第十章 新・聖女誕生

第130話 総括1

 帝都クリムゾンにある帝城リドニー。その城へ戻った皇帝ソルは、難しい顔をして黄金の椅子に座っていた。

 重鎮が数多く集まる謁見の間ではなく、皇帝の執務室である。そこには三名の男性が居るのだった。


「ランス! ターラ王国のゲリラどもは、どうなっておる?」

「はい! 思いのほか、抵抗が激しく……」


 皇帝の息子であるランスが問いに答える。ターラ王国を落とし王族を懐柔したところまではよかったが、国民の一部が納得していなかった。

 当然、全国民が納得するとは思っていない。そのために対応をする準備をしていたが、その規模が予想外に大きかったのだった。


「ターラ王の呼びかけにも答えないのか?」

「はい。すでに王家は落ちた、我らが国を取り戻すの一点張りです」

「ふん。王族を廃し、自分たちの国にするつもりか」

「そんな事はさせません!」

「口だけではな。具体的には、どうするのだ?」

「そ、それは……。敵を完膚なきまでに……」

「そんな事は聞いておらぬ。具体策を聞いているのだ」

「………………」


 ランスは言葉に詰まる。ゲリラの規模と抵抗が激しく、再び遠征をする必要性があるかもしれなかった。しかし、それをソルが許すとは思えない。


「ふん。まずは策を練ろ。それも次代皇帝の務めだ」

「わ、分かりました」


 ランスの苦々しい表情はそのままだが、ここで手を貸すと彼の成長にならない。そこで、今は突き放すのだった。


「それと、バグバットに言われたが……」

「何をですか?」

「フレネードの洞窟で、スタンピードが起きそうだ」

「スタンピードですと!」


 〈鬼神〉ルインザードが、驚きの声を上げる。彼は、三国会議で不在だったソルの留守居として帝国に残っていた。ランスの補佐も務め、ターラ王国の対応も助言していたのだった。

 スタンピードとは、魔物の領域から、魔物が溢れ出す事である。これが起きると、魔物が各地へ散らばり暴れまわる。


「冒険者を早急に向かわせねばなるまいな」

「しかし、ゲリラどもが……」

「テンガイ、どうだ?」


 軍師であるテンガイに助言を聞く。若いが軍師の肩書に偽りはない。その頭脳を以て、実力で手に入れた地位なのだから。


「はい。休戦を結び、あちらに押し付けましょう」

「ははっ。帝国の冒険者を使う必要はないか?」

「いえ。三対七。三割は、こちらで」

「なるほどな。疲弊したところをたたくか」

「それと、こちらから送るうちの一割を、ゲリラへ潜り込ませます」

「はははっ! しかし、そんなものは見破るのではないか?」

「よいのです。見破っても、どうしようもありますまい」

「スタンピードが起きれば国が滅ぶか」

「そういう事です」


 三国会議の利点の一つだ。相手より先に情報を得られる。それをもって、有利な交渉へ臨む事ができるのだ。ターラ王国のゲリラは、スタンピードが起きそうだという事を知らない。


「ランス! 聞いていたな?」

「はい! 休戦の使者と、冒険者の確保を急がせます」

「テンガイ、後で助言をしてやれ」

「はっ!」


 ランスには具体的な数字が分からない。休戦するにも、休戦期間や文面なども分からないだろう。テンガイならば的確な助言ができる。


「種を芽吹かせるので忙しいだろうがな」

「大丈夫です。それは、私の手の者が……」

「ならばよい。それと、あの男の事は分かったか?」

「あの男とは?」


 これは三国会議へ出席してしない者は分からない。あのローゼンクロイツ家の当主を名乗った男の事は……。


「ローゼンクロイツ家の姉妹が生きていた」

「な、なんですと!」


 これには、ランスとルインザードが驚愕する。確かに討ち取った報告はないが、十年以上も噂すら聞かなかった。死んだと思っていたのだ。


「その姉妹の近くに、見慣れぬ男がおってな」

「はい。その男がローゼンクロイツ家の当主だそうで」

「当主はジュノバでは?」

「そこまではな。それを調べたいのだが……」

「晩餐会が終わった後は、すぐにアルバハードを出発したようで」

「ちっ。素早いな。どこへ向かったかも分からないのか?」

「恐らくはエウィ王国側でしょう」

「聖女と一緒だったしな」

「すでに諜報部には……」

「そうか。それと」

「分かっております。ヒスミールにも聞いてみます」

「うむ。できれば引き入れたい」

「畏まりました」


 その後も、三国会議の総括が続く。まだ動く時ではないので、三国会議での決定は履行する必要がある。やる事は大量にあるのだ。ソルは一瞬だけ寂しい表情をして、息子のランスを見るのだった。



