第134話 大罪の悪魔2

 食事を終えたフォルトは、寝室のベッドで横になっていた。

 当然のように一人ではなく、マリアンデールとルリシオンがいる。横にちょこんと座っており、厳しい目を向けられていた。


「人間の国王なんて無視しておけばいいわ」

「都市を火の海にするなら行ってもいいわよお」


 エウィ王国の国王から呼び出されている件について、だ。

 人間は魔族にとって格下であり、ローゼンクロイツ家は魔族の名家である。

 たとえ国王であっても、双竜山の森まで出向くのが普通と姉妹は思っている。しかしながら、魔族の国を滅亡させた人間からすれば思い上がりも甚だしい。

 いくら姉妹が強かろうが、敗残兵としか見られていない。


「ははっ。マリとルリならそう言うと思った」

「分かっているのなら話が早いわ」

「シェラはどう思う?」


 寝室には、魔族のシェラもいる。

 今はお医者さんゴッコの延長として、フォルトの体をマッサージ中だ。まったく凝っていないが、これもスキンシップである。

 とりあえず、彼女の意見も聞いてみた。


「客観的に聞いても、マリ様とルリ様が正しいですわ」

「そうなんだ……」

「ですが出てこないでしょうね」

「だよなあ」


 客観的でないのは気のせいか。

 そう思ったフォルトは、シェラの献身に身を委ねる。女性に体をほぐしてもらうのは、何とも気持ちが良い。

 それにしても、ローゼンクロイツ家は……。


「重い家名を背負ったようだ」

「そうよお。今頃になって気付いたのお?」

「仰向けになってください」

「うん」


 シェラに背中をたたかれたフォルトは、うつ伏せの状態から反転する。

 寝室のベッドは、四人が大の字で寝られるほど広く作ってある。ゴロゴロと動き回っても落ちないところが良い。


「ソフィアに配慮しているのは分かるわ」

「………………」

「でも、私たちも大切でしょう?」

「もちろんだ!」


 フォルトは力強くうなずいた。

 改めて言われるまでもなく、身内は全員愛している。カーミラを特別視していようとも、全身全霊をもって大切にする女性たちなのだ。


「私たちも貴方は大切よ。だから、家名を有効利用しなさい」

「有効利用?」

「貴族に無礼を働いたら、簡単に制裁できるのよお」

「そういうもんか?」

「魔族は物理的な力関係がハッキリしているからね。文句を言わせないわ」

「なるほど。人間は?」


(御手討ち! みたいなもんか。貴族にぶつかっただけで処刑とか? さすがにそれは無いか。あるのか?)


 フォルトはアニメや漫画、小説に毒されているようだ。

 悪い貴族を懲らしめる作品が多かった。実際にそういった貴族が存在するかは分からないが、そのことを聞くと姉妹はクスクスと笑う。


「ふふっ。貴族の性格次第ね。いないことは無いわ」

「へぇ」

「でもねえ。そういった貴族は、遅かれ早かれ失脚するわよお」

「そうですよ魔人様、次はこちらを……」

「あぁ……。重点的に頼む」

「はっはい!」


 シェラの手が心地良い。

 普段から物静かな女性なので、どうしても背徳感を覚えてしまう。とはいえ、国王の件をどうするか。

 それが問題だった。


「最終的な判断は貴方だけどね」

「当主の意向には逆らわないわあ」

「要はメンツを潰さなければいいのだな?」

「ふふっ。そうね。ちゅ!」

「そうよお。ちゅ!」

「でへでへ」


 姉妹から同時に、フォルトのほほに口付けをされた。

 昔からむっつり度が高いで、顔の筋肉は緩みっぱなしだ。


「でも、王様を刺激するのもなあ」

「そう言えば、人間を利用しているとか?」

「まぁ投資みたいなものだ。ちょっと違うか?」


 その場だけを考えれば、傍若無人でも良いだろう。しかしながら人間を利用しているつもりなので、完全な敵対関係は避けたかった。

 その方針は、今後も変わらない。


(闘技場を造らせているしな。それにアーシャの言っているファッション。旨い食事のためには、調味料やレシピ。せいぜい頑張ってもらわないと……)


