第128話 三国会議3
「初日と同様、食事に毒などは入っていないのである!」
「「おおっ!」」
「御存分に、召し上がってほしいのである!」
バグバットのあいさつとともに、楽団の音楽が流れた。そして、各国の重鎮が順番に登場するのだった。
「さあ、飯だな」
「フォルト様、また目立ってしまいますよ」
「あ……。そうだった」
初日の晩餐会を思い出して、苦笑いを浮かべてしまう。今回は、さらに目立つ二人が居た。マリアンデールとルリシオンである。
二人とも、仮面を付けて角も隠している。しかし、とても魅力的だ。その場に居るだけで目立ってしまう。
「ソフィア様の近くにいらっしゃる美しい婦人たちは、どなたかな?」
「気品がありますな。どの家の方々でしょうか?」
そんな、男性貴族たちの目を引いてしまっている。
「あの程度で……」
「どの家の者でしょう? まさか、あの方を狙って……」
「でも、あの位置なら、下級貴族かもしれませんわね」
そんな、貴族夫人や令嬢たちの目を引いてしまっている。
「人間どもの視線が、気持ち悪いわねえ」
「ルリちゃんが気持ち悪いなら、消すしかないわ」
「待て待て」
「冗談よ。ローゼンクロイツ家の娘として振る舞ってあげるわ」
周りに居るのは人間であるが、立派な貴族たちである。魔族の名家として、恥ずかしいマネはやれないようだ。
姉妹にとっては、格下の貴族が相手である。それなりのやり方があるのだろう。そのやり方は知らないが……。
「しかし、分からないもんだな」
「だから言ったでしょう? そんなものよお」
「でも、目立ってるようだぞ?」
「各国のトップが入場すれば、目立たなくなるわよ」
「へえ」
「伯爵でも侯爵でも、取り入ろうとするからねえ」
「ソフィアの地位は低いからね。ここに居れば、誰も相手にしないわ」
「なるほどなあ」
晩餐会や舞踏会などは、貴族たちの売り込みがメインだ。人脈を広げて家の安泰を計る。娘を紹介して家と家のつながりを結ぶ。その他にも、情報収集や派閥の拡大などがある。基本的にドロドロした感じだ。
(政治家がやってるような、政治資金パーティーや会合か? 出席しなければ干されるとか? あぁ、やだやだ)
人間の
「気持ち悪いな」
「フォルト様……」
「カーミラのお尻を触っていれば大丈夫だ」
「気持ちがいいですよ?」
「あ、あの……。その……」
「ソフィアも?」
「は、はい」
身内になった事で、セクハラがセクハラでなくなったのは嬉しい。周りから見えないように、悪い両手を解放する。その位置の取り方は完璧であった。
「まったく。護衛なんだから、おとなしくしてれば?」
「マリ、それは違うぞ」
「え?」
「おとなしく、触っているのだ」
「………………」
「後で、おまえもな」
「ふ、ふん! 死にたくなければ、しっかりとやる事ね」
(マリはツンデレというか、ツンツンだ。しかし、たまにだがデレる。物凄く、たまにだ。そのレアを引き当てた時が、嬉しかったりする)
「さすがはバグバットねえ。料理が美味しいわあ」
「そっか。初日の飯も、うまかったぞ」
「中立なんてやめて、魔族側に立ってくれてればねえ」
「事情があるんだろ?」
「魔王スカーレットは、迎える気がなかったようだけどお」
「へえ」
「過ぎた事は、どうでもいいわ」
それからは、首脳全員が登場して、ルリシオンの言う通りになる。つまり、誰もフォルトたちを見ていない。これはチャンスである。
「俺は空気」
「はい?」
「ガツガツガツガツガツ」
「ちょ、ちょっと。食べ過ぎ」
「ガツガツガツガツガツ」
「きゃ!」
「食べるか触るか、どっちかにしなさい!」
「ガツガツガツガツガツ」
「御主人様! 最高です!」
大きな鶏肉にフォークを刺して、回転させながら食べていく。空いている手は誰かしらを触る。変な芸当を身につけたものである。
「ちょっと、休憩」
「「………………」」
「どうかしたの? ソフィア」
「い、いえ。ところでフォルト様」
「うん?」
「貴族が近づいてくるようですが……」
「誰?」
ソフィアの言う通り、こちらへ向かってくる貴族が居た。見た事もない男性で、歳は若そうだ。その男性が、マリアンデールに話しかけた。
「そこのマドモアゼル。お名前を、お聞きしてもいいかな?」
「邪魔。死にたくなければ、あっちへ行きなさい」
(命知らずだな。実に面白い。しかし、マドモアゼルとは……)
「これは手厳しい。僕はアルカス・アリマー。アリマー家の嫡男さ」
「聞こえなかったかしらあ。消えなさあい」
「こちらも、お美しい。どちらの家の御令嬢かな?」
姉妹は仮面を付けているので、美しいも何もないと思われる。しかし、隠してるのは目元だけなので、美しく見えたのだろう。たぶん……。
――――――ドゴォ!
