第128話 三国会議3
三国会議は終わりを迎えて、最後の
初日の晩餐会が開かれた場所で、立食形式も変わらずだった。そこかしこに貴族がいて、主催者のバグバットに視線を集めている。
また最終日だからかは分からないが、貴族たちは夫人や娘を参加させていた。なので初日と違って、それなりに華やかさはある。
「初日と同様、料理に毒は入っていないのである!」
「「おおっ!」」
「御存分に召し上がってほしいである!」
バグバットの挨拶と共に、部屋の隅に並んでいる楽団が音楽を奏で始めた。
そしてまたもや、各国の重鎮が順番に登場する。
「さぁ飯だな!」
「フォルト様、また目立ってしまいますよ?」
「あ……。そうだった」
初日の晩餐会を思い出して、フォルトは苦笑いを浮かべてしまう。
また今回は、更に目立つ二人の女性を連れている。彼女たちは目元を隠す仮面を付けて、同時に角も隠していた。
そう。魔族の姉妹マリアンデールとルリシオンである。しかしながら前者は、大きなリボンを付けているので見えていないだけだ。
それにしても晩餐会という場だと、彼女たちは堂に入っている。
「人間どもの視線が煩わしいわねえ」
ともあれ姉妹は、周囲の貴族たちからチラチラと見られていた。
仮面を付けているので仕方ないが、美女かどうかが気になるのだろう。だが隠している部分が少ない仮面なので、男性陣は美女と決めつけているか。
逆に女性陣からは、あまり良い感情を向けられていない。
「ルリちゃんのために人間を掃除しようかしら」
「おいおい二人とも……」
「冗談よ。ローゼンクロイツ家の令嬢として振る舞ってあげるわ」
この場にいる人間は、立派な貴族である。ならば魔族の名家ローゼンクロイツ家として、恥ずかしい真似はできないらしい。
それでも姉妹にとって、人間の貴族家は格下という認識だった。どう振る舞うか謎だが、フォルトからすると騒ぎは勘弁してもらいたい。
「しかしバレないものだな」
「だから言ったでしょう? そんなものよお」
「目立ってはいるようだぞ?」
「各国のトップが入場すれば平気よお」
「へぇ」
「ソフィアは身分が低いからね。誰も近づいてこないわ」
晩餐会や舞踏会は社交界の行事だが、貴族たちにとっては戦場だ。あれこれと手を尽くして、いかに人脈を広げるかを
そのために娘を参加させて、婚姻を匂わせたりもする。
特に三国会議の晩餐会では、他国の貴族が参加しているのだ。身分の高い貴族家と仲良くなり、御家の安泰に
ソフィアはもちろん、フォルトたちと会話する暇など無い。
(政治家がやってる政治資金パーティーや会合のようなものか? 出席しなければ干されるとかあるのだろうな。あぁやだやだ……)
そう思い至ったフォルトは、思わず吐き気がしてくる。
人間の醜さが詰まった場所だと、改めて認識したからだ。
「気持ち悪いな」
「フォルト様……」
「まぁカーミラのお尻を触っていれば大丈夫だ」
「えへへ。気持ちいいですよぉ」
「あ、あの……。えっと……」
「ソフィアも?」
「っ!」
ソフィアが身内になったことで、一線を引かなくても良くなったことは喜ばしい。ならばと周囲から見られないように、フォルトは悪い両手を解放する。
その位置の取り方は完璧だった。
「まったく。護衛なのだから大人しくしていれば?」
「マリ、それは違うぞ」
「え?」
「大人しく触っているのだ」
「………………」
「後でマリもな」
「ふ、ふん! 死にたくなければしっかりとやることね」
マリアンデールはツンデレというか、ツンツンである。しかしながら、たまにデレるときがある。物凄くたまに、だ。
そのレアを引き当てたときが
「さすがはバグバットね。一流の料理だわ」
「そっか。初日の飯も旨かったぞ」
「中立なんてやめて、魔族側に立っていればねえ」
「事情があるんだろ?」
「魔王スカーレットは迎える気が無かったようだけどお」
「へぇ」
とりあえずフォルトたちは、庶民的な晩餐会を楽しむ。まるで我が家の料理を囲むように、テーブルの一つを占領した。
