第134話 大罪の悪魔2

「人間の王に呼びだされて行くのは、ありえないんだけど?」


 マリアンデールとルリシオンから、厳しい表情で見られている。魔族にとって、人間は格下である。そして、ローゼンクロイツ家は魔族の名家だ。

 普段であれば、呼びつけるのが普通だ。しかし、魔族の国を滅亡させた人間から見れば、思い上がりと思うだろう。


「そう言うと思った」

「分かってるなら、話が早いわ」

「会うなら、森へ呼びつけなさあい」

「シェラはどう思う?」


 体中をマッサージしてくれているシェラへ問いかける。まったく凝ってはいないが、お医者さんゴッコの延長だ。


「客観的に聞いても、マリ様とルリ様の言う通りですわ」

「そ、そうなんだ」

「でも、出てこないでしょう」

「だよなあ」


(客観的じゃないのは気のせいか? 俺の常識なら、俺が会いに行くべきなんだろうが……。ローゼンクロイツ家かあ)


「重い名なんだな」

「そうよお。今頃、気づいたのお?」

「仰向けになってください」

「うん」


 シェラにうながされ、うつぶせ状態から仰向けになる。寝室のベッドは広いため、ゴロゴロ動き回っても落ちる事はない。


「ソフィアに遠慮してるのは分かるわ」

「………………」

「でも、私たちも大事でしょう?」

「もちろんだ」

「私たちも、貴方は大事よ。だから、家の名を有効利用しなさい」

「有効利用?」

「貴族に無礼を働いたら、簡単に制裁できるのよお」

「そういうもんか」

「人間もやってるでしょう?」

「魔族は、物理的な力関係がハッキリしてるからね。文句を言わせないわ」

「なるほど」


(御手討ち! みたいなもんか。貴族にぶつかっただけで処刑とか? さすがにそれはないか。あるのか?)


 アニメや小説に影響されてるようだ。悪い貴族をやっつける作品が多かった。そういう貴族が本当に居るかは分からない。その事を聞くと、姉妹はクスクスと笑うのだった。


「貴族の性格次第ねえ。居ない事はないわ」

「へえ」

「でもねえ。そういう貴族は、遅かれ早かれ失脚するわよお」

「そうですよ、魔人様。つ、次は、こちらを……」

「ああ、そこは重点的に頼む」

「は、はい」


 シェラの手が心地よい。普段から物静かなので、背徳感を覚えてしまう。それはそれとして、どうするか。それが問題だ。


「最終判断は、貴方だけどね」

「当主の意向には逆らわないわあ」

「要は、メンツをつぶさなきゃいいんだな?」

「ふふ。そうね。ちゅ」

「そうよお。ちゅ」


 姉妹から同時に頬へ口づけをされた。それには、顔がニヤけてしまう。最近、むっつり度が増している気がする。


「そうは言っても、王様を刺激するのもなあ」

「そう言えば、人間を利用してるんだっけ?」

「うん。まあ、投資みたいなもんだ。ちょっと違うか?」


 その場だけの事を考えれば、傍若無人でもいい。しかし、人間を利用してるつもりなので、敵対関係は避けたい。


(闘技場を作ってもらってるしな。それに、アーシャの言っているファッション。うまい食事のための調味料やレシピ。せいぜい頑張ってもらわないと……)


 どれも小さな自己満足である。それに、日本に居た頃の技術までは期待していない。しかし、こういったものは継続が大事だ。発展するのを、ひっそりと眺めているのが理想だった。


「魔人様、どうですか?」

「いいよ。もっと頼む」

「は、はい……」


 カーミラのマッサージもいいが、シェラもいい。ツボを心得ているようだ。凝っていなくても、気持ちがいいものなのだ。

 彼女は司祭なので、献身的である。暗黒神ではあるが……。それが、オヤジ心をくすぐるのだ。


――――――コン、コン


 マッサージの心地よさに眠気が出たところで、寝室の扉がノックされる。この部屋には、身内であれば、誰でも勝手に入っていい。しかし、ノックをする者は決まっている。


「フォルト様」

「ふぁぁあ。やあ、ソフィア」

「………………」

「混ざる?」

「結構です! それより、御爺様から手紙が届きまして」

「進展があったの?」

「はい。こちらですが……」


 ソフィアとグリム家は、ハーモニーバードを使って連絡を取り合っていた。そのため、今回の件も間へ入ってもらっている。

 連絡の取り方は、ハーモニーバードの足に、手紙を結びつけるだけだ。彼女のように召喚魔法が使えないと、その手段は取れない。そのため、リリエラがやってるような、郵便配達の仕事は必要だ。


「どれどれ。ふーん」

「どうしたのかしら?」

「はい。これ」


 ソフィアから受け取った手紙を、マリアンデールに渡す。それを読んだ彼女は、感心したようにうなずいていた。

 その内容には、またかと思った。しかし、両者の面子を保つには、それしかないように思える。この提案なら乗れるかなと考え、目を閉じるのだった。



◇◇◇◇◇



「お父様!」


 王宮の中を、一人の少女が歩いていた。頭には小さな王冠をかぶり、白いドレスを着ていた。その少女の隣には、二名の護衛が付いている。


「おお、リゼットよ」


 エインリッヒ九世が振り返り、その少女の名前を呼ぶ。少女の名前は、リゼット・ユフィール・フォン・エインリッヒ。エウィ王国の王女である。

 王家には、八人の男子と四人の女子が居る。子沢山だ。その内の八男であるブルマンは、ローイン公爵家へ養子に入った。第一王女であるリゼットは十六歳。そろそろ、嫁ぎ先を決める必要があった。


