第135話 大罪の悪魔3
エウィ王国の国王エインリッヒ九世からの呼び出しは、ローゼンクロイツ家を舞踏会に招待するという形で決着したようだ。
それならば良いと、マリアンデールとルリシオンは納得した。
フォルトとしては、国王などと顔を合わせたくもない。しかしながら、身内になったソフィアを悲しませたくなかった。
また話を持ってきたグリムには世話になっており、無下に断れない。
「舞踏会ねぇ……」
フォルトは国王との謁見を前に、湖に浮かぶ小島に来ている。今はドライアドを宿した大木の根元で寝転がっていた。
連れてきたのは、ギャルのアーシャである。
彼女と初めて交わった場所だが、今回の目的とは関係が無い。少しばかり聞いておきたいことがあったのだ。
その彼女は、目の前で踊っている。
「どう? この華麗なステップ!」
「いいね。でも音と合っていないような気が……」
「調整中よ! クラシックで踊るのよ?」
「ははっ」
アーシャの腕からは、フォルトも聞いたことのある音楽が流れてきた。
バグバットが所有する楽団が、彼女の「音響の腕輪」に曲を入れたのだ。完成した頃を見計らって、
これで少しは、無音で踊るシュールさが失われるだろう。
「この音楽は……」
「へへ。フォルトさんの若い時代なら知ってるんじゃない?」
「あぁキャバクラでよく流れていたな」
「エロオヤジ……」
音響の腕輪から流れている曲は、クラブではなくディスコで流れていた。
ボディコンの女性が、羽根扇子を振り回していた昭和の時代である。とはいえ、いま聞こえる曲はオーケストラ仕様だった。
違和感があり過ぎる。
「狩り中に流すのは問題か?」
「当たり前よ! 曲を流した瞬間に魔物の大群は、さすがに笑えないわ」
「ははっ。俺やカーミラが近くにいるときなら平気だぞ」
「そう? 確かにテンションは上がるのよねぇ」
曲を止めたアーシャが、フォルトの隣に座った。
立て続けに踊っていたので、彼女は少し汗をかいているようだ。首から下げた布を手に取って、汗を拭いている。
こうして見ると、ムラムラしてしまいそうだ。
「しかし、それを俺が踊るのか?」
「え?」
「ほら、舞踏会に呼ばれたからさ」
「社交ダンスっしょ!」
「あ……」
「さすがにクラブで踊るダンスとは違うよ」
「そっそうだな!」
ダンスと聞いてすぐにアーシャを連想したが、よく考えれば違う。
フォルトは恥ずかしさを隠すように、彼女の肩を抱き寄せた。
「ちょっ!」
「社交ダンスならレイナスだったか」
「そうね。レイナス先輩なら教えられると思うわよ?」
「だがしかし! 俺は踊らない」
「でも舞踏会なんだからさ。誘われるんじゃないの?」
「俺の踊りなんて誰も見たがらないだろ」
おっさんの姿に戻って参加するのだ。仮に誰かから誘われても、絵面が悪すぎて不快な思いをさせるだけだろう。
三国会議で催された
そもそも、フォルトに近づく女性などいないのだ。
「ならさ。踊れませんって言っとけば?」
「さすがはアーシャ、グリムの
「貴族の礼儀なんて知らないからね。ちょっとどこを触って……」
「うん? 足だ」
「いいけどね。あたしのダンスを見て欲情した?」
「した」
「素直ね……」
アーシャは音楽に合わせて踊ったので、とてもご機嫌である。
彼女風に言うと、「テンション・アゲアゲ」といったところだ。日本にいた頃は、毎晩のように踊っていたらしい。
「ら~ら~ら~」
「おっ!」
今度は曲を変えて、テンポを合わせながら歌いだした。
これも、フォルトが知っている歌だ。アーシャの歌声に耳を傾けながら、思わず目を閉じて聞き入ってしまう。
「上手だな」
「カラオケも得意だったしね!」
「そういった娯楽が無いからなあ」
「あっても行かないっしょ?」
「御名答」
フォルトの分かりきった答えに、アーシャは苦笑いを浮かべた。
