
「それより貴方。いまさらなんだけど、いいかしら?」
「なんだ、マリ」
「国境をどうこえるつもり?」
「え?」
「国境よ、国境。私たちがこの国に入る時は、山越えをしたけどね」
「じゃあ、それで」
「馬車があるでしょ。無理よ」
「あ……」
アルバハードへ行くという事は、国境をこえるという事だ。当然、検問を受ける事になる。
しかし、フォルトやカーミラのカードは見せられない。それに、魔族を連れているのもまずい。上級貴族が知っていても、警備兵や衛兵などは知らないのだ。
「先に言ってよ!」
「とっくに考えがあるのかと思ってね」
(そうだった。日本に居た時も海外になんて行かなかったから、国境をこえるとか想像もしてなかったな。最初は空から行ったし……)
「あっ! ソフィアのカードで」
「無理ですね。三国会議の時だけですよ?」
「そうなの?」
「それも、アルバハードの中だけです」
「くぅ!」
ソフィアは聖女として参加したので、三国会議の時は通用した。剥奪されていたが、それを発表していなかったからだ。
しかし、今は違う。新たな聖女も決まり、ソフィアは無役と言っていい。グリムの孫という肩書しか使えない。
「グリムの爺さんの客将ってだけじゃ駄目?」
「駄目ですね。その話もまだ、下には伝わっていないでしょう」
「うーん。参った」
「フォルトさん、どうすんの?」
「そうだなあ。アーシャ、なんとかして?」
「無理よ!」
「じゃあ、レイナス」
「難しいですわね」
「うん?」
アーシャに頼むのは間違っているが、レイナスに聞くと難しいと言う。それに違和感を感じたので、聞いてみる事にした。
「難しくても、やれそうなのか?」
「ええ、フォルト様次第ですわ」
「俺次第?」
「はい。デルヴィ侯爵に会えばよろしいかと」
「は?」
「ここはデルヴィ侯爵領。国境の管理もそうですわ」
「そうだな」
「デルヴィ侯爵は、フォルト様に会いたがっていますわ」
「でも、ソフィアがなあ」
「フォルト様が一緒なら、平気だと思われますわよ?」
「リリエラも問題じゃないか?」
「馬車から出なければ平気かと。どこかで待機ですわね」
「ふーん」
(貴族の事を熟知しているレイナスが言うなら、それが正解か? 会いたくないけど、他に案があるわけでもないか)
「なら、俺とソフィア。レイナスも一緒に来てくれ」
「御主人様。私は?」
「他の者を守ってやってくれ。サタンが消えるしな」
「はあい!」
「ふん!」
二手に分かれるなら、頼れるのはカーミラだけだ。マリアンデールとルリシオンが居るので、心配自体はしていない。
しかし、より安全を重視するなら、彼女を付けた方がいい。レベル百五十の悪魔なのだ。何が起きても平気だろう。
「じゃあ、レイナスの案でいくか」
「いいのですか?」
「それしかなさそうだしな。人と会うのが嫌なだけで、別に会えるし」
「分かりました。危険な気もしますが……」
「ソフィアは、ちゃんと守るから安心して」
「は、はいっ!」
「でも、直接行って会えるものなのか?」
「本来なら無理ですわ。ですが、会いたいのはあちらですわね」
「なるほどな。さて、何を言われる事やら」
そんな事を考えながらリリエラを見る。彼女は隠さないと駄目だろう。詐欺メイクをしていても、バレる可能性がある。
◇◇◇◇◇
「シュナイデン枢機卿殿」
デルヴィ侯爵は、自分の屋敷で、シュナイデン枢機卿と対面していた。聖女が決まった事で、どうするかを考えるためであった。
「間に合いませんでしたな」
「あれだけ時間を伸ばされれば、仕方があるまい」
「嫌われておいでですな」
「それでいいのだ」
デルヴィ侯爵は、他人に嫌われることをなんとも思っていない。嫌われてナンボといったところだ。敵が多ければ多いほど、力が増すというものだ。
「それよりも、選ばれなかった女は?」
「勇者候補のシュンでしたか。あれが邪魔をしましてな」
「異世界人か。使えるかな?」
「使えるとは?」
「手駒にな。使い道は、いろいろとあろう」
「ですが、限界突破を終わらせた逸材ですぞ。使いつぶすわけには……」
「ふむ。殺すとデメリットが大きいか」
「そうですな。対魔物のための異世界人ですぞ」
「それにしても……」
デルヴィ侯爵は考える。三国会議の晩餐会で会った異世界人の事をだ。単純に考えれば、金の成る木である。
