第137話 魔人と国王2

 アフラン・ボアルテ・フォン・エインリッヒ。人間の国では最大の国、エウィ王国の第九代国王である。

 齢五十をえて働き盛りも後半に入り、全体的に深みのある国王だ。しかし、国内を全て掌握できておらず、上級貴族たちに押されているのだった。


「ほう、おまえがな。年齢は近そうだな」

「フォルト・ローゼンクロイツと申します」

「ローゼンクロイツ家と言っても異世界人であろう」

「そうですね。この世界へ無理やり召喚された異世界人です」

「それがどうかしたのか?」


 嫌みを込めて言ってみたが、まったく動じなかった。召喚して当たり前だという顔だ。その態度にはイラっとする。


(ちっ。まったく悪びれもしないな。期待はしていなかったが、謝罪の一つくらい言えないのか?)


 謁見の間は使われておらず、城内にある会議室のような場所で対面している。エインリッヒの両脇には、数名の宮廷騎士が微動だにせず立っていた。

 フォルトはマリアンデールとルリシオンを置いてきた。さすがに魔族と対面させられないらしい。何かあった時のためにサタンも置いてきたので、一緒に居るのはカーミラだけだ。


「陛下。もうしわけございませぬ。礼儀は不要と言ってありまする」

「構わん。しかし、その者の考えている事は実行できん」


(なるほどな。王として非を認め、謝罪をする事は無理という事か。それは分かるけどな。いまさらだから、どうでもいいけど……)


「楽にせよ」

「は、はぁ……」


 この状態で楽も何もあったものではない。大企業の面接を受けているようで、緊張しまくりである。隣に座るカーミラを見るとニコニコしていた。まるで緊張がない。しかし、彼女の笑顔を見るとホッとしてしまう。


「それで、話とは?」

「魔の森の件。それと、素材の褒美をやろうとな」

「褒美?」

「その件で国庫がうるおったからな。何がほしい?」

「安らぎ」


 フォルトは放っておいてほしいのだ。今回のように呼び出される事は勘弁してもらいたい。これが本音である。


じいからは、静かに暮らしたいと聞いておるな」

「そうですね。森に引き籠っていたいのですよ」

「隠者を望むか」

「はい」


(みんなと森でダラけていたいのだ。王様が認めてくれるなら万々歳だな。気兼ねはないが、お墨付きがもらえるならもらっておこう)


「それは無理と言うものだ」

「へ?」

「特例として認めていたがな」

「どういう事ですか?」

「おまえは目立ち過ぎだ」

「ぐっ!」


 それを言われるとつらい。三国会議の晩餐会ばんさんかいで、バグバットを呼びつけたのが発端だからだ。そのおかげで貴族が周知する事となった。

 そして、ローゼンクロイツの家名と姉妹。これだけでも個人が持つ戦力としては脅威に値するのだ。排除論が出てもおかしくはない。


「おまえに好意的な者は少ない」

「つまり?」

「法にのっとり、異世界人を処分しろという意見が多いのだ」

「俺を殺せと?」

「そうだ。本当ならば、世間話をするつもりだったのがな」

「世間話……」


(やれやれ。あれからこうなってしまったのか。王制とはいえ、貴族が力を持っているって聞いた事があったな)


 王族が王家でいられるのには理由がある。貴族などが王家の統治に協力している。その協力がなければ、国を維持する事など無理である。

 日本であれば、将軍と大名の関係と似ている。貴族は領地をもった大名である。そして、その領地を含めた国土を支配するのが王家だ。貴族の協力がなければ、各地で火の手が上がり国が崩壊するだろう。


「貴族の意見を無下むげにはできぬのだ」

「ふーん」

「おまえにある選択肢は、それほど多くない」

「つまり?」

「王家の庇護下に入れる」

「はい?」

じいでは守りきれん。と、いう事だ」

「なんか、話がでかく……」

「エウィ王国から異世界人を出すわけにはいかん」


 召喚した異世界人は、その特殊性のため国外へ放出しない。この世界の住人と比べると、成長スピードが速く強者になりやすい。他国に取られ、エウィ王国へ牙をけられると厄介なのだ。それに王国の優位性が失われてしまう。