◇◇◇◇◇



「あはははははははっ!」


 大きな笑い声が響き渡る。三国会議も終わり、さっさと自分の居るべき場所へ帰った矢先であった。


「アーシャ、笑い過ぎ」

「だ、だって! ソフィアさんが! あはははははははっ!」


 アーシャの笑いが止まらない。ソフィアがフォルトに抱かれた事を知ったからだ。そのソフィアは、隣に座って悪い手の餌食になっていた。


「シュンがっ! ヤバい! ちょー、受けるんですけどっ! ぷぷっ!」


(シュンはソフィアを狙っていたと聞いた。それを、おっさんの俺に取られた事がおかしいのだろう。そう思うと、俺もおかしい)


 日本での立場は逆である。シュンは大人気のホストで、超モテる男だ。引き籠りのおっさんに、女性は寄ってこない。

 しかし、ソフィアを巡った戦いでは、おっさんの大勝利だ。それがアーシャの琴線きんせんに触れて、大笑いの種になった。


「笑い死にするぞ?」

「あはははっ。だって、だってえ」

「奪い合ったつもりはないんだがなあ」

「な、なおさら、たちが悪過ぎなんですけどっ! ぷぷっ!」

「そ、そうか? とにかく、ソフィアも身内だ」

「わ、分かったわ。あはははっ!」

「ア、アーシャさん?」

「あぁ、笑ったわ。ソフィアさんは、なんとも思ってなかったしね」

「はい。顔立ちは、すてきな方だとは思いますが……」

「も、もういいわ。掘り下げると、本当に笑い死んじゃう」

「そ、そうですか」


 そうは言っても、まだ目が笑っている。気持ちは分かる。アーシャに対してのシュンの仕打ちは、ひどかったのだから。


(俺がアーシャに笑われると、再起不能になりそうだ。キモいって言葉だけで撃沈するしな。しかし、シュンならモテるのだから平気だろ)


