第142話 新・聖女誕生3

 旅の後始末を終えたシュンは、ギッシュと一緒に模擬戦をしている。

 その相手を務めるのが、元勇者チームの戦士プロシネンだ。

 一見すると普通の人間なので、あまり強そうに見えない。だが真正面から対峙たいじすると、威圧感に圧し潰されそうになる。

 先ほども、一方的に負けたところだ。


「かかってこいや! おらあっ!」


 次はギッシュの番で、自分から動かずにプロシネンの動きを観察していた。いつもなら真っ先に飛び出すが、やはり警戒をしているのだろう。

 シュンは戦いを見逃さないように、少し離れた位置で眺めていた。


(さすがに動けねぇか。暴走族の喧嘩けんかとはわけが違うぜ。ある程度の戦闘経験も積んで、プロシネンの強さが分かるだろう。前に出られねぇだろうな)


 シュンの読みは当たっている。

 ごろつきや悪漢などが相手なら、喧嘩の延長で良いかもしれない。今のギッシュなら、オーガと対峙してもタイマンで倒せるはずだ。しかしながらプロシネンからすると、そんなものは児戯にも等しいのだ。

 強さの桁が違うと、肌で感じているからこそ動けない。 


「いくぜぇ。おっさん!」

「………………」

「おらあ! 『大地斬だいちざん』!」


 それでも動かないと、模擬戦の意味が無い。

 ギッシュはグレートソードを振り上げ、地面に向かって一気に振り降ろした。と同時に地面が爆発して、大量の石礫いしつぶてがプロシネンを襲う。

 遠距離攻撃の『大地斬だいちざん』なら、様子見としては最適か。


「………………」


 扇状に襲ってくるので、シュンならガードするしかない攻撃だ。とはいえやはりと言って良いのか、プロシネンに当たることはなかった。

 石礫が当たる寸前に、目では追えない速さで横に移動している。続けて、ギッシュとの距離を詰めるべく走りだした。

 無駄のない動きで、一切の迷いが感じられない。遠距離攻撃を持ち合わせていないのか、はたまた撃ち合いを嫌ったか。

 とにかく、接近戦がご所望のようだ。


「ちっ。『鉄壁てっぺき』!」


 舌打ちしたギッシュは防御系のスキルを使って、プロシネンを待ち受けている。

 つば迫り合いに持ち込めれば、体格差で有利に立てると思ったのだろう。十分に近づいたところで、グレートソードを振り上げた。


「ふん!」


 上段から振り下ろされるグレートソードが、プロシネンを襲う。

 ここは剣で受け止めるか、攻撃を避けるのが常道だ。しかしながら物凄い衝撃音を響かせて、グレートソードを宙に飛ばした。

 そして模擬戦は終了とばかりに、ギッシュの眼前に剣先を向けている。


「ぐぅ……」

「甘過ぎる。相手が何をしてくるか、常に予測しろ」


 ギッシュの手がしびれているようだった。力比べに入るつもりだったので、グレートソードを完全に振り切っていなかったのだろう。

 それを読んだプロシネンが、予想を越えた力と速度で打ち返した。

 もしも力一杯に振り切っていれば、逆のことができたはずだ。


「それと、俺はおっさんではない!」

「けっ! 三十を過ぎてりゃおっさんだぜ」

「ちっ。まぁいい。お前の問題点を教えておく」


 悪態を吐いたところで、ギッシュもあっさりと負けてしまった。実力差があり過ぎたと言えばそれまでだが、どうやら他にもあるらしい。

 剣を地面に刺したプロシネンは、腕を組んで話の続きを始めた。


「遠距離攻撃を選ぶのは正解だ。しかし、その後が悪い」

「何だと!」

「『鉄壁てっぺき』を使ったのだ。受け止めると言っているのと同じだな」

「………………」

「お前は心理戦を考えていない」

「ああっ! そんな姑息こそくなマネができっかよ!」

「やれ。生き残りたければ、な」


 戦闘での心理戦。

 これは何も、対人間や対魔族に限った話ではない。多少でも知能がある魔物・魔獣が相手なら必要だった。

 熊やおおかみなどは、相手の隙を突いて攻撃をしてくるのだ。ならば隙を作ってやることができれば、攻撃を誘い込むことが可能。

 また心理戦を考えない者は、こちらの世界では生き残れない。相手を自分の思いどおりに動かせなければ、術中にまって殺されるだけだ。

 ゴリ押しで勝てる相手のほうが少ないのだから……。


「けっ! 分かったよ!」

「それでいい。次はシュンだな」

「おう。やるか」


 正直なところシュンは、プロシネンと模擬戦をやりたくない。

 剣技でも教えてくれるならまだしも、実力差を見せつけられるだけなのだ。一応はギッシュが受けたように、自分の悪いところを指摘してもらえる。しかしながら、加虐的ないじめかと邪推してしまうのだ。