以降は首脳全員が登場して、ルリシオンが言ったとおりになる。誰も彼もがこちらを無視して、貴族社会のドロドロを開始したのだ。
つまり、暴食を満足させるチャンスが訪れた。
「俺は空気」
「はい?」
「ガツガツガツガツガツ!」
「ちょ、ちょっと。食べ過ぎよ!」
「ガツガツガツガツガツ!」
「きゃ!」
「食べるか触るかどっちかにしなさい!」
「ガツガツガツガツガツ!」
「御主人様は最高に面白いでーす!」
フォルトは大きな鶏肉にフォークを刺して、高速で回転させながら食べていく。同時に空いている手で、誰かしらの桃を触る。
変な芸当を身につけたものだ。
「ちょっと、休憩」
「「………………」」
「ソフィア、どうかしたのか?」
「い、いえ。ところでフォルト様」
「うん?」
「貴族が近づいてくるようですが……」
「誰?」
ソフィアの視線を追いかけると、こちらに歩いてくる貴族がいた。
当然のようにフォルトは見たことも無い男性なので、首を傾げてしまう。
ほっそりとした男性で、年齢は若そうだ。貴族らしく豪華な服を着ているが、おかっぱ頭が小物感を漂わせている。
そしてあろうことか、にこやかに笑いながらマリアンデールに話しかけた。
「そこのマドモアゼル。お名前をお聞きしてもいいかな?」
「邪魔。死にたくなければあっちに行きなさい」
貴族社会のドロドロに参加すれば良いものを、何とも命知らずな貴族だ。
ただしマリアンデールは、自分から魔族だと名乗らなければ分からない姿である。また言ったところで、誰も信じない可能性のほうが高い。
魔族の特徴である角が小さいからだ。大きなリボンを外しても、髪の毛の隙間からちょこんと少し見える程度だったりする。
とりあえずフォルトは、貴族が口走った「マドモアゼル」に笑いそうになった。しかしながら自分から目立ちたくないので、今は事の成り行きを眺めておく。
「これは手厳しい。僕はアルカス・アリマー。アリマー家の嫡男さ」
「聞こえなかったのかしらあ? 私たちの前から消えなさあい」
「貴女もお美しい。いずれのご令嬢かな?」
姉妹は仮面を付けているので、美しいも何も無い。と言っても隠してるのは目元だけなので、アルカスには絶世の美少女に見えたのだろう。
もちろん、そう思っているかは定かでない。だが彼女たちの顔を知っているフォルトは、勝手に納得して同意する。
ただしこの出来事で、状況が激しく変化してしまった。
唇を
「はぎゃっ!」
「「きゃあ!」」
「なっ何だ! 何事だ!」
アルカスは後ろに吹き飛んで、テーブル上の料理を
フォルトはソフィアの後ろに移動して、空気になりながら馬鹿貴族を見る。するとピクピクと体を
どうやら、生きてはいるようだ。
「身の程を知りなさい! 気持ち悪いったらないわ」
「焼き殺さないだけ有難く思いなさあい」
「マリさん! ルリさん!」
「えへへ。御主人様、面白いことになりましたねぇ」
「俺は空気。話しかけるな」
姉妹に危害が及んだわけではないので、フォルトは空気に徹する。
カーミラが言ったように面白いが、さすがに騒ぎは勘弁してほしい。
「マリ、ルリ。大人しくしてろ」
「あらあ。あの男とダンスでもすればいいのかしらあ?」
「駄目に決まっているだろう」
「なら仕方ないわよね。私は汚物を遠ざけただけよ」
「そうだな。仕方ない」
言いくるめられてしまったが、姉妹は大切な身内である。
あのような馬鹿貴族にマリアンデールやルリシオンが触れられたらと思うと、無性に腹が立ってきた。
いくら温厚なフォルトでも、嫉妬と共に憤怒が顔を出しそうだ。
「「衛兵! 衛兵!」」
「あ……」
これは、当然の結果である。
各国の首脳を交えた晩餐会で、明確な暴力を以って騒ぎを起こしたのだ。
この場に参加している貴族たちは、ソフィアのように護衛を連れてきている。会場に入っている護衛もいれば、外で待機してる護衛もいる。
それらが、フォルトたちを取り囲んだ。
「静まるのである!
