第123話 フォルト・ローゼンクロイツ2
マリアンデールとルリシオンから結婚を迫られた翌日。
フォルトは本日の予定を聞こうと、ソフィアの部屋に向かおうとする。だが自身の部屋を出ると、コックのような格好をした者たちが走り回っていた。
どうも大声を上げながら、何かから逃げ回っているようだ。
「ひぃ! 魔族だ!」
「にっ逃げなきゃ!」
「助けて!」
彼らの言葉を聞き取ったところで、フォルトは頭を抱えてしまった。
確か姉妹はオヤツを作りに、調理場に向かったはずだ。
(マリとルリが来ることを伝えていなかったな。これは失敗した。しかし初日にシェラを見て、いないか? まぁ俺が悪いな)
三国会議の初日には、魔族のシェラを連れてきた。とはいえグリムとソフィア、後は料理長に姿を見せただけだったか。
そう考えると、他の人間が驚くのは無理もないかもしれない。なのでフォルトの近くに逃げてきた人に向かって、手を挙げながら呼び止めようとした。
「それは俺の連れです」
「きゃー!」
「衛兵! 衛兵!」
(聞いちゃいねぇ。なら面倒だけど無力化しよう)
頭をかいたフォルトは、自身が習得している魔法に意識を向けた。
ちなみにアカシックレコードには、まだ取り出していない魔法が膨大にある。いま使える魔法は、「とりあえず便利そう」といった選別だった。
ともあれ、現状を打破できそうな魔法は……。
【マス・キャプチャー/集団・捕捉】
【マス・スリープ/集団・睡眠】
視界に入らない場所も騒がしいようだ。ならばとまずはターゲットを固定する魔法を選んでから、廊下に出ている全員を眠らせた。
魔人が放つ魔法に、人間が抵抗するのは難しい。
特に何の力も持たない者は、前にのめり込みながら床に倒れる。
「痛そう……」
その中には、大きな音を立てて倒れた人もいる。額を床にぶつけているので、とても痛そうだ。しかしながら、それでも起きない。
さすがは魔法だと、フォルトは感心する。
それも束の間、目的の部屋から女性が出てきた。
「フォルト様!」
「あ、ソフィアさん。いま部屋に向かおうと……」
「この騒ぎは、いったい何でしょうか?」
「すみません。マリとルリが来ていることを言い忘れました」
「………………」
「パニックに近かったんで、廊下にいた全員を眠らせました」
「はぁ……」
みんなが無事と知って、ソフィアは
その表情を見たフォルトは、本当に申しわけなさそうにした。
「姉妹はどちらへ?」
「調理場でオヤツを作ってると思いますよ」
「………………」
ジト目のソフィアが怖い。
フォルトは更に縮こまってしまう。
「そんな目で見ないで……」
「とにかく! 衛兵に言って事態を収拾しておきます!」
「ごめんね」
「もぅ……。フォルト様は私の部屋で待っていてください」
「分かりました。あ、でも宿舎の中の衛兵は寝てると思います」
「外の衛兵に言ってきます!」
「あ……。はい」
(さすがに怒っちゃったなあ。本当にすみません! でも不可抗力なのだ。俺が悪いのは分かっている。しかし! 仕方がなかったのだ)
フォルトは悪いと思いながらも、自身の行いを正当化する。とはいえ、半分以上は冗談みたいなものだ。
この宿舎の中では、ソフィアと身内以外の人間はどうでも良い。
とりあえず言われたとおりに、彼女の部屋で待つ。部屋といっても宿舎なので、内部の作りは似たようなものだ。
「でもソフィアさんの匂いがするね。って俺は変態か!」
一人でボケと突っ込みをしてから、フォルトは部屋にある椅子に座った。衛兵に伝えるだけなら、すぐに戻ってくるだろう。
そして、「今日も部屋に籠れれば良いな」と天井を仰ぐ。
「お待たせしました」
「お帰り」
ソフィアを見ると、あまり怒っていない様子だ。部屋に入った後は澄ました顔で、向かいの席に座った。
もしかしたら、フォルトだからと諦めているのかもしれない。
「今日の予定を聞きに来たんだけど?」
「宿舎に何名かの客人が来られる予定です」
「おっ! なら外に出なくていいですね」
「はい。出かける用事はありません」
「ソフィアさんの後ろに控えていればいいのかな?」
「そうしてもらえると助かります」
ソフィアの言葉で、フォルトは
そうなると、来客が鬱陶しくなる。
(カーミラに言って、宿舎に来る前にサクッと殺せないものか? いや、やっぱり駄目だな。折角ソフィアさんが怒りを抑えたのだ。平穏が一番だ)
良からぬことを考えたが、フォルトは
