第127話 三国会議2

 ピクニックを満喫したフォルトは、ソフィアの護衛を開始している。

 今は会場になっているアルバハードの大庭園に訪れていた。数千人の人々を収容できる広さで、一般の人間も入場している。

 その中には、各国の国王や皇帝を見にきただけという人も少なくない。

 もちろん、警備は万全である。衛兵がそこかしこに配置されて、不審者の取り締まりを強化していた。


「世界経済の課題に団結して取る組む必要がある!」

「「おおっ!」」


 フォルトとソフィアがいる場所は、会場のVIP席にあたる。

 三大大国の貴族や大商人などの名士が招かれていた。

 そして彼女は聖女としてではなく、グリムの名代として参加している。また他の身内は、宿舎で待機させていた。

 本日の晩餐会ばんさんかいで合流する予定だ。


「格差や差別の無い社会の実現を努力することで一致した!」

「「おおっ!」」

「軍事的緊張を緩和して、平和な未来のために三国は協力を惜しまない!」

「「おお!」」


 今も共同宣言の発表がなされている。

 エウィ王国第九代国王エインリッヒ九世、ソル帝国皇帝ソル、亜人の国フェリアス女王名代クローディアが、建物のベランダで交互に読み上げていた。

 光景だけであれば、日本の皇居で行われる一般参賀が思い出される。皇室行事の一つで、一般人が皇室に向けて祝賀の意を表すために集まっていた。

 こちらの世界でも、各国のトップは滅多に見られるものではない。だからこそ、かなりの数の民衆が参加していた。


「そ、そこ……」

「でへ」


 フォルトは共同宣言など興味が無いので、欠伸をしながら聞いていた。

 ただしVIP席でも、共同宣言の発表を座って聞くと失礼にあたる。なので仕方なく、ソフィアと一緒に立ち見をしていた。

 また身分は一番低いため、一番後ろの席である。

 はっきり言うと、誰一人として二人を見てない。


「フォ、フォルト、さま、ここで、は……」

「でへでへ」


 フォルトの悪い手が動いていた。

 ソフィアの着ているローブに手を入れて、その若く柔らかい体を堪能している。もう身内なのだから、誰に気兼ねせずとも良いのだ。

 先日初めてを知った彼女は、その破廉恥な行動を受け入れていた。


「っぁ! あ、あの……。そろそろ……」

「あ……。悪い悪い」

「フォルト様は……。もうっ!」

「ははっ」


 フォルトの悪い手のせいで、ソフィアの力が抜けてしまったようだ。腕にしがみ付いて、体を高揚させながら息を切らしていた。

 このあたりで良いだろう。

 ともあれ……。


「しかし、あいつらは何を言っているのか分からないな」

「え?」


 共同宣言についての感想である。

 三国の首脳は、最初から言い訳をしているようだった。「必要がある」だの「努力する」という言葉に、何の意味があるのかと……。

 国民に対して、目に見える効果があるとは思えない。


「あれはパフォーマンスだよな?」

「そうですね。重要なのは……」


 三大大国で合意した共同宣言は、各国の国民に向けてのメッセージである。「自国だけではなく世界のために働いていますよ」というアピールだ。

 しかもその内容は、三国とも不利にならない調整が入っている。平和や平等といった耳触りの良い言葉で、民衆に不満を持たせないようにしていた。

 重要なのは、三国会議中に決定した様々な事柄である。各国が履行することで意味を持ち、利益につながっていく。

 また決定事項については非公開であり、民衆が知るところに無い。

 そして……。


「あんなのが守られるわけがない」

「………………」

「ははっ。やれません、とハッキリ言えばいいのにな」


 共同宣言の内容など実現するわけがない。

