第148話 寄り道1

 フォルトは身内を引き連れて、双竜山の森から一路アルバハードを目指す。グリム家からは三台の馬車を用意されており、それぞれに乗り込んで出発だ。

 旅立ちの前に決定したことは、すでに終わらせている。


「御主人様! 忘れ物は無いですかぁ?」

「多分な。もしあったら、ニャンシーに取ってきてもらおう」

「マスター、この馬車に乗っていいんすか?」

「うむ。リリエラには暫くの間、俺の従者をやってもらうからな」


 フォルトと同乗する者は、カーミラとリリエラである。

 他の馬車にはマリアンデールとルリシオン、シェラが乗る魔族組。もう一台にはレイナスとアーシャ、ソフィアが乗る人間組だ。


「カーミラは膝を貸してくれ」

「はあい!」


 馬車は三台とも大型である。

 フォルトは知らないが、シュン率いる勇者候補チームの馬車と同じだ。八人は乗れて、多くの荷物も積み込める。

 もちろんグリム家から借りた馬車なので、豪華さは違うが……。


(何のことはない。出発してしまえば、次の目的地まで横になっていればいい。オヤツもあるし馬車も広い。あぁダラけるなあ)


「リリエラ、キュウリスティックをくれ」

「はいっす!」

「口まで運んでくれ」

「は、はいっす! あーんっす!」

「あーん。ポリポリ」


 早速フォルトは自堕落モードになって、リリエラをこき使う。

 このまま、馬車に住んでも良いかもしれない。あちらの世界では車上生活の話題もあったが、別にネガティブなイメージは持っていない。


「アルバハードまではどれぐらいで到着するのだ?」

「分かりませーん! 一週間ぐらいじゃないですかぁ?」

「ふーん」


 馬車は街道を進んでいる。

 そして御者を務めるのは、フォルトが召喚したスケルトンだった。御者がアンデッドだと知られないように、ボロボロのローブを羽織らせてある。フードも被せてあるので、ちょっと見ただけでは分からない。

 誰かから話しかけられなければ大丈夫だろう。


「一家に一台スケルトン」

「アンデッドは拙くないっすか?」

「問題無い。御者などジロジロと見ないだろう」

「町に入るときはどうするっすか?」

「町に寄らないから平気だ。何が悲しくて人間の町に……」

「そうっすか」


 リリエラは不安そうだが、彼女の身になれば分かる。

 本来なら町の外は、魔物が徘徊はいかいしているので危険なのだ。しかしながら双竜山の森では、ゴブリンがいるのに襲ってこない。屋敷の外にもインプやトレント、中に至ってはブラウニーまでいるが同様だった。

 これらは常識から掛け離れており、彼女はまだ慣れていないのだ。


「リリエラは心配性だな」

「森で暮らし始めたばかりですしねぇ」

「うぅ」

「そうだミリア」

「………………」

「どうした?」

「マスターは意地悪っす」

「ははっ。済まん済まん。もうこういうのは止めにしよう」

「………………」


 時おりフォルトはミリアの名前を口にしては、リリエラを確認していた。

 玩具にしてから時間が経過しているので、以前の自分を取り戻しているかもしれない。カーミラの『契約けいやく』スキルで縛っているが、まだまだ楽しませてもらいたい。


(レイナスを調教したときも、何日かは確認したからな。それに……)