 どれも、小さな自己満足である。

 そうは言っても、あちらの世界の技術までは期待していない。だが技術の発展というものは、継続が重要なのだ。

 フォルトとしては、ひっそりと待って享受するのが理想だった。


「魔人様、どうですか?」

「いいよ。もっと頼む」


 カーミラのマッサージも良いが、シェラも負けず劣らずだ。

 ツボを心得ている彼女は、フォルトの太ももをみだした。司祭として献身的であり、オヤジ心をくすぐられる

 ともあれ心地良さに眠気が出たところで、寝室の扉がノックされた。

 この部屋には、身内であれば誰でも勝手に入って良い。しかしながら、ノックをする人物は決まっている。


「フォルト様」

「ふぁぁあ。やあソフィア」

「………………」

「混ざる?」

「結構です! 御爺様おじいさまから手紙が届きました」

「進展があったのかな?」

「はい。こちらですが……」


 ソフィアとグリム家は、ハーモニーバードを使って連絡を取り合っていた。

 もちろん彼女のように召喚魔法が使えないと、その手段は使えない。魔法が存在する世界とはいえ、リリエラがやったような郵便配達の仕事は失われないだろう。


「ふむふむ。ほうほう。まぁ妥当、か?」

「どうしたのかしら?」

「はい。読んでいいよ」


 内容に感心したフォルトは、手紙をマリアンデールに手渡す。

 ルリシオンも横から目を通して、暫くすると二人して頷いた。内容については「またか」と思ったが、両者の面子を保つにはそれしかないように思える。

 この提案なら乗れるかなと考えて、姉妹からの裁定を待つのだった。



◇◇◇◇◇



 王宮の廊下を、三人の男女が歩いている。

 そのうちの一人は、小さな王冠をかぶって白いドレスを着ていた。年の頃は十六歳ぐらいの少女で、とても可愛らしく気品がある。

 少女の向かう先には、国王のエインリッヒ九世とグリムが外を眺めていた。


「お父様!」

「おぉ……。リゼットよ」


 エインリッヒ九世が振り返って、その少女の名前を呼ぶ。

 彼女の正式な名前は「リゼット・ユフィール・フォン・エインリッヒ」。エウィ王国の第一王女で、他の二人は護衛である。

 子沢山の王家には、八人の男子と四人の女子がいた。

 そのうちの八男であるブルマンは、ローイン公爵家に養子として送り出している。第一王女の彼女は、そろそろ嫁ぎ先を決める必要があった。


「お父様、一つ考えたのですけど……」

「ふむ。その話は後でゆっくりと聞こう」

「はい。では、庭を散歩してきますわ」

「うむ」


 満面の笑みを浮かべたリゼットは、その場から足早に去った。

 それを目を細めて送り出しているエインリッヒに、グリムが声をかける。


「姫様は明るくなられましたな」

「はははっ。リゼットの笑顔は国を明るくしてくれる」

「国民からの人気が高こうございますからな」

「今では天使などと呼ばれておるわ」

「ほっほっ。国民に寄り添った政策を提案なさいます故」

「貴族どもに潰されておるがな」

「致し方ございませんな。しかしながら、まるで通らないわけでも……」

「貴族からすれば、あめむちだ」

「貴族に対して、あまり影響が出ない政策ですな」

「うむ。食糧の配給を増やしたところで、今は余っておる」


 リゼットの提案は、ほとんど通った試しがない。エインリッヒが言ったとおり、どうでも良い提案だけに貴族は賛成する。

 そのことを、彼女は喜んでいた。


「ワシからすれば、奇抜な提案もあって頼もしいのじゃが……」

「貴族が許すまい。それを是正せねばならぬのだがな」

「徐々にやるしかありますまい」

「うむ。国の歴史が長くなると弊害も多い」

「ですからワシは、陛下のお傍で……」

「助かっておる。曾祖父そうそふは良い親友を持ったものだ」

「ほっほっ。まだ死ぬのを許してくれぬようじゃ」


 グリムは数百年もの間、エウィ王国に身をささげている。

 親友だった先王から、王国のゆく末を見届けてほしいと懇願されたからだ。約束を守らせるほどのきずなを結んでおり、今も王家に仕えている。

 また「延体の法」という儀式に協力したエルフも、その一人だった。


「さて、仕事がまっておる」

「では一緒に片付けましょうかな」


 エインリッヒはグリムを伴って、自身の執務室に向かった。

 国家の頂点に座しているからこそ、仕事は山ほどある。勘違いをしている国民は多いが、暇に見えるのは時間と人を上手に使っているからだ。

 威張っているだけが国王ではない。

 ともあれ暫く執務を行っていると、リゼットが部屋に入ってきた。


「お父様!」

「戻ったかリゼットよ」


 先程も言っていた考えとやらを伝えにきたのだろう。

 貴族に潰されることになるだろうが……。


「グリム様が庇護ひごしている異世界人について、なのですけど……」