 実現できないからこそ、民衆には耳触り良く聞こえるのだ。王政・帝政国家で格差是正をうたうなど、何の笑い話かと思う。

 多少は期待できるかもしれないが、本質的に格差社会の象徴だ。「やれません」どころか「やりません」のほうが本音だろう。

 平和を語り合ったところで、戦争が起こる現実はある。

 フォルトからすると、大言壮語の大嘘おおうそで民衆を欺いていると映るのだ。


「醜いな。本当に醜い」

「フォルト様……」

「グリム家以外で守っている奴らはいるのか?」

「え?」

「グリム家は実践してると思うけど?」

「………………」


 ソフィアの実家であるグリム家は、領民に寄り添う政策を執っている。

 そして昔からフォルトは、「良いものは良い」「悪いものは悪い」との見識を持っているつもりだった。

 良いものでも悪いと批判するようでは、ただの意固地か馬鹿である。

 あちらの世界では、そういった人間を何人も見てきた。しかもこれらの性根は、傍から眺めても気持ちが悪かったものだ。

 ネット社会に移り変わり、人間の醜さとして露見されるようになった。


「でも信じてしまう人たちが多いですよね」

「はい」

「俺としては、そういう人たちに誠実であれと言いたい」

「私もそう思います」

「まぁ人間では無理ですね!」

「っ!」


(俺にも無理だけどな! もう魔人だからどうでも良いのだ。でも身近な人たちぐらいには誠実でありたい。元人間で良かったところはそれだけだ)


 このような場だからこそ、改めて思うこともある。

 フォルトの言葉を聞いて、ソフィアは寂しそうな表情に変わった。

 もちろん彼女の気持ちは、痛いほどよく分かってる。人間を見限っておらず、その善性を説きたいのだろう。

 そうこうするうちに終わったようで、各国首脳が姿を消していた。


「あまり聞いていなかったけど、三国会議は成功で終わったのかな?」

「そうですね」

「もう帰ってもいいのかな?」

「平気だと思います。皆様も晩餐会の会場に向かわれるかと……」


 共同宣言が発表された後は、三国会議の初日と同様に晩餐会が開かれる。とはいえまだ時間があるので、椅子に座っている人たちも多いようだ。

 フォルトとしては、さっさと会場を移動して身内と合流したい。と思った矢先に、大きな爆発音が聞こえた。

 会場の近くのようだが、VIP席に被害は無いか。

 これにはソフィアもびっくりして、正面から抱き着いてきた。


「きゃ!」

「なっ何だ?」

「まさかルリさん?」

「この爆発音は魔法とは違うな。まぁやりかねんが……」


 ソフィアは爆発ということで、〈爆炎の薔薇ばら姫〉を想像したようだ。

 魔の森での戦闘が印象深かったのだろう。しかも過去には、ソル帝国軍を蹂躙じゅうりんしたルリシオンである。人間ばかりの会場を襲っても不思議ではない。

 実際に魔の森の手前にある兵士の駐屯地を襲っていた。


「もちろん冗談ですよ? 本気にしないでくださいね」

「ははっ。まぁそこまで見境が無いとは思わない」

「では?」

「ソフィアは俺から離れずに、な」

「はい!」


 この爆発で、周囲の人たちも騒ぎ出した。しかしながらソフィアに抱き着かれているので、どうでも良い人間は目に入らない。

 そうは言っても、彼女を護衛する必要があった。ならばと周囲を見渡したフォルトは、会場の入口近くから上っている煙を発見する。

 また招かれた人々を守ろうと、警備兵が配置を変えていた。

 パニックまでは発展していないので、自分たちの身は平気そうだ。


「ぁっ!」

「いい匂いだ」

「フォ、フォルト様!」


(ふふん! みんなは大慌てだろうが、俺の知ったことではない。今のうちにソフィア成分を補充して、高みの見物といこう)