取り囲んでいる護衛たちをかき分けて、お助けバグバットが進み出てくる。しかしながら、その目は厳しい。
自由都市アルバハードでは、基本的に争いが厳禁。
また上流階級の貴族に対して、こちらから手を出している。立場的にも助けられるどころか、監獄に一直線だろう。
「ソフィア殿、いったいどういうことであるかな?」
「申しわけありません!」
「領主としては見過ごせないのである」
「ソフィアは俺の後ろに……」
「は、はい!」
フォルトは前に進み出て、ソフィアを後ろに隠した。
この場で目立っても、身内には手を出させない。たとえ吸血鬼の真祖バグバットが相手であったとしても、自身の信念を曲げることはない。
そして二人の緊張が増したとき、マリアンデールとルリシオンが隣に立つ。と同時に仮面を取って、その可愛らしい素顔を露わにした。
「バグバット、久しぶりねえ」
「誰であるかな?」
「あら。私たちを忘れてしまったのかしら?」
「まっまさか! マリ様にルリ様であるか!」
「あはっ! そうよお」
「ふふっ。お邪魔してるわ」
姉妹を知っているなら話は早いが、フォルトは頭を抱えてしまう。
二人が魔族だと知られたら、どうなるかは想像できる。だからこその仮面であり、『
「「魔族が現れたぞ!」」
「この人数では……」
「ええい! 包囲を崩すな!」
やはりと言って良いのか、周囲が更に騒然とする。
人間と魔族は、
「武器を収めるのである! アルバハードでの争いは厳禁である!」
「しかし!」
「吾輩と敵対するつもりであるか?」
「い、いえ。そのような……」
(さすがはお助けバグバット。間を取り持てるのは、やはり奴しかいない。何も見なかったことにして、ソッと帰らせてくれないかな?)
もちろん降りかかる火の粉は払うが、フォルトとしては穏便に済ませたい。虫の良い話だが、これが本心でもある。
そう思ったのも束の間、またもや姉妹が爆弾を放り投げる。
「人間如きが、私たちに声をかけたのが悪いのよ」
「ローゼンクロイツ家を
魔族は魔族でも、ローゼンクロイツの家名を出した。
せっかくバグバットが、事態を収拾している最中なのだ。今は事の成り行きを見守って、穏便に済ませるのが得策である。
そのフォルトの希望を、完全に打ち砕いてしまった。
「ローゼンクロイツ家……」
「まさか〈狂乱の女王〉と〈爆炎の薔薇姫〉なのか?」
「生きていたのか」
護衛たちは顔を見合わせて、更に一歩下がってしまう。
人間にとって、ローゼンクロイツ家の名は脅威のようだ。姉妹は家名を武器に使えと言っていたが、これだけ
そうフォルトが感心したところで、何とも野太い怒声が聞こえた。続けて遠巻きに状況を
「ローゼンクロイツ家だと!」
「「ソ、ソル陛下!」」
皇帝ソル、その人である。
初日の晩餐会で見た強面の中年男性だが、一歩進むごとに威圧感が増す。護衛たちの中には、尻もちを
それはフォルトにとっても同様で、顔を引き
まさに、世紀末覇者的な皇帝だった。
「魔族の一匹や二匹が紛れ込んだくらいで戦意を失いおって!」
「「もっ申しわけございません!」」
「ふん! 初めて会うな。その節は帝国が世話になったようだ」
「逃げ惑う帝国兵は無様だったわ」
「あはっ! また燃やしてほしいかしらあ?」
「俺はソル帝国皇帝として、相手が魔族でも礼節を弁えているのだがな」
他者を完全に委縮させる威圧感を放っておいて、どこに礼節があるのか。
そう思うほどだが、姉妹は不敵な笑みを浮かべている。ならばとフォルトは震える足を
自身はもうフォルト・ローゼンクロイツなのだから……。
「あら、それは失礼したわねえ」
「皇帝なら格が見合うかしら?」
「ふん! 傲慢な女どもだ。滅びた国の貴族なぞ男爵にも及ぶまい」