カラオケで歌ったことはあるが、はっきり言って音痴である。人に聞かせるなどもっての外なので、若い頃から敬遠していた。
「楽しいなあ」
「どうした?」
「日本じゃ当たり前だったからね」
「歌やダンスか?」
「うん。こうやって、たまに日本を感じるぐらいがいいかなってね」
「そうかもなあ」
日本では当たり前の遊びが、こちら世界では享受できない。とはいえ、毎日のように遊ぶと飽きるという気持ちはよく分かった。
ともあれ、彼女の選定した曲は……。
「俺に合わせなくてもいいのにな」
「へへ。分かっちゃった?」
「よく知っていたな、と思った」
「レパートリーは多くないとね!」
「なるほど」
アーシャを身近に置いて分かったことだが、とても多彩な女性だ。
彼女の良いところであり、最近ではムードメーカーにもなっていた。一家に一台あると、毎日が楽しいだろう。
もちろん手放すつもりは無い。
「舞踏会には誰を連れていくの?」
「カーミラは当然として、マリとルリだな」
「ソフィアさんはいいの?」
「ローゼンクロイツ家を招待って話だからな」
「なるほどねぇ。アーシャ・ローゼンクロイツは?」
「その名前をルリの前で言えるか?」
「嫌よ! 殺されるわ!」
「ははっ」
招待されたからといって、魔族を連れていくのは不安があった。
三国会議の晩餐会では、マリアンデールが貴族に暴力を振るった。目の前に玩具があると、自然と遊びたくなるのだろう。
今回もそうなりそうで、フォルトは気が気でない。
(マリとルリが暴れたいのなら、それでもいいけどな。まぁ対処だけは考えておくとするか。森に立て籠るだけだが……)
フォルトは、双竜山の森に立て籠った場合のシミュレートをしてみる。
上級の火属性魔法あたりを使って、一瞬で焼き払っても良いか。だが折角の状況なので、身内と一緒に遊ばない手は無かった。
立て籠るわけなので、誰かを配置して迎え撃つ必要がある。と考えると、思わず楽しくなってくる。
タワーディフェンスの攻略を考えているようだ。
「レイナスとアーシャはセットだから……」
「何それ?」
「エウィ王国が攻めてきたときの配置をどうしようかな、と」
「攻めてくんの?」
「国王主催の舞踏会で暴れたら、さすがにタダでは済まないだろう」
「
「まさか。でもマリとルリだしな」
「超あり得るわね。マジやりそう」
フォルトとアーシャの目には、魔族の姉妹がどう映っているか。
これが答えだろう。
基本的には静かに暮らしたいので、もしも暴れたら止めるつもりだった。と言っても行動に移された後では、手遅れというものだ。
あらかじめ
「そのときは、あたしを守ってね!」
「もちろんだ! 従者だからな」
「まだ従者なん?」
「生涯従者。永遠に俺のもの」
「っ!」
これでも頑張ったほうだ。
おっさんなので、口に出すのは恥ずかしい。しかしながら彼女は、フォルトの思いを察してくれたようだ。
以降の二人は、当然のように交わる。
テンションアゲアゲ状態だった彼女は、激しく乱れるのだった。
◇◇◇◇◇
エインリッヒ九世の招きに応じて、舞踏会に出発する日。
連れていくのは、ローゼンクロイツ家の令嬢姉妹マリアンデールとルリシオン。他には、フォルトの半身とも言えるカーミラだ。
ともあれ、そろそろリリエラが帰ってきそうだった。
そこでテラスに出て、眷属のニャンシーを呼び出す。
「ニャンシー」
ニャンシーはリリエラの護衛として、影に潜ませてある。
現れたのが早かったので、彼女も双竜山の近くに来ているのだろう。
「何じゃ主?」
「今はどの辺にいるのだ?」
「もう数日で森に到着じゃな」
「問題は無かったか?」
「主と言えども内緒じゃな。後で聞いたほうがよかろう?」
「だったな。よく分かっている」
「ふふん!
(一の眷属……。 まさかルーチェやクウと張り合っているのか? だが、そんなところも可愛いな。ナデナデっと……)
フォルトが一番最初に眷属にしたのが、ケットシーのニャンシーだ。
今までも頼りにしていたし、これからも頼りにしている。とはいえ口に出してまで伝えておらず、他の眷属より上に立とうと必死なのかもしれない。
見た目が猫が擬人化した幼女なので、その考え方にホッコリしてしまう。
「ゴロゴロ」
「俺たちは留守にするから、屋敷に帰ってきたらいつものようにな」
「うむ。そこじゃ、優しく擦るように……」
「いつものようにな」
「わっ分かっておるのじゃ!」
そしてニャンシーが、リリエラのもとに戻っていった。
この短時間で、彼女が襲われることは無いだろう。舞踏会から帰ったら、そのストレスをクエストの報告で発散できそうだ。
これだけのために呼び出すなど、フォルトは眷属使いが荒い。
そう思ったのも束の間、屋敷からは愛しの身内たちが姿を現した。
「御主人様! 準備ができましたよぉ」
「人間如きに、ローゼンクロイツ家をもてなせるかしらね」
「あはっ! 満足できなければ殺すわあ」
「おいおい。勘弁してくれ」
マリアンデールとルリシオンが物騒なことを口走った。
そこでフォルトは、姉妹に釘を刺す。
手を出されないかぎりは大人しくしてもらいたい。とはいえ魔族狩りと称して襲われた場合は、徹底的に
その旨を姉妹に伝えると、渋々ながらも了解した。
「それでは行くとするか」
【サモン・アラクネ/召喚・
森の中を歩きたくないフォルトは、さっさとアラクネを召喚する。
この魔物は、上半身が女性の蜘蛛だ。初めて双竜山の森に最初に入ったときに、移動手段として召喚したことを思い出した。
そのときに悲鳴を上げて気絶した女性が口を開く。
「それに乗っていくんだ」
「またアーシャも乗りたい?」
「結構よ! しかも乗ってないわ! 抱えられていたのよ!」
「マリとルリは?」
「嫌よ。ルリちゃんと走っていくからいいわ」
「カーミラは?」
「もちろん一緒に乗りまーす!」
「ははっ。じゃあ糸で固定してくれ」
「は、い……」
このアラクネは、最初に召喚したアラクネとは別の魔物である。眷属にしないと、ランダムで選ばれるのだ。
ともあれ糸で巻かれてる姿に、マリアンデールが呆れている。
「私とルリちゃんを、貴方とカーミラで運べばよいのではなくて?」
「面倒。よって出発! ぐぅぐぅ」
「寝るな!」
「さすがは御主人様です!」
アラクネの移動方法は、とてもアクロバティックだ。
起きていると絶対に酔うので、フォルトはすぐさま寝息を立てる。森から出たときに目覚めれば良いだろう。
そして屋敷に残る者たちに見送られ、森の中を
器用に糸を使って、木から木に飛び移ったりしていた。マリアンデールとルリシオンは、身体能力が高いので簡単についてきている。
当然のように寝ているので、後から聞いた話だ。
「御主人様、到着でーす! ちゅ」
「んんっ! ここは?」
「森の出口ですけど、外には人間たちがいるのでぇ」
「だったな。じゃあ、アラクネは消えていいぞ」
召喚した魔物を見られるわけにはいかず、フォルトはすぐさま送還した。
ローゼンクロイツ家は招待される側として、森の外では馬車が用意されている。遠目で見ると、なかなかに豪勢な馬車だった。
これには、姉妹も納得している。
「当然ね」
「私たちが会いにいってあげるのだからねえ」
「本当にそれでいいのか?」
「文句があるなら、私たちを屈服させることね」
「手段は問わないわあ。全軍で襲ってきてもいいのよお」
「そっそうか……」
(魔族の貴族のことは聞いているが、まだ慣れないな。そこまで偉そうにしたことがないし……。俺の傲慢は刺激されているが、な)
何となくフォルトは、体がウズウズする。
これが刺激されているという感覚だろう。大罪の傲慢に身を任せてしまえば、姉妹の希望通りになるはずだ。
「まぁ適当にな」
あまり偉そうにして、魔王プレイになっても困る。