 周囲はざわついているが、またもやソフィアの敏感な部分を触る。

 もちろん、それに気付いている人間は誰もいない。危険を感じて自分たちが連れてきた護衛を呼ぶ者が多く、会場から避難しようとしていた。

 それも束の間、彼女はある人物を発見する。


「あれは……。御爺様?」

「おっ! グリムの爺さんが飛んでいる!」


 快感で顔を上げたソフィアは、上空にグリムを発見する。

 どうやら、爆発の起きた場所に向かっているようだ。しかも後続として、数名の魔法使いが追いかけていた。

 飛行の魔法だろうが、人混みに入るよりは余程良い。


「私たちも行きましょう!」

「行く必要は無いですよ」

「ですが!」

「危険な場所に行っても、な。ソフィアを守るのが俺の役目だ」

「そう、ですね」

「まぁソフィアじゃ足手まといだろう」

「っ!」


 爆発を起こした犯人がソフィアを狙うなら、そのときに動いて殺せば良い。と考えているフォルトは、「後は勝手にやってくれ」と口にする。

 それに、彼女のレベルは十四である。

 一般兵の平均レベルに近いが、本人も弱いと理解しているから「強くなりたい」と言った。となると、爆発の現場に連れていくことはできない。

 このように考えていると……。


「御主人様! 何か面白いことになっていますねぇ」

「まあな。それよりも……」


 爆発音を聞いたから、会場に駆けつけたのだろう。

 カーミラに声を掛けると、スキルの『透明化とうめいか』を解除する。と同時に、フォルトの腕に手を回して体をすり寄せた。

 普段の露出を隠すためか、ローブを着ているのが残念だ。


「こっちの世界でも爆発物はあるのか?」

「色々と混ぜるみたいですが、カーミラちゃんは知りませーん!」

「だろうな。マリとルリは?」

「面白そうに窓から外を見てましたぁ」

「動いていない?」


(面白がって勝手に動くかと思ったけど……。しかし何だろうな? 面倒事に巻き込まれなければいいけど……。三国を狙ったテロってところか?)


