第141話 新・聖女誕生2

 双竜山の森に戻ったフォルトは、いつもの自堕落生活を送っていた。

 ここ最近は、引き籠りのおっさんでは経験しないことばかりが続いている。とはいえ三国会議から続いた一連の厄介事は、とりあえずの終わりを迎えた。


「ふぅ。疲れが取れん」

「御主人様は疲れたんですかぁ?」

「頭がな。体は平気だぞ」

「えへへ。じゃあ膝枕ですね!」


 フォルトは屋敷の屋根で寝転がって、カーミラの膝枕を堪能する。

 エインリッヒ九世との非公式の謁見が終わり、城塞都市ソフィアから帰還して数週間が過ぎていた。気疲れが先行しているので、頭の回転が鈍い。

 それでも多少は回復しており、とある人物を思い出す。


「そう言えばリリエラは?」

「戻っていますよぉ」

「あれ?」

「御主人様の思考能力がゼロなので、今は待機していまーす!」


 屋敷に帰ってからのフォルトは、すぐに寝室で寝てしまった。もちろん、やることをやってからだが……。

 そして現在まで、普段以上にダラけていた。

 とにかく何も考えたくなくて、屋敷の中に引き籠っている。小刻みに惰眠を繰り返していたが、やっと元の状態に戻ってきた。

 やることはやっていたが……。


「クエストの報告を聞かないとな」

「じゃあ、カーミラちゃんが呼んできますねぇ」

「頼む。テラスで聞くとしよう」


 屋根から飛び降りたフォルトは、そのままテラスに向かう。

 今はシェラがくつろいでおり、お茶を飲みながら双竜山を眺めている。


「シェラ」

「あら魔人様、体調はいかがですか?」

「そろそろ復活してきた。ところで他のみんなは?」

「レイナスさんとアーシャさんは湖にいますね」

「日課の訓練か」

「えぇ。ソフィアさんは部屋でダウンしています」

「そっそうか。起こさないでやってくれ」

「はい。マリ様とルリ様は、双竜山に行っていますわ」

「双竜山?」

「ペリュトンを使った料理を作ると言っていましたわね」

「おっ! いいね。久々だ」


 ビッグホーンの肉を入手してからは、ブラッドウルフでの狩りは行っていない。だがシェラから言われてみると、確かに食べたい。

 魔の森ではペリュトンの肉を食していたので、思わず懐かしさが込み上げる。しかも、普通の鳥肉より美味なのだ。


(気が利くなあ。さすがはルリだ。いい奥さんに……。って、やぶ蛇だな。ローゼンクロイツ家を名乗ったが、結婚したわけではないのだ!)


「マスター!」


 シェラと会話をしていると、カーミラがリリエラを連れてきた。

 よく見ると服装が変わっているが、残念ながら趣味ではない。


「すまんな。ほったらかしにした」

「大丈夫っす! マスターは忙しいって聞いたっす!」


 元気なリリエラを前にすると、フォルトには申しわけなさしかない。忙しいと言われたが、ただひたすらに寝ていただけなのだ。

 他には、寝室とつながっている風呂と食堂に移動したか。だが目は虚ろで、何を食べたかすら覚えていなかった。

 それでも、ソフィアの乱れた姿だけは記憶に残っている。


「んんっ! それでは報告せよ」

「はいっす!」


 隣に座ったカーミラを触りながら、リリエラの報告を聞く。

 それにしても、彼女の表情が暗い。どうしたのかと思ったが、フォルトはその理由に思い当たる。

 彼女は双竜山の森に連れて来られるまでは、デルヴィ侯爵の部下たちに凌辱りょうじょくされていた。だからこそ、このような行為を嫌悪しているのだろう。

 気持ちは理解できるが、玩具に配慮する必要は無い。


「どうした?」

「い、いえ。それでは報告するっす!」


 1.リトの町に到着後は、教会を宿とした。

 2.女神官に依頼して、新しい服を買う。

 3.着替えた後は、商人ギルドで特産品の一覧をもらう(クエスト達成)。

 4.以降は郵便配達の仕事をする(給金の一割を寄付)。

 5.同時にリトの町で、特産品の値段を調査する(商人ギルドに所属できず、特産品の詳細が有料のため)。

 6・期日内に終わらず、双竜山の森に帰還。


 リリエラはメモを見ながら、簡潔に報告した。

 最初のクエスト報酬だった筆記用具を、きちんと使っているようだ。読み書きができるのは、ミリアだったときの経験だろう。

 ちなみに筆記用具や紙などは、あちらの世界よりも値段が高い。消耗品なので使いどころに迷いそうだが、それらを物惜しみしないところは好感が持てる。

 ともあれ……。


「………………」

「マスター、どうっすか?」

「………………」

「マスター?」

「すばらしい! リリエラよ。よくやった!」

「え?」


(特産品って、すぐに分かるものだったのか。商人ギルドと言っていたし、組合みたいな施設があるようだ。リリエラは値段を調べていたようだけど……)


 はっきり言って、特産品の値段は必要無い。

 カーミラに任せるからだ。と言ってもエウィ王国だと、グリム家との約束を破ってしまう。なので、ソル帝国から奪った金で買うつもりだった。

 フォルトからの称賛を受けて、リリエラはキョトンとしている。値段まで調査していたので、クエストは失敗だと思っていたか。


「ふむふむ。なるほど。ほうほう」

「マスター?」

「あぁ報酬だったな。今回はこれをやる」


 リリエラのために用意しておいた報酬は、なんとサバイバルキットだ。日本で売られている商品よりも劣るが、最低限のことはできるだろう。

 折り畳み式ナイフ・多機能スプーン・薬入れ・サバイバルシート。他にも、松明と火打石などが入った袋がある。

 もちろんカーミラに頼んで、ソル帝国の町から奪っておいた。相変わらずの盗賊団状態だが、悪魔の彼女は喜んでやっている。ならば、それで良いのだ。


「野営を想定した訓練をやっていただろ?」

「マスター」

「次のクエストは、まだ考えていない」

「そうっすか?」

「いつものように過ごしていてくれ」

「分かったっす!」


(次は何をやらせようかな? 某ゲームだと、勲功が貯まればクエストの難易度も上がる。なら、もう少し難しくても良いのか? 現実世界だと……。おや?)


