第125話 フォルト・ローゼンクロイツ4
自由都市アルバハードにあるグリムの宿舎。
祖父が戻っているので、ソフィアは打ち合わせをしようと時間を合わせた。三国会議も終わりに近づいており、顔を見るのは数日ぶりか。
すでに、三国大国が発表する共同文書の作成は終わっている。だが外交折衝での決定を履行するために、王国に帰還してから再び会議が開かれる予定だった。
今のうちに収集した情報を伝えて、それに備えておくのだ。
「ソフィアのおかげで助かったのう」
「ですが、私が集めた情報は多くありません」
「十分じゃ。下級貴族たちの動きがよく分かるのう」
「デルヴィ侯爵が昇爵して、派閥が大きくなっていますね」
「うむ。三国会議の各分野でも、侯爵の意見が通っておる」
「かなり強引だったと聞きました」
「ほっほっ。あの男は力があるからのう」
「帝国貴族にも顔が利くとか?」
今回の三国会議は、デルヴィ侯爵の独壇場だった。事前に帝国貴族を丸め込んで、各分野の会議を有利に進めている。
その結果を聞いて、皇帝ソルは激怒したそうだ。
三国会議が終了して帝都に帰還したら、粛清の嵐が吹き荒れるかもしれない。とはいえそんなことは、侯爵に関係が無かった。
金品を受け取った貴族にはご愁傷様だ。
「素直に喜べぬが、今回はデルヴィ侯爵の功績が大きいのう」
「手腕は大したものですが……」
「言いたいことは分かるが、力を使うには力を付けねばならぬ」
「そのためには何をしても良いと?」
「あやつの持論じゃな。ワシは違うがの」
「必要悪というものですか?」
「認めたくはないがのう」
「はぁ……」
黒い
またそれを肯定するかのごとく、「黒い
密輸・密売・麻薬はもちろん、奴隷や人身売買とありとあらゆる違法に手を染めている。「人が消えたら黒い棺桶」と言われるほどだった。
真偽のほどは定かでないが、関係が露呈すれば身の破滅となる。だが露呈しないことこそが、侯爵の力なのだろう。
本当に化け物である。
「そう言えば
「やれやれじゃ。侯爵の嫌がらせが始まったかの?」
「嫌がらせで済めば良いのですが……」
「無理じゃな。まずはブレーダ伯爵との仲を裂きにきておるのう」
「魔の森を任されたのは御爺様のおかげと喜んでおられましたが?」
「国境を越えた帝国の密偵のせいじゃ」
「フォルト様が仰っていた者たちは密偵でしたか」
双竜山を越えた者たちは、フォルトが見逃している。と言うよりは面倒なので、手を出さずに放っておいただけだ。
また双竜山の亜人種から受けた報告では、すでに山を越えていた。
わざわざ後を追いかけてまで、何かをするはずがないのだ。
「どうしたのじゃ? 顔が赤いようじゃが……」
「い、いえ。何でもありません」
ソフィアは話題の男性と、激しく睦み合った後である。
だからなのか、全身が高揚してしまった。とりあえずグリムが戻るまでには、何とか体を動かせるようになっている。
さすがに話題を反らさないと、恥ずかしさのあまり部屋を飛び出しそうだ。
「え、えっと……。レイバン男爵が面会を求めているようです」
「ふむ。それはソネンに回しておくのじゃ」
「父様に、ですか?」
「うむ。いまだに処分されていないのなら、男爵には何かあるのう」
「何があるのでしょうか?」
「ほっほっ。ソネンに調べてもらおうかのう」
祖父のグリムには考えがあるようだ。
レイバン男爵の何かを
ともあれ、父親の名前が出たついでに聞いておきたいことがあった。
「分かりました。そ、その……。御爺様に少々お聞きしたいことが……」
「何じゃな?」
「え、えっと……。父様と母様は……」
「ソネンとフィオレがどうしたのじゃ?」
「こ、こ、こ、子供は作らないのでしょうか!」
「何を言っておるのじゃ?」
「い、いえ。弟か妹が欲しいな、と……」
フォルトと結ばれた件は言っても良いが、「人間から魔人に変わった」とは伝えられない。しかも自己完結している種族なので、子供は作れないのだ。
すでに遅いのだが、ソフィアは今後のグリム家を考えてしまう。
「ふむ。ソフィアは知らなんだか……」
「え?」
「フィオレは身籠っておるぞ」
「ええっ! 聞いていないですよ!」
「つい最近の話じゃからのう」
「たっ確かに庇護されてからは、両親とほとんど会っていませんが……」
「驚かせるつもりのようじゃな」
家族がソフィアに
ならば母親のフィオレは、一年以内に出産するだろう。となればソフィアは後顧の憂いなく、フォルトの身内になれる。
出来すぎな気もするが、この話で安心してしまった。
「そっそうですか。良かった」
「良かったじゃと?」
「え? あ、いえ……」
「やれやれじゃ。かの者に取られたかのう」
「は、い」
「ふーむ。それならワシに挨拶ぐらいはするものじゃぞ?」
「昨日でしたので……」
「はぁ……」
「御爺様?」
グリムは
特に責められず挨拶と言っているので、ソフィアを渡すのは構わないと思っていたようだ。しかしながら、三国会議の真っ最中だとは思いもよらなかったか。
もちろん、その気持ちは分かる。
「それで良いのかの?」
「え?」
「ソフィアの覚悟を聞いておこう」
「覚悟ですか?」
「かの者は状況が特殊じゃ。今は良いが敵対する可能性を
「はい」
「我らと敵対したらどうする気じゃ?」
「そうならないように務めますが……」
「敵対したら、と聞いておる」
「フォルト様について行きます」
覚悟を決めているソフィアは、バグバットから提示された選択肢を思い出す。
先日の出来事だったが、フォルトについては自身の役目と決めたのだ。魔人から魔神に覚醒させないために、
それも、一生涯に渡って……。
「ならば何も言うまい」
「それともう一つ、御爺様にお聞きしたいことがあります」
「何じゃな?」
「延体の法について……」
「ほう」
延体の法とは、人の寿命を延ばす儀式だ。
それをグリムは完成させて、二百年もエウィ王国に仕えている。ソフィアが教えを乞えば、延命した時間だけフォルトの足枷になれるだろう。
「伝授していただけますか?」
「残念ながらソフィアには無理じゃな」
「え?」
「ソネンやフィオレでも無理じゃ」
首を振ったグリムは、ソフィアに理由を伝える。
他人の命を使う儀式が、延体の法なのだ。しかも人間では、大した延命にはならない。何百年と生きるには、長寿の種族を糧とする必要があった。
もちろん儀式自体も難しいので、魔法を極めていないと不可能である。
「ワシの古き友にエルフがおった」
「はい」
「その者の命をもらったのじゃ」
「………………」
「話せば長くなる。じゃが無理やりではないぞ?」
「分かりました」
自分の
また魔法使いとしても未熟で、両親の足元にすら及んでいない。ソネンとフィオレに無理であれば、どうやっても延体の法の習得はできないのだ。
これには思わず
「ソフィアよ。長寿を手に入れて何をするつもりじゃ?」
「それは……。言えません」
「両親にもか?」
「はい」
「ふむ。かの者にまつわる話じゃな?」
「はい」
「ならば聞かぬことにしようかのう」
「ありがとうございます」
家族はソフィアを信用してくれている。
この場に両親はいないが、おそらくは同様の答えを返すだろう。
そしてグリムは、フォルトの件で余計な詮索を一切しない。特殊な人物なので、自分から話すのを待っているのだ。
ともあれここで、グリムが一つの提案をする。
「かの者は婿養子にならぬかのう?」
「どうでしょう。まだそこまでの話はしていません」
「ふむ。ならば呼んできてもらえるかの?」
「構いませんが……。同席しても?」
「駄目じゃ」
「分かりました」
確かにフォルトが婿養子になれば、ソフィアが家を継げる。
この話には同席したかったが、残念ながら即答されたので諦めるしかない。ならばと立ち上がって、一生涯を
◇◇◇◇◇
緊張した面持ちのフォルトは、机を挟んでグリムと向かい合っている。
ソフィアが身内になった件を伝えたので、「挨拶に来い」と急かされたのだ。本来であれば自分から出向くのだが、どう切り出したものかと頭を捻っていた。
彼女とは歳が離れたおっさんなので、それも悩みの種である。しかしながら、そういった話はすっ飛ばされてしまった。
「孫娘に手を出したら責任を取ってもらうと言ったはずじゃ」
「確かに言っていましたね」
「では、責任を取ってもらうぞ?」
もうソフィアをもらえる前提だった。
だからこそ、フォルトが考えていた言葉が宙に浮いてしまった。されど何も言わないのは、男としての
機を逸して恥ずかしいが、ありふれた文言を伝える。
「はい。生涯幸せにします」
「それは当然じゃが、婿養子にならぬか?」
(そうだよなあ。可愛い孫娘だもんな。しかも子煩悩な両親の一人娘だろ? 俺は得体の知れない異世界人。今までは
グリムからの提案は、当然のように言われると思っていた。
息子のソネンがいるので、フォルトが家督を継ぐことはあり得ない。だが庇護してまで囲った異世界人を、ソフィアの婿として扱える。
危険視している魔族の姉妹も、危険なく抑えられるのだ。
結婚というおめでたい話とはかけ離れるが、そこまで考えているだろう。
もちろん考えていないかもしれないが、その答えは決めていた。
「すみません。無理ですね」
「なぜじゃ? ワシは貴族ではないが、それなりに名家じゃぞ?」
「俺は……。フォルト・ローゼンクロイツです」
「むっ!」
「本当にすみません。ローゼンクロイツ家の当主になりました」
「………………」
頭を下げたフォルトは、ここで初めてローゼンクロイツ家を名乗った。
そうは言っても、この家名は魔族の貴族家である。
エウィ王国の重鎮グリムが認めるはずはない。ソフィアとの関係も解消させられるかもしれないと思ったが、意外にも怒っていないように見える。
「そちらを取るか」
「はい」
「お主は人間ではないな?」
「………………。ご想像にお任せします」
「詮索したいところじゃが……。やめておこうかのう」
今までも深く追求されていないからこそ、フォルトはグリム家に好意的なのだ。しかしながら、本当に知りたいことは分かっている。
もちろん想像するのは勝手なので、こちらからは何も言わない。
「ありがとうございます」
「ソフィアも大変な者を選んだものじゃ」
「そうですね。俺もビックリしました」
「ならば今後は庇護ではなく、お主の身内として扱ってもらうぞ!」
「そのつもりですよ」
グリムは婿養子にこだわりは無いようだ。
息子のソネンがいるからだろうが、ソフィアを返せと言われなくて良かった。もちろん言われるまでもなく、身内になった彼女は全力で守るつもりだ。
今回の件で、「庇護されている者が庇護する」という状況が解消された。
「ならば安心じゃ。それとな。デルヴィ侯爵が嫌がらせを始めておる」
「へぇ」
「最悪の場合は、ソフィアを捨てるからの?」
「言っていましたね」
「その場合は、以降の援助はできぬ。お主らで何とかせい」
「分かりましたよ」
最悪の場合とは、ソフィアが神殿から異教徒の認定を受けること。
こうなると処分の対象になって、基本的には処刑されてしまう。だからこそグリム家は、異教徒の家族として見られないようするのだ。
つまりローイン公爵家のレイナスのように、ソフィアを廃嫡する。だがそれを金と権力を使って、デルヴィ侯爵が買い取るはずだ。
そしてリリエラに対して行われていた非道が、彼女の身にも降りかかる。
(そこまでするかな? と思うけど……。元聖女とはいえ、一人の女性を手に入れるには手間がかかりすぎる。でもなあ。やりそうな気もするんだよなあ)
デルヴィ侯爵のソフィアを見る目。
それとフォルトを見る目が、そんな気にさせる。
もしかしたら、ただの考え過ぎかもしれない。だが防衛策を講じていなければ、現実になりそうで怖い。
グリム家は侯爵の人となりを知っているので、余計にそう感じている。
だからこそ、彼女の庇護をお願いされたのだ。
「侯爵の話が出たので伝えておきますが、俺に話があるようです」
「ソフィアから聞いておる」
「もう会うつもりはないですけどね!」
「ほっほっ。ローゼンクロイツ家の当主が、デルヴィ侯爵を恐れるか」
「恐れるわけでは……」
「その家名を名乗るならのう。姉妹に聞いてみれば分かるじゃろう」
「なるほど」
フォルトは天井を見上げて、マリアンデールとルリシオンを思う。
あの姉妹なら、「正面から粉砕してきなさい」と憤るだろう。
さすがに面倒臭いので、ローゼンクロイツ家を名乗るのは止めたほうが良いかもしれない。とはいえそれをすると、ソフィアの婿養子になれと蒸し返される。
選択肢は二つしかないが、これには眉をひそめてしまう。
「聞いておきますよ」
「では行ってよいぞ。くれぐれもソフィアは大切にせい」
「分かっていますとも!」
グリムの部屋を出ると、廊下で彼女が待っていた。会話の内容が気になっていたらしく、早足で近づいてフォルトの腰に両手を回された。
これにはあっという間に撃沈して、彼女の頭を
そして何かを問われる前に、互いの唇を重ねるのだった。
――――――――――
Copyright©2021-特攻君
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