 リリエラを確認しているのには、もう一つ理由があった。

 彼女の妹であるカルメリー王国第二王女のミリエが、次の聖女に選ばれたからだ。もしもクエスト中に出会えば、面倒事になるのは想像に難くない。

 ミリアに戻りたいと考えなければ、聖女を見かけても遠ざかるだろう。


「聖女ミリエは……」

「意地悪っす!」

「だったな。ほら、キュウリスティックを食え!」

「はいっす! あーん。ポリポリ」


 ペットの犬に餌をあげている感じがして、フォルトはホッコリしてしまう。と同時にリリエラの頭をでると、顔をうつむかせて恥じらうような笑顔を見せた。

 ちなみにだが、犬の頭を撫でてはいけないらしい。

 犬からすると、「びっくりした!」と驚くだけなのだそうだ。またそれに併せて舌をペロっと出す仕草をするが、ストレスの貯まった状態との話だった。

 撫でて無難なのは背中だ。


「それにしても……」


 リリエラの頭から手を離したフォルトは、腕を組んで考える。

 グリム家への置き土産について、だ。

 ソフィアから尋ねてもらったが、客将としてやってもらいたい案件があるらしい。簡単な――でもないか――内容だったので、先に片付けると決定した。

 現在向かってる場所は、レイバン男爵の領地である。


「燃やすならルリでいいか」

「御主人様、本当にやるのですかぁ?」

「駄目か?」

「悪魔的には放っておきたいですねぇ」

「だろうな。でもグリムのじいさんからの頼みだし……」

「えへへ。大丈夫ですよぉ。そこ以外にもありそうでーす!」

「ははっ。一カ所でやるわけがないな」

「はい! 人間は愚かな生き物ですねぇ」

「うむ」


 ここまで会話したフォルトは、ふとリリエラの表情をうかがった。

 レイバン男爵の領地は、デルヴィ侯爵領内にある。場所については、グリムからの手紙に書かれていたので迷うことは無い。

 ただし侯爵領は、リリエラにとって最悪の場所である。政略結婚でデルヴィ家に嫁いだ彼女は、その侯爵によってミリアとしての人生を終わらせた。

 死ぬ寸前まで凌辱りょうじょくされた領地に向かっているのだ。


「リリエラ、気分はどうだ?」

「馬車酔いはしない体質っす!」

「そうではなく……。いや。酔わないならいい」

「マスターは酔うっすか?」

「俺は魔人になってから、そういう事とは無縁だ」

「羨ましいっすね」


 リリエラに目的地は伝えてあるが、フォルトが見るかぎり特に変化は無い。

 もう調べなくて良いだろう。


(俺は身内以外を信じないが……。これはやり過ぎか? ゲームキャラだから準身内には違いないが、色々と悪いことをしたな)


「しかし……」


 目的地には、数時間で到着するわけではない。

 夜は馬が走れないので、馬車を停車させて野営をする。だからこそ陽が沈む前に、御者のスケルトンに命じて街道から外れた。

 この行動を繰り返しながら、フォルトたち一行は進んでいく。

 そして数日が過ぎた頃に、レイバン男爵の領地が見えてきた。

 以降は野営に入ると、ルリシオンやレイナスが食事の準備をする。食材は馬車で運んでいるが、木々の枝などを集めるのは残りの身内だ。

 もちろんフォルトは、それを眺めているだけの駄目親父だった。双竜山の森から出たことで、身も心もおっさんである。

 ともあれ準備が整って、焚火たきびを囲んで夕食の時間を迎えた。


「知らない土地で食べるのもいいものだな」

「魔族狩りから逃げているときは、こんな余裕は無かったけどね」

「ははっ。倒せばいいじゃないか」

「面倒なのよねえ。次から次へと群がってくるわ」

「まぁ数は力だもんな」

「どうしようもないとき以外は、さっさと逃げるべきだわ」

「大規模な魔法は?」

「使うと魔力がねえ。だから追われるほうは大変よお」


 マリアンデールとルリシオンから、しみじみと語られた。 

 軍隊のようにまとまって襲ってくるなら、その場の戦闘で済むので遊べる。しかしながらバラバラと少数で連続してこられると、魔力が枯渇してしまう。よって勇魔戦争時は遊べたが、魔族狩りでは逃走を選ぶといった話だった。

 姉妹は自由気ままに戦っていても、きちんと計算をしているようだ。


(マリとルリは強いのに、なぜ格下の人間から逃げていたのか疑問だったが……。それだとシェラは、もっと大変だったかな)