 テロについては、警備が万全でも防げないものだ。

 こちらの世界は、様々な技術が遅れている。あちらの世界でさえ未然に防ぐことはほぼ無理なので、いくら魔法が存在していても後手に回るしかない。

 また目的についても、テロリストから声明が出されないと分からない。


「まぁ一般人まで守れるものじゃないな」

「現場では人間がグチャグチャになっていますよぉ」

「カーミラさん!」

「えへへ。事実でーす!」

「ですが!」

「ソフィアの言いたいことは分かるが……」


 カーミラの言葉は不謹慎だと、ソフィアは言いたいのだろう。とはいえ人間を見限り嫌っているフォルトは、身内以外は心底どうでも良い。

 VIP席で爆発しなかっただけマシである。


「そう言えばカーミラは、何しに来たのだ?」

「予定が変わるかどうかを聞きにきましたぁ」

「なるほど。予定は……」


 今回の爆発騒ぎで、晩餐会が中止になる可能性は高い。

 さすがにすぐには分からないので、カーミラには「予定は変わらず」と伝える。もしも中止なら、その会場で合流してから戻れば良い。

 逆の場合は護衛としてソフィアから離れられないので、彼女たちを迎えに行くと晩餐会に遅刻することになる。


「分かりましたあ!」


 納得したカーミラは、フォルトの腕を離して消えた。スキルの『透明化とうめいか』から、空を飛んで宿舎に戻るのだろう。

 とりあえず今は、事態の成り行きを見守っておく。

 晩餐会の中止も含めて、この場でアナウンスがあるだろう。と思っていると、VIP席にバグバットが姿を現した。


「落ち着くである!」


 バグバットの声は、混乱していた者たちの動きを止めた。

 また身振り手振りを加えて、その存在感を大きく見せた。


「これより吾輩わがはいの兵が、皆様方の警護に当たるのである!」

「「おおっ!」」

「安心するのである。安全な場所までご案内するである!」


 バグバットの兵は、全員が吸血鬼である。

 各国が用意した警備と比べるとはるかに強いので、テロリスト如きでは倒せない。と知っている者たちからは、安堵あんどの声が聞こえてきた。

 すぐに混乱は収まって、兵士の後を続々と追いかけている。

 もちろんフォルトはこの場に留まって、彼が近づいてくるのを待つ。


「おぉ……。ソフィア殿も御無事であるな」

「はい。ありがとうございます」

「フォルト殿も……」


 吸血鬼の真祖バグバットには、フォルトが魔人だと知られていた。と言っても以降は初日の晩餐会で助けられたり、楽団を貸してもらうなどしている。

 まだ信用できない人物だが、何となく変な関係に変わりつつあった。


「俺たちは平気だ。結局はテロか?」

「で、あるな。詳細はこれから調べるのである」

「バグバットも大変だなあ」

「お気遣い痛み入るのである」

「テロなんて防ぎようがないからな」

「吾輩も関知はしないのである」

「アルバハードを攻撃されたってことでは?」

「この会場は領事館と同じである。三国に貸し出した場所であるな」

「テロも三国の責任って話かあ」

「三国にもテロリストにも加担することは無いである」


 自由都市アルバハードに「手を出したら」とは、バグバットや領地に対して明確な敵意を持って攻撃された場合に限るらしい。

 それには領民が含まれないので、人間がいくら死のうとも関係が無い。一族である吸血鬼が滅びたならば、徹底的に調査をして報復するかどうかを決定する。


「へぇ」

「なので例の件を理由に、フォルト殿を拘束することは無いのである」

「俺たちと人間の問題だと?」

「で、あるな。しかしながら、面倒事は御免である」

「その気持ちはよく分かる。気を付けよう」


 これで、バグバットのスタンスを理解した。フォルトと同様に人外の者なので、人間や亜人を何とも思っていないのだ。

 それが分かると、少しずつだが彼を気に入りだした。

 共感する事柄が多く、不老長寿の大先輩でもある。人間ではないので、あまり醜さも感じられないのだ。

 だからなのか、まだ話し込んでしまう。


「楽団を貸してもらった礼は受け取ってくれたかな?」

「音響の腕輪は有難く受け取ったのである」

「それは良かった」


 音響の腕輪については、ニャンシーに届けさせた。

 双竜山の森にアーシャを戻したときに、カーミラが伝えている。ルーチェが何個か作っていたので、日を開けずにバグバットに渡せた。


「吾輩もフォルト殿を見習って、楽団の曲を入れるのである」

「バグバットなら優雅な音楽になりそうだな」

「機会があればお聞かせするのである」

「ははっ。期待しよう」

「では、吾輩はこれにて……。晩餐会は予定通りである!」

「分かった」


 きびすを返したバグバットが、フォルトから離れていく。

 それにしても、本当に憧れるほどの紳士である。


「じゃあ、俺たちも戻ろうか」

「はい。ですが御爺様は……」


 蚊帳の外のソフィアだったが、一つの気がかりを口にした。

 それに聞いたフォルトは、爆発があった方向に視線を移す。すると煙が細くなっており、空から消火をしている最中のようだった。

 バグバットが三国の責任と言っていたので、グリムも作業をしているだろう。当然のように怪我人の救助もやっているはずだ。

 まだ現場から離れるわけにはいかないと思われる。


「手伝う必要は無いな」

「もう危険は無いと思われますが?」

「いや。俺が面倒臭い」

「………………」

「ま、まぁグリムの爺さんに任せておけばいいと思う」

「分かりました。では晩餐会の会場に移動しましょう。ちゅ」

「でへ」


 ソフィアに嫌われたかと思ったが、唇を奪われたので平気か。

 ともあれ、これで残すは最後の晩餐会だけだ。

 場の雰囲気は苦手だが、料理については旨かったことを思い出す。と同時に暴食が悲鳴を上げたので、フォルトは自然と早足になるのだった。



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