第122話 フォルト・ローゼンクロイツ1
三国会議も中盤に差し掛かり、各国の折衝もヒートアップしていた。
自国の利益を追求するのは当然である。より有利な条件を引き出すために、三大大国はカードを切り合っている最中だ。
ソル帝国もまた、エウィ王国と同様に連日会議を催している。
「皇帝陛下。エウィ王国とフェリアスの交流が活発になると思われます」
帝国が宿舎にしている一室で、仮の玉座に座るのは皇帝ソルである。
その顔は険しく、常人では覇気で押されてしまうほどだ。威圧感が物凄く、報告をした官僚はブルブルと震えている。
「ふん! あの
「はい。我らも交渉に臨んでおりますが、やはりターラ王国が……」
会議に出席している帝国軍師テンガイが、官僚の報告に補足する。
三国会議が開催される前に、ランス皇子が攻め落としたターラ王国。
かの国の領土内にある小規模な森には、エルフ族が集落を営んでいた。しかも困ったことに、亜人の国フェリアスのエルフ族と関係があるのだ。
そのため人的交流に関しては、色良い返事がもらえていなかった。
「そうか。だが国土平定はもうすぐであろう?」
「ランス皇子からの報告では、ゲリラ戦をする集団があるとの由」
「ちっ。森には手を出しておらぬはずだがな」
「伝えてはいますが、残念ながら疑われておりますな」
「まぁいい。今すぐ交流を持ったところで帝国に益は無い」
「皇帝陛下。我らはエウィ王国と違う道を進まねばなりません」
「そのとおりだ。奴らが亜人と組むなら帝国は……」
勇魔戦争の終結から、もう十年が過ぎた。
いつまでも三大大国などと、現を抜かしている場合ではないのだ。
「ところで軍師殿。種はあったか?」
「そのための三国会議です。種はありますが芽吹くかどうかは……」
「細工すればよかろう?」
「準備はできております。許可さえいただければ……」
「さすがだな。軍師殿に任せるとしよう」
「ははっ!」
まだ若いテンガイだが、皇帝ソルからの信任は厚い。
実力主義の帝国で、軍師の地位を力で獲得したからだ。内政から外交・軍事に至るまで、すべてを熟知して貢献している。
その彼を、若造と蔑む者は皆無だった。
「それで、例の男は?」
「昨日も聖女と一緒に、バグバット様の屋敷を訪れておりますな」
「女はどうでもよい。監視を怠るな」
「はい。しかし何者でしょうか?」
「聖女が一緒であれば異世界人であろうな」
「勇者とは思えません。どう見ても四十から五十歳……」
「ならば魔法使いか?」
「その辺も含めて調査できればと思います」
それは、突如現れた気になる人物だった。
吸血鬼の真祖バグバットと親し気に会話をして、屋敷にも出入りしている。もしも力があるならば、ソル帝国に欲しい人材だ。
仮想敵国のエウィ王国には、
「あの吸血鬼は常に中立だ」
「はい。ですが少しでも動かせれば……」
「敵にすればバグバットの怒りを買うと思うか?」
「今の時点では分かりかねます」
「で、あろうな。まぁいい。男の件も任せる」
「ははっ!」
あちらの世界であれば、一人の強者など恐れることはない。
どんなに強くても数では圧し潰されて、近代兵器であっという間に殺害できる。しかしながらこちらの世界では、一人の強者が戦況を変えることが容易だった。
それが、人外の者であれば猶更である。
男を使ってバグバットを動かせれば、何をするにも力を前面に出せるのだ。
「私からは最後になりますが、双竜山から見えたという建物の件です」
「ふん! それは三国会議が終わってからだ」
「ははっ!」
「では次の報告をせよ」
その後も官僚からの報告は続く。
最終日までにすべてをまとめて、三国が
皇帝ソルは報告を聞きながら、目を細めて天井を見上げるのだった。
◇◇◇◇◇
バグバットの屋敷で用事を済ませたフォルトは、宿舎に戻って寝ていた。
当然のように、アーシャを思う存分に抱いてからだ。彼女は夜の情事が終わった後に、カーミラに運ばれて双竜山の森に帰った。
ちなみに用事の楽団は、鼻歌から曲を起こしている最中だ。音響の腕輪は預けてあるので、完成したら受け取る予定になっていた。
そして交代で連れてきた女性が、フォルトに声をかけてくる。
「ちょっとフォルトぉ。そろそろ起きなさあい」
「ぐぅぐぅ」
「私たちを待たせるの? 貴方は死にたいのかしら?」
「うぅ……。起きる……」
続けて違う女性の声がしたので、フォルトは薄目を開ける。
声のした方向に顔を動かすと、その女性たちが目に映った。椅子に座って、オヤツを食べている最中のようだ。
ならばとベットから起き上がり、彼女たちのテーブルに着く。
「おはよう。マリ、ルリ」
「御主人様はシモベ使いが荒いでーす!」
「ははっ。往復をありがとうな」
「でもでも。最大戦力を呼んじゃっていいんですかぁ?」
「でへでへ。二人がいなくても過剰戦力だと思う」
カーミラが柔らかい二つのモノを使って、フォルトの後頭部を刺激する。
確かにマリアンデールとルリシオンは、魔族の中でもトップクラスの強者である。だが今のレイナスは、限界突破を終わらせてレベル三十を越えた。