「なるほどな。シェラ、隣に座ってくれ」

「あ、はい」


 フォルトは隣に座ったシェラを抱き寄せて、優しく膝枕をしてあげる。

 非戦闘員だろうが魔族の彼女も、人間の魔族狩りに追いかけられたのだ。非常に珍しい光景だが彼女の苦労を察すると、ついつい居た堪れなくなった。

 絵面はよろしくないと思いながらも、そのまま料理に手を伸ばす。


「もぐもぐ。ソフィア、明日には到着するよな?」

「はい。ですが私も知らない村でした」

「町じゃないのか」

「フォルト様、レイバン男爵は村の名主だと思われますわ」

「そうなのかレイナス?」

「よくある話ですわよ」


 閉鎖的な村だと、村人同士の結束が固い。

 そこで村長や名主に爵位の一番低い男爵位を与えて、貴族側に引き入れるのだ。以降は男爵に村人を懐柔させ、そのうえで増税するのがよくあるパターンだった。

 村人の不満を男爵に向けて、多めに徴収した金銭は上級貴族に入る。簡単な男爵の使い方であり、デルヴィ侯爵も行っているだろう。


「ちょっと待て。もしかして、レイバン男爵が一番割を食わないか?」

「男爵としての生活を送っているので文句を言えませんわ」

「味を占めさせて裏切らないようにしてるのか」

「ですわね。フォルト様も貴族を分かってきましたわね」

「勘弁」

「ふふっ。貴族については私に……。ピタ」

「そうだな。よし! 馬車で寝るか!」

「「はいっ!」」

「見張りには……。『大罪顕現たいざいけんげん憤怒ふんぬ』!」


 料理を平らげたフォルトは、スキルを使ってサタンを呼び出す。

 相変わらず鼻息は荒いが、これでも魔王系美少女だ。とはいえ、大罪の悪魔なら見張りにはもってこいである。


「後はサタンに任せた」

「ふん! 余がいるだけで、この辺の魔物など寄ってこんわ!」

「そうか。参加する?」

「止めておけ。余は主の一部だぞ」


 大罪の悪魔は、魔人が持つ大罪を顕現させている。なのでサタンを抱くと、自慰にも等しい行為となるのだ。

 可愛いと思っていても、フォルトが欲情しないのはそのためだった。


「あぁ……。ま、まぁよろしくな」

「ふん!」


 明日には目的地に到着するはずだ。

 今からやることは一つである。フォルトはカーミラ・レイナス・シェラの三人を連れて、馬車の中に移動した。と同時に、女性特有の甘い香りに包まれる。

 残りの身内は片づけを終わらせて、他の馬車で寝るだろう。

 そして夜も更けた頃、馬車の外からサタンの鼻息だけが聞こえるのだった。



◇◇◇◇◇



 デルヴィ侯爵領には、レイバン男爵の治めるクラックス村がある。父親の名前が由来で、数百人の村人が暮らしている。

 その村の中には、ひときわ大きい屋敷が建てられていた。他の家々と比べると豪華だからか、一目で男爵の屋敷だと分かる。

 また屋敷の玄関では、二人の男性が会話をしていた。


「デルヴィ侯爵様が?」

「はい。もうすぐ到着なさると通達を受けました」

「そっそれはいかん! 歓待の準備を急がせろ! 俺は時間を稼いでおく」

「畏まりました!」


 もう一人はレイバン男爵の私兵で、命令を受けて屋敷の奥に走っていった。何かと慌ただしくなっているが、男爵は村に帰ってきたばかりである。

 ちなみに男爵は、フォルトと同じ四十代のおっさんである。体型も似て肥満型で、顔を見なければ間違えるかもしれない。


「結局は駄目だったが……」


 宮廷魔術師グリムに異世界人との面会を打診したが、その息子ソネンに回された。以降はグリム領まで出向いたが、残念ながら断られて戻ってきたのだ。

 そしてガックリと肩を落としていたところに、デルヴィ侯爵の来訪である。


「なぜ侯爵様が直接……」


 レイバン男爵には、心当たりが二つある。

 それでも侯爵ほどの人物が、わざわざ辺境の村に訪れるなど思いもよらない。異世界人については、侯爵の部下であるバルボ子爵が間に入っている。となると、もう一つの件かもしれないと体を震わせた。


