第126話 三国会議1
三国会議最終日。朝から首脳会談が始まっている。
前日までの個別会議では、各国の思惑が入り乱れて、激戦が繰り広げられていた。また三国とも表向きは友好国なので、基本的には共同歩調を取る。
だからこそ、どの国が勝者と考えるのは不謹慎だった。
「ぁっ」
それでもあえて言うならば、エウィ王国が勝者である。
各分野において、有利に会議を進められたことが大きい。しかしながら、ソル帝国のやる気の無さが気がかりか。
亜人の国フェリアスは、今回の三国会議に女王が出席していない。なので、他の二国に譲歩する場面が目立った。
グリムが決めた二国間の人的交流も、そのうちの一つである。
「ちゅ」
そして首脳会談によって、今後の方向性を決めた宣言書が作成される。
もちろん三国会議に参加していない国々は、それを履行する義務が無い。とはいえ遵守しなければ、三国大国に
ゆえに他の国々は、アルバハードで開かれる国際会議を注視していた。
エウィ王国の南方や、ソル帝国の西に存在する小国群だ。
代表的なのは、エウィ王国の属国であるカルメリー王国。ソル帝国の西にある砂漠の国ハンバーなどである。
「あの……。ソフィア、さん?」
「ソフィアと呼んでいただけなければ嫌です」
「ソフィア」
「はい。ちゅ」
本日のフォルトは、ソフィアの部屋で過ごしていた。今まで手を出せなかった反動で、彼女を率先して求めているのだ。
それにしても普段とは違って、とても甘えん坊である。
(ここまでとは……。カーミラ以上に離れないな。でも他の人がいるときは真面目なんだよな。それにソフィアは、いわゆる多数には参加しない)
フォルトの常識や価値観は、こちらの世界に召喚されてから大きく変化した。一夫多妻や一妻多夫を認めて、自らが実行している。
もちろん、願望があったからであるのは言うまでもない。
ともあれ多数で行為を楽しむことは、今の常識だった。またどの身内に対しても、愛情の深さは変わらない。
カーミラだけは特別だが、同時に相手をしても優劣は存在しない。だがソフィアの感情は、そもそも自身が日本人なのでよく分かっている。
二人で愛を確かめ合うことも重要なのだから……。
「普段のソフィアはどこに……」
「っ!」
「そろそろみんなの所に戻ります」
「嫌」
「え?」
「もう少し。ちゅ」
「あ、はい……」
このソフィアのもう少しが、なんと五回目である。と言っても、面倒な女性や重たい女性のような煩わしさは感じない。
子供っぽいというのが正解か。
フォルトとしては嫌いでなく、むしろ好ましい反応だった。
「でもそろそろ起きないと、お腹が減りました」
「あ、あら……。では皆様の所に行きましょう」
「そうですね」
「でも後五分だけ。ちゅ」
「そうですね」
そして、きっかりと五分後に起きだした。
ソフィアは乱れたビキニビスチェを直して、全身を隠すローブを着ている。しかも恥ずかしそうに、
「あっ! ソフィアさんに言っておくことがあります」
「………………」
「あの……」
「………………」
「ソフィアに言っておくことがあります」
「はい!」
ソフィアに対しては、今まで敬語を使っていた。
とりあえず身内にしたばかりなので、いずれ改めれば良いか。と思いながら、彼女に伝えるべき内容を口にする。
「俺はフォルト・ローゼンクロイツだ!」
「なら私は、ソフィア・ローゼンクロイツですね!」
「………………」
「あ、あら?」
「結婚するわけじゃないですよ」
「そっそうでしたね。ですが、大丈夫です」
「はい?」
「私にも弟か妹ができます」
「おっ! ソネンさんとフィオレさんに子供が産まれるのか」
「はい。ですので、大丈夫です!」
何が大丈夫かは分からないが、ソフィアの両親に子供が産まれる。ならば、グリム家の跡取り問題は気にしなくて良いだろう。
婿養子の件を、簡単に諦めたことも理解できる。
「今更だけど、何で俺を選んだのだ?」
「え、えっと……」
「俺が魔人だから、かな?」
「うぅ……」
「まぁいいけどね」
「体じゅうを触られて、こんな服まで着せられたらお嫁にいけません!」
「あ……。ですよね」
ソフィアのガードが甘いからと、フォルトは年頃の娘を辱めていたようだ。昭和の時代を長く生きたおっさんにありがちな行動である。
度を越していたことは否めないが……。
ともあれ、「お嫁にいけません」の言葉も定番だ。
この言葉を言われてしまうと、さすがに納得するしかないだろう。
「ところでフォルト様」