これから会うのはエウィ王国の国王であり、舞踏会の参加者は貴族である。あまりペコペコとはしないが、とりあえず様子を見ながらだ。
馬車の周囲には複数の人間が立っており、どう見ても騎士のようだった。
きっと、フォルトたちの警護をする者たちだろう。ならばと森から出て、その内の一人を目標に近づいていった。
「えっと……」
「フォルト・ローゼンクロイツ様でいらっしゃいますか?」
「あ、はい。いたっ!」
「どうかされましたか?」
「いや、何でもないぞ!」
「こちらの馬車でご案内致するように、と命令を受けております」
「う、うむ」
マリアンデールに足を踏まれたフォルトは、上位者のように
女性のヒールで踏まれると、とても痛い。もちろん魔人なので、戦闘状態に入れば痛みなど無い。
普段の状態だと、「頑丈な人間程度」といったところだ。
「ふむ。大きな馬車だな」
「八人乗りですので、余裕があるかと存じます」
「うむ、大義である! いたっ!」
「だっ大丈夫ですか?」
演技が大袈裟すぎたので、今度はルリシオンに踏まれたようだ。
自然な感じにやれということだろう。
「い、いや。どれぐらいで到着するのだ?」
「三日ほどになります。道中では町に寄って、宿屋に泊まります」
「あ……。馬車で寝るから宿屋は要らん!」
「え? ですが……」
「我らは魔族の貴族なのだ。理解したか?」
「さ、左様ですか?」
「左様ですとも」
なるべく自然に演技してみたが、とりあえずは合格か。
姉妹から踏まれなかったとはいえ、微妙なさじ加減が難しい。徐々に慣れていくしかないだろうが、演技も一苦労である。
とりあえずはカーミラを加えた三人の身内と共に、馬車に乗り込んだ。
「まぁまぁね」
「まぁまぁなんだ?」
「一応は王族が使う馬車みたいだわあ」
「なら、最上級のもてなしってことか?」
「そうね。でも、卑屈過ぎるわね」
王族の馬車を出すということは、相手を同格以上と見なしている。
いくらローゼンクロイツ家でも、そこまですることはないはずだ。しかしながら、これには秘密があった。
フォルトには知りようもないが、これはエウィ王国第一王女リゼットの提案だ。国王のエインリッヒ九世が渋っても、無理やり押しきっている。
そして馬の
「到着するまでゆっくりとするかあ」
以降は何カ所かの町を経由して、城塞都市ソフィアに近づいてきた。
騎士に伝えたように、フォルトとカーミラは馬車の中から一歩も出ていない。姉妹にはトイレ事情などがあるので、たまに下車している。
ともあれ都市の中に入ると共に、口角を上げてとある行動に移った。
「さてと……。『
フォルトのスキルによって、大罪の悪魔サタンが現れた。
一度は顕現させてあるので、今回からは魔王系美少女の姿で登場している。妄想の捗る格好をしているが、ローゼンクロイツ家の護衛という立ち位置だ。
敵地になるかもしれない場所に、護衛も連れずに訪れる貴族はいない。
「ふん! 余に何用だ?」
「俺たちの護衛」
「ふん! お安い御用だ」
「力は抑えておけ。ただし弱すぎず、だ」
「ふん! 余に任せておけ!」
サタンはふんふん言いながらも、フォルトの隣に座った。
憤怒の悪魔であれば、王城で出迎える人間には
本来なら知られたくない存在だが、今回だけであれば良いだろう。他に適当な護衛がおらず、魔族の貴族として体裁を整える意味では仕方がない。
成るように成れ、だ。
「そろそろ到着だが……」
「えへへ。カーミラちゃんの肌はご主人様のものでーす!」
「ちょっと貴方、暇ならリボンの位置を直して!」
「フォルトぉ、スカートのシワを伸ばしてくれるかしらあ?」
「う、うむ」
三人の身内は、それぞれで身だしなみを整えていた。
カーミラは、ボロいローブを着て肌の露出を隠している。マリアンデールとルリシオンは
フォルトは「女性は大変だな」と思いながら、その手伝いをするのだった。
――――――――――
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