(アレの件か? だが直接来ると問題があるように思えるのだが……)


「分からん。とにかく会うしかあるまいな」


 レイバン男爵は身形を整えて、屋敷の外に出た。

 デルヴィ侯爵が到着したら、すぐに迎えられるよう待機する。部屋で一息入れる時間はあるが、そんなことはできないのだ。


「まだか……。まだか」


 さすがに、数時間も玄関で待つのは馬鹿らしい。しかしながらデルヴィ侯爵からすると、レイバン男爵など吹けば飛んでいく塵芥ちりあくたである。

 少しでも気に入られて取り入らなければ処分されてしまう。とにかくどのように機嫌を取るかを考えていると、数時間程度はあっという間だった。

 そして、先ほどの私兵が戻ってくる。


「男爵様! 侯爵様が村に到着されたようです!」

「やっと来たか!」

「馬車が一台です。どうやらお供に騎士たちはいないようですよ?」

「お忍びなのだろう。メイドどもを並ばせろ!」

「了解しました!」


 侯爵と男爵では、まるで大企業の会長と平社員のような関係である。不興を買わないように、奇麗どころのメイドを玄関の前に並べた。

 そうは言っても二人しかおらず、他の男爵家から借りた二女や三女だったりする。身形もエプロンドレスで、お手伝いさんと呼んだほうが近い。

 ともあれ暫く待っていると、豪華な馬車が到着した。


「お待ちしておりました侯爵様! 本日はお日柄も良く……」

「うむ。其方そのほうは息災かな?」

「はい!」


 挨拶もそこそこ、二人は応接室に向かった。

 デルヴィ侯爵にとって、レイバン男爵の屋敷はゴミにも等しい。本当のゴミが落ちていないかハラハラしながら、侯爵の顔色を窺う。

 そしてソファーに座った後は、恐る恐ると来訪の理由を聞いた。


「して侯爵様、村には何用で参られましたか?」

「うむ。異世界人の件だ」

「も、申しわけございません! 未だに面会も取り付けず……」

「もうよい。三国会議の晩餐会ばんさんかいでワシが会っておる」

「何ですと!」

「元聖女ソフィアの護衛でな。だから、もうよいのだ」

「なら私の仕事は……」

「安心するがよい。其方を処分せぬ。アレの管理を任せておるからの」

「ありがとうございます!」


 こんな辺境の男爵など、無能の烙印らくいんを押されれば処分されてしまう。異世界人の件と言われたときから、体中が震えてしまった。

 その感情を知ってか知らずか、デルヴィ侯爵は続きを口にする。


「今回、ワシが訪れたのには訳があってな」

「な、何でしょうか?」

「アレの管理をしている場所に、従事してる者たちを集めてほしいのだ」

「なぜ、でしょうか?」

「其方に質問をする権利が?」

「い、いえ! 滅相もありません!」


 不興を買ってしまったかと、レイバン男爵は立ち上がってペコペコと謝る。

 本来なら土下座までしたいが、やり過ぎも同様に機嫌を損なう。


「馬鹿者が……。まぁよい。そ奴らに褒美をやろうと思ってな」

「褒美でございますか?」

「直接渡されたほうが、今後の仕事にも精が出るだろう?」

「そうですな」

「よいか! すべてだぞ。一人も漏らすなよ?」

「はいっ! 畏まりました!」

「うむ。ワシは一度村から出る。明日はアレの場所に直接向かう」

「分かりました! お待ちしております!」


 これで、デルヴィ侯爵との面会は終了した。

 にも角にも、金と権力の力はくも恐ろしい。物理的な力を持たない老人だが、どのような無体をされても逆らえないのだ。レイバン男爵は完全に飲まれて、侯爵の馬車を見送った後も冷や汗が止まらなかった。

 そして休む間もなく、明日の準備に取り掛かるのだった。



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