「ふふっ。死にたいのかしら?」
「やってみるがよい」
姉妹とソルの間で、アニメのように火花が飛び散っているようだ。マリアンデールとルリシオンは両腕を組んで、目が笑っていない笑みに変わる。
とりあえず成り行きを見守るフォルトも、彼女たちと同様にしてみた。
「そこの男!」
「はいっ!」
(お、思わず反射的に……。これはかっこ悪いぞ! でも、そうさせる何かが皇帝にはある。わけがないか。俺がビビりなだけだった)
一人でボケと突っ込みをできる程度には、フォルトに余裕が出てきていた。とはいえ、まだ残念ながら皇帝ソルへの恐怖心は残っている。
中身が普通のおっさんには、やはり荷が重すぎた。
「お前が魔族の姉妹を飼い慣らしているのか?」
「ソフィア様の護衛であります!」
これにもフォルトは反射的に、いつもの自衛隊のような敬礼をしてしまう。
はっきり言って情けなさ過ぎるが、ソフィアの護衛には間違いないのだ。自身をチキンと言って
「
「ソフィア様の護衛であります!」
「………………」
皇帝ソルは口を閉ざしたが、フォルトに鋭い視線を向ける。
目力も物凄いので、まさに蛇に睨まれた
ともあれ、それを助けるのもまた姉妹だった。
「貴方は誰に向かって口を聞いているのかしらあ?」
「なに?」
「フォルトこそ、ローゼンクロイツ家の現当主よ!」
「ちょ、ちょっと!」
「何だと!」
姉妹の言葉には、さすがのソルも驚いたようだ。
それはバグバットにしても同様らしく、場を納めることを忘れている。周囲の者たちは息を
そして敬礼中のフォルトは、「この場でバラさなくてもいいだろ!」と心の中で彼女たちに悪態を吐く。
いや、一生誰にも知られないでほしいとすら思っている。
「マ、マリ?」
「いいのよ。バグバットには言っておきたかったからね」
「いや。よくないんだけど?」
「フォルトは何を言っているのかしらあ。家名に泥を塗ったら駄目よお」
「くっ!」
姉妹の願いを
身内の二人が泥を塗るなと言うなら、フォルトはそうするだけだ。とはいえ彼女たちには、お仕置きが必要だろう。
人間嫌いの引き籠りだと知っているのだから……。
(マリとルリには、一週間は起き上がれないほどの責めを与えないと駄目だな。どうやって責めようか? カーミラも参加してもらって……。でへ)
色欲が顔を出したところで、フォルトは完全に余裕を取り戻せたようだ。ならばと敬礼をやめて、皇帝ソルと
それにしても、世紀末覇者の前に立つのは勇気がいる。
「貴様がローゼンクロイツ家の当主だと?」
「そっそのとおり、だ!」
「ふん! ならば、そう扱うまでだ。フォルトと言ったな!」
「う、うむ」
「覚えておくぞ」
その言葉を最後に、皇帝ソルは離れていった。
一方的に話していたが、どうやら矛を収めるようだ。
「とんだハプニングであるが、晩餐会の続きをお楽しむのである!」
「い、いや。しかし……」
「吾輩の面子にかけて、安全は保障するのである!」
「ふん! バグバットの顔を立ててあげるわ」
「何もしなければ暴れないから安心しなさあい」
「こう申しているのである! 楽団の者たちも音楽を再開するのである!」
バグバットの言葉が合図となり、晩餐会の続きが始まった。
楽団が音楽を奏でて、場の雰囲気を一掃しようとしている。フォルトは貴族たちと距離をとりながら、身内だけで料理を食べ始めるのだった。
――――――――――
Copyright©2021-特攻君
感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、
本当にありがとうございます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます