第133話 大罪の悪魔1

 双竜山の森では、ビッグホーンの肉の在庫が心許ない。

 手間暇をかけて育成しているわけではないのに、味は最高級の牛型魔獣である。約半年分は確保できるので、フォルトは補充しようと棲息せいそく域に飛んできた。

 もちろん、一緒にいるのはカーミラだ。

 眼下に視線を落とすと、目的の魔獣が歩いていた。



【ペネトレイト・レジスト・マジック/魔法抵抗貫通化】



【デス/死】



 フォルトが強化した魔法を発動すると、ビッグホーンが絶命した。死霊系魔法だと奇麗な状態のまま死体にできるので、非常に重宝している。

 とりあえず討伐したので、カーミラと共に地面に下りた。


「よしよし。じゃあルーチェを待つか」

「はあい!」


 本来なら氷属性魔法で凍らせるのだが、今回は準備万端で訪れていた。

 もうすぐ眷属けんぞくのルーチェが、亜人たちを引き連れて到着する。解体道具は借りっぱなしなので、以降はスムーズに作業を進められるだろう。

 フォルトはビッグホーンを背にして、カーミラとイチャつく。

 ソフィアが身内になってからは、また一段と密着度を上げていた。


「ソフィアには堕落の種を食べさせないのか?」

「えへへ。悪魔にしたいですかぁ?」

「俺は、な。カーミラは違うのか?」

「彼女次第ですねぇ。本人が望んだらでいいですかぁ?」

「ふーん。カーミラがそう言うなら、それでいいよ」

「きゃー! さすがは御主人様です! ちゅ」


 身内は大切だが、カーミラは特別だった。彼女のおかげで今の自分が存在すると思っており、事実そうである。

 そして暫くすると、ルーチェたちが到着して解体作業を開始する。

 一度は行った作業なので、数体のデモンズリッチを召喚して補佐に付けた。


「主様、ありがとうございます」

「一人だと全部を見きれないからな」

「では、タンとロースを先に切り出させます」

「うん。俺たちはそれを持って帰る。残りは任せるよ」

「畏まりました」


 ビッグホーンの部位では、タンとロースが人気だったので在庫が無い。だからこそ先に持ち帰り、数日の食事に使ってもらう。

 ちなみにササバラは食べ過ぎると太るので、あまり減ってなかった。


(余った肉は、ゴブリンやオーガたちに渡せばいいか。賞味期限があるけど、レイナスとシェラがいるから問題無いな)


 日本の家庭で冷凍する場合、肉の賞味期限は一カ月前後。挽肉ひきにくだと二週間が目安である。細菌の問題で、それを越えると食べられないのだ。

 カンピロバクター、サルモネラ菌、腸管出血性大腸菌である。

 これらの菌により、賞味期限切れの肉は食中毒を引き起こす。なので定期的に、暗黒神デュールの司祭シェラが浄化をしてくれた。

 レイナスの氷属性魔法は冷凍保存ができるので、まさに異世界万歳である。


「御主人様、こっちに寄ってくる魔物はどうしますかぁ?」

「ルーチェじゃ厳しいのか?」

「追い払うのでぇ。ルーチェちゃんだと難しいでーす!」


 ビッグホーンの推奨討伐レベルは八十。

 それと生存競争をしている魔物や魔獣が相手になるので、いくらデモンズリッチのルーチェでも対処はできない。

 また過度の討伐は、生態系が乱れる原因となってしまう。

 今後を考えると却下だ。


「倒しちゃ駄目だしな。使えそうな悪魔とかいる?」

「大罪の悪魔とかはどうですかぁ?」

「何それ?」


 カーミラの言った大罪の悪魔とは、七つの大罪を冠を持つ創造体である。魔人が持つ大罪を使って、命令に忠実な悪魔として顕現させられるらしい。

 ちなみに魔界に存在する悪魔とは、まったくの別物だ。


「どうやるんだ?」

「さすがに分かりませーん!」

「だよな。ならアカシックレコードから……」


 久しぶりに、暴食の魔人から受け継いだアカシックレコードの出番だ。

 フォルトは「大罪の悪魔」というキーワードを頼りに、創造方法を引き出す。それは深層意識に流れ込んで、今後も使用可能となった。

 初めて使うので若干の不安を覚えるが、とりあえずやってみる。


「ふむふむ。『大罪顕現たいざいけんげん憤怒ふんぬ』!」


 創造されたのは、憤怒の悪魔サタン。

 頭部の左右に立派な角が生えて、巨大な竜のような翼と長い尻尾がある。一応は人型だが、人間のような肌ではない。

 体も大きく、フォルトが見上げるぐらいだ。


(悪魔王がサタンじゃないのか。まぁ世界が違うしな)


