第137話 魔人と国王2

 アフラン・ボアルテ・フォン・エインリッヒは、人間の国では最大の人口を誇るエウィ王国の第九代国王だ。

 齢五十を越えて働き盛りも後半に入り、全体的に深みのある国王だった。しかしながら国内を掌握できておらず、上級貴族たちに押されているらしい。

 そのエインリッヒ九世と、フォルトは非公式で謁見をしていた。


「ほう。お前が、な。歳は近そうだ」

「フォルト・ローゼンクロイツと申します」


 エインリッヒ九世との対面は、謁見の間で行われていない。

 王宮内にある会議室のような場所で、フォルトは向かい合っていた。国王の両脇には、六人の宮廷騎士が微動だにせず立っている。

 また魔族との謁見は無理との話なので、マリアンデールとルリシオンは貴賓室に置いてきた。もちろんサタンもおらず、一緒にいるのはカーミラだけだ。

 礼儀は不要とグリムに言われたが、ここまできたら「成るように成れ」だ。


「ローゼンクロイツ家と言っても異世界人であろう?」

「はい。エウィ王国に無理やり召喚された異世界人です」

「それがどうかしたのか?」


 フォルトは嫌味を込めて言ってみたが、まったく動じていない。

 一方通行の勇者召喚。

 相手の同意など考えられておらず、エウィ王国の都合だけで執り行われる。しかも王国が望む勇者候補になれるのは、一握りの異世界人だけだ。

 該当しない者は城から放り出されて、以降の生活は自助努力である。にもかかわらず、そのような行為を指示したエインリッヒ九世は悪びれもしない。

 さも当然という表情には、さすがにイラっとくる。


「陛下、申しわけございませぬ。礼儀は不要と伝えてあります」

「構わん。しかし、その者の考えていることは実行できん」

「………………」

「楽にせよ」


(なるほどな。国王として非を認め、謝罪をすることは無理という話か。それは分かるけどな。今更だからどうでもいいけど……)


 この状況を受けて、楽も何もあったものではない。

 まるで大企業の面接を受けているようで、フォルトは緊張してしまう。ならばと隣に座るカーミラに目を向けると、ニコニコと笑顔を浮かべていた。

 彼女に緊張感は無いようだが、可愛らしい笑顔を見るとホッとする。


「それで、俺に話とは?」

「魔の森の件とビッグホーン討伐の褒美をやろうと思ってな」

「褒美、ですか?」

「その件で国庫がうるおったからな。何が欲しい?」

「………………。安らぎ」


 フォルトは放っておいてほしいのだ。

 今回のように呼び出されたりするのは勘弁してもらいたい。無礼なのは承知しているが、うそ偽りなき本心である。


じいからは静かに暮らしたいと聞いておるな」

「もう双竜山の森に引き籠っていたいのですよ」

「隠者を望むか?」

「はい」


 自堕落生活を国王が認めてくれるなら、フォルトにとっては万々歳だ。

 お墨付きがもらえるなら、わざわざ謁見に赴いた意義もあるだろう。と期待をしてみたが、さすがに甘い考えだった。


「それは無理というものだ」

「へ?」

「爺の進言を受け、特例として認めていたがな」

「………………」

「お前は目立ち過ぎだ!」

「ぐっ!」


 それを言われると辛い。

 三国会議の晩餐会ばんさんかいで、バグバットを呼びつけたのが事の発端だった。しかも人間の王侯貴族を前にして、魔族の名家ローゼンクロイツを名乗っている。

 かの貴族家は、魔王軍六魔将筆頭ジュノバ・ローゼンクロイツが本来の当主。

 そして令嬢姉妹、〈狂乱の女王〉と〈爆炎の薔薇ばら姫〉の存在。生死が不明の父親に代わって、フォルトを当主と認めている。

 排除論が出てもおかしくはない。


「お前に好意的な者は少ない」

「つまり?」

「国法に従い、お前を処分しろという意見が多いのだ」

「俺を殺せと?」

「そうだ。本来であれば世間話をするつもりだったがな」

「世間話……」


(やれやれ。俺の知らないところで、面倒な話になっているのだな)


 王族が王家でいられるのには理由がある。

 エウィ王国に所属する貴族たちが、王家の国内統治に協力していた。

 日本であれば、将軍と大名の関係と似ているだろう。実質的な最高権力者は将軍だが、各地の領地を守護するのが大名である。

 彼らの意見を尊重しないと、王国の統治ができないのだ。


「貴族どもの意見は無視できぬ」

「ふーん」

「お前にある選択肢は、それほど多くない」

「つまり?」

「王家の庇護下ひごかに入れる」

「はい?」

「爺では守りきれん。と、いうことだ」

「話がでかく……」

「エウィ王国から異世界人を出すわけにはいかん!」


 勇者召喚した異世界人は、その特殊性のため国外に放出しないのだ。

 こちらの世界の住人と比べると、成長スピードが速く強者に育ちやすい。他国に仕官や引き抜きをされて、エウィ王国に反抗されると厄介だ。

 それに、王国の優位性が失われてしまう。


(個人が戦況を左右できる世界か。レベル差での強さで言えば、十や二十程度ではそれほどの差が無いと思う。やはり、スキルや魔法の取得が大きいな)