「お父様。私、考えたのですけど」

「ふむ。その話は、後でゆっくりと聞こう」

「はい。では、庭を散歩してきますわ」

「うむ」


 リゼットは足早に去っていった。それを目を細めて笑顔で送り出しているエインリッヒに、グリムが声をかけたのだった。


「姫様は、明るくなられましたな」

「はははっ。リゼットの笑顔は、国を明るくしてくれる」

「国民からの人気が高こうございますからな」

「今では天使などと呼ばれておるわ」

「ほっほっ。国民に寄り添った政策を提案なさいますゆえ

「貴族どもに、つぶされておるがな」

「致し方、ございませんな。しかしながら、まるで通らないわけでも」

「貴族からすれば、飴と鞭だ」

「貴族に対し、あまり影響がない政策ですな」

「うむ。食糧の配給を増やしたところで、今は余っておる」


 リゼットの提案は、ほとんど通った事がない。エインリッヒの言う通り、どうでもよい提案だけは通る。その事を、彼女は喜んでいるのだった。


「ワシからすれば、奇抜な提案もあって頼もしいのじゃが……」

「貴族が許すまい。それを、是正せねばならぬのだがな」

「徐々にやるしかありますまい」

「そうだな。国の歴史が長くなると、弊害も多い」

「そのために、おそばで……」

「助かっておる。曾祖父は、よい親友を持ったものだ」

「ほっほっ。まだ、死ぬのを許してくれぬようじゃ」


 グリムは数百年、エウィ王国に仕えている。親友であった先王から、王国のゆく末を見てほしいと言われたからだ。

 その約束を守らせるほどの絆が、先王とはあった。延体の法という儀式に協力したエルフも、その一人であった。


「さて、仕事がたまっておる」

「さっさと片付けましょうかな」


 エインリッヒはグリムを伴って、執務室へ向かった。仕事など、いくらでもあるのだ。


「お父様!」

「リゼットよ、戻ったか」


 二人が仕事を片付けていると、リゼットが散歩から戻ってきた。先程も言っていた、考えとやらを伝えにきたのだろう。つぶされる事になるだろうが……。


「グリム様の庇護している異世界人について、なのですけど……」

「むっ。どうして、それを……」


 慈善活動かなにかの提案だと思っていたエインリッヒは、予想外の話にビックリした。それはまだ、王族へ話していない内容だ。


「メイドたちの話を聞けば分かりますよ。噂なんて、そんなものですわ」


 王家のメイドは、貴族の令嬢がやっている。王家に取り入る事で、自分の家の安泰を計る。または、政略などの情報を手に入れるためだ。

 それは、王家の方も承知している。そのため、メイドの動きから、貴族側の情報を手に入れていた。どっちもどっちという事だ。


「そ、そうか。まあ、上級貴族には公表したからな」

「はい。その者を呼びつけたとか?」

「うむ。爺よ、その後はどうなっておる?」

「返事は、まだでございますな」

「遅いな」

「申しわけございませぬ」


 グリムが深々と頭を下げる。王命では、フォルトをエインリッヒに会わせる事になっている。その算段が、まだつかないのだ。


「それなのですが……。恐らく、魔族が邪魔をしておりますわ」

「急にどうした?」

「魔族の名家。ローゼンクロイツ家を名乗ったとか」

「お、おい。リゼット?」

「ローゼンクロイツ家から見れば、人間の王家は、格下と見ているでしょう」

「………………」


 リゼットが口早にまくし立てる。今まで見た事もないリゼットだ。しかし、その話の内容は的を射ていた。


「いったい、どうしたと言うのだ?」

「お父様は……。その異世界人を、どうするおつもりですか?」

「それを決めるために、呼んだのだがな」

「そこで、私に考えがあるのです」

「それを、リゼットが言うとはな」


 エインリッヒの知っているリゼットは、良く言えば優しい人間。悪く言えば世間知らず。貴族たちの思惑を考えずに、政策を提案してくる者だ。

 根回しなど、そういった事とは程遠い者である。それが、今回は違う。なぜか分からないが、口を出してきていた。


「聞くだけ聞いてみよう」

「ありがとうございます。舞踏会にお呼びしては、いかがでしょうか?」

「舞踏会だと?」

「はい。呼びつけられた事を、不快に思ってると推察しますわ」

「なるほど」

「そこで、招待という形を取るべきだと思います」

「爺、どう思う?」

「よい案だと思われますな。魔族の姉妹は、プライドが高いからの」

「ジグロードが滅亡しても、ローゼンクロイツ家は健在と言う事か」

「はい。かの姉妹を敵に回すべきでは……」

「それは分かっている。だからこそ、爺の話に乗ったのだ」


 フォルトを庇護するにあたり、当初の目的では、ローゼンクロイツ家の姉妹を囲う事の比重が大きかった。討伐には多大な被害が出るからである。

 それが、グリムの中では逆転した。姉妹への警戒は緩められないが、それ以上に、フォルトの方を警戒しているのだった。


「グリム様は、その異世界人の強さを、どのように考えておられますか?」

「ふむ。興味がおありで?」

「そうですわね。私も、勇者には憧れておりますのよ?」

「ビッグホーンを倒せる人材。勇者級はあるでしょうな」

「勇者様でも、チームで挑んだとか……」

「そうですな。ですから、最低と付けておきましょうかな」


 グリムの考えは、さらに上であった。しかし、それを言うと混乱するだろう。フォルトを巡って、さまざまな不幸が起きる可能性も否定できなかった。


「そうでしたか。では、お父様?」

「うむ。リゼットの提案を実行するとするか」

「ありがとうございます」


 その後は細かい打ち合わせをした。相手は魔族の名家である。下手な招待だと、それでも怒りを買うだろう。

 それに、フォルトの性格も考える必要がある。それはグリムの領分であった。最後にリゼットの提案を加えて、招待の仕方を決めたのであった。



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