「どうした?」
「強くなりたいのですが……」
「え?」
「せめてアーシャさんくらいには、力を付けたいです」
「なぜ?」
「フォルト様と一緒にいるには、その程度は必要と思いました」
「今のレベルはいくつでしたか?」
「十四ですね」
ソフィアのレベルを聞いて、フォルトは物思いに
レベル的には、リリエラを除けば身内で最弱だ。非戦闘員のシェラは魔族なので、それなりに高い。
確かアーシャと同じ二十五だったか、と……。
「ならニャンシーの出番かな」
「お願いできればと思います」
「でも今は、リリエラに付いているな」
「でしたか……」
「考えとくよ。ルーチェでも良さそうだしね」
「ありがとうございます。ちゅ」
笑顔を浮かべたソフィアの唇が、フォルトの頬に触れる。
ベッドでまったりとしているときも、体じゅうにしていた。
「よしソフィア、みんなと食事にしましょう。いや、するぞ!」
「はい!」
フォルトは敬語を改めながら、ソフィアと一緒に部屋を出ていく。
廊下に出ると切り替えが早いのか、いつもの彼女に戻っていた。とはいえ腰に手を回すと、その柔らかい体が熱を帯びるのだった。
◇◇◇◇◇
フォルトは自身の部屋で、テーブル着いて身内との会話を楽しむ。もちろんその相手は、カーミラ、マリアンデール、ルリシオン、ソフィアである。
ちなみに朝食については最終日なので、すべてを平らげるつもりで注文した。しかしながら数日は残る人間がいるらしく、残念ながら止められてしまう。
それでもある程度は、腹が膨れたので満足である。
「ふああぁぁぁ……。眠い」
「四人も相手にすればねえ」
「でも御主人様は手を抜きませーん!」
「体力が無尽蔵だわ」
「ふふっ。私のためにありがとうございます」
「きっ気にするな!」
ベッドの中なら良いが、それ以外で言われると恥ずかしい。
それは四人とも分かっているので、ちょっとした意地悪だろう。
「夜まで起きていられるかしら?」
「マリは心配性だな。多分平気だ」
「心配はしていないわ。言ったところで好きなときに寝るのだしね」
「あっはっはっ!」
フォルトは大口を開けて笑う。
マリアンデールは良く分かっていた。と言うよりは、全員が理解している。だがこういったものが、自身の精神安定剤になっていた。
引き籠りのおっさんに必要なのは、まず懐の深い理解者である。
「フォルト様はローゼンクロイツ家を名乗りましたが?」
「そうよお。私たちが先だしねえ。残念だったかしらあ?」
「いえ。貴族家を名乗るのが想像できませんでした」
「そうね。でも何も考えていないわ」
「御主人様は行き当たりばったりでーす!」
「確かに……」
「みんな酷いなあ」
単純な話として、フォルトは愛すべき身内の願いを
魔族の貴族であれば国自体が滅亡しているので、しがらみが無さそうだった。しかも自分たちの状況を
秘密が多く人間嫌いなのは当然として、国民になってしまうからだ。
それと……。
「ローゼンクロイツは名前がかっこいい!」
「「………………」」
あちらの世界であれば
ソフィアの前で名乗ったときも、ジーンと胸に染み渡っていた。
「名乗ったからには、フォルトは誰にも負けられないわよお」
「分かっているが、それは知略もだったか?」
「そうよ。すべてにおいて勝ちなさい!」
「ふーん」
最終的には、魔人の力を使って解決するつもりだった。
オタクが入っているフォルトは歴史やシミュレーションゲームが好きなので、その延長戦上の話だと考えている。
また知略については無理があるため、遊びの部分が大きいか。
氷河期世代の引き籠りに期待してもらっても困る。
「まぁ相手がいれば、な」
「ふふっ。双竜山の森に引き籠りますからね」
「ソフィアはよく分かっているな」
「はい」
「ぶぅ。御主人様を一番分かってるのはカーミラちゃんでーす!」
「そうですね」
カーミラが珍しく張り合っているが、ソフィアは一歩引いたようだ。二人を交互に見たフォルトは、「仲良きことは美しきかな」と思ってしまう。
実際は張り合う行為に意味はあるが、それについて今は知る由もない。だがどちらも察しており、善と悪の綱引きは始まっていた。
ともあれ、三国会議についての話題に移る。
「今は首脳会談中だったか?」
「そうですね。夕方までかかると思います」
「その間は何をしていればいいのだ?」
「私の部屋で……」
「御主人様とゴロゴロしまーす!」
「うん?」
「二人ともがっつくんじゃないわよ!」
「えへへ。マリは寂しがり屋ですねぇ」
