第143話 (幕間)胎動する者

 亜人の国フェリアス。その東側には、海に面した平原がある。そこでは、人馬族と呼ばれるケンタウロスの集落があった。

 人馬族の集落は点在しており、それぞれの集団で生活していた。狩猟をなりわいとし、平原に生息する獣などを狩って生活をしているのだった。


「帰ったぞ」

「おお、ソレイユ。どうであった?」


 その集落の一つに、全人馬族をまとめる大集落がある。ロージアンと呼ばれるその大集落には、大族長と呼ばれる人物が居た。

 それが、エルフの里から戻ったソレイユだ。見た目は四十代の男性で、前大族長の血を引くサラブレッドである。


「黙れ、ごくつぶし」


 大族長の家に帰ったソレイユは、出迎えた壮年の男性に声をかけられた。その者は、頭に立派な角を持っており、黒い鎧に身を包んだ大柄の男性だ。

 全体的に、黒騎士のイメージである。家紋の入ったマントを羽織っており、無精髭をこすりながら、ソレイユを見ていた。


「ガハハハッ! 気にするな」

「気にするわ! いつまで居座るつもりだ!」

「んー? 当分の間だな。ガハハハッ!」

「ちっ。助けてくれぇって、泣きついてきたくせに……」

「仕方があるまい。国が滅びてしまったのだからな」

「最後まで戦えよ」

「そうしたかったのだがな。そうさせてもらえなかったのだ。ガハハハッ!」

「まったく……。家の名が泣くぞ」


 その男性の前にあるテーブルの上には、酒が何本も置いてあった。勝手に漁って、勝手に飲んだのだろう。それを見たソレイユの表情が渋くなる。


「飲むのを抑えろ。俺の飲む分がなくなるだろうが」

「なら、戦うしかあるまい? 俺を止めたければな。ガハハハッ!」

「ジュノバは、遠慮って言葉を知らんのか?」

「知ってるぞ。だから、これくらいで抑えているんだがな」

「ちっ。それよりな」

「なんだ?」


 この男性は、ジュノバ・ローゼンクロイツ。魔王軍六魔将の筆頭で、魔王スカーレットとともに、勇者アルフレッドを迎え撃った者である。

 しかし、なぜか生きている。そして、人馬族に庇護を求めてきたのだ。人馬族と魔族は長年交流があり、お互いを知っている間柄だった。


「おまえ、婿養子が居たのか?」

「なに?」

「おまえの娘らとともに、ローゼンクロイツ家を名乗った男が居たそうだ」

「ほう、生きていたか。さすがは俺の娘たち。それで、その男の事は?」

「三国会議の晩餐会に来ていたらしい。名前は……。忘れた」

「忘れんなよ! しかし、マリとルリが居て名乗ってたのか?」

「興味がなかったからな。まあ、クローディアから聞いた話だ」

「あいつらがなあ。それじゃ、そいつが婿養子だ。喜ばしいじゃねえか」

「ジュ、ジュノバ……。それでいいのか?」

「マリとルリなら、弱いやつと結婚なんてしねえよ」

「………………」

「誰だか知らんが、わがまま姉妹をもらってくれたか。ガハハハッ!」


 ジュノバは酒をあおりながら豪快に笑う。しかし、その目は笑っていない。さまざまな感情があるのだろう。それについて、ソレイユは何も言えない。


「ぶち殺しに行きてえが、ここを離れられねえな」

「離れてもらっていいんだがな」

「ガハハハッ! まあ、ソレイユも飲め」

「俺の酒だ!」

「細かい事を言うな。おまえに乗ってやらんぞ」

「乗らんでいいわ!」


 勇魔戦争以前では、ジュノバの騎馬がソレイユだった。想像すると、男性二人に見えてしまって、気持ち悪そうではある。

 しかし、乗ると言うのは、ソレイユが引いている二輪戦車に乗る事だ。チャリオットと呼ばれるもので、フォルトの居た世界では、紀元前二千年ごろに誕生した古代戦の主力兵器であった。


