第149話 寄り道2

「レイバン男爵様! 集めましたぜ」


 レイバン男爵の村にある隠された栽培所で、百人程度の男女が集まっていた。その場所は立ち入りを禁止されており、村人は誰も寄りつかない。

 この場所に集められた者をよく見ると、薄汚い格好をしていて、泥まみれの状態だ。それにはレイバン男爵も渋い顔をした。


「もう少し、なんとかならんかったのか?」

「で、ですが。今まで作業中でしたので……」

「それは分かっているが」

「それに、一生懸命やってますよと見せられますぜ?」

「そ、そうか。そういう見方もあるな」


 この男女のリーダー格である男性が、近くでニヤニヤしている。ガマスと呼ばれる大柄の男性だ。筋肉が隆々で、力仕事ならお任せな感じだ。


「なにやら、褒美をくれるって話でしたか?」

「ああ、そう言われている」

「嬉しいねえ。一人一人に手渡すなんて、いきな計らいだぜ」

「直接来られたからな。期待してもよいのではないか?」

「へへ。仕事に精が出るってもんでさあ」

「その仕事だが、順調なのか?」

「もちろんですぜ。もうすぐ収穫して流せると思いますぜ」

「そうか」

「来たようですぜ」


 二人が話していると、馬車が近づいてくる。この辺では見ない豪勢な馬車なので、すぐに分かる。

 ガマスはレイバン男爵から離れて、後ろで待機してる男女の所へ戻った。それを確認したレイバン男爵は、出迎えるために前へ出る。


「デルヴィ侯爵様、お待ちしておりました」

「あらあ。到着したようよお」

「だ、誰だ!」

「デルヴィ侯爵様の御付きよお。道を空けなさいな」

「あ……。これは、失礼しました」

「いいのよお。ほら、デルヴィ侯爵様が降りられるわあ」

「は、ははっ!」


 馬車から降りてきたのは、黒いゴシック調のかわいい服を着た女性だ。見るだけで惚れ惚れする容姿だが、それにうつつを抜かしている場合ではない。

 その女性の後ろから、白髪の老人が馬車を降りてくる。デルヴィ侯爵だ。その後ろからは、最初に降りた女性と同じような服を着た娘と、吸血鬼のようなコスプレをした中年の男性が降りてきたのだった。


「着いたか?」

「ええ。あれがそうね」

「ふーん。あれで全員?」

「どうなのだ? レイバン男爵」


 中年の男性にうながされたデルヴィ侯爵は、レイバン男爵に問いかける。とても緊張しているようで、そのおかしさに気が付かなかった。


「は、はい! あれで全員でございます」

「其方、隠し立てをしておらぬな?」

「隠すなどとは……。私はデルヴィ侯爵様のためなら、なんでもやりますぞ」

「そうか。よい心がけだな」

「ははっ!」


 デルヴィ侯爵たちは、レイバン男爵の後ろで待機している者たちのところへ向かう。その者たちも、緊張して直立不動の姿勢だ。

 見た目は、当初リリエラが着ていたようなボロ布を着ている。髪はボサボサだったり、体中に泥が付いていたりと汚らしい。


「フォルトぉ。どうするのお?」

「そうだな。ルリ、やっちゃって」

「いいわよお。じゃあ、死んでねえ」

「え?」


 デルヴィ侯爵の後ろから、ルリシオンが前に出てくる。そして、満面の笑みを浮かべながら、魔法を発動するのであった。



【ポップ・ファイアボルト/弾ける火弾】



――――――ドーン!


