第132話 総括3
エウィ王国でも、三国会議の総括が執り行われていた。
場所は謁見の間ではなく、人数が集まれる大会議場が使われている。また出席者たちの表情は、皆一様に明るかった。
その理由は、エウィ王国の外交的勝利だからだ。
ほとんどの分野で譲歩を引き出しており、相手からの要求は受けいれていない。もちろんすべてでは無いが、総じて国益に適った結果だった。
「今回の功労賞はデルヴィ侯爵だ」
「ははっ! ありがたき幸せ」
「「おおっ!」」
奥に座るエインリッヒ九世は、最前列にいるデルヴィ侯爵を労う。
ソル帝国が増やした関税は痛手だったが、フェリアスへの輸出を増やすことで帳尻を合わせている。
魔の森の開拓責任者であるブレーダ伯爵も大喜びだった。
「侯爵様の手腕には恐れ入るばかりですな」
「まったくですぞ。帝国外交官の苦々しい顔。スカっとしました!」
「「然り然り!」」
他の貴族も称賛を惜しまない。
特に利権が絡んでいる貴族は、拍手が大きかった。今後何年にも渡って利益を享受できるので、当然と言えば当然か。
これには、デルヴィ侯爵も笑みを浮かべる。
「ワシだけの手柄ではあるまい。
「御謙遜を……。お膳立てをしてくれたおかげですな」
「交渉が優位に運べて楽々でしたぞ!」
三国会議の慰労を兼ねた会議である。
軽い食事や度数の低い酒も出されていた。とはいえ会議には変わりないので、慎みを忘れてはいけない。
それでも酒が入って、デルヴィ侯爵への賛辞が止まらない。
「ローイン公爵も頑張ってくれた。よくやった!」
「ははっ!」
デルヴィ侯爵には遠く及ばないが、ローイン公爵も手柄を立てていた。
安全保障分野で、帝国から譲歩を引き出している。
国境における軍配置の距離を伸ばさせたのだ。平時は国境線より一定の距離を空けないと、軍隊を配置できない条約を結んでいた。
そして距離を伸ばすことは、エウィ王国に有利な条件である。
王国は徴兵制を採用しており、専業の兵士は少ない。なので戦争が起こると、平民を徴兵する時間が必要だった。
この距離を稼ぐことで、準備に余裕を持たせられるのだ。
「
「いやはや、フェリアスとの交渉以外ではお役に立てず……」
グリムが担当する役目は、相手国の参謀級との戦いである。
三国会議であれば、帝国軍師テンガイやエルフ族のクローディアと折衝を行う。とはいえ今回は、フェリアスの女王が不在だった。
女王名代の彼女は首脳級との戦いもあったので、その隙を突けたのだ。人間の技術を提供する代わりに、人的交流を認めさせた。
これがなければ、デルヴィ侯爵の手柄も半減している。
しかし……。
「ブレーダ伯爵殿、魔の森の開拓は順調ですかな?」
「おぉ侯爵様。面目次第も無いですが、今のままでは駄目でしょう」
「魔物の討伐と並行でしたな」
「とはいえ大丈夫ですぞ! 平民を酷使すれば良いだけですからな」
「無理をすることもあるまい。ワシのほうから人足を出してやろう」
「それは誠か! 侯爵様には頭が上がらぬな!」
これが、デルヴィ侯爵の怖いところだ。
グリムの功績も大きいが、その手柄はそっちのけ。彼に好意的だったブレーダ伯爵を、自分の派閥に引き込んでいる。
グリム家は貴族ではないので派閥を持たないが、好意的な貴族は多い。だからこそ切り崩しをすることで、国王の側近としての発言力を低下させる。
伯爵はもう大喜びで、侯爵の後から離れなかった。
ともあれエインリッヒは、切り崩された当人に声をかける。
「ところで、爺の
「はい」
「ローゼンクロイツ家を名乗りおったぞ」
フォルトの件については、一部の者以外には伝えられていない。
本来なら処分を言い渡すところを、グリムからの進言で様子を見ている。しかしながら、ローゼンクロイツ家を名乗るとは思っていなかった。
基本的に魔族は気位が高く、かの姉妹は輪をかけて傲慢である。人間を婿に迎えるとは考えられず、この可能性を失念していた。
一応は元聖女ソフィアがいるので、まだ様子見を続けている。
「爺、孫娘は良いのか?」
「構いませぬ。良好な関係を築けておりますれば……」
「危うい者を囲ったものだ」
「放置するよりは……」
「ソルも興味を持ったようだ」
「で、ありましょうな。帝国は姉妹に煮え湯を飲まされております」
フォルトの件は当然だが、魔族の姉妹も問題だった。
勇魔戦争後に各国と結んだ協定で、魔族は討伐対象なのだ。にもかかわらず姉妹を連れて、ローゼンクロイツ家を名乗った。
知らぬ存ぜぬで通しているが、そのような子供
エインリッヒとしては「ソル帝国も魔族を囲っている」と匂わせたので、あまり深くは追求されなかった。と言っても、興味を
亜人の国フェリアスは、魔族狩りの協定に参加していない。クローディアは女王名代の立場から、外交関係を気にして話題には触れなかった。
「
「他国の口は封じられませぬ」
「なら公表するしかないか」
「仕方がありませぬ。他の伯爵の意見も聞いたほうがよろしいかと……」
「そうだな。皆、聞け!」
これ以上は秘密にできないので、エインリッヒは決断した。
大会議場に集まっている貴族は伯爵家と、それに仕える子爵家だ。実動部隊だった官僚の子爵家は、後日に労う予定になっている。
伝えるタイミングとしては、ちょうど良かった。
「爺の庇護した異世界人について、であるが……」
ここで初めて、フォルトの件を公に発表した。
そして、今後の扱いについての意見を聞く。
「陛下が出席された晩餐会で無礼を働いた者など処刑で良い」
「魔の森からゴブリンどもを連れ出したのであろう?」
「ビッグホーンを倒せる強者ですか。扱いが難しいですなあ」
「だが魔族とつるんでおる。今のうちに処分するべきだ!」
「国法では処分対象か。しかし……。いや……。うーむ」
「強者なら手懐けたいところじゃのう」
「
「闘技場の建設も、その異世界人の意見とか……」
「名誉男爵位でも与えれば、王国のために喜んで働くだろう」
肯定的な意見もあれば、即刻処分するべしとの否定的な意見もある。
前者の貴族は、フォルトを使って利益を上げたい者。後者の貴族は、魔族への嫌悪や王国の方針に忠実な者だ。
「ローイン公爵はどう思う?」
「申しわけありません。私からは何も言えませぬ」
「なぜだ?」
「廃嫡したとはいえ、我が娘がおりますれば……」
「なるほど」
「どのような結果になろうとも、陛下の決定に従うのみであります」
ローイン公爵が口を出すと、どちらを取っても責められる。
肯定的なら、「レイナスを使って利益を上げるのか」と言われるだろう。否定的であれば、最悪の場合は「反逆を企てていた」との
フォルトに対しては憎悪を持っているが、表に出せない内心だ。
「デルヴィ侯爵はどうだ?」
「直接話してみないと判断がつきませぬ」
「何だと?」
「確かに危うい異世界人ですが、目に見えて敵対しておりません」
「今のところは、な」
「しかしながら、王国に災いをもたらす可能性もありますな」
「うむ」
「懐柔できれば良し。できねば……」
「処分か?」
「これ以上は……」
デルヴィ侯爵は言葉を濁す。
基本的にはフォルトを使って、権力の維持に努めたいと思われる。しかしながら、王命には従うつもりのようだ。
「それはワシがやっておる」
ここで、グリムが口を挟む。
今現在、フォルトを庇護している立場であり理解者でもある。貴族たちに存在の周知をしたが、余計な口出しは望んでいない。
特にデルヴィ侯爵は、孫娘のソフィアを狙っているかもしれない人物だ。
「そうだな。お前たちには知らせたが、爺に任せてある」
「陛下……」
「確かにそうですが……。面会することも無理ですかな?」
「危険じゃと思っておる」
どうしてもデルヴィ侯爵は、フォルトに会いたいようだ。
面会を確約すれば、この場にいる貴族たちを肯定的にするだろう。だがソフィアの件を抜きにしても、本人の意向を無視したくない。
それに無理やり面会させたら、何が起こるか分からないのだ。
「其の者は元聖女様の護衛をしておったな」
「話し相手になれる者じゃからな」
「まさか独占しているわけでは?」
「いくらデルヴィ侯爵でも言葉が過ぎまするな」
「熱を帯びてしまったようだ。許されよ」
「うむ……。かの者は静かに暮らしたいだけですぞ」
「今に至り、無理だと思われますが?」
「災いを呼びたくはなかろう?」
「それすらも、直接話さないと判断ができませんな」
「ええい! 止めい!」
「「ははっ!」」
二人の話は平行線なので、業を煮やしたエインリッヒが止める。デルヴィ侯爵に意見を聞いたが、決定するのは国王なのだ。
これ以上の問答は、更なる亀裂を生むことになってしまう。
「爺、フォルトと申す異世界人を連れてこい!」
「何と!」
「アルバハードまで来られるなら、王城にも来られるであろう?」
「ですが……」
「非公式での謁見だ。処遇を決めるものではない」
「と申されても……」
「ならば出向こうか?」
「お戯れを……。陛下が双竜山の森になど畏れ多い」
「であれば爺、早々に出頭させよ。皆もそれで良いな?」
「「ははっ!」」
国王の決定である。
鶴の一声だが、落としどころとしては妥当な話だろう。
それに任せてはいたが、やはり興味はあるのだ。グリムの危惧は分かるが、もうこの話は終わったとして、エインリッヒは会議の続きを促すのだった。
◇◇◇◇◇
本日のフォルトは、ソフィアの部屋で横になっていた。
彼女の祖父グリムから、魔法で召喚したハーモニーバードが飛ばされてきたのだ。手紙を足に巻くことで、相互の連絡に使っている。
そして手紙の内容を聞いたフォルトは、子供のように駄々をこねていた。
「嫌だ! 無理だ! 勘弁してくれ!」
「フォルト様……」
「なぜこうなった?」
「分かっていると思いますが、フォルト様は目立ち過ぎました」
「やはりか!」
今までは、グリムが防波堤になっていた。
だからこそ国王から何も言われずに、フォルトは好き勝手に過ごしている。しかしながら姉妹が暴れたこと、ローゼンクロイツ家の当主を名乗ったこと。
これにより、防波堤が決壊してしまったのだ。
(ローゼンクロイツ家か。マリとルリにはお仕置きをした。だから、もう諦めるしかないけどな。こんなことがある度にお仕置きをしてたら……。してたら……)
「すればいいか」
「よく分かりませんが……。はい」
「そうだ! クウを使って……」
「駄目です。相手は王様ですよ?」
「くうっ!」
(ダジャレを言っても始まらないな。もう放っておいてほしいんだけど! どこかに逃げるか? でも、森から出ることには変わり無いか)
手紙の内容は、国王との謁見についてだった。
もちろん非公式であり、グリムも同席するそうだ。しかしながら国王と面会したくないフォルトは、何とか回避する手段を考える。
一番楽なのは、王城に向かって
難点は、ソフィアに嫌われてしまう。
次点としては文通か。手紙のやり取りぐらいなら問題は無い。とはいえ相手は国王であり男性なので、すぐに選択肢から消した。
結局はどちらも駄目なので、最終手段を取ることにする。
今を回避するなら、妥当な線だと思われた。
「よし! シカトする」
「え?」
「無視する! その伝言は俺に届いていないのだ」
「御爺様の立場が悪くなるかと思いますよ?」
「グリムの爺さんには悪いが無理だ!」
「はぁ……」
「ハードルが高すぎる」
「そうですか」
「嫌いになったか?」
「い、いえ。私はフォルト様のものですので……」
(そう言ってもらえるのは
フォルトの文句は、氷河期世代対策についてだ。
政府は対策をしているとの話だったが、結局のところ意味は無かった。当事者から聞き取りをしていないので、対策も何も無いだろうと思っている。
公務員として何名か拾ったようだが、雇用人数が
馬鹿馬鹿しいにも程がある。
国の上層部などそんなものなので、国王と面会しても気分を害するだけだ。
「もう無理だろうな」
氷河期世代も様々だが、フォルトのような状況だった人は手遅れだった。年齢的にも将来に希望を持っておらず、今を生きる意味を見出せない。
それでも生き続けたい人は、窃盗罪や強盗などの犯罪に走る可能性が高い。逆に死にたい人は、無敵の人化や自殺を考えている。
どっち付かずの人は、いずれ無縁仏になって発見されるか。
対策が無ければ、そういった瀬戸際に立っている人が表面化するだろう。
「フォルト様?」
「いや……。さて起きるか!」
フォルトは国王との謁見の話で、ここまで考えてしまった。
我ながら馬鹿だと思うが、上体を起こしてソフィアの頭を
「嫌。あと五分だけ……」
「はい」
「ちゅ」
いつも五回から六回は、ソフィアに同じ返事をされる。フォルトのいる場所は彼女の部屋なので、今は甘えん坊になっていた。
よって、あと三十分の延長だ。
「その代わりに、ビッグホーンの素材をあげると伝えてくれ」
「まあ!」
「そろそろ肉の在庫が切れる。補充しに行かないとな」
かなり保存してあったが、さすがに無くなってきた。高価なビッグホーンの素材を渡せば、今回の件を
無理かもしれないが、時間を引き延ばせるだろう。
「それに……」
魔族の名家であるローゼンクロイツ家当主が、人間の王様に呼ばれただけで参上はしない。すれば、姉妹に文句を言われる。
多分だが……。
そんな言い訳を考えながら、ソフィアの温もりを満喫するのだった。
――――――――――
Copyright©2021-特攻君
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