「それで、フォルトさんが貴族ねえ」

「ああ、マリとルリの家だけどな」

「なんか変わんの?」

「何も変わらないと思う」

「あたしの旦那は貴族だぞお!」

「従者だ!」

「あはっ。またまたあ。か、わ、い、い!」

「ぶっ!」

「どうしたの?」

「い、いや。聞きなれない言葉でな」

「ほら、ソフィアさんばっか触ってないでよね!」

「ああ」


 カーミラ並みに積極的なアーシャが、膝の上に乗ってきた。ここはテラスにある自分の椅子なので、隣に座るソフィアで満員だ。

 元祖であるカーミラは、後頭部を刺激してくれている。あまり大きくなくても、それはそれ。とても刺激的だ。


「そう言えば、リリエラは?」

「レイナス先輩とランニング中」

「あっそ。そろそろクエストに出さないとな」

「リリエラちゃんは抱かないの?」

「抱かない」

「へえ。明日には抱いてそうだけどお?」


 アーシャが怪しんでいる目をしていた。そうである。こちらを向いて座っているのだ。これも刺激的である。

 しかし、リリエラを抱く気はない。まだ遊び足りないからだ。それでも、未来の事は分からない。


「よし、決めた。ちょっと、リリエラを呼んできて」

「あたしが行くわ。ちゅ」


 目の前の顔が迫ってきて、頬に口づけをされた。それを見たソフィアはうつむいてしまった。人が居る所で、同じ事がやれないからだろう。

 しばらく待っていると、アーシャがリリエラを連れて戻ってきた。レイナスも一緒である。ランニングが終わったようだった。


「レイナスちゃん、交代!」

「ありがとうございます」


 カーミラが、フォルトの後頭部をレイナスに譲る。人数が増えたので、お茶とオヤツを調達するために、家の中へ向かっていった。後頭部の刺激の違いが、さらに心地よい。


「マスター!」

「俺が居ない間はどうだった?」

「はいっす! みなさんに指導してもらったっす!」

「そうか。で、次のクエストなんだが……」

「ドンとこいっす!」

「………………」


 視線をアーシャへ向けると、彼女はソッポを向いた。これで確定だ。なんとなく昭和の匂いがするが、彼女の心遣いだろう。


「次のクエストは、特産品調査だ!」

「特産品っすか?」

「うむ。各地の特産品を調べ上げてこい。期間は一カ月だ」

「どうやればいいっすか?」

「なぜ、それを聞く?」

「そうっすよね。それも自分で調べるっすよね?」

「そうだ。出発は、明日だ」

「はいっす!」


(さて。どういう結果を持ってくるかな。このゲームに答えなどないのだ。どの程度を調べられるかで、リリエラの能力も分かってくる)


「では、行っていいぞ」

「はいっす! 次はルリ様に、料理を習うっす」

「そ、そうか。頑張れよ」

「はいっす!」


 そして、リリエラは家の中へ入っていった。姉妹はオヤツを作成中だろう。ついでに、彼女の料理が食べられるかもしれない。


「あんなんでいいの?」

「うん。どう行動するのかが面白いのだ」

「ふーん。じゃあ、ニャンシー先生は外って事だね!」

「あ……。そうだったな。なら、ルーチェ」


 今度はルーチェを呼ぶ。森に帰ってきたところで、魔の森へ戻していたのだ。すぐ呼び戻す事になるが、嫌な顔をせずに戻ってきた。


「主様、お呼びでしょうか?」

「魔法の先生ってできる?」

「それは容易い事ですが……。ニャンシーは?」

「他の事に使っててな。ソフィアの魔法の先生になってくれ」

「畏まりました。ですが、魔の森はどういたしましょうか?」

「現状はどうなってんの?」


 現在、魔の森の奥にある山の周囲が、グリムの飛び地になっている。ルーチェの仕事は、山へ移り住まわせた亜人種の管理だ。

 すでに森の入り口は開発が始まっている。そして、森の中央付近では、魔物退治が続いているのだった。


「それで?」

「言う事を聞いていますが、やはり知能が低いので……」

「ルーチェが消えてしばらくたてば、勝手に動き出すと?」

「そうですね」


 双竜山へ移動させた亜人種は、この場にフォルトたちが居るので、勝手に動く事はない。勝手にさせてはいるが、こちらに配慮している。

 魔の森も同じ感じだったが、すでに離れている。ルーチェを配置しているので今は大人しいが、居なくなると分からなかった。


「ふむ」

「行き来すればいいだけの話ですが……」

「あっ!」

「なにか?」

「クウにやらせよう。クウよ」


 今度はクウを呼び出す。これは魔界で休んでいるので、すぐさま登場する。顔がのっぺりとしたドッペルゲンガーだ。


「主よ、お呼びですか?」

「うむ。ゴブリンとオークの管理ってできる?」

「大丈夫だと思います」

「ルーチェから引き継いで、変わってやって」

「はい。少々、お時間をいただければ」

「うん。ルーチェは、こっちへ異動ね」

「畏まりました」

「研究道具とかは?」

「そうですね。同じく、お時間をいただければ引っ越します」

「じゃあ、それで」


 これで、暇を持て余していたクウに仕事を与えられた。主であるフォルトのために働くのは、眷属としての幸せである。これには大喜びだ。

 しかし、顔がのっぺりとしてるので表情は分からない。なんとか、かわいい女性の死体か素材を、手に入れたいところだった。デルヴィ侯爵の姿は嫌だ。


「フォルト様、ありがとうございます」

「ソフィアの願いだからな。レイナスとアーシャも、ルーチェに習うように」

「はい!」

「うぇえ」


 片や優秀な生徒会長、片や高校中退のギャル。その反応は真逆であった。しかし、これで元の生活に戻った。

 これからも、自堕落な生活を満喫する。アルバハードには嫌々行き、会いたくもない人間とばかりと会った。そのストレスを、発散させるつもりであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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