「ちょ、ちょっと!」
カーミラの言葉に、マリアンデールは恥ずかしさを隠すように
それを見たフォルトはルリシオンに顔を向けて、苦笑いを浮かべた。
「普段ならテラスでくつろぐのだがな」
「そうねえ。なら外に出るかしらあ?」
「嫌だ! この閉ざされた空間からは出たくない!」
「町の外ねえ。中じゃないわよお」
「あぁ……。町の外か」
(祭りの最中だから、町の外に人間はいないのかな? いても少数か。なら気分転換に出てみてもいいかもなあ)
身内のことを考えると、外に出したほうが良いかもしれない。
部屋の中に閉じ籠ると、精神的に病んでくるのをフォルトは知っている。経験者は語るではないが、彼女たちが病むのは避けたい。
今のままでいてもらいたいのだ。
「カーミラ、ちょっと……」
「はあい!」
マリアンデールとじゃれ合っていたカーミラが、すぐさま隣に飛んでくる。部屋の中では、『
そして、彼女の頭を
「ゴニョゴニョ」
「分かりましたぁ!」
カーミラは
後で合流するので、フォルトは窓を閉めて続きを話す。
「よし! ルリが言ったとおり外に行くか」
「何を頼まれたのですか?」
「ははっ。内緒だ」
ソフィアからの疑問は、後のお楽しみである。
フォルトは話をはぐらかして、姉妹を入れた四人で部屋を後にした。すると屋敷から出たところで、宿舎を守る警備に呼び止められる。
「ソフィア様。夕刻からの共同宣言には出席してくださいとのことです」
「まあ!
「はい」
「分かりました。では、それまでには戻ります」
「分かってしまったのか」
「ふふっ。護衛をお願いしますね」
ソフィアを身内として迎えても、護衛は続ける必要があった。逆にもっとしっかりと守らなければならない。
自分自身の信条なのだから……。
それからフォルトたちは、町に出て通行門を目指した。バグバットが治めるアルバハードも、他の町と同様に高い壁で囲まれている。
また通行門では、ソフィアのカードで問題なく通れた。今の時期ならVIPカードと同様で、彼女の責任において他の三人も通れる。
「聖女ではなくなりましたけどね」
「そうだな。それにしてもマリとルリの仮面が何とも言えないな」
「ちょっと、どういう意味よ!」
「いや。淑女に見える」
「見えるのではなくて淑女ですけどお?」
姉妹の着ている服は、ゴシック調の可愛い黒服である。
貴族の舞踏会に参加しても、まるで違和感が無い。もちろんその格好で町中を歩くと目立つが、今は祭りの最中なので平気だった。
「混んでいるな」
フォルトはそう言うが、実のところ町から出る人間はほぼいない。
日本であればゴールデンウィークやお盆時期の高速道路のように、町に入る人間だけが多いのだ。
だからこそルリシオンは、外に出ようかと提案したのだろう。
「町の外って、ただっ広い平地だったな」
「はい。大抵の町はそうですよ」
「遠くを見通せるようにか?」
「魔物や敵軍を早期に発見するためですね」
「へぇ。ソフィアは物知りだな」
「まあ!」
フォルトに褒められて
ちなみに同じような行動をする身内は、カーミラ、レイナス、アーシャである。マリアンデールとルリシオン、それとシェラはやらない。
人間と魔族の差というよりは、単純に性格の差だが……。
「御主人様! こっちですよぉ!」
街道から外れたところには、数本の木が茂ってる場所が所々に点在する。
そのうちの一つに到着していたカーミラが、フォルトに向かって手を振っていた。と同時に、お腹の虫を刺激する旨そうな匂いが漂ってくる。
彼女に近づくと、その匂いの正体が分かった。
「ご苦労さん」
「えへへ。おつまみには最高でーす!」
「フォルト様、カーミラさんが手にしているものは何でしょうか?」
「祭りの屋台から奪ってきてもらった串焼きです」
「またそうやって!」
「さぁオヤツを食べながらくつろぐかあ」
フォルトは「まぁまぁ」と、頬を膨らませたソフィアを
以降は寄りかかれそうな木の根元に、ゆっくりと腰を下ろした。他の四人も好きな場所に座って、カーミラが入手したオヤツに手を伸ばしている。
近くには誰もいないので、テラスにいるような気楽さだ。
もちろん街道に戻れば、多くの人間が歩いている。遠目で見られているような視線を感じるが、今は身内とピクニックを楽しむのだった。
――――――――――
Copyright©2021-特攻君
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