それは一瞬の出来事で、誰も見ていなかった。マリアンデールがアルカスの腹へ拳をぶち込んで、後ろのテーブルへ吹っ飛ばしのだ。
「「きゃあ!」」
「な、何事だ!」
当然のように会場内が騒然として、全ての者たちが視線を向けてくる。フォルトは、ソフィアの後ろへ移動して、空気になるのだった。
「身のほどを知りなさあい」
「まったく。気持ち悪いったらないわ」
「マリさん! ルリさん!」
「えへへ。御主人様、面白いですね!」
「俺は空気。話しかけるな」
姉妹に危害が及んだわけではないので、ここは空気に徹する。明確な敵意を持って向かってくるようだったら、守るつもりでいた。
「マリ、ルリ。おとなしくしてろ」
「あらあ。あの男とダンスでもすれば、いいのかしらあ?」
「それは駄目だ」
「なら、しょうがないわよね」
「そうだな。しょうがない」
(あれ? しょうがないのか? いや、しょうがないな。あんな男に、マリとルリを触らせるわけにはいかん)
「「衛兵! 衛兵!」」
「あ……」
これは当然の結果である。首脳たちを交えた晩餐会で騒ぎを起こしたのだ。初日とは違い、明確な暴力を以てである。
貴族たちは、ソフィアのように護衛を連れてきている。会場に入っている護衛も居れば、外で待機してる護衛も居た。それらがフォルトたちを取り囲む。
(す、素早い。さすがは、王族や皇帝が参加している晩餐会。しかし、参ったな。お助けバグバットは……)
「吾輩の晩餐会での争いは、御法度である!」
待ちに待ったバグバットが登場する。しかし、その目は厳しい。取り囲んでいる護衛をかき分けて、進み出てきた。
「ソフィア殿。これは、どういう事であるかな?」
「あ、そ、その……」
「初日のようには見過ごせないのである」
「ソフィア、後ろへ」
「は、はい」
ソフィアを後ろへ隠して、前に進み出る。身内には手を出させない。それが、バグバットであってもだ。
「久しぶりねえ。バグバット」
「誰であるかな?」
緊張が増した時、マリアンデールとルリシオンが隣に立つ。そして、仮面を取り、『
「ま、まさか。マリ様にルリ様ですか!」
「そうよお」
「お邪魔してるわ」
姉妹にとってはカッコいい登場なのだが、これには頭を抱えてしまう。穏便に静かに、飯だけ食べて帰るつもりだったのだ。
「「ま、魔族が居るぞ!」」
「こ、この人数では……」
「ええい! 包囲を崩すな!」
周りが騒然とする。それも当然だ。人間と魔族は、不倶戴天の敵同士なのだから。しかし、魔族の強さは知っているらしい。取り囲んでいる護衛たちは後ろへ下がった。この程度の護衛では、姉妹を止められない。
「静まるのである! アルバハードでの争いは厳禁である!」
「し、しかし!」
「吾輩と、敵対するつもりであるか?」
「い、いえ。そのような……」
(さすがは、お助けバグバット。間を取り持てるのは、こいつしかいないだろう。何も見なかった事にして、ソーっと帰らせてくれないかな?)
