第139話 リリエラ日記2

 リリエラは各地の特産品を調査するクエストを受けて、双竜山の森から一番近いリトの町に訪れている。

 現在は昼過ぎで、到着早々に教会を目指していた。


(特産品と言ってもね。どうやって調べればいいのかしら?)


 残念ながらリリエラは、平民の知識が少ない。

 カルメリー王国第一王女ミリアのときは国民と近かったが、それでも城外のことはほとんど知らなかった。

 もちろん、頼れる者はいない。自身の影に隠れているニャンシーも、命の危険が無いかぎりは手を貸してくれない。

 ともあれ教会に到着すると、見覚えのある女神官がいた。


「こんにちはっす!」

「あらリリエラさん、でしたか?」

「はいっす! またお世話になっていいっすか?」

「えぇ構いませんよ」


 どうやら彼女は、リリエラを覚えていてくれたようだ。

 郵便配達の給金から一割を寄付していたので、記憶に残っていたのだろう。


「炊き出しの配給は夕方になりますよ」

「はいっす! その前に聞きたいことがあるっす」

「何でしょうか? 答えられる内容でしたら構いません」

「各地の特産品を調べられる場所ってあるっすか?」

「特産品ですか? 商人ギルドで教えてもらえるかと思います」

「助かるっす! 場所を教えてもらっていいっすか?」


 女神官から商人ギルドの場所を聞いたリリエラは、急いで向かおうとする。しかしながら、足を一歩踏み出したところで考え込んだ。

 フォルトから与えられた期間は一カ月なので、時間を無駄に使えない。


(えっと。商人ギルドって……)


 商人ギルドとは、日本でいうところの商工会議所に近い。

 人足の手配から取引の仲介・斡旋あっせん、金銭の借入もできる。各地の物価や品物についての情報なども入手が可能だ。

 身形の良い商人が集まるので、今のリリエラには敷居が高い。


「神官様!」

「はい。向かわれないのですか?」

「あの……。服を新調したいっす!」

「服、ですか? 確か大通りに面した……」

「服屋は知ってるっす。でも私じゃ中に入れないっす!」

「確かにそうですね」

「もし良ければっすけど、一緒に行ってもらえないっすか?」

「分かりました。今からであれば時間が作れますよ」

「お願いするっす!」


 リリエラが着用しているのは、薄汚れたボロい布の服である。

 どう見てもスラム街の住人なので、店内に入れるわけがない。門前払いをされるか追い出されるだろう。

 他の客の目もあり、衛生管理のうえでも問題がある。だからこそ女神官と一緒に入店するか、彼女に買ってきてもらうのだ。

 それであれば、普通の服が手に入る。


(ふぅ。大変よね。こんなので行ったり来たりなんてやれないわ。時間を余らせて、仕事もしないと駄目なのよ!)


 クエストを出したフォルトは、支度金以外を出さないと言っていた。ならば、現在の所持金でやり繰りをするしかない。

 時間を余らせて、金銭を調達しないと拙いのだ。


「では行きましょうか」


 少しだけ焦燥感に襲われたリリエラは、女神官と一緒に町に出る。

 その後は、服飾店で買ってきてもらうことにした。だがここまでしてもらったのなら、礼として寄付をしないと心証が悪いだろう。

 彼女が戻ってくる前に、その計算をする。


(明日から期限までは、郵便配達をすればいいわよね? 前回はその一割を寄付したから、同じだけ渡せばいいかしら? 後は……)


「リリエラさん、お待たせしました」

「はいっす! 本当に助かるっす!」


 寄付金の計算も終わって服飾店の前で待っていると、女神官が戻ってきた。

 もちろん、見栄えなど気にしていられない。一番安い服で構わないと、彼女にすべてを任せていた。

 まずはどの店に訪れても、リリエラが追い出されなければ良いのだ。

 そう考えながら値段を聞くと、思わず顔が引きつった。


(高っか! でも仕方ないわよね? 服は必要よ!)