ソフィアには笑顔が似合うので、余計なことはしないに限る。と目を細めて彼女を見ると、何やら立ち上がっていた。
「フォルト様」
「え?」
「立っていただいてもよろしいですか?」
「えぇ……。構いませんよ」
首を傾げたフォルトは、ソフィアの言ったとおりに立ち上がる。すると彼女が近づいてきて、あろうことか体中を触り始めた。
これには、両手を広げて戸惑ってしまう。
「あ、あのソフィアさん? 何を……」
「ちょっと黙っていてください」
「はい」
おっさんの体を触っても、気持ち悪いだけではないだろうか。
そう思ったフォルトだが、ソフィアの手が止まらない。ならばと二度と無い経験なので、彼女の気が済むまで触らせておく。
「プニプニしていますね」
「あ、はは……」
「こっちは……」
「おっ! そっそんなところを!」
「え? 痛かったですか?」
「い、いえ。おおう!」
ソフィアはいったい、何がしたいのか。
フォルトには見当も付かないので、彼女に真意を聞いてみる。
「し、して。その心は?」
「はい?」
「なぜ俺の体を触っているのかと……」
「お、お、お」
「お?」
「終わりです!」
後ろに回り込んだソフィアは、フォルトの背中を押してくる。
そして何が何やら分からないまま、部屋を追い出されてしまうのだった。
◇◇◇◇◇
自身の部屋に戻ったフォルトは、先程の状況を説明する。
それを身内の三人は、顔を見合わせながら面白そうに聞いていた。
「私たちが来ているのを知らなかったのねえ」
「調理場に入ったら、人間どもが算を乱して逃げていったわ」
「部屋の外の騒ぎは聞いていましたぁ」
(さすがにソフィアさんの行動は言えない。ここでの話題は魔族襲来の件だ。しかしソフィアさんは、何がしたかったんだ?)
天井を見上げたフォルトは、カーミラを膝の上に座らせた。次に目の前にある野菜の盛り合わせを、パリパリと食べていく。
さすがに、毒野菜に分類されている野菜は無い。だが葉が食べられる野菜は、調理場に置いてあったらしい。
もちろん悪い手で、彼女を触ることも忘れない。
以降は暫く和んでいると、マリアンデールが口を開く。
「私たちは最終日までいるわ」
「え? 帰らないのか」
「最終日も
「さすがは魔族の名家ってところか」
「当然よ。バグバットにも挨拶ぐらいはしてあげるわ」
「でもそれだと、みんなに不公平感が……」
「アーシャ以外には了解を取ってあるわ」
「………………」
(いつもアーシャがのけ者のような気がするな。タイミングが悪いと言えば悪いのだが、この埋め合わせは戻ったらするか)
別にアーシャが虐められているわけではない。
むしろ仲は良いのだが、彼女は何かを決めるときにいない場合がある。今回の件もそうだが、屋敷の外をうろついている時間が多い。
活動的なギャルだから仕方ないが、運は良くないと思う。
「いいよ。でも町に出られると困るみたいだけどな」
「なら、これがあるわあ」
ルリシオンが懐から、目元だけを隠す仮面を取り出した。しかしながら姉妹が外に出られないのは、頭の角が原因である。
仮面では意味がないのだ。
「それじゃない感が……」
「ふふっ。角の『
「そうなんだ」
「私たちは隠す必要性が無いから使わなかっただけよ」
「マリは隠さなくても……」
「何か言ったかしら?」
「イイエ。何デモアリマセン」
「貴方ねぇ」
「ははっ。リボンは可愛いと思うぞ」
「そ、そう? なら許してあげるわ」
フォルトの何気ない言葉に、マリアンデールは少し照れている。
コンプレックスの小さな角を隠すための小物だが、ツーサイドアップに付けたリボンは彼女のチャームポイントでもある。
「角が隠せるのなら、仮面の意味は何だ?」
「晩餐会と言ったらこれじゃない?」
「仮面舞踏会と勘違いしてないか?」
「面が割れてる有名人はつらいわねえ。とだけ言っておくわあ」
「あぁ……。帝国か?」
「覚えているかは知らないけどねえ」
勇魔戦争では、ソル帝国と遊んでいた姉妹だ。
顔を覚えられている可能性はあるが、十年以上も前の話だった。しかも相対した人間は、
ともあれ、これからやることがあった。
「さてと。護衛に行ってくる」
「真面目にやってるのねえ」
「似合わないか?」
「うん」
「そうねえ」
「はい!」
「………………」
(みんなは俺のことをどう思って……。って怠惰の魔人で括られていそうだな。七つの大罪は全部持っていますよ!)