 弾ける火弾の魔法が、集まっていた男女の中央で炸裂さくれつする。すると、爆発の大音響とともに、人間が何名も吹き飛ばされたのだった。


「ぎゃあ!」

「ぐえぇぇ!」

「ごっ!」

「ぐおおっ!」


 中心の人間は直撃を受けたので、声も出せずに肉片を飛ばしている。その周りにいた人間は、爆心に近ければ近いほど、重傷を負って地面に激突している。


「あはっ。いいわあ、燃えなさあい。あはははっ!」

「いいな。ルリちゃんばっかり」

「マリもいいぞ?」

「いいんだ。じゃあ……」



【グラビティ・プレス/重力圧】



 うめき声をあげ地面に倒れている男女に向かい、今度はマリアンデールの魔法が発動する。すると、その者たちの上空に黒い球体が浮かび上がり、そこから強力な重力が発生した。


「ぐぎゃ!」

「ぶぺっ!」

「ぴゃ!」

「つぶれちゃう? つぶれちゃってるわ!」


 マリアンデールは手加減をせず、球体の下に居た人間を地面へ圧しつぶす。文字通り圧しつぶされた人間は、せんべえのようにペシャンコになり、内臓と血をき散らせて絶命したのだった。


「テ、テメエ! 何してやがる!」

「あら、強そうなのが居るわね」


 逃げられないと悟ったガマスは、マリアンデールの前に立ちふさがる。なぜ彼女を狙ったのかは、なんとなく察しがついた。

 ガマスは武器を持っていない。雲の上の存在であるデルヴィ侯爵と会うのに、武器など持てなかったからだ。しかし、彼の肉体は武器になる。その隆々とした筋肉にかかれば、小柄な女性など、簡単に吹き飛ばせるのだ。


「テメエを人質にして……」

「無駄な事をしないで、そのまま死ねば?」

「ちっ。時間がねえ。大人しく捕まりな」


 ガマスが太い腕を使い、マリアンデールを捕まえようとする。しかし、思い通りに捕まる彼女ではない。


「はんっ!」

「なっ!」


 そのガマスへ向かって、マリアンデールは一気に懐へ入る。そして、その分厚そうな腹に向かって、手刀を突き入れた。

 普通であれば、あんな筋肉の塊へ指を突き立てれば、その指はへし折れるだろう。しかし、折れる事はなく腹をえぐる。完全に、腹の中へ腕を入れたのだ。


「ぐおっ! ぐぐぐぐっ!」

「今、貴方の時を止めてあげるわ」

「ぐぼぁ!」


 マリアンデールは時を止めるかのように、一瞬で内臓を引きずり出す。そして、ガマスから離れて距離をとった。大量の返り血を浴びたくはないだろう。それでも、腕を体の中へ入れたので汚れてしまったが……。

 これが〈狂乱の女王〉の一端か。魔法を使わず体術でトドメを刺すあたり、彼女の性格が分かろうというものだ。


「ふふ。止まったわね」


 絶命したガマスは、うつぶせに倒れ込む。そして、その命を終わらせた。それを見るマリアンデールの目は、とても冷ややかであった。


「な、なにが……。デ、デルヴィ侯爵!」

「なんだ」


 レイバン男爵の目の前で、惨殺がおこなわれている。その恐ろしさに耐えかねた彼は、デルヴィ侯爵の近くへ駆け寄ってひざまずいた。

 その間も姉妹は、生き残っている人間を惨殺している。辺りには爆発と悲鳴、それと血だまりができていくのだった。


「な、なんですか! なんですかあれは! 何がいったい!」

「主様」

「どうかしたか? クウ」

「いかが、いたしましょうか?」

「デ、デルヴィ侯爵様! そんな男と話していないで、止めてください!」

「そんな男……」


 レイバン男爵の言葉を聞いたクウは、振り返って襲い掛かろうとした。しかし、それはフォルトに止められた。


「ひっ!」

「待て待て。殺すな」

「ギッ。畏まりました」


 ドッペルゲンガーは、人物に化ける魔物である。基本的な攻撃方法は不意打ちだ。相手が背を向けた時や、いきなり元の姿へ戻り驚いた時に襲い掛かる。しかし、今のクウはデルヴィ侯爵のままだった。よほど怒ったのだろう。