 一番安いと言っても、それなりの値段が付いている。リリエラの所持金だと、半分以上も飛んでいく。

 もちろん必要な支出だと分かっていても、背筋が寒くなってしまう。所持金が無くなるということは、死を意味する可能性が高いのだ。

 どのような状況に陥っていても、フォルトはクエストに出すだろう。

 その場合は、ほとんど身動きが取れなくなる。となるとクエストが達成できなくなり、処分される可能性もあった。


「ブルブル」

「どうされましたか?」

「あ、いえ……」

「リリエラさんの仕事に合わせて選ばせていただきました」


 女神官の選択した服は、ファッション性が無い上着とズボンだ。

 スカートにしなかったのは、動きやすさを重視した結果らしい。郵便配達の仕事は伝えてあったので、ズボンのほうが良いだろうといった配慮である。

 靴は安皮を使っているが、それなりに耐久性がありそうだ。

 とりあえず待たせるわけにもいかず、服の代金とお礼の寄付金を渡す。


「本当にありがとうっす!」

「教会に戻って着替えると良いでしょう」

「はいっす!」


 リリエラは女神官と教会に戻って、新しい服に着替えた。

 以降は頭を悩ましながら、商人ギルドに向かう。


(さてと。これで商人ギルドに入れるわね。でも教えてもらったら、クエストは達成なのかしら? 相当な時間が余るわ)


 前回のクエストと、あまり大差の無いクエストだ。

 一カ月はかけ過ぎなので、他に思惑があるのかもしれない。だがフォルトの思考など、破廉恥なこと以外はさっぱり読めない。

 それでも思考を回転させていないと、リリエラは生きた心地がしない。


「さぁ入るっすよ!」


 そんなことを考えていると、目的地に到着した。

 冒険者ギルドは通行門の近くだが、商人ギルドは町の中央付近だった。商人視点での利便性によるものだろう。

 リリエラは小声だったが気合を入れて、商人ギルドの中に足を踏み入れる。


「あ、あの! 聞きたいことがあるっす」

「何でしょうか?」


 商人ギルドの中では、受付らしい女性に声をかける。

 商人たちとは身形が違うので、すぐに分かった。


「各地の特産品を知りたいっす!」

「特産品ですか? それなら目の前にありますよ」

「え?」


 特産品が書かれた紙は、カウンターの上に置かれていた。

 知らないのだから仕方無いが、リリエラは赤面してしまう。続けてそれを隠すように、受付の女性から目を逸らして紙を手に取った。

 数枚につづられた紙には、町の名称と特産品が書かれている。しかしながら、ただそれだけだった。

 例えば「リトの町なら高級布」と、簡単にまとめられている。


「いくらっすか?」

「いえ。そちらは無料でお配りしておりますよ」

「そうっすか」


 無料なのは助かるが、リリエラは肩の力が抜けた。

 これで、クエストが達成だからである。商人ギルドに訪れさえすれば入手できるものなので、思わず拍子抜けしたのだ。

 それでも直感が働いたのか、真面目な顔に変わった。


(本当に終わり? いいえ、そんなはずはないわ。もしかして……)


「えっと……」

「まだ何か?」

「ここに書かれている特産品って、いくらなんすか?」


 これだと、リリエラは思った。

 きっとフォルトは、特産品の値段が知りたいのだ。ならばと受付の女性にそれを尋ねると、首を振って答えてくれた。


「相場は変動しますので、一概にいくらとは言えません」

「分からないものなんすか?」

「いいえ。ですが、特産品の相場については有料です」

「ええっ!」

「一つにつき、大金貨一枚ですね」

「そんなにするっすか?」

「しかもギルドに登録している商人にしか教えられません」

「………………」


 ガックリと肩を落としたくなるが、そんなことをしても始まらない。

 とりあえずリリエラは、特産品の書いてある紙を入手した。一応はクエストを達成したことになるので、今日のところは商人ギルドを後にする。

 以降は教会に戻り、配給された炊き出しを食べるのだった。



◇◇◇◇◇



 教会に泊ったリリエラは、朝焼けが広がる前に起きる。加えて世話になった女神官と挨拶を交わし、すぐに町中へと向かった。

 そして、昨日の出来事を思い出す。


(商人になるのは無理ね。なら次に行く場所は……)