「むっ。どうしてそれを?」


 慈善活動の提案だと思っていたエインリッヒは、予想外の内容に驚いた。

 フォルトと呼ばれる異世界人については、リゼットを含めて家族にも伝えていないのだ。知っている貴族には緘口令かんこうれいを敷いて、対応を考えている最中だった。

 誰かは分からないが、国王からの命令に従わなかったのか。


「メイドとの会話で分かりますよ。うわさとはそんなものですわ」


 王家に仕えるメイドは、貴族の令嬢がやっている。

 王族に取り入ることで、実家の安泰を計るためだ。または王族の動きから情報を入手して、利益につなげている。

 「今は誰と会っている」などの情報は、メイドたちの実家に筒抜けだった。

 もちろんそれは、王家のほうでも承知している。当然のようにエインリッヒも、同様の使い方をしていた。

 どうやらリゼットも、貴族側の情報を入手しているらしい。

 ただし王女は何の権限も無いので、そういった利用は意外だった。


「そうか。まぁ上級貴族には公表したからな」

「はい。しかもお父様は、その者を呼びつけたとか?」

「うむ。爺よ、その後はどうなっておる?」

「返事はまだでございますな」

「遅いな」

「申しわけございませぬ」


 グリムが深々と頭を下げる。

 王命としてフォルトを呼び寄せ、エインリッヒと非公式の謁見をさせる。だが、その算段がついていないようだ。

 刺激するのは良くないという進言もあり、完全に任せてはいるが……。


「それなのですが、おそらく魔族の姉妹が邪魔をしておりますわ」

「急にどうした?」

「魔族の名家、ローゼンクロイツ家を名乗ったと聞き及んでいます」

「リゼット?」

「姉妹であれば、人間の王家を格下と見ているでしょう」

「………………」


 リゼットは口早にまくし立てている。

 今まで見たことも無い姿だが、その内容は的を射ていた。


「いったいどうしたというのだ?」

「お父様は、その異世界人をどうするおつもりですか?」

「非公式の謁見で決めようと思っておる」

「では、私の考えを述べさせていただきます」

「うーむ。お前らしくもないが……」


 エインリッヒの知っているリゼットは、良く言えば優しい人間。悪く言えば世間知らずの王女で、貴族たちの思惑を考えたことすら無い。

 また王女の立場は理解しており、政治絡みの話には口を挟まない。会話は世間話が主なところで、慈善活動の提案をするぐらいだった。

 それが今回に限って、グイグイと食い込んでくる。


「聞くだけ聞いてみよう」

「ありがとうございます。舞踏会にお呼びしてはいかがでしょうか?」

「舞踏会だと?」

「はい。呼びつけられたことを不快に思ってる、と推察しますわ」

「なるほど」

「そこで招待という形を採るべきだと思います」


 そのリゼットが、魔族への配慮を考えていることに首を傾げてしまう。とはいえ解決策の内容は、彼女らしいと言えばらしいか。

 舞踏会を開くことは可能なので、グリムに意見を聞いてみる。


「爺、どう思う?」

「良い案だと思われますな。魔族の姉妹はプライドが高いですからのう」

「ジグロードが滅亡しても、ローゼンクロイツ家は健在ということか」

「はい。かの姉妹を敵に回すべきでは……」

「それは分かっている。だからこそ爺の話に乗ったのだ」


 フォルトを庇護するにあたり、当初の目的では、ローゼンクロイツ家の姉妹を囲うことの比重が大きかった。

 彼女たちの討伐には、多大な被害が出るからだ。

 それが、グリムの中では逆転したと聞いている。姉妹への警戒は緩められないが、それ以上に警戒しているようだ。


「グリム様、その異世界人の強さについては?」

「ふむ。興味がおありで?」

「そうですわね。私も勇者様には憧れておりましたのよ?」

「ビッグホーンを討伐できる人物。英雄級には届いていそうですな」

「勇者様がチームで挑んだ大きな魔獣ですね」

「魔族の姉妹が手伝ったのかもしれませぬな」


 グリムは言葉を選んでいるようだ。

 勇者級はレベル五十以上で、英雄級はレベル四十から五十の間である。エウィ王国に勇者級は存在するし、英雄級もそれなりにいた。

 リゼットでも分かりやすいように伝えているのだろう。

 ただしエインリッヒには、全体的な脅威として進言されている。


「そうでしたか。では、お父様?」

「うむ。リゼットからの提案を採用するか」

「ありがとうございます」


 以降は細かい打ち合わせをした。

 相手は魔族の名家なので、下手な招待だとそれでも怒りを買うだろう。しかも、フォルトの性格も考える必要があった。

 もちろんそれは、グリムの領分だ。

 最後にリゼットの提案を加えて、招待の仕方を決めたのだった。



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