 きっと、人にものを教えるのが苦手なタイプなのだろう。だからこそやりたくないのだが、その思いが天に通じたのか、騎士ザインが近づいてきた。


「待て!」

「おっとザインさん。何かあったのか?」

「聖女様が参られた。シュンとギッシュは行くぞ!」

「おっ! やっとか」

「他の者は先に行っている」

「なら俺は、シルキーたちのところに戻る」

「すまんなプロシネン」


 さすがに敗北ばかりだと、気分的に良いものではない。

 そこでシュンは、新たな聖女について思考を巡らせた。


(ソフィアさんは完璧だったが、次の聖女はどうだろうな。好みのタイプなら口説き落としてぇところだぜ。本命も一人だけじゃなぁ)


 イケメンと自負しているシュンは、自分に釣り合う女性を求めている。

 理想は高く候補はソフィアだけだが、口説き落とす機会を失っていた。ならば、本命の候補を増やすのは当然なのだ。

 男女の駆け引きも楽しみたいので、常にそんなことばかりを考えている。

 ともあれザインに連れられて、ギッシュと一緒に応接室に向かう。次に扉を開けて中に入ると、先に来ていた三人が待っていた。

 新たな聖女はまだのようなので、とりあえずはアルディスに声をかける。


「アルディスはどうだった?」

「ボクはグロッキーよ」

「オリンピック代表候補でもか?」

「ギルさんの中国拳法が凄くてね」

「あぁ……。さすがにレベル五十以上だしな」

「うん。かすりもしなかったわ」

「ハンパねぇなあ。まぁこっちも同じだけどよ」


 レベル差が二十以上もあると、空手のオリンピック代表候補でも及ばないようだ。

 それについては自分も同じなので、アルディスには何も言えない。苦笑いしか浮かばないが、今度はエレーヌに視線を向けた。


「こっちは、すてきなお姉さんでした」

「確かシルキーさんだったよな。お姉さん?」

「そう言わないと、ね」

「だね」


 エレーヌがあきれながら、ノックスと顔を見合わせる。彼女たち魔法使いは体を使うわけではないとはいえ、同じように厳しかったのだろう。

 主に人格面のような気もするが……。

 そして雑談を続けていると、ザインが新たな聖女を連れてきた。シュンには見覚えがある女性で、つい先日に出会ったばかりだ。


「それでは、新しい聖女様を紹介する」

「え? ミ、ミリエ姫だよな?」

「あら。貴方は……」


 そう。カルメリー王国の第二王女ミリエだった。しかしながら彼女には追い返されたようなものなので、一度は口説き落とすのを諦めていた。

 ここで改めて出会うとは、チャンスが巡ってきたか。


「なんだシュン、聖女様と知り合いか?」

「カルメリー王国に行くって報告しただろ」

「あぁそうだったな。まさかお会いしていたとは……」


 ミリエを見ると、何ともバツの悪そうな顔をしていた。

 それでも最初のイメージを抜きに考えれば、シュンの好みではあったのだ。とりあえずは再び自己紹介をしながら、ソフィアとの差を観察するのだった。



◇◇◇◇◇



 屋敷の中に向かったシェラが、テラスに戻ってきた。

 その後ろに続くソフィアは、手紙を握りしめている。どうやらフォルトに関係がある内容らしく、足早に近づいてきた。


「グリムのじいさんからの手紙か?」

「はい。その前に……。ちゅ」

「むほっ!」

「御主人様、変な声を出さないでくださーい!」

「あぁ悪い悪い」


 ソフィアからほほに口付けをされて、フォルトはデレッとしてしまう。あまり他の身内の前ではやらないので、とても新鮮に感じてしまった。

 隣に座るカーミラは笑っており、揶揄からかわれてしまったようだ。


「で、手紙の内容は?」

「新しい聖女が決まったそうです」

「ほう。遅かったな」

「はい。もっと早く決まっていれば……」

「その場合は、ソフィアが俺のものになっていないな」

「あ……。そうですね!」


 運命などというものは、そんなものだ。

 アルバハードに行くのは嫌だったが、そのおかげでソフィアを身内にできた。またアーシャの話ではシュンが狙っていたそうなので、先んじたのは幸運だ。

 今も狙っているかは定かではないが……。


(頻繁には困るが、たまになら嫌なことがあってもいいのか? いや、たまたま運が良かっただけだ。俺は森から出ないぞ!)


