第138話 魔人と国王3
席を立ったフォルトは、エインリッヒ九世との面会を終わらせようとした。
やはり、国王と面会したのは間違いだったか。
「待て!」
「まだ何か?」
「話は終わっておらん!」
「もう話すことは無いと思われますが?」
「いいから座れ! 謁見の間であれば大変な事態になっておるぞ!」
「ふぅ」
(少し身勝手だったか? でも、これについては国王が悪い。俺のことはグリムの
反省はしていないが、フォルトは仕方なく席に戻った。
護衛の宮廷騎士に目を向けると、エインリッヒ九世を守るように前のめりだ。腰から下がった剣の柄を持ち、命令があれば即座に襲い掛かってくるだろう。
礼儀は不要と言われたが、少し傍若無人が過ぎたかもしれない。
「爺から聞いていた印象とは違うな」
「そうですか?」
「強く出れば従うと思っておったが……」
(パワハラ上司かよ! でもまぁ王様なんてそんなものか)
働いていた頃のブラック企業で世話になった上司を思い浮かべて、フォルトは
ともあれ……。
「ローゼンクロイツ家を名乗りましたからね」
「魔族の貴族家とはいえ名乗る以上、無礼も度が過ぎると家名に泥を塗るぞ」
「そ、そうですね。もしかして、俺を斬りますか?」
「話をすると言ったであろう。だが放置できぬのも事実だ」
「………………」
「少し待っておれ」
ここまで話したところで、エインリッヒ九世はグリムと会話を始めた。
残念ながら小声なので、話の内容は聞こえない。ならばとフォルトも、カーミラにヒソヒソと問いかけた。
今のうちに、彼女の意見も聞いておきたい。
「カーミラはどう思う?」
「気持ちがいいですよぉ」
「あ……」
こんな場所でも、フォルトの悪い手は勝手に動いていた。
テーブルの下なので、エインリッヒ九世やグリムにはバレていないか。とはいえカーミラは
「いや。そうではなく……」
「なるようになりますよぉ」
「そうか?」
「マリも言っていたじゃないですかぁ」
「あぁ……」
家名を利用しろとはマリアンデールの言だが、フォルトからすると、どう利用して良いかが分からない。
家の名前を出したところで、相手が平伏するとは思えなかった。
「フォルト・ローゼンクロイツよ」
「何でしょう?」
話がまとまったのか、エインリッヒ九世が声をかけてくる。
後は何を言われてもいいように、フォルトは少しだけ身構えた。
「王家に取り込むのが無理なら、爺にくれてやる」
「どういうことですか?」
「ほっほっ。ワシの客将という話じゃ」
「客将?」
「ローゼンクロイツ家が、人間の庇護など受けられまい?」
「そうですね」
「身分的に良いじゃろうし、姉妹も納得できるのではないかのう」
「ふーん」
日本でいう客将とは、主従関係を結ばない客分待遇の武将のことである。
こちら世界では武将ではなく、将軍や貴族などが当てはまる。部下である騎士や兵士とは違って、家主からの命令を受ける必要は無い。
今後は庇護という名目が失われて、客将として扱われる。今までとあまり変わりないように思えるが、これで貴族たちを煙に巻くのかもしれない。
グリムがフォルトたちの管理を続けるために、建前が必要だったのだろう。
(客将か。日本の有名な軍師や中国の豪傑なんかを思い出すな。
「納得したな?」
「それでいいよ」
「男として二言は無いな?」
「い、いいですよ」
「ならば良い。今より大変になるが頑張るようにな」
「え?」
「当然であろう? お前に接触してくる者も多かろうな」
「ええっ!」
「爺が守るのにも限界がある。自分で何とかせよ」
「………………」
グリムの庇護があればこそフォルトに接触できたのは、ローイン公爵やデルヴィ侯爵といった大物だけだ。
それが失われるということは、すべてを相手にする必要があった。
一応は客将なので、多少は守ってもらえるだろう。だが、どうしようもないときは素通しにするはずだ。
(
「ほっほっ。そのまま森を使っても良いが、家賃はもらおうかのう」
「くっ!」
「今はビッグホーンの素材をもらったから請求はせぬ」
「はいはい。まぁやれる範囲でね」
双竜山の森の入口から屋敷までは、徒歩で一日はかかる。
田舎の土地とはいえそれほどの広さであれば、かなりの金額になるだろう。完全に敵対して手中に収めても良いが、それだと最初に戻ってしまう。