 うろこを硬質化させたような漆黒の肉体で、怪物とも呼べる悪魔だ。心が弱ければサタンを見ただけで、あまりの恐怖に失神するかもしれない。

 昔のフォルトなら逃げ出しているだろう。


「怖えぇ……」

「御主人様は凄いですねぇ」

「こいつはしゃべれるのか?」

「余を創造したのは貴様か!」

「余……。貴様……」

「要件を言え!」


 地獄の底からという形容が似合うほど、空気を振るわせるように響く声だ。

 大罪の憤怒を使った悪魔なので、この場に顕現させたことを怒っているのか。ピリピリとして、機嫌が悪そうな雰囲気が分かる。

 とりあえず人語は話せるようなので、フォルトはサタンに命令をする。


「チェンジ」

「………………」

「可愛くない」

「………………」

「どうした? 戻っていいぞ」

「………………」


(見た目からしてサタンだが趣味ではない。俺が創造したと言うなら、ニャンシーのようにこう……。可愛い系がいいに決まっている!)


 フォルトの言葉に対して、サタンの目が光った。

 それとともに、体じゅうに稲妻を発生させている。しかしながら、攻撃をしてくるわけではないようだ。

 腕を組んだ状態で後ろを向いて、背中の翼で全身を包むように隠した。


「うん?」

「ふん!」

「おわっ!」


 いきなり翼を広げたかと思うと、サタンはゆっくりと振り向いた。

 その姿を見たフォルトは、思わず目を見開く。角と翼、尻尾が小さくなっており、大きかった体も縮小していた。


「おぉ……」


 髪は濃い紫のウェーブがかかったロングヘアー。

 そして、胸元とお腹が露出している漆黒のレオタード。他にも、漆黒のマントを付けた女性に変わったのだ。

 肌も人間のそれで、触り心地が良さそうだった。


「これで良いか?」

「グッド」

「ふん!」


(さすがは俺の大罪の悪魔。よく分かっていらっしゃる。しかもエロい。俺が思い描いた美少女で完璧だ。ゲームならガチャに金を投入しそうだな)


