第131話 総括2
大陸の北東部全域に広がる原生林。
あちらの世界で言えば、アマゾン熱帯雨林が近いだろうか。
東の海に流れ出す大河流域に大きく広がって、大陸の四分の一を占めるほどだ。様々な魔物や魔獣が、日々の生存競争を繰り広げている地域でもあった。
そして森の住人である亜人種たちが、フェリアスという国を興している。
「見えてきたわ」
その原生林の中を、
木の枝から枝に飛び移って、まるで地面を走るかのように渡っていた。視線を空に向けると、木々の隙間からは大樹が見える。
天を貫くほど高いそれは、彼女の視界に収まらないぐらい太い。
この途方もなく大きい一本の木が、世界樹と呼ばれる大樹だ。長寿種のエルフ族が誕生する以前から存在して、今もなおフェリアスを見守っていた。
そして原生林を渡っていた女性は、エルフ族のクローディアである。
「クローディア様、お帰りなさいませ」
「はい。ただいま」
世界樹の麓には、古来より遺跡と思われる建造物が多数存在している。
そしてエルフ族は、世界樹の守り人を使命としていた。だからこそこの場所は、エルフの里と呼ばれている。
三大国家の一員として仕方無いが、人間の相手は神経をすり減らすのだ。
「大族長たちが、大広間にてお待ちです」
「分かりました」
クローディアは、女王の名代を務めている。
そして世界樹の前にある遺跡を、便宜上の城としてあった。遺跡の入口を守る同族は、人間国家でいうところの門衛にあたる。
大広間という場所も、ただ広い部屋だったからそう呼んでいた。
ともあれ待たせているようなので、急いで城の中に入る。
以降は着替えもせずに、大広間まで向かった。
「お待たせしましたわ」
「そんなに待ってはおらぬ」
「三国会議はどうであった?」
「急かすな急かすな。帰還したばかりではないか」
「人間ヲ相手ニ大変ダッタナ」
「とりあえず座って酒でも飲め!」
五人の大族長に迎えられて、クローディアは床に座る。
テーブルや椅子の無い大広間では、全員が円を描くように腰を下ろしていた。人間からすると原始的と思うだろうが、彼らにとっては普通である。
そして亜人の国フェリアスは、六つの種族で形成されていた。
「ガルド様、ドワーフ族の酒は好評でしたよ」
「ガハハハッ! そうであろう。厳選した最高級の酒じゃぞ」
ドワーフ族。
まるで
生まれ持った職人としての技術で、武器や防具の製作や装飾品の加工、建築などを行える。ドワーフ製は品質が高く、人間社会では高値で取引されていた。
フェリアス各所に点在する鉱山を拠点にしている。
「シュレッド様、急ぎ戻れたのは……」
「よい。走るより飛ぶほうが速かろう」
有翼人族。
その名のとおり、背中から翼が生えている種族だ。
森の各地に集落を持ち、フェリアスの空を担っている。翼は魔力を帯びていないが羽ばたく力が強いため、鳥のように飛べる。
ある程度の重量の荷物なら運べるので、空輸で大活躍だった。
クローディアは彼らのおかげで、エルフ族の領域までは短時間で戻れた。
「カザン様、護衛を出していただき……」
「礼は不要。人間どもを観察する良い機会だっただろう」
獣人族。
それは総称で、様々な部族で成り立つ種族だ。
基本的には頭の上に生えた獣耳の形で、出身の部族が分かる。猫耳なら猫人族、犬耳なら犬人族だ。
人間よりも力が強く、フェリアスでは最大の人口を誇る。
獣人族も各地に集落を築いて、森全体の警備を担当していた。
「ソレイユ様、ルニカの件は残念ながら……」
「そっか。まぁいいんだけどよ」
人馬族。
上半身が人間で下半身が馬、別名でケンタウロスと呼ばれる種族だ。
狩猟を生業とし、弓の扱いに関してはエルフ族に匹敵する。走るスピードは馬よりも速いが、その能力は森では活かせない。