人類に
フォルトの人間に対する考えが、延々とループする。しかしながら、これで手打ちにしたほうが良さそうだった。
それに思惑があったにせよ、今までの待遇は破格だった。しかも客将の件は、エインリッヒ九世が譲歩したとも受け取れる。
これ以上駄々をこねると、グリムからの恩を
「居づらくなった出ていきますからね!」
「ほっほっ。客将とはそういうものじゃ」
「安心しろ。魔族の名家として扱ってやる」
「分かりました。分かりましたよ!」
「では、舞踏会で会うとしよう」
「やはりやるのか」
「馬鹿者。お前たちを招きはしたが主賓ではないぞ」
「はぁ……」
隣をチラリと見ると、カーミラが笑顔を浮かべている。すべてを任せてくれるのは
そんなことを考えたフォルトは、彼女と貴賓室に戻るのだった。
◇◇◇◇◇
シュンはカルメリー王国の王城で、王女と思しき女性に近づく。
まずは、アプローチをしないと始まらない。お約束のホストスマイルを浮かべて、好印象を持たれるように話しかける。
しかしながら……。
「農具を他に運ぶなら、俺が運んでやるぜ?」
「こっこら! 無礼だぞ!」
「やっぱり?」
「当たり前だ! それ以上近づいたら、
「ちっ」
城内まで案内をしてくれた門衛に止められてしまった。
腕を引っ張られて、王女との距離が遠くなる。だがそれを良しとしないシュンは、門衛の肩越しに片手を振って気を引こうとした。
それが功を奏したのか、王女が門衛に告げる。
「あら。構いませんわよ」
「ひっ姫様!」
「姫と言ってもねぇ。属国の姫なんて、宗主国の道具に過ぎないわ」
「それは……。我らがふがいないばかりに……」
「いえ。お父様が悪いのです」
「姫様……」
どうやら話しかけても良いようだが、門衛と会話を始めてしまった。とはいえ遠慮を知らないシュンは、会話に割って入る。
折角お近づきになれるチャンスなので、時間を無駄にしたくない。
「いいかな?」
「あ……。構いませんわ」
「農具はどこに運べばいいんだ?」
「男手は助かりますわね。ところで貴方は?」
「俺か? 俺はシュンだ。エウィ王国の勇者候補だぜ!」
「エウィ王国の……。ならデルヴィ侯爵を知っているかしら?」
「名前だけな。会ったことはねぇ」
ちなみにシュンは、王侯貴族と面会したことが無い。しかもフォルトのように前置きはせず、素で話しかけてしまった。
それでも気さくな王女なのか、あまり気にしていないようだ。
ともあれ王女が言ったデルヴィ侯爵は、エウィ王国の大貴族である。悪い
それぐらいの常識は弁えている。
「そう。貴方、デルヴィ侯爵を殺してくれないかしら?」
「はい?」
「勇者候補なのでしょ? 悪の権化たる侯爵を討ってほしいですわ!」
「い、いや。悪の権化って……」
「まさかと思いますが、その腰の剣は飾りなのかしら?」
「いきなりそう言われても、な」
一体どうしたというのか。エウィ王国の大貴族を討てるわけもなく、どう答えて良いかも分からない。
さすがに斜め上過ぎて、シュンはあたふたしてしまう。
「冗談ですわ。エウィ王国の人間に用はありませんの」
「え?」
「農具は運ばなくて結構。門衛さん、お帰りを願ってくださいね」
「はっ! ほら行くぞ!」
「あぁ……」
王女はプイッと後ろを向いて、この場から離れていった。
デルヴィ侯爵を殺すと言えば良かったのか。はたまた、エウィ王国の人間だと知って
それは不明だが、どうやら嫌われてしまったようだ。
「なぁ。王女様はどうしちまったんだ?」
「ミリエ姫はな。デルヴィ侯爵との婚姻を控えている」
「婚姻だと?」
「病死した姉君のミリア姫に飽き足らず、妹君まで手にかけようと……」
「なるほどな。だが六十歳を越えた爺って聞くぜ?」
「勇者候補なら異世界人だな? 王家の婚姻とはそういうものだ」
「へぇ」
(あの王女はミリエっていうのか。しかも爺が抱くだと? ふざけてやがるな。悪の権化ってのも
シュンは一人で納得する。
日本でも歳の差婚はあったが、ミリエ姫はどう見ても十代だ。
きっと権力にものを言わせて、無理やりに婚姻を決めたのだろう。しかも病死した姉の代わりに妹と交わるなど、はっきり言って羨ましい。