(個人が戦況を左右できる世界か。レベル差での強さで言えば、十や二十程度ではそれほどの差がない。やはり、スキルや魔法の取得が大きいな)


 限界突破をしたからといって、人間が化け物になるわけではない。剣で斬られれば死ぬし火で焼かれても死ぬ。所詮しょせんは普通の人間の延長線上だ。英雄級以上になれば、多少は人間離れをしたと思われる程度だった。

 強さの差は、魔力の増大とスキルや魔法を身につけるかどうかだ。それらを身につける事で、体を強化し強力な魔物に勝てるようになる。


「誰の庇護も受けずに生きていくと言えば?」

「処分するしかあるまいな。おまえは危険なのだ」

「危険……」

「ローゼンクロイツ家の姉妹が、帝国軍を壊滅させたのは知ってるな?」

「聞いた事があるね」

「たった二人でだぞ? おまえはそれをようしている。放置などできるか!」

「それだと、処分することも無理だと思うけど?」

「人類は魔王を倒したのだ。やれなくはなかろう?」

「ふーん」


(そのあたりは分からないな。マリとルリなら逃げ切れるけど、人間の滅亡は無理だろうな。俺ならやれそうだけど……)


 フォルトが魔人という事を知っているのは身内とバグバットだけ。それに人類と戦うのが面倒な上、残さないと自分が困る。

 そこで、この場で断った場合のメリットとデメリットを考える。するとデメリットの方が大きい。そうなると諦めるしかない。


「はぁ。分かりましたよ」

「馬鹿ではないようだな」

「王家の庇護下に入ると、どうなるんですか?」

「王家のために働いてもらう」

「嫌です」

「なんだと!」


 働くと聞いて即答をしてしまった。何が悲しくて働かなればならないのか。森で自堕落生活を続けたいだけなのだ。それに国の支援など要らない。すでに力は持っている。かわいい身内も居る。生活には困っていないのである。

 さらにはローゼンクロイツ家を名乗っている。本来ならば庇護下に入る事は駄目なのだ。マリアンデールとルリシオンが許さないだろう。


「やっぱり、庇護もいいです」

「な、なにっ!」


 姉妹の顔が頭に浮かび決断をする。王家の庇護下に入り働かされるならば、王国と敵対しても構わない。そんな事を考えながら席を立つのであった。



◇◇◇◇◇



「のどかだねえ」


 農具を届けるという依頼を受けた勇者候補チーム一行はカルメリー王国へ入った。エウィ王国の属国なので、厳しい検問は受けなかったのだった。


「へへ。ボクも馬車を操るのがうまくなったでしょ?」

「さすがは空手家」

「ふふん!」

「ははっ。みんなは寝てるぜ。だから……」

「もう、しょうがないなあ。ちゅ」


 馬車での移動では、御者以外は休んでおくのが基本だ。見張りとして、もう一人が起きていれば十分である。魔物を発見してから起こしても遅くはない。

 そして、後ろを振り向けば荷台が丸見えだ。これなら全員の状態が確認できる。今なら大丈夫なので、アルディスとイチャイチャするのだった。


(この馬車を選んで正解だぜ。さすがにヤれないが、触る事なら簡単にできる。今のうちにたかぶらせてもらうぜ)


 フォルトと違い、自由に女と遊べないので考えるのだ。あの手この手を使って、自分を満足させていた。


「んっ。でも、そろそろ人通りが……」

「そ、そうだな。後の楽しみにしようか」

「う、うん!」


 通過地点である町や村を抜ければ、人通りは少ない。商人の馬車や乗合馬車などとれ違うぐらいだ。歩きの者も居るが、大半は冒険者だったりする。他の馬車にしても護衛を乗せているほどだ。それほど町の外は危険だった。


「おっ! 町が見えてきたぜ」

「あそこまで運ぶのね」


 人通りが出てきたので町は近い。町の周辺では冒険者が魔物の駆除をしているので比較的安全であった。危険なのは町から町の道中である。魔物の縄張りの近くを通らないように道ができていが、それでも襲われるのだ。


(相変わらず大変な世界だぜ。まあ、俺らなら余裕だけどな)


 中級騎士待遇になったシュンとギッシュは新しい装備を支給されていた。鉄から鋼になり、硬度や強度が強くなった。

 鉄と言われるものは純粋な鉄ではない。しかし、この世界では見分ける技術がないのだ。その鉄に炭素を増やした合金の事を鋼と呼んでいた。これは日本でも同じである。日本での基準は細かいが、この世界では大さっぱに決めていた。


「おい、起きろ」


 もうすぐ町へ到着するので、寝ている者たちを起こす。当然のように最初はエレーヌだ。触った感触が伝わらないように、大きなモノへ触れながら体をする。


「んんっ……。到着ですか?」

「うん。他のやつらも起こしてくれ」

「はあい。ノックスさん、起きてください」

「おい、ギッシュ。起きろ!」


 フォルトから見れば涙ぐましい努力だが、それは置いておくとしよう。とりあえず全員を起こす。それから門を通って町の中へ入っていった。

 町の門では、カードのチェックと荷物の検査だけをされた。怪しい物は何もないので、すんなりと通れたのだった。


「ノックス。どこに持っていけばいいんだ?」

「城だね。そこに居る門番に渡せば完了だよ」

「じゃあ、さっさと届けてしまおう」


 まだ日が高いので、どこへも寄らずに持っていくことにした。どこの城も似たようなものだが、町を抜けた先に城がある。

 シュンたちは馬車が通れる道を通り城の門前に到着した。そこで全員が下車して門番に話しかける。


「城に何用だ!」

「依頼で農具を持ってきたんだが?」

「どれだ?」


 門番は馬車の荷台をのぞき込んだ。門に設置されている詰め所には数名の門番が詰めていて、行ったり来たりとあわただしい。門番は詰め所から持ってきた紙を見ながら、荷台にある農具を調べ始めた。


「間違いないな」

「じゃあ、降ろせばいいか?」

「いや。案内するから、城内へ運んでくれ」

「いいのか?」

「すぐ近くだ。頼むよ」

「いいけどよ。俺らが賊ならどうすんだ?」

「ははっ。おまえはエウィ王国のシュンだろ?」

「そうだけど……。なんで、知ってんだ?」

「さっき早馬がきてな。納品したら、さっさと戻れってさ」

「なんだよ。せっかく自由に動けてんのに……」


 急な仕事でも入ったのだろうか。シュンたちは緊急の呼び出しに応じる事になっているので戻る必要がある。しかし、いくらなんでも早すぎる。


「そういう事なら運んでやる」

「ああ、こっちだ」


 一行は馬車へ乗り込んで城内に入っていく。話していた門番が先導をして、城内にある農園みたいな場所へ連れていかれた。

 そこでは数名の人間が畑を耕したりしている。果物も作っていて、城内で農業をしていた。農業国家とはよく言ったものである。


「姫様。農具が到着しました!」

「はい、ご苦労さま。そこへ置いてもらえるかしら?」

「畏まりました。シュン、よろしくな」

「はいはい……。って」


 門番の話しかけた女性は美しい。姫と聞こえたので、第二王女か第三王女のどちらかだろう。第一王女がデルヴィ侯爵夫人だったのは誰でも知っていた。そして、カルメリー王国の王女が三姉妹という事も……。


(ヤベえな。王女か。その辺で見かける女とは全然違うぜ。食いてえけど、王女じゃなあ。でも、話しかけるチャンスか?)


 ここでもシュンの脳が高速回転を始める。どんな女でも落とすのがホストとしてのプライドだ。日本では芸能人ですら落としていた。

 そして、日本では無理な相手でも、この世界なら可能だと思っている。相手は王女である。俄然がぜん、やる気が出てきたのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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