 そんなことを考えていると、上空を白い鳥が旋回しているのに気付く。

 伝書鳩でんしょばとのように使われているハーモニーバードだ。ソフィアがグリム家との連絡に使っており、何かの知らせが届いたか。

 どうやら、彼女の部屋に入りたいようだ。


「シェラ」

「私が行ってきますわ」

「頼む」

「はい。ちゅ」


 フォルトのほほに口付けしたシェラが、ソフィアの部屋に向かった。

 それを眺めていたリリエラの顔は真っ赤である。男女のスキンシップを嫌悪していても、少しぐらいは憧れがあるのかもしれない。

 ともあれ彼女を下がらせて、次のクエストを考えるのだった。



◇◇◇◇◇



 シュン率いる勇者候補チームは、ザインからの呼び出しを受けて、カルメリー王国から城塞都市ソフィアに戻った。

 そしてすぐに、騎士訓練所の一角に集合させられる。


「急な呼び出しって何だよ? こっちは……」

「ははははっ! そう言うな。お前らもご苦労だったな」


 他のメンバーにも、ザインから労いの声をかけられた。

 彼らの面倒を見ていた騎士は違うが、この場にいない。代わりと言っては何だが、三人の見慣れない男女がいる。


「まずは、こいつらを紹介しておく」

「紹介? そんなことのために呼び戻したのかよ」

「馬鹿を言うな。知っておいて損は無いぞ」

「え?」

「とりあえず三人は、自己紹介をしろ」


 ザインは三人のうちの一人に、鋭い視線を飛ばす。するとその瞬間に、シュンは誰も無視できないだろう重圧感を感じた。

 また周囲の温度が、一気に下がったようにも思える。


「プロシネンだ。イギリスから召喚された」


 プロシネンと名乗った男性は、青いよろいを着た戦士である。体格はシュンと変わらないのだが、なぜか大きく見えた。

 少しだけ、そう少しだけ後ずさりしてしまう。ギッシュやアルディスも同様のようで、いつもの軽口を出せずにいる。


「ちょっとプロシネン、みんな怖がっているわよ?」

「ふん! この程度で恐れるなら、さっさと脱落したほうがいい」

「まったく……。ごめんなさいね。私はシルキーよ。カナダ出身ね」


 シルキーの一言で、プロシネンから受けていた重圧感が和らぐ。

 そして、いかにも魔女といった格好をしているのが彼女だ。とんがり帽子を頭にかぶって、紫色のローブを着ていた。

 とても人の良さそうな女性に見える。


「アイヤー! 俺はギルだ。レンジャーをやってるぜ」

「アイヤーって、まさか中国人か?」

「当たりだ。よろしくな」


 言葉遣いに違和感を覚えたが、やはり中国人だった。

 ここでシュンは、日本人以外の異世界人と会ったのは初めてだったと思い出す。思考の遅れはプロシネンのせいだが、それは置いておく。

 どう接すれば良いか迷いどころだ。


「ザインさん、この人たちは?」

「勇者アルフレッドの仲間だった奴らだ」

「「ええっ!」」


 勇者は死んだと聞いていたので、シュンたちは驚きの声をあげた。

 その仲間も同様と思っていたのだ。しかしながら、勇者の従者だったソフィアは生きている。よく考えれば、彼らが生存していても不思議ではない。

 それに、先程の重圧感で分かった。プロシネンはあからさまだったが、他の二人からも威圧されているようだ。

 相当なレベル差があると理解できた。


「俺らの大先輩か」

「ふふっ。大先輩は言い過ぎよ。これでもまだ三十代なんだからね!」

「アイヤー! 後半って言葉が抜けてるぜ」

「うるさい!」

「ふん! お前らは変わっていないな」


 どうやら元勇者チームの面々は、別々に行動をしていたようだ。エウィ王国に入国したところで呼び戻されたらしい。

 三人の自己紹介を受けて、最初にザインが口にした言葉を確認する。


「まずは、と言ってたような? 他にも何かあるのか?」

「こっちが本命だが、次の聖女が決まった」

「はい?」

「お前たちが知らないのも無理はない」

「聖女はソフィアさんじゃねぇのか?」

「変わるのだ。だから、お前たちを呼び戻した」


(そのあたりの事情は知らねぇけど、ソフィアさんは聖女じゃなくなった? じゃあ俺が会う機会はねぇのかよ! マジか……。最悪だぜ)


 聖女は異世界人の面倒も見ているので、いずれ再会できると思っていたのだ。しかしながら聖女が変われば、その役目からは離れてしまう。

 そうなると、シュンと会う機会などほとんど無い。ソフィアは宮廷魔術師グリムの孫娘で名代も務めていたので、身分が違い過ぎるのだ。

 良い雰囲気になるまで口説いていたが、すべてが無駄になる。


「ちっ。んで?」

「シュンたちには、新たな聖女と面会してもらう」

「なるほどな。シルキーさんたちも、か?」

「三人は役目から外れているが、聖女と面識を持ちたいようでな」

「役目から外れる?」


 元勇者チームの三人は、魔王を討ち取ったという大功績を挙げている。

 その褒美として、彼らの望みだった自由が許されたのだ。他国に仕官できないという縛りはあるが、エウィ王国からの命令は受けなくても良い。今回この場にいる理由は、新たな聖女と面会して知己を得たいといった思惑らしい。

 またどの国であっても、彼らを縛れないという国家間の協定も結ばれている。

 その調停役を、吸血鬼の真祖バグバットが務めていた。もしも協定を破れば、自由都市アルバハードと敵対することになる。

 勇者級の強者とはいえ一個人のために、危険を冒す国家は存在しない。かの吸血鬼はアンデッドの大軍を以って、一国を滅亡させているのだ。


「その聖女様は?」

「二週間後だな。王宮にお出でになるまで、三人にみっちりと鍛えてもらえ」

「「ええっ!」」

「シュンとギッシュは、プロシネンに任せる」

「いいだろう」

「アルディスは無手だから、ギルなら丁度良い」

「へへっ。よろしくな」

「エレーヌとノックスは、魔法使いのシルキーに任せる」

「はいはい」


 新たな聖女との面会まで時間があるとはいえ、勝手に決めないでもらいたい。と言いたいところだが、ザインの決定は断れないだろう。

 魔王を討伐した勇者の仲間は、自分たちの目標にできる者たちだ。


(いいご身分で羨ましいが、褒美の内容はもっと考えるべきだったな)


 そしてシュンは、三人の待遇を聞いて思った。

 魔王討伐の報酬として、彼らはエウィ王国からの自由を選んだ。しかしながら自身であれば、好待遇を選択する。

 こちらの世界での人間社会は、格差の極みなのだ。褒美で貴族になることができれば、将来は薔薇ばら色の人生だろう。

 ついでに、領地も拝領できれば万々歳である。

 もちろん同時に、勇者級の強さも目指している。褒美を得るためには、何かしらの功績を挙げないと無理だ。ならば最上の功績を挙げた彼らとの実力差を、肌で感じる絶好の機会だった。

 今は自らの欲望のために、強くなるのが先だ。


「用事を済ませてからでいいか?」

「急に呼び戻したからな。三日後から始めろ」

「じゃあザイン、ソフィアちゃんの近況を教えてね」

「俺も聞きたいな」

「いいだろう。プロシネンも……。聞きたいようだな」

「あぁ」


 偉そうなプロシネンだが、仲間だったソフィアのことは知りたいらしい。魔王討伐を共にした人物なので、そのきずなは深いのだろう。

 シュンも聞きたいところだが、ここはグッと我慢する。


「さてと。俺らは色々とやることがあるからな」


 シュンは仲間に声を掛けて、この場から離れた。

 まずは、カルメリー王国の冒険者ギルドで受けた依頼の達成報告からだ。他にも旅の間に貯まった洗濯物やら所持品の整理などがある。

 二週間は滞在するので、部屋の準備や荷物の移動もしないといけない。

 そして諸々を終わらせたシュンは、ラキシスと会うため神殿に向かう。しかしながら、とても慌ただしい。

 新たな聖女が決まったことに関係しているだろう。


(ちっ。落ち着けば会えるだろうが、当分は無理か? それに神殿だけじゃねぇな。騎士たちも走り回ってるし……。まぁ仕方ねぇか)


 それでもシュンは我慢ができる男で、そのためのアルディスである。スペアを確保するのは、こういうときのためだ。

 ホスト時代は、二股など基本中の基本である。一日一人は相手をしていた。金にならない女性はすぐに捨てて、都合の良い女性に乗り換えた。

 そうやって売上を増やして、人気ホストまで上り詰めたのだ。


「他にいい女がいねぇかな?」


 シュンは神殿から帰るときも、女性を物色している。

 こちらの世界の女性は、なぜか容姿の良い者が多い。美女とまでは言わないが、あちらの世界であればナンパの対象だった。

 それに理由はあるのだが、もちろん知る由も無い。

 実のところ容姿が良いのは、こちらの世界で生きるための手段なのだ。特に貴族であれば、昔から容姿の良い者同士で婚姻を結んでいる。

 要は遺伝を使った容姿という武器で、他の者たちよりも優位に立とうとした。しかも実家を継げなかった次男三男が平民に落ちて、それを真似するのだ。当然のように他の平民も続き、何百年と交わった結果が今日である。

 ともあれ……。


「その前にエレーヌだったな」


 カルメリー王国から帰るときに、エレーヌから何度か相談を受けていた。

 男性不振の彼女に、その療法を教えている。日本ではノウハウ本も売られているぐらいなので、雑学として頭に入れてあった。

 そういった努力の末に、彼女との仲もだいぶ進展しただろう。ならばとシュンは、都合の良い女性を増やすために動きだすのだった。



――――――――――

Copyright©2021-特攻君

感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、

本当にありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る