ビッグホーンを容易に倒せるなら、その素材だけで一財産を築けるだろう。それだけでも、手に入れる価値はある。
「ローゼンクロイツか……」
「何か?」
「その勇者候補と一緒に召喚された異世界人だがな」
「聞き及んでおります。その者を手に入れたいと?」
「もちろんだ。金は幾らあっても足りないからな」
「ですが、魔族の家を名乗った異世界人。神殿勢力は認めておりませんぞ」
「問題はそれだ。
「そもそも魔族は異教徒。その者と一緒に居れば、致し方ないですな」
「抱きたいという者が多くてな」
「………………」
ソフィアは存在自体に価値がある。宮廷魔術師グリムの孫娘、元聖女という肩書、見た目も若く美しい。他にも、魔王を倒した勇者の従者などもある。
それらは全て、彼女にぶつけられる欲望の大きさに比例する。その名声や肩書が大きければ大きいほど、それに群がる者どもが増える。
「その異教徒の認定。取り下げる事は可能か?」
「は? なんと仰いました?」
「取り下げてもらいたい」
「そ、それは……」
「ワシから言い出したことだがな。考えが変わったのだ」
「それは?」
「それは言えん。それで、可能か?」
「まだ認定されてませんからな。十分可能ですが……」
「そこで止めておいてもらいたい。寄付する女は増やす」
「どちらにも転べるようにですかな?」
「そうだ。手札は多いほどいい」
「なるほど」
デルヴィ侯爵には、デルヴィ侯爵の考えがある。貴族の闇を知り尽くしているからこそ、他人が思いもよらない考えを持つ。
まさに老練という言葉が似合う。彼の行動は、全てが計算されている。時にあからさまな行動にでるのも、全ては計算のうちだ。
「それならば可能ですぞ」
「では、よろしく頼む。話を戻すが、聖女になれなかった女神官は?」
「今は神殿に居ますな。聖女候補だった事すら知りませぬ」
「なぜ聖女になれなかったか、分かるか?」
「純潔を……」
「なるほど。勇者候補と寝たか」
「おそらくは」
「その女神官は、いつでも使えるようにしておいてくれ」
「それは容易い事ですが……」
「では……」
――――――コン、コン
「入れ」
話の途中でドアがノックされた事で、話を止めて入室の許可を出す。すると、執事が入ってきた。長年デルヴィ侯爵に仕えている、信用のできる者だ。
「デルヴィ侯爵様。お客様が、お見えになっております」
「客だと? 其方が来たのなら、大事な客という事か?」
「恐らくは……」
「誰だ?」
大した客でなければ、執事は部屋へこない。シュナイデン枢機卿と話してるのを知っているからだ。彼よりも大事な客は
その執事が来たという事は、その来客は大事な者の一人だ。そして、執事からその名前を聞いて
「フォルト・ローゼンクロイツと名乗っておりました」
「むぅ」
「それと、元聖女のソフィア様とレイナス様が同行しております」
「ふむ」
「いかがいたしましょうか?」
デルヴィ侯爵は考える。会うには時間が掛かると思っていたが、向こうから訪ねてきた。その真意は、会えば分かるだろう。
そして、すでに来ているので、会った方が利益になると思われる。それも、話題に上がったソフィアも一緒だ。そこまではいい。
しかし、シュナイデン枢機卿と会わせるかどうかを迷う。彼と会っているのは知られたくないが、会わせておくべきとも思う。それが迷いの原因だ。
「シュナイデン枢機卿殿。どうするかね?」
「私は会わないでおきましょう。教皇派の目がありますからな」
「そうか。会わせておきたかったが、もうそういう時期か」
「はい。私が教皇になるには……」
「みなまで言わなくてもよい。では、今回は見送るか」
「心遣い、ありがたく」
「では、隠し部屋へ入っていてもらおう」
屋敷の応接室には、隠し部屋へ入れる仕掛けがある。その部屋から応接室を観察できるし、外へ逃走も可能だ。用心深いデルヴィ侯爵らしい部屋であった。
「では、ここへ通してくれ」
「はい」
「それと、例の者たちもな」
「畏まりました」
執事とのやり取りの間に、シュナイデン枢機卿は隠し部屋へ入っていた。そして、フォルトたちをどう使うか考えながら、部屋へ来るのを待つのであった。
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
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