第136話 魔人と国王1
城塞都市ソフィアには、一度だけ来た事があった。レイナスを拉致する時だ。適当な貴族の家で御厄介になったので、街並みなど知らない。
この都市の先には王城と王宮がある。そこには騎士の訓練所や、異世界人用のロッジなどもあった。このように、相当広い敷地面積だ。
(懐かしくはないが、この城を見ると最初の頃を思い出すな。召喚されて、理不尽な話ばかりで……。嫌な思い出しかないなあ)
「カーミラ」
「なんですかあ?」
「いや、なんでもない」
「はあい!」
今が幸せなので、最初の頃の嫌な記憶は薄れている。それよりは、カーミラと初めて会った時を思い出していた。
(あの頃と変わらず、とても密着度が高い。実に素晴らしい。最初は、あたふたしてしまったがな)
体を密着させて、起こしてくれた事は忘れない。あの感触を思い出すように、カーミラの体を引き寄せる。そして、サワサワと触るのだった。
「到着しました」
御者をしていた騎士が、荷台の窓を開けて到着を知らせる。そして、馬車が止まった。馬車の扉が開けられたので降りる事にするが、先に降りるのは従者枠のサタンだ。
「ふん!」
「ば、化け物!」
「ふん! 邪魔だ、道を空けよ」
「ま、魔物が侵入したぞ!」
馬車の扉を開けた騎士が、数歩下がって剣を抜く。それはそうだろう、角だけであれば、魔族で通るかもしれない。しかし、大きな翼に尻尾まで生えている。
人間から見れば魔物の類だ。それが馬車から登場すれば、誰だって驚く。護衛として一緒に来ていた騎士達も合流して、一斉に武器を構えた。
「あぁ、すまん。俺の従者だ」
「え?」
「途中で合流してな」
「し、知らんぞ! われわれは見ていない!」
「ふん! 貴様らが間抜けなだけだ。それでも騎士か!」
「ひぃ」
サタンの威圧感が物凄い。皇帝も真っ青だ。しかし、馬車の中で呼び出したので、騎士が知ってるはずもない。
「とにかく、そういう事だ。武器を収めてくれないか?」
「そんな魔物を、城へ入れるなどできん!」
「あらあ。なら、帰っちゃうわよお」
「ムカつくわね。町で暴れようかしら」
マリアンデールとルリシオンも参戦する。参戦といっても演技なので、その顔は笑っていた。しかし、それが余計に騎士を怯えさせる。
魔族の姉妹も降りてきたので、騎士たちはタジタジである。戦えば勝ち目はないだろう。
「わ、わ、われらでは決められん!」
「なら、決められるやつに聞いてきなさあい」
「でも、あまり待たせるんじゃないわよ」
「お、おい!」
「はっ!」
騎士の一人が、急いで王宮内へ走っていった。他の騎士たちは、馬車を取り囲んだままだ。その光景を、フォルトたちは黙って見ているのだった。
「よい、武器を収めるのじゃ」
「し、しかし!」
「エインリッヒ陛下が招待した、ローゼンクロイツ家の者ぞ!」
「は、はっ!」
グリムが語気を強くして、騎士に命令している。さすがに国王の名前が出たので、騎士たちは命令に従った。
「その者は、初めて見る顔じゃが?」
「ふん! 余も、初めて会ったからな」
「魔族ではないの。何者じゃ?」
「ふん! 主の従者だ」
危険がないと判断したグリムは、サタンに問いかけた。そして、サタンの答えを聞き聞き、こちらを見てくる。気まずくはないが、何かを聞きたそうだった。
「従者だよ」
「なるほどの。とりあえず、武器をさげてほしいのう」
「サタン」
「ふん!」
サタンの槍が一瞬で消えた。はたして、どこかに仕舞ったのか。カーミラみたいに、魔界へ置いたのかは分からない。そういうものだと、割り切っておく。
「済まなかったの。では、ワシが案内しよう」
「グリムの爺さんなら安心だ」
「ほっほっ。では、おまえたち。馬車の片づけを、よろしくな」
「「はっ!」」
騎士たちが後始末を開始する。戦ったわけではないので、馬車や馬を移動させるだけだ。フォルトたちは、騎士達に背を向けて歩き出す。そして、グリムの後をついて行くのだった。
「さすがに立派だなあ」
「えへへ。うちとは大違いですね!」
王宮とフォルトの家を比べては駄目だろう。切り出した木を合わせたような家だ。ドワーフが作ったような王宮とは、天と地の差である。
「あれでも住めば都だ。あれでもな」
「ほっほっ。ワシは、お主の家の方が好きじゃがな」
「そ、そう?」
「うむ。あちらの方が落ち着くのう」
グリムぐらいの歳になると、森の家の方が風情でも感じるのだろう。フォルトも同じだ。しかし、家の総価値なら相当なものであった。
なぜかと言うと、魔道具の数が違う。水を出す蛇口から、光を発する照明だ。魔道具は高価な道具なのだ。ルーチェが作ったので、無料ではあるが……。
「この部屋じゃ」
「ここは?」
「貴賓室じゃの。他国の王や、上級貴族しか使わん」
王宮にある貴賓室は、王様に対しての貴賓なので、下級貴族が使う部屋ではない。そこへ案内された事で、マリアンデールとルリシオンは感心した。
「へえ。手紙の内容といい、礼儀を弁えたようね」
「当然よねえ。でもねえ、さっきのはいただけないわあ」
「それは勘弁してもらいたいものじゃの」
「冗談よお」
グリムは苦笑いを浮かべる。勇魔戦争が終結して十年以上になる。騎士たちの中には、魔族の怖さを知らない者も混じり始めていた。戦争経験者は身分が上がっていたり、年齢とともに引退している。
騎士たちが参加する魔族狩りでも、そう簡単に魔族が見つかるものではない。魔族と戦った者も、それほど居ないのだ。
「このソファーはいいね」
「御主人様に、膝枕ができますよお」
「よし! 頼む」
貴賓室の中には長いソファーがあった。横になっても余裕がある。そこで、カーミラの膝枕を堪能する事にした。
横になりながら部屋を見渡すと、絵画や調度品が目に入る。とても高価そうだ。美術品の価値など分からない。それでも、そう感じてしまう。
「くつろいでおるのう。一応、王宮なのじゃがな」
「ははっ。気疲れしちゃって」
「まあよい。
「え?」
「何を驚いておるのじゃ。そのために呼んだのじゃぞ」
「そ、そうだけど……。もう会うの?」
「舞踏会の前にな」
(三国会議の晩餐会みたいに、舞踏会の最中に対面すると思ってたよ。対面する時間は書いていなかったけど……)
「先に言っとくけど、貴族の礼儀なんて、知らないからね?」
「ほっほっ。それは陛下も知っておる。気楽に会えばよいのじゃ」
「そうなのか」
「
「へえ」
「陛下も忙しい御方じゃ」
それならば、会っても大丈夫だろう。何を話すのか分からないが、数分から数十分で終わるなら我慢できる。
しかし、このような対面は緊張してしまう。企業なら、アルバイトが会長に会うようなものだ。これには魔人の力など関係がない。
「あぁ、緊張してきた」
「御主人様、大丈夫ですかあ?」
「無理。サタンが会ってきて」
「ふん! 構わぬが、それに意味があるのか?」
「お主は……。駄目に決まっとるじゃろ」
「ですよね」
全員が呆れたところで、メイドが茶を持って入ってきた。高級そうな食器に菓子も添えられており、オヤツの時間の開始だった。
それにしても気が重い。頭を
◇◇◇◇◇
フォルトたちとは別に、同じく馬車に乗っていた一行が居た。それは勇者候補チーム一行だ。こちらも大きな馬車に乗り、城塞都市ソフィアから旅立っていた。
「まさか、エレーヌが御者をできるとはな」
「こ、この世界に来てから、やらされたんです」
「へえ。馬には乗れるんだけどな」
「シュ、シュンは「聖なる騎士」ですもんね」
「ああ、最初は大変だったぜ」
エレーヌが馬車を操っている隣に、シュンが座っていた。エレーヌが操れるといっても、交代も考えないとまずい。そのために、教えてもらっていたのだ。
「か、軽く手綱を打ち付けると、歩き出しますよ」
「こうか?」
「は、はい」
シュンは言われた通りに手綱を打ち付ける。すると、ゆっくりと前進し始めた。これを強く打ち付けると、もっとスピードが出る。
「なるほど、なるほど。で、止まる時は?」
「え、えっと。手綱を引っ張ればいいです。強くやっては駄目ですよ?」
「そう? じゃあ、力加減を教えて」
「え? きゃ」
エレーヌの腕を
(へえ。冷たい手だな。ラキシスやアルディスとは違う。そのアルディスは……。寝てるな。チャンスだぜ)
後ろをチラリと見て、さらに体を寄せる。ただっ広い平原にできた道を走っているので、余所見をしても問題はない。
エレーヌは恥ずかしがりながら、シュンの手を握る。そして、手綱を引っ張った。少し力を入れて引っ張るだけだ。
「ありがとう。これぐらいでいいんだな」
「え、ええ。緊急時は、思いっきり引っ張りますけど、馬が嫌がります」
「なるほどね。だいたい分かった」
「そ、それはよかったです」
「それより、エレーヌって冷え性?」
「は、はい。冷たかったですか?」
「いや、大丈夫だ」
(ヒヤっとしてるのもいいもんだぜ。アルディスは普通。ラキシスは温かい。そんで、エレーヌか……)
「おう、ホスト! 俺と代われ!」
「い、いや。ギッシュがやると暴走するだろ!」
「チンタラと走ってんじゃねえよ」
「バイクじゃねえんだぞ!」
「そうだけどよ。乗り物に乗ると、熱くなってくんだろ?」
「こねえよ! まったく……。馬車に名前まで付けやがって」
ギッシュがスピードを出したくて、ウズウズしているようだ。しかし、彼が望むような事をやれば、馬車が壊れてしまう。
乗馬の練習の時は、馬鹿みたいに走らせていた。スピードも出すが蛇行もさせていて、馬が悲鳴をあげていたものだ。
「俺はゼッツーに乗ってたからな」
「馬車にゼッツーって……」
「そんくれえ、いいじゃねえか。塗装とか勘弁してやったろ?」
「そうだけどよ」
馬車を族車にされてはたまらない。ギッシュに全てを任せたら、大変な事になるだろう。下品な仕様になると決まっている。
「一週間ぐらいだろ? やっぱ、スピードを上げようぜ」
「壊れるって言ってんだよ! ゆっくりと行こうぜ。なあ、エレーヌ」
「そ、そうですよ。安全第一です」
「けっ! 道交法なんてねえだろ」
「そ、それでもです」
「分かったよ。じゃあ、俺も寝るぜ」
ギッシュが荷台へ戻って、すぐに寝息を立てていた。唯我独尊過ぎて、困ってしまう。しかし、戦闘時は頼りになる男なのだ。
「続きをしようか」
「え、ええ」
(いい感じだな。やっぱ、押しに弱いか? でも、気を付けてやらねえと、チームがガタガタになっちまう。それはそれで、スリルがあるんだけどな)
「また、力加減を頼むよ」
「いいですよ。で、でも……。近すぎ」
「手長猿じゃないからな。頼むよ」
「わ、分かりました」
エレーヌはちょっとしたセクハラを受けながら、御者の指導をする。自然体なので、これが普通だと思っていた。
指導を受けているシュンは、最後の詰めをどうするか考える。彼女はもう、手のひらの上である。後は時と場所を選ぶだけであった。
――――――――――
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