「勇魔戦争で、おまえに乗ってればなあ」

「勝てたか?」

「無理だな。初めから負ける戦だ」

「最初は押していただろう」

「そりゃあ、人間が相手だしな。しかし、勝つ事が目的じゃねえからよ」

「神魔剣ねえ」

「俺も詳しくは聞いてねえ。スカーレット様しか知らねえ事だな」

「そんなんで、よく戦争をする気になったな」

「魔族の事は知ってるだろ?」

「強者に従うか? 徹底しすぎだ!」

「そうか? 自然の摂理じゃねえか」


 他種族から見れば、魔族の考えは理解できない。しかし、突き詰めれば、その通りである。結局のところ、何をするにも、最後は力がモノを言うのだ。

 それを徹底するのは難しい。圧倒的に弱者が多いのだ。そして、それらの不満がたまれば脅威になる。

 その者たちを、力で抑えるのは難しい。数の暴力もまた、力なのだから。それを徹底できている魔族は、他種族の脅威であった。


「それで、ジュノバが連れてきた娘は?」

「まだ駄目だな。すまないが、放っておいてほしい」

「それはいいけどよ。飯とかは食ってんだろ?」

「それは平気だ。精神的なものだからな。時間が解決するはずだ」

「そっか。名前くらい教えられないのか?」

「駄目だ。ソレイユに迷惑をかけるわけにはいかん!」

「とっくに迷惑なんだけどよ」

「ガハハハッ! 冗談がうまくなったな!」

「冗談じゃねえよ!」


 本気で迷惑そうな顔をしているのだが、ジュノバは気にしていない。それでもかくまっているあたり、友情みたいなものがあるのだろう。

 しかし、魔族をかくまうのは個人の裁量だ。それも灰色の部分なので、集落を巻き込めない。もちろん、フェリアスという国も同じである。


「それで、ジュノバはどうすんだ?」

「当分の間、厄介になると言っただろ」

「そうじゃねえ。どう動くつもりなんだ?」

「それは、俺じゃ決められねえな」

「あん?」

「まあ、しばらく頼むわ。ガハハハッ!」

「ちっ。人馬族に迷惑をかけねえならな」

「まあ、飲め! 酒は大量にあるからな」

「だから、俺の酒だって言ってんだろ!」

「ガハハハッ!」


 大族長の家に豪快な笑い声が響き渡る。最近では、それが当たり前の日常になっていた。近くを歩く人馬族の者たちは、またかと言った顔だ。


「ははっ。またやってるよ」


――――――母上!