 魔王系美少女の姿に変化した憤怒の悪魔。

 心が弱ければサタンを見ただけで、あまりの尊さに鼻血を出すかもしれない。もちろんフォルトもそうなりそうだったが、今は何とか耐えられた。

 それでも顔の筋肉が緩んで、あらゆる角度から彼女を目に激写する。


「ふん! 魔物を近づけねば良いのだな?」

「言わなくても分かるのか?」

「ふん! 余は貴様が創造した悪魔。シモベより上ぞ!」

「そっそうか。だから俺に抱きついてるんだな?」

「ふん!」


 鼻息が荒くふんふんと言っているが、すでに抱きつかれていた。フォルトが強く念じた思考をニャンシーが読んだように、サタンにも分かるのだろう。

 スキンシップ関係は恥ずかしいので、少しは遠慮してほしい。


「余計なことは読まなくてもいいからな」

「ふん!」

「なぜ服を脱がそうとする。それが余計なことだ」

「ふん!」


 フォルトは乱された衣服を戻して、その場に寝そべる。

 カーミラとサタンも続いて、両の腕枕に収まった。

 そして、そのまま解体作業を眺める。ルーチェの指示で班分けがされて、効率良くビッグホーンの解体を始めていた。


「サタン、魔物を追っ払いに行かなくていいのか?」

「ふん! 余の近くには魔物など寄ってこぬ」

「そっか。なら、持ち帰り用の肉が来るまでゆっくりとしよう」

「はあい!」

「ふん!」


 大罪の悪魔。

 その強さは、創造した魔人に依存する。大罪の悪魔を強くするには、自身が強くなれば良い。だがフォルトのレベルは、すでに五百である。

 ここまで高いと、レベルを上げる方法すら不明だった。

 世界のことはまったく知らず、同格の存在がいるのかも分からない。しかも怠惰が全開なので、今よりも強くなるつもりも無い。

 そんなことを思いながら、サタンの横顔を眺めるのだった。



◇◇◇◇◇



 大罪の悪魔。

 その欠点は、長時間の活動ができないことだ。だいたい三日が最長で、クールタイムとして一週間は使えない。

 それでも眷属最強のルーチェより強いので、フォルトは満足だった。


「ぐぅぐぅ」

「御主人様が起きませんねぇ」

「口付けでも駄目ですわ!」


 ビッグホーンの肉を確保してから数日後。

 屋敷の寝室ではカーミラとレイナスが、フォルトを起こそうとしている。用事があるというよりは、構ってほしくてウズウズしていた。

 色々と試してみたが、ずっと幸せそうな顔で寝ている。

 物凄く寝てるわけではないが、惰眠の時間が延びているようだった。


「ベルフェゴウルちゃんが寝かせすぎでーす!」

「でも~、寝たいって~、言ってます~」


 睡眠中のフォルトの隣に、一人の少女がいた。

 眠そうな目をこすりながら答えるのは、怠惰の悪魔であるベルフェゴウルだ。ニャンシーのような幼女で、その身に着ている服は可愛らしい。

 枕を片手に、主人の頭をでていた。


「あ~、そろそろです~」

「んんっ」

「御主人様!」

「んー! おはよう」

「もう夕方ですわよ?」

「へぇ。これは最高だな」


 上体を起こしたフォルトは、いつもより快適に寝られたようだ。

 精神的にも、サッパリとした感じである。夢も見ていたようで、とても破廉恥なことをやっていた気がする。


「じゃあ~、次は~、私が~、寝ますね~」

「うん。おやすみ」

「すぅすぅ」


 フォルトから許可をもらったベルフェゴウルは、安らかな寝息を立ててしまう。とても可愛らしいが、最初の姿だけは思い出すまい。

 そして三体目の創造なので、何となく能力が分かってきた。


「個別の大罪に特化しているなあ」

「ぶぅ。この子は使っちゃ駄目でーす!」

「お相手をしてほしいですわ。ピタ」

「そっそうだな! 悪かった」


 身内に責められると辛い。

 ともあれ、大罪の悪魔については理解した。

 サタンなら敵の殲滅せんめつにかけては、相当な力を発揮するだろう。ベルフェゴウルは相手のやる気を奪うことで、戦意を喪失させられる。


(まぁ使い方次第か。何でもそうなんだが……。ちょっとクールタイムが長いかもしれないな。となると切り札といったところだ)


「でも普段は使えないな」


 大罪の悪魔は、同時に顕現させられない。

 それでも任意で消せるので、これも使い方次第だろう。連続して顕現させることなど、早々無いだろうが……。

 一人で納得したフォルトは、カーミラとレイナスを連れて食堂に降りる。

 そこではすでに、他の身内が集まっていた。


「寝過ぎだわあ」

「ははっ。すまん。性能を確かめたくてな」

「面白いスキルだわ。魔人が使ったって話は聞かないけどね」

「そうなのか?」

「きっとすべての大罪を持ってるからだわあ」

「私もそう思うわ」

「へぇ」


 マリアンデールとルリシオンの言ったとおりである。

 七つすべてを持ってることで、大罪のバランスが良いのだ。だからこそ、大罪の悪魔を顕現させても問題が無い。

 基本的に持っている大罪しか創造できないので、大罪の悪魔を顕現させても意味が無い。怠惰の魔人が怠惰の悪魔を使役しても、一緒に怠惰を満喫するだけだ。

 二つ以上持っているのが魔人だが、それだと使い勝手は良くない。バランスが悪いと、魔人の意思に反して動くこともある。

 邪魔なだけで終わる場合がほとんどだ。


「と、いうことらしい。ばい、アカシックレコード」

「何それ。解体から搬入までは簡単に済ませたのでしょ?」

「うん。サタンとマモンが最高だったな」


 サタンは戦闘に特化した性能だ。

 魔物への警戒をしながら、ビッグホーンの解体と冷凍も担当して、作業時間を短縮させた。自前のやりを使って、スパスパと斬ったらしい。

 そして二体目に創造したマモンは、強欲の悪魔である。

 物を奪ったり運んだりする能力に長けていた。冷凍した肉を浮遊させて、さっさとオーガたちに運搬させている。

 現地では、ビッグホーンの素材が放置された状態だ。


「ソフィア、グリムのじいさんには連絡した?」

「はい。予定よりも早かったですが、数日後には持っていくそうです」

「そっか。王様の件は?」

「なるべくなら来てほしいのう。と手紙に書かれていました」

「似てない……」

「すっすみません」


(グリムの爺さんらしいなあ。あれから考えたけど、義理には義理で返さないと駄目かな? 世話にはなってるし、グリム家はソフィアの実家だしな)


 グリムには、何かと世話になっている。

 今まで王国から何も言われていないのは、彼が進言しているからだ。言われても関係は無いのだが、そういった話ではない。

 義理と人情が好きな昭和のおっさんなので、恩返しをしたいところだ。


「もう少し考えさせてくれ」

「はい。ですが時間はあまり……」

「だろうね。普通は王様に呼ばれたら、すぐに参上でしょ?」

「はい」


 フォルトは無視すると伝えたので、ソフィアはうれしそうだ。

 その笑顔は反則である。

 以降は身内の全員で、食事を楽しむ。マリアンデールとルリシオンが何かを言いたそうだったが、後で聞くことにするのだった。




――――――――――

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