第147話 旅立ちの予感3
湖にある小島で、ニャンシーの報告を受ける。その彼女は、カーミラの膝の上でゴロゴロと鳴いていた。
「にゃ。そこにゃ」
「ニャンシーちゃん、もふもふ!」
「うむ。苦しゅうない」
「ニャンシー」
「なんじゃ、主」
報告を受けようとしていたが、なんともマッタリとしてしまった。この森に居る間は、お気楽極楽状態である。
「バグバットは?」
「よいと言っておったぞ」
「そ、そうか。随分とあっさりだな」
「それに、住みやすそうな土地を用意してくれるそうじゃ」
「土地?」
「森じゃ」
「おお!」
「アルバハードが近くての。主の希望に沿えるそうじゃ」
「ほう。どんな森?」
「幽鬼の森という森じゃ」
「幽鬼の森?」
「アンデッドの住処じゃな。ゾンビやらグールやらが
「うげっ。そ、それは……。どうなんだ?」
幽鬼の森とは、アルバハードの北側にある森で、アンデッドの巣である。立ち入る人間など皆無なので、希望に沿えるだろうとの事だった。
「そのアンデッドって……」
「どっかの国を滅ぼした時の、余りだそうじゃぞ」
「………………」
「襲わないようにできるので、消滅させないでほしいそうじゃ」
「そっか。まあ、借りものの土地だしな。善処しよう」
「御主人様、その森へ行くんですかあ?」
「うん。人間が皆無なのがいい。町が近いとくれば、言う事はなしだ」
「アーシャは大丈夫かなあ?」
「あ……。幽霊系が苦手なんだっけ」
「そうでーす!」
「じゃあ、黙っといて」
「えへへ、さすが御主人様です!」
幽鬼の森を借りる事に決めたので、アンデッドの事は内緒にしておく。到着してしまえば、こちらのものなので、有無を言わさず住み着くつもりだった。
(よしよし。後は、ソフィアの報告か。客将になってすぐに出ていくのは、信義にもとるか? まあ、聞いてから考えるとするか)
「よし、テラスへ戻るぞ」
「はあい!」
カーミラの手を握って、湖を飛び越える。腰が軽いうちに進めないと、重くなった時点で計画が水の泡である。
昔からそうだった。本当にやりたい時は、素早く動いたものだ。先延ばしするほど腰が重くなり、最後にはやらなくなった。
「オヤツはあるかな?」
テラスへ到着すると、いつもの専用椅子に座る。そして、カーミラを隣に置いた。そこへ、レイナスがキュウリスティックを持ってきた。
「はい、フォルト様。あーん」
「あーん。ポリポリ」
「ふふ。ピタ」
レイナスは後ろに回り込んで、後頭部を刺激してくれる。彼女のレベルを早く上げたいところだ。
そろそろ闘技場の完成も見えてきていた。正式なオープンにはまだかかるが、出場を視野に入れている。
「そう言えば最近、レイバン男爵に動きがないな」
「グリム様に面会を申し込んだと聞きましたわ」
「そうらしい。どういう動きになると思う?」
「そうですわね。フォルト様は、デルヴィ侯爵と面識ができましたわ」
「うん。ちょっとだけね」
「なら、他の仕事に回されるかもしれませんわね」
「ふーん」
「目的は、デルヴィ侯爵がフォルト様と話をする事ですわ」
「だろうね」
「面識ができたのなら、レイバン男爵を使う必要はないですわね」
「首って事か……」
「無能の
その使い道は、よい事ではないだろう。あのデルヴィ侯爵なら、ブラック企業以上に使い倒しそうだ。その点に関してだけは同情してしまう。
(俺もブラック企業に勤めたからなあ。知った事ではないが、かわいそうだとは思う。精神と体がボロボロにされるからな。経験者が語ってあげるよ)
誰に語る事もないが、デルヴィ侯爵に対してイラッとくる。しかし、ブラック企業体質は、なにもデルヴィ侯爵だけではない。貴族全般に言える事だった。
「なら、恨まれそうだな」
「そうですわね。今回を最後に、完全に使いつぶされますわ」
「ははっ。会う事はないから確定だな」
「フォルト様が気になさる事はありませんわ」
「気にしてないさ。俺が気にするのは、おまえたちだけだ」
「ふふ。ちゅ」
日本に居た頃なら気にしただろう。他人には優しくしなさいと育てられたからだ。昭和によくある育て方だった。
しかし、その優しさは身内にだけ向かっている。他には、話してる間に気になった者たちだけだ。前者は優しさの全て。後者は一部だけだったが……。
「御主人様、食料はどうしますかあ?」
「ああ、持って行けないよな。魔界から運べないのか?」
「大丈夫ですよ。でも、量が……」
「そうだな。何往復もさせられんな」
「えへへ。肉だけならいいですよお」
「そっか。なら、畑とかは閉鎖かな」
「そうですねえ。幽鬼の森でも作りますよね?」
「うん。どういう土地か分からないけど、作れるならあっちで作らせる」
この双竜山の森には戻るつもりがある。よって、戻ってもよい状態にしておかないと駄目だろう。
本当に戻るかは謎だが、その時になって使えないのも困る。ソフィアからの報告がくるまでに、それらを決定していくのであった。
◇◇◇◇◇
――――――ピィ! ピィ!
ソフィアの部屋のベッドで横になっていると、ハーモニーバードが戻ってきた。その足に付けられた手紙を読んだソフィアは、後ろ向きに座って、体を預けてくるのであった。
「どうだった?」
「やっぱり、渋っていますね。近くに居てもらいたいようです」
「そうか」
「アルバハードへ行くとなると、エウィ王国から出国する事です」
「国民じゃないけどな」
「異世界人と見られてますから」
「そうだった。まったく……」
(無視して行く事はできる。しかし、グリム家を困らすのは本意じゃない。日本の総理がグリムの爺さんなら、よい国になりそうだけどなあ)
グリム家は国民目線の領主である。貴族の事を見たり聞いたりしているので、余計に好感が持てるのだ。
それに、身内となったソフィアの家族だ。むげには出来ない。むげにすると、彼女が悲しむだろう。
「迷惑にならない方法とかないかな?」
「バグバット様が仲介してくれれば、あるいは……」
「仲介?」
「はい。勇者の仲間が居たのですが」
「ソフィアさんの仲間って事ね」
「はい。
「うん」
「ふふ。大丈夫ですよ。十歳の時でしたからね」
「そうだったな」
分かっている事だが、ちょっとでも関係性があると
「彼らはバグバット様の仲介で、自由に行動しているはずです」
「そうなんだ」
「ですので、仲介が取りつけられれば平気かと」
「ふーん」
「きゃ!」
ソフィアは背を向けて座っているので、腰に手を回して太腿を触る。いつもの悪い手のいたずらだが、彼女はもたれかかってきた。
「ニャンシー」
「なんじゃ、主」
仲介が必要なら、仲介を取り付ければいい。そこでニャンシーを呼び出して、再びバグバットの所へ向かわせる事にした。
「仲介を頼んできて」
「うむ。任せておくのじゃ」
(よしよし。これで問題がなくなるな。そうだ。戻る予定だが、立つ鳥跡を濁さずと言うしな。何かやってやるか。それが礼儀というものだ)
ニャンシーを送り出した後、置き土産を考えてみる。客将のままになるだろうが、いろいろとグリムには動いてもらった。その礼をしないと、日本男児が泣くというものだ。
「ソフィア。グリムの爺さんに、土産を置いていきたいんだが」
「土産ですか?」
「今までの礼を込めてな。何をすれば喜ぶ?」
「え?」
ソフィアは驚く。人間を見限ってる割に、こういう事を言うのだ。しかし、それも最近は分かってきていた。
この優しさを持たせたままにする事。それが、彼女の目標だ。完全に悪へ落ちて魔神にならないようにするために、身内になったのだから。
「聞くのが一番早いかと」
「ははっ、そうだな。では、聞いてくれるか?」
「はい」
ベッドから立ち上がったソフィアは、机で手紙を書き始める。そして、ハーモニーバードを使って、グリムの所へ向かわせた。
「ふふ。これでいいですか?」
「うん。お手柔らかに頼みたいけどな」
「それも書いておきました」
「さすがだな。それならまた、ニャンシーと手紙次第だな」
「はい」
また、先程と同じ体勢になる。それに合わせて悪い手も動き出した。ソフィアも慣れたもので、完全に受け入れている。
「んっ。ところでフォルト様。馬車は、大型が三台ほどで?」
「うん。俺は密着できるからいいけど、さすがに全員が入ると狭いだろ」
「はい。長旅ですからね」
「旅か……。ヤバいな、腰が重くなってきた」
「ふふ。でも、行かれるのでしょ?」
「うん。転移とか、そういう魔法でもあればいいんだけどなあ」
「転移……。ですか?」
「あるの?」
「他の異世界人の方も同じ事を言っていましたが、そういう魔法はありませんね」
転移魔法があれば、飛ぶより早く到着する。時間魔法があるのに、転移魔法がない。まったく、神様に文句を言いたいくらいだ。
(悪魔なら魔界へ移動できるのに、同じ物質界の中で魔法での移動が無理とはな。よく分からん仕様だが、ないものはないか)
「アイテムバッグとかもないよな?」
「アイテムバッグ……。ですか?」
「空間へ物を入れておけるアイテム」
「聞いた事がありませんね」
「ですよね」
やはり、それもないようだ。ルーチェに作るよう頼んでいるが、進展がまったくない。基本的に、そういう事は不可能なのだろう。
「そう言えば……」
「なに?」
「この森からですと、デルヴィ侯爵領を通りますよ?」
「え?」
「デルヴィ侯爵領と接してますので」
「うぐっ! そ、それは……」
初めて行った時は飛んで行ったので、デルヴィ侯爵領を通っていない。しかし、馬車で移動するなら通る事になる。二人とも狙われてる感じがするので、見つかれば面倒な事になりそうだった。
「狙っていそうだけど、本当に狙ってるのかな?」
「本気で狙っているかと問われると、自信はありません」
「あからさまだもんな」
「はい。ですが、それも計画の内とも取れますが……」
「ほんと、面倒な爺さんだな」
「ふふ。でも、守ってくださるのでしょう?」
「もちろんだ」
「きゃ!」
悪い手を使い、ソフィアを引き寄せる。そして、本能が赴くままに抱いた。その間は、デルヴィ侯爵の事など頭になかった。
そして数日後、ニャンシーの報告とグリムの手紙がそろった。それを踏まえて、今後の行動を決定するのだった。
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
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