「そこの小物が、私たちに声をかけたのが悪いのよ」
「そうよお。ローゼンクロイツ家を舐めた罰だわあ」
二人の言葉で、また騒然とする。まるで、全員に聞こえるように、話しているのだから。
「ローゼンクロイツ家……」
「まさか、〈狂乱の女王〉と〈爆炎の薔薇姫〉か?」
「生きていたのか」
何かの行動を起こしたいだろうが、バグバットと姉妹が居るせいで、護衛たちは動けない。それを見かねた者が近づいてきた。
「ローゼンクロイツ家だと!」
遠回りで見ていた貴族の中から、皇帝ソルが姿を現す。死ぬのが怖くないのかと思うが、おそらく、バグバットが居るからだろう。
「魔族の一匹や二匹が紛れ込んだくらいで、戦意をなくしおって!」
「「も、申しわけございません!」」
「ふん! 初めて会うな。その節は、帝国が世話になったようだ」
「逃げ惑う帝国兵たちは、無様だったわ」
「あはっ! また燃やしてほしいかしらあ?」
「こっちは礼節を弁えているのだがな」
皇帝ソル。物凄い威圧感だ。強いかどうかは分からない。しかし、彼の強さは、その風格にある。どこかの覇王のようだ。
「あら、それは失礼。そうね。皇帝なら格が見合うかしらね」
「ふん!
「ふふ。死にたいのかしら?」
「やってみるがよい」
姉妹とソルの間で、火花が飛び散っているようだ。アニメなら、そんな感じだ。マリアンデールは両腕を組んで、目が笑っていない笑みを浮かべる。
「そこの男!」
「は、はいっ!」
(お、思わず、反射的に……。これはカッコ悪いぞ! でも、そうさせる何かが皇帝にはある……。わけがないか。俺がビビりなだけだった)
一人でボケと突っ込みをできるくらいには余裕がある。それでも、皇帝の存在感が物凄い。中身が普通のおっさんには、荷が重かった。
「おまえが、姉妹を飼いならしているのか?」
「ソフィア様の護衛であります!」
これも反射的に、自衛隊のような敬礼をしてしまう。ソフィアの護衛には間違いない。その建前で、この場に居るのだから。
「嘘を言うな! 本当の事を言え」
「ソフィア様の護衛であります!」
「………………」
(だ、駄目か? 黙ったら、余計に重圧感があるんですけど! でも、これで逃げ切る。そして、こんな会場からは、さっさと帰るぞ!)
「貴方は、誰に向かって口を聞いているのかしら?」
「なに?」
「フォルトこそ、ローゼンクロイツ家の現当主よ!」
「ちょ、ちょっと!」
「なんだと!」
これには、さすがのソルも驚いたようだ。そして、バグバットを見ても同じだった。そこまで家の名前に効果があるのかと感心する。
しかし、この場でバラさなくてもいいと思った。いや、一生誰にも知られないでほしいとすら思っていた。
「マ、マリ?」
「いいのよ。バグバットには言っておきたかったからね」
「いや、よくないんだけど?」
「フォルトは何を言ってるのかしらあ。家の名前を汚したら駄目よお」
「くっ!」
姉妹の願いを叶えたいばかりに受け取った名だ。身内の二人が汚すなと言うなら、汚さないようにするだけだ。
しかし、お仕置きが必要だろう。人間嫌いの引き籠りだと知っているはずだ。目立たせた事に対する、お仕置きをするしかない。
(マリとルリには、一週間は起き上がれないほどの、責めを与えないと駄目だな。どうやって責めようか? カーミラも参加してもらって……。デヘ)
「きさまが、ローゼンクロイツ家の当主だと?」
「あ……。そうらしいです」
「ふん。なら、そう扱うまでだ。フォルトと言ったな!」
「は、はい!」
「覚えておくぞ」
その言葉を言い残し、皇帝ソルは離れていった。一方的に話していたが、矛を収めるようだ。
「皆様。とんだハプニングがございましたが、晩餐会をお楽しみください!」
「い、いや。しかし……」
「吾輩の面子にかけて、皆様の安全は保障するのである!」
「ふん。バグバットの顔を立ててあげるわ」
「手は出さないから安心しなさあい」
「それは、ありがとうございます」
バグバットの言葉が合図となり、晩餐会の続きが始まった。楽団が音楽を奏でて、場の雰囲気を一掃しようとしている。フォルトは、貴族たちと距離をとりながら、出されている料理を食べ始めるのだった。
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
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