第142話 新・聖女誕生3
エウィ王国の騎士訓練所で、シュンとギッシュが訓練をしている。その相手を務めるのが、元勇者チームの戦士であるプロシネンだ。
体格だけ見れば、そこまで強そうには見えない。普通の人間だ。しかし、
「ちっ。かかってこいや! おらあっ!」
現在はギッシュの番だ。ギッシュは自分から動かず、プロシネンの動きを見ていた。いつもなら自分から飛び出すが、やはり警戒をしているのだろう。
(さすがに動けねえか。暴走族の喧嘩とはわけが違う。ある程度の戦闘経験も積んで、相手の強さが多少は分かるだろう。前に出れねえだろうな)
シュンの読みは当たっている。暴走族の世界であれば、相手チームの頭とタイマンを張っても負けた事はなかった。しかし、それは遊びだったのだ。
その頃と比べれば、ギッシュも強くなっている。その辺のごろつき相手なら、負ける事はないだろう。オーガですら、一人で勝てるはずだ。
「いくぜえ、おっさん!」
「………………」
「おらあ! 『
ギッシュがグレートソードを振り上げて、そのまま地面に振り降ろす。すると、地面が爆発して、石つぶてがプロシネンに襲い掛かった。
『
「………………」
しかし、その攻撃が当たる事はない。プロシネンが横へ瞬時に移動して、石つぶてを避ける。そして、ギッシュへ向かって走りだした。
「ちっ。『
ギッシュは『
「ふん!」
「うおっ!」
プロシネンは、そのグレートソードを目掛けて剣を薙ぎ払う。本来であれば、力比べに入りたいところだった。
しかし、それが叶う事はない。物凄い衝撃とともに、剣を飛ばされてしまった。ギッシュの方が、体格や腕力は上にも拘らずだ。
「相手が何をしてくるか、常に予測しろ」
「ぐぅ」
ギッシュの手が痺れているようだった。受け止めようとして、剣を完全に振り切っていない。
それを読んだプロシネンが、予想をこえた力と速度で打ち返したのだ。もし力一杯に振り切っていれば、逆の事ができただろう。
「それに、俺はおっさんではない」
「けっ! 三十を過ぎてりゃ、おっさんだよ」
「ちっ」
ギッシュが悪態をつくが、剣を飛ばされたら負けだ。実力差があると、一方的に終わってしまう。
「遠距離攻撃を選ぶのは正解だ。しかし、その後が悪い」
「なんだと!」
「『
「………………」
「それに、心理戦を考えていない」
「ああっ! そんな姑息なマネが、できっかよ!」
「やれ。この世界で生き残りたければな」
「けっ!」
相手との心理戦。これは何も、対人間や亜人種に限った事ではない。多少でも知性がある魔物が相手なら必要だ。
熊でも狼でも、相手の隙をついて攻撃をしてくる。隙を見せてやる事ができれば、戦いが楽になるだろう。それをやらないと、生き残れない。相手を思い通りに動かせない者は、相手に
「ゾンビや虫などには必要ないがな」
「………………」
「『
「分かったよっ!」
「次は、シュンだな」
「おう。やるか」
「待て!」
プロシネンがシュンと手合わせをしようとした時、ザインから声がかかった。ギッシュとの手合わせが終わるのを、待っていたのだろう。
「聖女様が来られた。シュンとギッシュは行くぞ」
「おっ! やっとか」
「他の者は、先に行っている」
「なら、シルキーたちのところへ戻る」
「すまんな、プロシネン」
(ふぅ。正直、やりたくなかったからな。何度も手合わせしてるが、全敗だぜ。ザインさんと同じで、手加減ってものを知らねえ)
さすがに負けまくっていると、気分的にいいものではない。そこで、聖女に意識を向けてみる。
(ソフィアさんは奇麗だったが……。次の聖女はどうだろうな。好みのタイプなら、落とすしかねえ。ラキシスに会えてねえから、飢えてんだよ)
アルディスの事はどこへやら。しかし、シュンにとっては、それはそれ。彼女を都合のいい女性としか見ていなかった。
その後は、ギッシュとともに応接室へ連れていかれた。そこには、先に来ていた三人が待っていたのだった。
「おまえらの方はどうだ?」
「ボクはグロッキーよ」
「アルディスでもか?」
「中国拳法……」
「ああ。レベル五十以上なら、無理か……」
「うん。かすりもしないわ」
「ハンパねえな。まあ、こっちもだが」
レベル差が二十以上もあると、元オリンピック候補でも駄目なようだ。それについては何も言えない。自分たちも同じなのだから。
「こ、こっちは、すてきなお姉さんでした」
「お姉さん?」
「そう言わないと……。ね」
ノックスが呆れながら、エレーヌと顔を見合わせる。体を使うわけではないが、同じように厳しいのだろう。主に人格面の気がするが……。
「それでは、新しい聖女様を紹介する」
「あれ?」
「あら、あなたたちは……」
「確か……。ミリエ姫」
そう。カルメリー王国で会った、ミリエ姫であった。しかし、追い出されたようなものなので、よいイメージはなかった。
「なんだ、知り合いか?」
「カルメリー王国へ行くって報告しただろ?」
「そうだったな。まさか、お会いしたとは」
ミリエの方を見ると、なんともバツの悪そうな顔をしていた。しかし、最初のイメージを抜きに考えれば、好みではある。とりあえず、再び自己紹介をしながら、彼女の事を考えるのであった。
◇◇◇◇◇
「フォルト様」
ソフィアの部屋へ向かっていたシェラが、テラスへ戻ってきた。その後ろに続くソフィアは、手紙を握りしめているのだった。
「どうした?」
「はい。その前に……。ちゅ」
「むほっ」
「御主人様! 変な声を出さないでくださーい!」
「ああ、悪い悪い」
ソフィアに頬へ口づけをされて、デレッとしてしまう。あまり他の者の前ではやらないので、とても新鮮に感じるのだ。
「なんか、いい事でも書かれてた?」
「いい事かどうかは……」
「何?」
「新しい聖女が決まったようです」
「ほう。遅かったな」
「はい。もっと早く決まっていれば」
「その場合は、ソフィアが俺のものになっていないな」
「あ……。そうですね!」
運命なんてものは、そんなものである。アルバハードへ行くのは嫌だったが、行ってみればソフィアを手に入れた。
(頻繁には困るが、たまになら嫌な事があってもいいものなのか? いや、たまたま運がよかっただけだ。俺は森から出ないぞ!)
隣はカーミラが占領しているので、ソフィアは向かいの席へ座る。その隣にはシェラも座り、お茶を入れているのだった。
「それで、誰になったの?」
「カルメリー王国の第二王女。ミリエ様です」
「カルメリー王国? リリエラの妹か!」
「そうなりますけど、今のリリエラさんは……」
「そうだったな。まあ、後で伝えてやろう」
「伝えるのですか?」
「森から出るし、いずれ知るだろうからな」
「そうですが……」
「今でもミリアを捨てられているか。それも見る」
「………………」
(うん、普段のソフィアだ。このやり取りは慣れた。それに、こっちの方が普通な感じがする。ベッドの上だと違うのに……)
「御主人様がイヤらしい顔をしています!」
「あ、はは……。あれ? でも、聖女って……」
「異世界人の世話をしますね。ですから」
「俺も?」
「そうなりますけど、どうなんでしょうか?」
「ソフィアでも分からないか」
「さすがに分かりませんね」
「ふーん」
フォルトは考えようとしたが止めた。来るなら森へ入れず、呼び出されても行かなければいいだけだ。
それに、ソフィアが聖女の仕事をやらなくてもいい。彼女は手に入れた。森から出る理由がない。
「聖女って、聖神イシュリルの指名を受けるんだっけ?」
「そんな感じですね」
「なら、暗黒神……。暗黒神……」
「暗黒神デュールでーす!」
「さすがはカーミラだ。覚えておいてくれたか」
「えへへ」
カーミラの頭を撫でると、はにかんだ笑顔になっている。実にかわいい。
「その暗黒神デュールに、聖女のような
「聞いた事がありませんわ」
この問いにはシェラが答える。暗黒神デュールの司祭だからだ。
「へえ。居れば召喚できるのにね」
「そんなものは要らないわよ」
「うん?」
後ろから近づいてきたマリアンデールが、声をかけてきた。どうやら双竜山から戻ったようだ。かなり前の時間に出発したのだろう。
「人間の勇者なんて居てもねえ」
「勇者で召喚されるなら、居てもいい程度かしら」
「なるほど」
「育てるなら、勇者候補より魔族の兵士を鍛えるわよお」
「ふーん」
召喚されたばかりなら、レベルは一般人と同等か多少強い程度だ。フォルトの場合は低かったが……。
成長スピードは早いが、『
「マリ、テーブルをくっつけて」
「はいはい」
マリアンデールとルリシオンが戻ってきたので、椅子が足りない。そこで、テーブルを付けて同じ席へ座るようにした。
「そう言えば、双竜山へ行ってたんだっけ?」
「そうよお。ペリュトンを何匹か狩っておいたわあ」
「それはありがたい」
「夕飯は期待してなさあい」
久々のペリュトン料理だ。考えるだけで、おなかがすいてくる。しかし、すいている気がするだけで、実際にはすいていない。
「聖女が決まったんだってさ」
「へえ。なら、勇者召喚をするのかしらねえ」
「それは書かれていませんでしたね。神託があれば、召喚するはずですが」
「ふーん。また、あっちの世界から召喚されるのか」
「す、すみません!」
「いや。もう、ソフィアが謝る必要は……」
(召喚しようがしまいが、俺には関係がない。どうせ、そいつも使われるだけだ。同郷のよしみで、俺みたいな力を持つことを祈るよ)
魔人とまではいかないが、自力で生活できる力があれば、自由に生きられるだろう。中途半端だと、王国に処分されるかもしれないが……。
「それよりフォルトぉ」
「なんだ、ルリ?」
「私たち、そろそろ限界突破なのよねえ」
「え?」
「だから、限界突破。耳の穴に、ゴミでも詰まってるのかしら?」
「い、いや。そうか……。限界突破か」
「だから、シェラ。お願いね」
「はい。啓示を受けて、倒す魔物の選定ですね」
「そうよお。それを受けたら、お出かけよお」
「な、なにっ!」
「まさか、限界突破するなとは言わないわよねえ」
姉妹の限界突破。レイナスと同じ、ワイバーンではないだろう。そうなると、対象の魔物を狩りに行く必要がある。
必然的に、フォルトも出かける事になる。姉妹だけで向かわせるのは不安があるのだ。晩餐会で貴族を殴り飛ばしたように、動きが気分次第であった。
「私たちの性格は変わらないわよお」
「そ、それは分かっているが」
「ふふ。すぐにとは言わないわ。まずは、啓示を受けないとね」
「………………」
森へ帰ってきて、普段の自堕落生活に戻ってきた矢先であった。空を飛べば速いが、それは限界突破用の魔物次第だ。神を信じていないフォルトだが、今だけは、暗黒神デュールに祈るのであった。
――――――――――
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