「な、なんだ!」


 若い女性の大声が聞こえた瞬間、ロージアン全体を振るわすような、強い気配が立ち込めた。その出所は、ソレイユの家の中だ。

 その気配に驚いてた人馬族の者たちは、その場から一斉に離れた。そして、遠くから眺めているのであった。



◇◇◇◇◇



「何事だ!」


 その気配の出所の家に居るソレイユは、同じようにびっくりしている。ジュノバも同様で、席を立ちあがり、後ろを振り向いていた。


「あの娘の部屋だぞ!」

「ああ。当分の間と言ったが、それは取り消しのようだな」

「なに?」

「ガハハハッ! 姫様! 今、参りますぞ!」

「姫だと?」


 ソレイユの最後の言葉を聞かずに、ジュノバは娘の部屋へ入る。ソレイユは、その場から動けずに震えている。これは、本能的なものだった。


「姫様!」


 ジュノバは部屋へ入り、すぐさまひざまずいて臣下の礼を取った。目の前には、橙色の髪をなびかせた女性が立っていた。

 白と赤を基調としたローブをまとい、肌の露出は少ない。腰には短剣を差しており、右手には漆黒の剣を持っていた。そして、左手は隠している。


「母上の力が……」

「おお……」

「心配をかけたようだな」

「ははっ! もったいなき、お言葉!」

「これで、母上と一つになった。もう、寂しくはない」

「ティナ様……」


 目の前の女性は、魔王スカーレットの娘であるティナだ。本当の娘ではないが、スカーレットが愛していた娘である。

 同じように愛していた彼女は、スカーレットが死んだ事を悲しんだ。今まで、その悲しみに打ちひしがれていたのだ。


「儀式は、成功していたようですな」

「うむ。母上に失敗など、あろうはずがないがな」

「では?」

「ふふっ。これが、魔人の力か……」


 魔王スカーレットは、自分が死ぬ時のために儀式をしていた。カーミラの元主人であるポロがおこなった儀式に近いが、違うものである。

 魔人の力といっても、全てを継承したわけではない。だからといって、弱いわけではない。逆に、恐ろしい力を継承したと言ってもよかった。


「姫様の大罪は……」

「ふふ。嫉妬しっと強欲ごうよくだ。しかし、これで十分」

「ですが、そろっておりません」

「探し出すとしよう。生きているのだろう?」

「そのはずです。それが、スカーレット様の命令でしたので」

「ならば、早急に探すぞ! まずは、魔導国家ゼノリスの跡地へ向かう」

「ははっ!」


 ジュノバは立ち上がり部屋から出る。そして、ソレイユに声をかけた。


「おまえもこい!」

「な、なに!」

「これより、姫様に全てを捧げてもらうぞ」

「何を馬鹿な事を……」

「俺は、おまえを殺したくはないのだ」

「ちっ」

「おまえが、人馬族の大族長ソレイユか」


 ジュノバの後に続いて、ティナが部屋から出てきた。この大集落に来た時は、顔を完全にフードで隠していたので、見るのは初めてだった。


「そ、そうだ……」

「おまえの事は、ジュノバから聞いている。私に従え!」

「そんな事ができるわけねえだろ!」

「実力差は分かってるはずだがな」

「くっ! 俺だけか?」

「まさか。人馬族全てだ」

「なにを……。するつもりだ?」

「決まっているだろう。魔族の国ジグロードを取り戻す」

「それに協力しろと?」

「違うな。協力ではなく、服従だ」


 ソレイユは、怒りの表情を浮かべる。もともと人馬族は遊牧民であり、自由な種族だ。誰にも服従をしないし、される事もない。

 しかし、ティナの発する気配が逡巡しゅんじゅんさせる。もし断ればどうなるか。戦いになれば勝てないと、直感は言っている。


「ふん! ジュノバ……。恨むぞ」

「結構。姫様は、魔人の力を手に入れている。おまえたちでは勝てん」

「魔人だと?」

「安心しろ。最初に傘下へ加わった礼として、待遇はよくしてやる」

「待遇も何も、テメエらは敗残兵じゃねえか」

「口をつつしめ! 全てがそろった時、姫様は魔王を名乗られる」

「魔王……」

「どうする。私と戦うか?」

「くそっ!」


 戦う事はできるが、勝てるわけがない。戦うと敵対行動として見られ、人馬族全てに害が及ぶ。大族長として、それは無理な相談だ。

 そうなると服従しかないが、それだとフェリアスを脱退する事になるだろう。それに、魔王の配下になるという事は、人間と敵対するという事だった。


「説得する時間ぐらい寄越せ!」

「いいだろう。ただし、時間はない。さっさとしてもらおう」

「ちっ。ジュノバ、手伝え!」

「ガハハハッ! いいぞ。では、姫様」

「うむ。私は、ここで待つ」


 ティナは二人に背を向けて、先程まで居た部屋へ戻っていった。ジュノバとソレイユはにらみ合っているが、戦いになる事はなかった。

 その後、人馬族はフェリアスからの脱退を宣言した。そして、数個の集落を残し、平原から姿を消したのであった。



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