 商人ギルドの登録には、かなり厳しめな審査を受ける。また年会費も必要なので、金銭や資産の無い者では登録が不可能だ。

 そこでリリエラが思いついたのは、平民の味方である職業紹介所だった。

 仕事を得るために訪れる場所で、商人が募集した仕事もあるだろう。勤務内容によっては、特産品の情報が得られると思ったのだ。

 ちなみに城から出された異世界人も、この場所で身の振り方を考える。


「え?」


 そして職業紹介所では、冒険者ギルドのように、依頼の紙が掲示板に貼られているわけではない。受付で希望を伝えて、仕事を紹介してもらうのだ。

 ともあれ朝一番に訪れてみたが、ここでも顔が引きつった。


(これは……。半日は覚悟しないといけないわね。でも、こんなに仕事の無い人がいるの? 郵便配達ならすぐにやれたけど……)


 受付のカウンターには、長蛇の列ができていたのだ。

 もちろん、これには訳がある。リリエラは知り得ていなかったが、列に並んでいる多くの人は、すでに働いている人たちだった。

 今よりも高い給金の仕事を探すため、出勤前に訪れているだけだ。ある程度の時間が過ぎると列から離れて、一気に詰めることができた。

 それを途中で気付いたときは、「たくましい」との感想を抱いてしまう。


「次の人どうぞ。最初にカードを提示してくださいね」

「あ、はいっす!」

「まずは、どういったお仕事をお探しでしょうか?」

「商人のところで働きたいっすけど?」

「計算や読み書きはできますか?」

「できるっす!」

「身元の保証ができる人はいらっしゃいますか?」

「身元っすか」


 商人のところで働くには算術や筆記関係、それと身元の保証が必要だ。

 この場合は、神殿勢力から発行されるカードだけでは紹介してもらえない。どこの誰とも知れない者に、金銭や商品を触らせるわけがないからだ。

 荷運びなどは奴隷を使うので、身元の保証は要らない。町の住人であれば職業紹介所が保証するとしても、リリエラは住人ではない。


(身元の保証はマスターだけど、それは言えないわ。そうなると、商人のところで働くのは無理ね)


 職業紹介所で無理を言っても、商人に雇われるはずはない。ならば今は、他の仕事をしながら考えるしかないだろう。

 受付の人を困らせても仕方が無い。


「郵便配達の仕事はあるっすか?」

「その仕事は、現地で直接お願いします」

「あ……。そうだったっす!」

「では、カードをお返ししますね」


 郵便配達の仕事は、重要な手紙以外の配達をする。

 身元の保証までは必要無く、リリエラでも仕事として受けられた。代わりに給金が安く、本職でやる人はほどんどいない。


「ありがとうっす!」


 カードを懐に入れたリリエラは、急いで王国郵便に向かった。

 その名のとおり国営の郵便局で、エウィ王国が運営している。しかも手紙には番号が振られており、神殿勢力のカードとのひも付けができている。

 どの手紙を誰が配達するのかは記録されていた。町の出入りや他国への出入国と同様で、魔法技術の一つである。

 にも角にも勤務者を管理する場所で、本日の仕事にありついた。


「リリエラさんは一度やってますねぇ」

「はいっす! ドンとこいっす!」

「ふふっ。じゃあ頑張ってね」


 これで、郵便配達の仕事がスタートである。リリエラは手紙の束を受け取って、リトの町を走り回る。

 以降も思考を回転させるが、頭から煙が吹き出しそうだった。


(困ったなあ。最低限の情報でも、マスターは文句を言わないと思うわ。だけど評価を上げるなら、特産品の値段まで分かったほうがいいはず……)


「リトの町だけなら、商店を行けば分かるっすか?」


 やらないよりはやったほうが良い。

 そう思ったリリエラは仕事を早めに切り上げて、リトの町の商店を巡っていく。だがほとんどの商人は、特産品の値段を教えてくれなかった。教えてくれるのは、その店が特産品を扱っている場合だけだ。

 当然のように原価は無理なので、どうしようかと悩んでしまう。


(ライバル店が増えるのを警戒してるのかな? ほんと王女だったときとは……。いえ、私はリリエラよ。それに……)


 王女だった頃の知識など、平民以下の生活では役に立たない。

 それは前回、リトの町に訪れたたときに痛感していた。とはいえ今の経験を活かせれば、カルメリー王国の国民に対して良い政策が打ち出せそうだ。

 もう戻ることはないのだが……。


「さぁもうひと踏ん張りっす!」


 リリエラは気合を入れて、リトの町を走り回る。

 朝からは郵便配達の仕事。続けて夕方からは、商店の聞き込みを行った。夜は教会の世話になり、着々と特産品の情報を仕入れていくのだった。



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