それに王政国家だと、権力は絶対的な力を持つ。デルヴィ侯爵の殺害などもっての外で、逆にお近づきになりたいところだ。
そんなことを考えていると、門衛に背中を押される。
「ほら。もう行け!」
「分かったよ。だが農具はどうすんだ?」
「後は我々が運んでおく。そのまま出発してくれ」
馬車まで戻ったシュンは、門衛と別れて仲間と合流する。
以降はさっさと馬車に乗って、ミルストーン城を後にした。
「ノックス、報酬の金は?」
「もらったよ。どうかしたの?」
「エウィ王国とカルメリー王国って仲が悪いのか?」
「さすがに知らないよ」
「そっか。そうだよな」
まだ諦めきれないシュンは、馬車に乗ってからも考え込んでいた。とはいえ、これ以上は無理である。
ミリエ王女とは、縁がなかったと諦めるしかなかった。
「まぁ気を取り直して帰るか!」
「ねぇねぇシュン、冒険者ギルドに寄って依頼を受けようよ」
「おっ! アルディスは頭がいいな」
「へへっ! ボクを
「みんなもそれでいいか?」
「いいぜ。何なら腰を据えてやろうぜ」
「ギッシュの提案も捨てがたいが、すぐに戻ってこいってさ」
「んだよ! 自由に動けんじゃねえのかよ!」
「俺に言われてもな……」
(何の用があるのやら……。早馬が来たってことは、緊急の仕事か? だがどう頑張っても、城塞都市ソフィアに帰るのは一週間後だぜ。間に合うのか?)
ギッシュは文句を言っているが、命令ならば戻らないと拙い。
それでもアルディスの提案は良く、道中で完了できる依頼があれば助かる。ランクを上げるまでは、馬車の維持費も馬鹿にならないのだ。
冒険者ギルドのある場所は、通行門から伸びる大通りに面している。立地条件が良すぎるが、ギルドの特性を考えれば妥当だった。
ともあれ到着した後は、冒険者ギルドに入って依頼を探す。
「いい依頼はあったか?」
「ま、待ってくださいね」
依頼を探すのは、シュンとエレーヌだ。馬車を預けるのにも金銭が必要なので、他の仲間に見張っておいてもらう。
依頼自体は、冒険者ギルドにある掲示板に張り出されている。
そこで見つけた依頼書を、受付に持っていけば良い。
「こ、これなんてどうですか?」
「見せてくれ」
「きゃ!」
シュンはさりげなく、エレーヌの腰に手を回した。
それにビックリした彼女は、小さな悲鳴を上げる。
「あぁごめん。押されちゃってね」
「そっそうですか。声をあげちゃってごめんなさい」
「いいよ。でもエレーヌは、俺のことを嫌いだったりする?」
「嫌いではないですよ。ただちょっと、男性が苦手なんです」
「なるほどねぇ」
「よく痴漢とかに会っちゃって……」
「まさか男性恐怖症?」
「ちっ違います! そこまでではないですよ」
(そんな旨そうな体をしてれば、な。内気だし触ってくださいと言っているようなもんだ。しかし、男性が苦手ねぇ……)
ここでもホストスマイルを浮かべたシュンは、エレーヌを視線で舐め回す。
痴漢の被害に遭うだけあって、とても男受けする体だ。たわわな二つのモノは手に収まりきらず、それでいてスタイルは崩れていない。
悲鳴も小さかったことから、電車内では耐えるしかできない女性だ。
「そっか。まぁ俺で良ければ相談に乗るよ」
「え?」
「一応リーダーだしな。克服したいなら力を貸すぜ」
「あの……。いいんですか?」
「もちろんだ。仲間なんだしよ。気軽にな」
「そっそうですよね!」
男性恐怖症まで進んでいないのは幸いだ。
苦手といってもエレーヌは、ギッシュやノックスとも会話ができている。ならば今まで培ったノウハウで、簡単に手籠めにできるだろう。
わざわざ口説く必要も無いか。
「話が逸れたな。その依頼を受けようか」
「野菜類の輸送ですね」
「さすがは農業国家。んじゃ受付してくるから、みんなに知らせてくれ」
「はっはい! では先に戻りますね」
食べ頃なエレーヌは、冒険者ギルドの出口に向かった。
そしてシュンは、依頼書を携えて受付に進む。しかしながら途中で立ち止まり、口角を上げて振り返る。
彼女をモノにする算段は、すでに組み上がっているのだった。
――――――――――
Copyright©2021-特攻君
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