 毎度のことを再び決意をすると、ソフィアは向かいの席に座った。

 その隣にはシェラも続いて、お茶を入れてもらった。


「誰が聖女になったのだ?」

「カルメリー王国の第二王女ミリエ様です」

「カルメリー王国? まさかリリエラの妹か!」

「そうなりますけど、今のリリエラさんは……」

「だったな。まぁ後で伝えてやろう」

「え? 伝えるのですか?」

「クエストで森から出るし、いずれ知るだろうからな」

「そうですが……」

「今でもミリアを捨てられているか。それも確認する」

「………………」


 ソフィアは何かを言いたそうだが、その内容は分かっている。

 リリエラの心を傷つけないようにと、フォルトをいさめたいのだろう。だが人間を見限った魔人に説いたとしても、その言葉は届かないと理解している。

 その理解力が、彼女の良いところだった。だからこそ、身内になったとしても変わらずにいてもらいたいと思っている。

 愛情や信頼があるからこそ、苦言を呈してもらえるのだ。

 たとえ言葉にしなくとも、彼女の想いは届いている。


「まぁ何だ。ソフィアはそれでいいよ」

「ふふっ。フォルト様はお優しいですからね」

「んんっ! 話を戻すとしようか」

「はい。まず聖女は仕事として、異世界人の世話をします」

「あぁなるほど。だから俺にも関係があると?」

「もしかすると御爺様を通して、森に訪れるかもしれませんね」

「ふーん」


 確かにソフィアの言ったとおりだが、フォルトは思考を止めた。

 新たな聖女ミリエと彼女では、自身との関係性が異なるからだ。面識も無ければ義理も無く、こちらが気遣う必要すら無い。森に訪れるなら追い返して、呼び出しを受けても行かなければ良いだろう。

 それよりは、別のことに興味が湧いた。


「聖女は聖神イシュリルの指名を受ける、だったな?」

「ですね。神託として任命されます」

「なら暗黒神……。暗黒神……」

「暗黒神デュールでーす!」

「さすがはカーミラだ。覚えておいてくれたか」

「えへへ」


 カーミラの頭をでると、満面の笑顔を浮かべている。

 相も変わらず、実に可愛い。


「その暗黒神デュールに聖女のような女性ひとはいないのか?」

「聞いたことがありませんわ」


 聖女が魔族側にもいれば、勇者候補を召喚できるのではないか。

 そう思ったのだが、フォルトの問いには暗黒神デュールの司祭シェラが答えた。またその理由を、後ろから近づいてきた魔族の姉妹が教えてくれる。

 どうやら、双竜山から戻ったようだ。


「おかえり」

「ただいま。それで勇者候補だっけ? そんなものは要らないわよ」

「勇者で召喚されるならまだしも、人間なんて召喚してもねえ」

「なるほど」

「詳しく話すとね」


 異世界から召喚されたばかりなら、レベルは一般兵と同等程度。

 フォルトの場合はレベル三だった――情けない――が、勇者候補に選ばれたシュンはレベル十二だ。ならば『素質そしつ』のスキルを所持した魔族のほうが、異世界人よりも早く勇者級に到達できる。

 また成長速度の差があっても、そもそも魔族のほうが強い。


「マリ、隣のテーブルを付けてくれ」

「はいはい」


 テラスのテーブルは、三人――フォルトがいると四人――用である。

 新たな聖女については伝えておきたいので、マリアンデールとルリシオンも話に加わるように促した。

 ただし、その前に……。


「ペリュトンは狩れたのか?」

「当然よお。何匹か狩っておいたわあ」

「それはありがたい」

「夕飯は期待してなさあい」


 今日は、久々のペリュトンを使った料理である。考えるだけでフォルトのお腹が空いてくるが、実際には空いていない。

 ともあれ、本題に入る。


「聖女が決まったらしいぞ」

「へぇ。なら勇者召喚をするのかしらねえ」

「それは書かれていませんでしたね。神託があれば召喚するはずですが……」

「ふーん。ならまた、あっちの世界から召喚されるのか」

「すっすみません!」

「いや。もうソフィアが謝る必要は……」


(召喚しようがしまいが、俺には関係が無い。どうせそいつも、エウィ王国に使われるだけだ。同郷のよしみで、俺みたいな力を持つことを祈るよ)


 魔人とまでは言わないが力があれば、自由を満喫できるかもしれない。中途半端だと、処分されるかもしれないが……。

 そう思っていると、姉妹からはとんでも発言が飛び出した。


「それよりもフォルトぉ。私たちは限界突破なのよねえ」

「え?」

「だ、か、ら、限界突破。耳の穴にゴミでも詰まっているのかしら?」

「い、いや。そうか……。マリとルリの限界突破か」

「神託の内容によるけど、魔物の討伐ならお出かけよお」

「何っ!」

「まさか限界突破するな、とは言わないわよね?」


 姉妹の限界突破。

 彼女たちのレベルは高いので、討伐対象がワイバーンとは思えない。となると、双竜山の森を出て狩りに行く必要があった。

 必然的に、フォルトも出かけることになる。

 身内になった姉妹と離れたくないのだ。しかも二人だけで狩りに向かわせるのは、どうしても不安がある。

 晩餐会ばんさんかいで貴族を殴り飛ばしたように、彼女たちの行動は気分次第だった。


「私たちの性格は変わらないわよお」

「それは分かっているが……」

「ふふっ。すぐにとは言わないわ。まずは神託を受けないとね」

「………………」


 普段の自堕落生活に戻ってきた矢先である。もう双竜山の森から出ないと決意したばかりだが、早くも打ち砕かれたようだ。

 それでも愛すべき姉妹の限界突破は止められず、フォルトも付き合うしかないか。ならばせめて「近くでお願いします!」と、まったく信じてもいない暗黒神デュールに祈るのだった。



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