フェリアスの東から海の間には平野部があり、そこを縄張りとしている。
「ロット様、養殖の技術提供を受けられそうですわ」
「本当カ!」
リザードマンとも呼ばれ、他の五種族とは見た目からして違う種族だ。
直立した蜥蜴なので、人間からはゴブリンやオークなどと同様に魔物と分類されていた。だが知能の高さと義理堅い種族性で、フェリアスに受け入れられている。
水辺や湿地帯に集落を築いており、肉ではなく魚を食べる。
戦いともなれば、最前線に立つ頼れる種族だ。
「しかしクローディア殿、エウィ王国と人的交流だと?」
「はい。グリム殿から技術提供を提示されまして……」
「交流と言ってもな。我らドワーフ族は交流しておるぞ?」
「獣人族も多少なり交流しているな」
フェリアスの住人は人間と確執があるので、基本的には交流していない。とはいえドワーフ族は物品を販売するため、それなりに交流している。
獣人族は彼らの護衛として、たまに国境を越えるときがあった。
そして、有翼人族・人馬族・蜥蜴人族は交流していない。エルフ族も同様だがフェリアスの盟主として、三国会議のような場に出席する程度だ。
「フェリアスの地に足を踏み入れるという話ですわ」
「今でも入っていないわけではなかろう?」
「規模が変わりますからね。国境周辺の集落だけでは済まないでしょう」
「技術ノ提供ハ喜バシイガ、森ヲ破壊サレナイカ心配ダナ」
「そのあたりは獣人族が目を光らせておく」
「奥地に入られなければ問題無いと思うぞ?」
「では立ち入りを規制する準備を急がせましょう」
フェリアスの思想は、自然原理主義に近い。
「自然に生かされている者は、自然と共に生きるべき」といった内容である。だからこそ、森との共生や保護を第一に考えている。
そして人間は無意味に樹木を傷つけて、必要以上に伐採する種族だ。
フェリアスの住人からは、森の破壊者と呼ばれて忌み嫌われていた。だが交流を拒めば、牙を
最悪の結果を避けるために、対等な国家として門戸を開いたのだ。
「そう言えば、魔族の件はどうなった?」
「魔族狩りへの参加はしません。今までどおりで変わらずですわ」
「頼られたら助けてはいるが……」
「魔族全体に恨みは無い。森に侵攻したから撃退したまでだ」
「撃退と言っても、人間と組まねば無理じゃったがな。ガハハハッ!」
これが、フェリアスの魔族に対する立ち位置だった。
魔族とは昔から交流があり、隣人として友好を保っていたのだ。戦争を起こした理由は分からないが、当時の魔王によって友好を壊されたと考えられている。
昔からの
また人間を刺激しないように、虐殺については黙認している。
「フェリアスとしては、魔族に手を差し伸べることはできませんわ」
「分かっている。個人が勝手に助けているだけだ」
「ものは言いようだねぇ」
「そうは言うがな。ソレイユ自身も匿った魔族がいるだろ?」
「そりゃあ……。一個人として勝手にやっていることだ」
「ほらみろ」
場の雰囲気が明るくなる。
三国会議では、他の二国に譲歩する場面が多かった。人間の要求を受け入れた形になったが、クローディアの決定に異を唱える者はいない。
「女王が出られなかったのだから仕方があるまいな」
「その女王だが……」
「スマヌ。我ラノ司祭デモ駄目ダッタ」
「人的交流が盛んになるのだ。人間の領域に期待するのも有りじゃな」
「未調査の場所の探索も行わないとなりませんわね」
「解決の糸口があるかも知れねぇな」
エルフの女王が、三国会議に出席できなかったことには理由がある。
その解決には、まだまだ時間を要するだろう。専念することは不可能で、その解決方法も解明されていない。
以降のクローディアは、三国会議を総括する。
またローゼンクロイツ家の登場も、この場での共有情報とした。一番驚いているのは人馬族の大族長ソレイユで、ドワーフ族のガルド王も同様か。
ともあれ今後のフェリアスが向かうべき道を、皆で意見を交わすのだった。
◇◇◇◇◇
特産品調査というクエストで、リリエラが双竜山の森を出た頃。冒険者のシルビアとドボが、意気揚々として戻ってきた。
樽の中に隠れて侵入した件は記憶に新しい。だがフォルトからの依頼を達成したようで、今は堂々とテラスの椅子に座っている。
ともあれ、彼らの報告を興味深く聞いていた。
「と言った話だね。真っ黒だったというわけさ」
「見た目で判断するのはあれだがデルヴィ侯爵はなあ」
シルビアから調査報告を聞いているフォルトは、カーミラを隣に座らせて太ももに手を伸ばした。ソフィアも同席しているが、隣の席に腰を下ろしている。
残りの身内は他の場所にいるので、その愛らしい姿は見られない。
レイナスとアーシャは、ルーチェから魔法の指導を受けている最中。マリアンデールとルリシオンは、シェラと一緒に屋敷の調理場で遊んでいる。
(うん。何とか話せている。アルバハードでのリハビリのおかげか? 嫌なのは変わらないが、多少は抵抗が減ったか……)
人間嫌いが
表面的には問題無くても、内心では気持ち悪かったのだ。とはいえ、アルバハードで活動をしているうちに免疫が付いたようだ。
これなら、ストレスも貯まらないだろう。
「報告に出たシュナイデン
「聖神イシュリル神殿の権力者さ。次期教皇と
「へぇ。そいつとデルヴィ侯爵が……」
「表面的には人気があっても、裏ではお察しだよ」
「政治の世界のドロドロか」
「フリッツの見立てでは、そんなところだねぇ」
これらはすべて、異世界人のフリッツという人物が調査した内容だった。
出身地は米国で、シルビアやドボと同時に召喚された男である。互いに道は違えども、ずっと親友として付き合っているそうだ。
同様に召喚されたクレアと所帯を持って、料理屋を営みながら情報屋をしている。平穏で無難な生活を聞いて、フォルトに虫唾が走ったのは内緒だ。
そして親友という関係性は、シュンとの間に芽生えることは無い。
「後は新興の裏組織か?」
「侯爵に金が流れているらしいよ」
「他には?」
「いや、こんなところだね。依頼完了でいいかい?」
「白い貨幣だった、な」
彼らの集めた情報は大したことがない。
裏情報で危険はあるかもしれないが、それでも報酬と見合わないだろう。交渉事では、引き籠りのおっさんが勝てようはずもない。
そこで、フォルトが採った行動は……。
【マス・ドミネーション/集団・支配】
「「なっ!」」
いきなり魔法を使われたので、シルビアやドボが驚くのも無理はない。だがフォルトの魔法は、瞬時に効果を発揮した。
以降は目が虚ろになって、口を閉ざしている。
それを見たソフィアが、非難の声を上げた。
「フォ、フォルト様!」
「どうかした?」
「精神支配の魔法は法に触れますよ!」
「ふーん」
「あ、いえ……。なるべくなら控えてくださいね」
「そうしよう」
身内になる前の考えで、フォルトを非難してしまったようだ。後悔の念を表情に浮かべているが、それを含めて愛しているので問題は無い。
カーミラが手を伸ばして、彼女を慰めているところが微笑ましい。
とりあえず効果時間があるので、さっさと要件を済ませてしまう。
「シルビアさん、その報告が報酬に見合うと思うか?」
「いや……。多すぎるね」
「ドボさんは?」
「
「ふーん」
(この始末をどう付けようか)
フォルトは支配を解除した。
この魔法は、効果中の記憶が残っている。魅了と同様の仕組みなので、魔法の効果が切れたシルビアとドボは怒り出した。
「テ、テメエ! 何しやがんだ!」
「そうだよ! 私らを支配……。うっ!」
二人は
彼らのすぐ後ろに、マリアンデールとルリシオンが立っているからだ。しかもシルビアの首には、ナイフが突き付けられている。
もちろんフォルトたちには、姉妹の行動が手に取るように分かっていた。
「まったく……。オヤツを置いておいたわあ」
「ありがとう」
「私たちは必要無かったかしら?」
「いやいや。手っ取り早くて助かった」
何もかも見えていたのは、マリアンデールの時空魔法が発動したからだ。
対象者の時間を止める魔法で、シルビアとドボは動きを止めていた。怒った人との会話は面倒なので、非常に助かったのは事実である。
怒らせたのはフォルトだが……。
またソフィアが何も言わないのは、姉妹に殺害の意思が無かったからだ。
「すまんな。相場が分からないのだ」
「だからって……。くっ!」
「ルリ、もういいよ」
「はいはい。じゃあ調理場に戻るわねえ」
姉妹は手をヒラヒラと動かして、屋敷の中に向かった。
時間停止の連携も兼ねたのだろう。本来なら魔法の効果時間が切れた瞬間に、シルビアの首が切り裂かれていた。
それが分かるだけに、二人は
「オメエは本当に何者だよ?」
「異世界人で日本人だよ」
「けっ! 足りない分はやってこいってか?」
「いや、いいよ。カーミラ」
「はあい! 報酬の白金貨でーす!」
「お、おい……」
カーミラは小さい胸の谷間から白金貨を取り出して、テーブルの上に置いた。もちろんフォルトは顔の筋肉を緩めて、その胸元に視線を向ける。
逆にシルビアとドボは苦々しい表情で、両手を震わしていた。
「かぁ! いいよっ! 悪かったよっ! ちゃんとやるよっ!」
「ははっ。プライドはあったか」
「あったりめえだ! でも時間がかかるよ?」
「だから、次の依頼をしたい」
「あん? どういうこった」
「デルヴィ侯爵の件は終わりでいい」
「はあ?」
デルヴィ侯爵の情報は、今回の報告以上の内容は望めないだろう。
フォルトが依頼した情報収集など、他の人間も行っているはずだ。情報屋が集めたネタも、世間に知られたところで問題の無い情報だと思われる。
ならばと、新しい情報が欲しくなった。
「新興の裏組織について調べてくれ」
「裏組織のほうかい? そんなもん調べてどうすんだい?」
「さぁ? 情報次第だと思うぞ」
所詮は子供じみた話で、侯爵に嫌がらせができるかどうかだけ。
情報の価値よりは、シルビアとドボの利用価値を確認することがメインだ。
「シルビア、それぐらいならいいんじゃねえか?」
「まぁ新興の裏組織なら簡単に調べられるよ」
「今回の経費として白金貨はあげるよ。次は後払いでいいか?」
「断る選択肢は無いね。構わないよ」
「なら相場と経費を分けて請求してくれ」
「決まりだ! でも冒険者ギルドを通さねえのか?」
「森からは出たくないのだ」
「そうだったね。金払いがいいなら、神様のような依頼人さ」
「まったくだぜ」
これも遊びなので、「面白い情報があれば良いな」程度の依頼だ。
とりあえず、シルビアとドボの性格が分かった。冒険者ギルドを通さない依頼にもかかわらず、最初に渡した白金貨を持ち逃げしなかった。
お茶目をするが、依頼を完了させるというプライドもあるようだ。
道具としてなら見限るのは早いだろう。
「今日は泊まっていくといい」
「ありがとよ」
以降はすべてソフィアに任せており、フォルトが対応することはなかった。
シルビアとドボが出発したのも、次の日に彼女から聞いている。身内になったのは喜ばしいと思いつつ、気苦労が絶えないように見えた。
ともあれ冒険者の利用方法を、今後も模索するのだった。
――――――――――
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