フォルトが常に全開な大罪は怠惰・暴食・色欲である。
どれもバランスよく発揮しているが、怠惰が起点になっているか。
「ま、まぁ外に出るならバレないようにな」
「分かったわあ」
マリアンデールとルリシオンは自由奔放なので、フォルトとしては行動を縛りたくない。森の中でも好き勝手に動いており、しかも強者である。
心配することは何も無く、気にも留めていなかった。
そして、ソフィアの部屋に向かう。
先程はペタペタと触られたので、色欲が刺激されてしまった。と言っても、それを発散する時間は無かった。
今でも少しモヤモヤするが、とりあえず部屋の扉を
「ソフィアさん?」
「お待ちしておりました。では本日もお願いしますね」
すでに客が来ているようで、ソフィアに連れられて応接室に向かう。
室内では、貴族服を着た男性が待っていた。彼女が入室するとソファーから立ち上がって、会釈とともに挨拶している。
「これはソフィア様、本日はお日柄も良く……」
「はい。では打ち合わせ始めましょう」
「まずはグリム殿に頼まれていた資料。もう一枚が……」
「………………」
挨拶もそこそこ、ソフィアは打ち合わせを開始した。
基本的に彼女は、グリムの補佐的な仕事をやっている。
その当人は、王様と一緒に色々とやっているのだろう。宿舎にはほとんど帰ってこないので、彼女の苦労が察せられる。
そんなことを考えていると、フォルトは少しずつ眠くなってきた。
「ソフィア様はご存知か? グリム様に良からぬ
「それは?」
「グリム様のせいで国境に不備があったと……」
「まあ!」
「噂の出所は分かりませんが、ブレーダ伯爵がデルヴィ侯爵に……」
「教えていただきありがとうございます」
「いえいえ。では、グリム様によろしくお伝えください」
「はい。伝えておきます」
(すでに何を話してるか分からんな。言葉尻が聞き取れない。後どれぐらい続くのだろうか? 眠い。腹が減った。ヤりたい)
ソフィアの後ろで立っているだけなので、フォルトはとても暇である。
来訪者が敵対行動をとってくれれば、暇を潰せるだろう。しかしながら何も起こらないため、眠気によって意識が飛びそうになる。
そして応接室には、間髪を入れずに次の来客が訪れる。
適当に会釈をすれば良いらしいが、すでにフラフラ状態だ。
「ところでソフィア様、レイバン男爵という男ですが……」
「はい?」
「面会を希望されてるようですぞ」
「あら。
「はい。あれはバルボ子爵の子飼いの貴族。お気を付けくだされ」
「ありがとうございます」
「いえいえ。私は彼が好かんのです。ではグリム様によろしくと……」
「はい。伝えておきますね」
何やら久しぶりな名前を聞いて、フォルトの眠気が多少はマシになる。
どうやら双竜山の森に入れないので、グリム家に渡りをつけるつもりらしい。
(レイバン男爵ねぇ。意外とめげないな。最初からそうすればいいのに……。それでも俺が会うことはないけど……)
以降も同様の来客が、十数人ほどいた。
その間のフォルトは、ずっと立っている。ソフィアの護衛を引き受けて、一番の苦痛を感じた時間だった。
「……様?」
「…………」
「……ト様?」
「…………」
「フォルト様?」
「んんっ! ソフィアさん、どうされましたか?」
(しまった。ウトウトしてしまった。護衛失格だな。よし! 首にしてもらおう。それからさっさと森に帰って、自堕落生活に戻るのだ!)
だがしかし、そうは問屋が卸さない。行動に起こしてしまうと、ソフィアと結んだ
それでは、自分が許せなくなる。
「終わりましたよ?」
「あ、あぁ……。そうですか」
「眠そうですね」
「あ、はは……。さすがに、ね」
「ふふっ。私の部屋で眠気覚ましの茶でも入れましょう」
「ありがとう」
ソフィアの気遣いに感謝である。
しかも今日の面会は終わりなので、もう自室に戻って休める。ならばとフォルトは笑顔を浮かべて、テーブルに積み上がった書類を抱える。
そしてフラフラになりながらも、彼女の部屋に向かうのだった。
――――――――――
Copyright©2021-特攻君
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