 デルヴィ侯爵の怒りに満ちた顔を見たレイバン男爵は、頭を抱えて地面へ額を付けている。こちらからは見えなかったが、その形相は凄まじかったのだろう。


「レイバン男爵?」

「ひっ!」

「ああ、おまえは殺さないから安心しろ」


(そうは言っても、ガタガタと震えているな。まあ、無理もないか。マリとルリは楽しそうだから、それは何よりなのだが……)


「な、なんだ。なんなのだ、おまえは!」

「俺か? おまえが会いたがってた異世界人だが」

「な、なに!」

「グリムの爺さんに頼まれてなあ。ここで栽培してる、麻薬を焼きにきた」

「ふ、ふざけるな! なんなのだ! どういう事だ!」


 知りたい事は伝えたはずだが、どうやら混乱しているようだ。何度も言わせるなと思うところだが、殺さないでくれと頼まれてもいた。


「俺は、フォルト・ローゼンクロイツ。宮廷魔術師グリムの客将だ」

「な、なにっ!」

「聞いていないか? すぐに伝わったと思っていたが……」

「き、聞いてはいる。しかし……」

「なら、話は早い。拘束させてもらうぞ?」

「に、にげっ!」

「られるわけがないだろう?」



【ホールド/拘束】



 フォルトは魔法を使い、レイバン男爵を拘束した。この魔法を使われると、まるで体が縛られたように動かなくなるのだ。

 レイバン男爵は立ち上がろうとしていたため、バランスを崩して、顔から地面へ倒れ込んだ。非常に痛そうである。


「ぐっ!」

「痛そうだな」

「うぅぅう」

「うめき声ぐらいしか出せないか。クウよ」

「なんでしょうか、主様」

「縛っといて」

「畏まりました」


 ドッペルデルヴィであるクウは馬車へ戻り、用意してあったロープを持ってくる。そして、レイバン男爵を縛り上げた。


「ぐぅぅ!」

「あのデルヴィ侯爵が言ってた事は、本当だからな?」

「ぐ?」

「アルバハードで会っている。もう気にしなくていいぞ」

「うううっ」

「まあ、引き渡すやつが来るまでは大人しくしとけ」

「ううっ!」


 縛り上げたレイバン男爵を、クウが馬車の近くまで持ち上げていく。見た感じは、太ってる中年を老人が持ち上げている状態だ。なんとも滑稽こっけいであった。


「終わったわあ」

「やっぱりいいわねえ。人間がつぶれる感じ……。ゾクゾクしちゃうわ」

「ははっ。少しはストレスの発散ができたか?」

「そうねえ。不意打ちでやったから、物足りないわあ」

「逃げ惑う人間を殺すのがいいのよ」

「ふーん」


(人間相手だと、物凄く残忍だな。惨殺してるところを見たのは初めてだが、戦争の時も、こんな感じだったんだろうなあ)


 不意打ちに近かったので、マリアンデールは時空魔法を使っていない。それでも、一人も残さず殺し尽くすあたり、末恐ろしいものを感じた。


「マリの服が汚れてないか?」

「強そうなのが居てねえ。見かけ倒しだったけど」

「ふーん。着替える?」

「ふふ。そうしたいけど、ムードがないわね」

「ははっ。それに魔法の服だしな」


 姉妹の服も魔法の服だ。放っておけば汚れは落ちて、シワもなくなる。魔法とは、かくも素晴らしきかなであった。


「さて、栽培してるとこを燃やさないとな」

「そうねえ。私がやってくるわあ」

「頼む。もうギブアップ」

「早いわね。そんなに人間と話すのは嫌かしら?」


(色の付いたタイマーを思い出すな。話せるが、嫌になってくる。もう世界が違うのだから、この引き籠り体質も改めないとなあ)


 生き生きしている姉妹を見て、そんな事を思ってしまう。やはり、森へ引き籠ると、彼女たちのためにならない。

 しかし、時間はたっぷりとある。この体質を治すに数年はかかるだろうが、治せるかもしれない。日本では、引き籠りを脱した人間は居た。そんな事を考えながら、姉妹に背を向けて、クウの居る場所へ向かうのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、

本当にありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る