 限界突破をしたからといって、人間が化け物になるわけではない。

 英雄級以上になれば、多少は人間離れをしたと思われる程度だった。剣で斬られれば死ぬし炎で焼かれても同様だ。

 所詮は、普通の人間の延長線上である。

 おそらく強さの差は、魔力の増大とスキルや魔法を身につけるかどうかだ。

 それらによって身体を強化し、魔物や魔獣に勝てるようになる。


「誰の庇護も受けずに生きていくと言えば?」

「処分するしかあるまいな。お前は危険なのだ」

「危険……」

「ローゼンクロイツ家の姉妹が、帝国軍を壊滅させたのは知っているな?」

「聞いたことはある」

「たった二人でだぞ? お前はそいつらをようしている。放置などできるか!」

「なら処分することも無理だと思うけど?」

「人類は魔王を倒したのだ。やれなくはなかろう?」

「ふーん」


(俺が魔族の親玉にされてないか? まぁ俺たちに手を出したら相手をするしかないのだが、魔人だと知られるのは嫌だなあ。それに……)


 フォルトが魔人だと知っているのは、身内とバグバットだけである。しかも人類と戦うのが面倒なうえ、共存共栄をしないと自分が困る。

 そこで仕方なく、エインリッヒ九世の提案を断った場合のメリットとデメリットを考える。すると、デメリットのほうが大きい。

 そうなると諦めるしかないか。


「はぁ……。分かりましたよ」

「分別はあるようだな」

「王家の庇護下に入ると、俺はどうなるのですか?」

「王家のために働いてもらう」

「嫌です」

「何だと!」


 働かされると聞いて、フォルトは即答をしてしまった。

 何が悲しくて働かなればならないのか。ただ単純に、双竜山の森で自堕落生活を続けたいだけなのだ。

 それに魔人という力も持っており、王国からの支援は要らない。分不相応だが可愛い身内もいて、生活には困っていないのだ。

 更には、ローゼンクロイツ家を名乗っている。グリム家からの庇護は仕方なかったとはいえ、本来なら人間如きの世話になっては駄目なのだ。

 マリアンデールとルリシオンが許さないだろう。


「申しわけないですが、王家からの庇護も断ります」

「なっ何っ!」


 姉妹の顔が頭に浮かんで、フォルトは決断をする。王家の庇護下に入って働かされるならば、エウィ王国と敵対しても構わない。

 そんなことを考えながら、カーミラと共に席を立つのだった。



◇◇◇◇◇



 フォルトが嫌々ながら、エインリッヒ九世と謁見している頃。

 シュン率いる勇者候補チームは、農具を届けるという依頼を受けた。

 現在は馬車に乗って、カルメリー王国に入国している。エウィ王国の属国なので、国境では厳しい検問は受けていない。


「のどかだねえ」

「へへ。ボクも馬車を操れるようになったよ」

「さすがは空手家だな。覚えが早いぜ」

「ふふん!」

「みんなは寝てる、ようだな。だから……」

「もぅしょうがないなあ。ちゅ」


 馬車での移動は、御者以外は休んでおくのが基本である。

 魔物を発見してから起こしても遅くはない。見張りとして、もう一人が起きていれば十分だった。

 そして御者台から後ろを振り向けば、荷台で寝る者たちが丸見えだ。今ならば問題無いので、シュンは「現在の」恋人アルディスにちょっかいを出していた。


(この馬車を選んで正解だったぜ。さすがにヤれないが、スキンシップなら簡単にできる。今のうちにたかぶらせてもらうぜ!)


 こちらの世界だとフォルトと違って、シュンは女性と自由に遊べない。

 チームを組んでいるので、二人きりの時間を作れないのだ。だからこそあの手この手を使って、自身の欲求を満足させていた。


「んっ。そろそろ人の目が……」

「そうだな。後の楽しみにしようか」

「う、うん!」


 通過地点である町や村を抜ければ、人通りは少ない。すれ違うのは、商人の馬車や乗合馬車などである。

 ただし、護衛を雇っている者がほとんどだった。徒歩の者もいることはいるが、大半は冒険者だったりする。

 それほどまでに、町の外は危険だった。


「おっ! 町が見えてきたぜ」

「あそこまで運ぶのね」


 人通りが出てきたので、目的地となる町は近い。

 視線を遠くに向けると、町を囲む壁が見えてきた。基本的に町の周辺では、冒険者が魔物駆除をしているので比較的安全だった。

 危険なのは、町から町の道中である。

 街道自体は、魔物の縄張りから離れるように伸びていた。しかしながら、どんなに避けようとしても襲われるのだ。

 魔物や魔獣にとって、人間の都合など関係無い。


(相変わらず大変な世界だぜ。まぁ俺らなら余裕だけどな)


 中級騎士待遇になったシュンとギッシュには、新しい装備を支給されていた。鉄から鋼に変わり、硬度や強度が強くなっている。

 ちなみに鉄と呼ばれるものは、純粋な鉄ではない。

 こちらの世界では、鉱物の含有量を測れる技術が無い。鉄に炭素を増やした合金のことを、鋼と呼んでいた。


「おい! 起きろ!」


 もうすぐ目的地に到着するので、シュンは荷台で寝ている者たちを起こす。

 当然のように、最初はエレーヌだ。触った感触が伝わらないように、たわわな二つのものに触れながら体を揺する。


「んんっ……。到着ですか?」

「あぁ。他の奴らも起こしてくれ」

「はあい。ノックスさん、起きてください」

「おいギッシュ、起きろ!」


 フォルトからすれば涙ぐましい努力だが、それは置いておく。

 とりあえずシュンは、全員を起こす。続けて通行門を通り、町の中に入った。門ではカードのチェックと、馬車の荷物検査をされる。

 もちろん怪しい物品は持っていないので、素通りに近かった。


「ノックス、農具はどこに持っていけばいいんだ?」

「城だね。門衛に渡せば完了だよ」

「じゃあ、さっさと届けてしまおう」


 まだ陽も高いので、どこにも寄らずに依頼を完了することにした。

 農業国家カルメリー王国首都アスリー。

 城塞都市ソフィアと違って小さな町だが、あくまでも地図上の話だ。人口にすれば数万人は暮らしているので、かなりの人通りはある。

 ともあれ馬車が通れる道を通って、城の門前に到着した。

 これもエウィ王国とは違って、独特な造りとなっている。しかしながらシュンには興味が無く、何の印象も残らなかった。

 以降は全員が下車して、門衛に話しかける。


「ミルストーン城に何用だ?」

「冒険者ギルドからの依頼で、エウィ王国から農具を持ってきたぜ」

「農具だと?」


 首を傾げた門衛は、馬車の荷台をのぞき込む。

 その後は大声で、応援を呼んだ。

 城門に設置されている詰め所には、数名の門衛が詰めていた。他の門衛は何やら書類を確認しながら、荷台にある農具を調べ始める。

 シュンたちは、それを眺めているだけだ。


「間違いないな」

「じゃあ降ろせばいいか?」

「いや。案内するから、城内に運んでくれ」

「俺たちが、か?」

「すぐ近くだ。頼むよ」

「いいけどよ。俺らが盗賊ならどうすんだ?」

「はははっ! お前はエウィ王国のシュンだろ?」

「そうだけど……。何で知ってんだ?」

「さっき早馬が来てな。納品したらさっさと戻れってさ」

「何だよ。せっかく自由に動けてんのに……」


 急な仕事でも入ったのだろうか。シュンは自由行動を認められたが、緊急の呼び出しを受ければ応じなければならない。

 確かにザインには、勇者候補チームの行動を伝えてある。とはいえ、まだ最初の依頼をこなしただけだ。

 いくら何でも早すぎる。


「まぁそういうことなら運んでやる」

「こっちだ」


 勇者候補チーム一行は、再び馬車に乗り込んで城内に入っていく。続けてシュンが話しかけた門衛の先導で、何やら農園みたいな場所に連れていかれた。

 そこでは数人の人間が、畑を耕したりしている。果実園もあるようで、何と城内で農業をしていた。

 農業国家とは、よく言ったものだ。


「姫様、エウィ王国の鍛冶かじ屋に依頼した農具が到着しました!」

「はい。ご苦労さま。そこに置いてもらえるかしら?」

「畏まりました。シュン、よろしくな」

「はいはい。って……」


 門衛が話しかけた女性は美しい。姫と聞こえたので、カルメリー王国の第二王女か第三王女のどちらかだろう。

 第一王女がデルヴィ侯爵夫人だったのは、誰でも知っていた。

 そしてカルメリー王国には、三姉妹の姫がいるということも……。


(ヤベぇな。まさか王女が農民のようなことをしているとは……。口説きてぇけど王女じゃなあ。でも、お近づきになれるチャンスか?)


 ここでも、シュンの脳が高速回転を始める。

 人気ホストとして、どんな女でも口説き落とすプライドを持っているのだ。日本にいた頃は、芸能人ですら虜にした。

 そして日本では無理な相手でも、こちらの世界なら可能だと思っている。相手は王女だが、俄然がぜんやる気が出てくるのだった。



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