しかもデモンズリッチのルーチェを戻して、森の管理者ドライアドもいる。
たとえ姉妹がいなくても、森の警備は万全だろう。
「でもアルバハードかあ。懐かしいわねえ」
「二人は来たことがあるのか?」
「あるわよ。ローゼンクロイツ家を
「ははっ。バグバットにも会ったことが?」
「あるわね。魔族とも交流していたわ」
「ふーん」
「なに? 焼きもち? たまたま外交上の席で会っただけよ」
「ならいい」
何十年も前の話なので、大した嫉妬にはならない。
それにしても、姉妹が外交をするとは思いもよらなかった。
「マリとルリって好き勝手してそうだけどな」
「そうよお。たまたま魔王城にいて、たまたまパパに呼ばれただけよお」
「パパ……」
「ジュノバ・ローゼンクロイツ。魔王軍六魔将の筆頭よお」
「へぇ。御大層な役職だね。生きてるのかな?」
「残念ながら生死は分からないわあ」
「そっか。探さないのか?」
「ミイラ取りがミイラは嫌よ。生きてれば、いずれ会えるでしょ」
「あっさりしてるな」
「魔族は力がすべてと言ったでしょ。死んだらそれまでよ」
「ふーん」
フォルトは魔族と人間の差を理解して感心する。
たとえ親であっても、力量に任せているようだ。人間なら探さないまでも、肉親の心配ぐらいはするだろう。
「そうそう。貴方に伝えておくことがあったわ」
「どうした? マリ」
「パパの話が出たから丁度いいわね」
「うん?」
「私たちと結婚しなさい!」
「………………」
マリアンデールの言葉に、フォルトは思わず口を開けた。
言葉の意味が瞬時に理解できず、視線も泳いでしまう。
「何を
「今なんて?」
「理解できないのかしら。ほんとお馬鹿さんね」
「いっいや。聞き慣れない言葉でな」
(マリはいったい何を言い出すんだ? 確か「結婚しなさい」とか言ったな。合ってるか? しかも私「たち」と言ったような……)
聞きなれないというか、自分にはまったく縁のない言葉だった。とはいえマリアンデールを見ると、笑顔が消えて真剣な表情をしている。
これは困ったと視線を逸らしてルリシオンを見ると、同様の表情をしていた。
「私たちと結婚しなさいって言ったのよ!」
「はい?」
「そして、ローゼンクロイツ家の当主になりなさい!」
「マリ……」
「なによ」
「頭は大丈夫か?」
「大丈夫よ!」
「そっそうか。なら、その真意は何だ?」
「ローゼンクロイツ家の家名を継ぎなさいってことね」
「カ、カーミラ?」
フォルトは助けを求めるように、後ろを向いてカーミラに視線を向けた。
その彼女は明後日の方向に顔を反らして、下手な口笛を吹いている。しかも口元が笑っており、顔を戻してウインクされた。
これには首を傾げる一方で、とある話を思い出す。
(これは遊べってことか? そう言えばソフィアさんを
「だが断る!」
「なんでよ!」
「いっいや。二人と結婚すると他の身内がなあ」
「まとめて嫁にすればいいわ!」
「はい?」
「貴方の世界では知らないけど、こちらの世界は一夫多妻制よ」
「なるほど?」
一夫多妻、一妻多夫なのは分かっている。
それについては、確かにフォルトにとって魅力的だった。しかしながら結婚となると、人生の墓場に入るようで気が引ける。
それに落ちぶれたおっさんとしては、結婚など手の届かない過ぎたる話だ。
「お姉ちゃんは言い方が拙いわよお」
「え?」
「結婚と言っても、今と何も変わらないわよお」
「いや。変わるだろ」
「単純にローゼンクロイツ家の当主になればいいのよお」
「はい?」
「フォルト・ローゼンクロイツを名乗って、誰にも負けなければいいわあ」
「そっそれが言いたかったのよ!」
マリアンデールが顔を真っ赤にして、取ってつけたような
ならばとフォルトは、姉妹に回答を求めた。
「魔王は魔人。ならローゼンクロイツ家の当主が魔人でもいいわよねえ」
「あぁ……。そういうことか」
「パパがいないからね。私たちが認めてあげるわ」
「ふーん。ちなみに名乗ると何かあるの?」
「別に何も無いわよお。あ……」
「やっぱり何かある?」
「他の貴族家に
「ちょっと!」
魔族は上下関係も力で決める種族だ。
勝てると踏んだ貴族家には戦いを挑んで、勝利と共に立場を逆転させる。魔族の貴族家に爵位が無い理由の一つだった。
ローゼンクロイツ家を名乗ると、そういった争いの渦中に入るのだ。
「はぁ……。して、その心は?」
「ローゼンクロイツ家は無敵よお」
「要は不在の当主をやれってことか?」
「そうよお」
「マリかルリがやればいいだろ?」
「理由はあるのよお」
姉妹はローゼンクロイツ家の正式な令嬢だが、当主になるのは嫌らしい。
フォルトとしても、そんな面倒な家名を押し付けられては困る。だが理由があるならば、一応は聞いてみる。
「私たちがフォルトの下位だからよお」
「へ?」
「ローゼンクロイツ家が誰かの下に付くのは我慢ならないのよねえ」
「魔王の下に付いていただろ?」
「だから、嫉妬の魔人スカーレットの下ねえ」
「なるほど」
フォルトは最近になって、多少は貴族のことを分かってきた。
ローゼンクロイツ家に誇りを持っているがゆえに、家名に泥を塗りたくないという姉妹の思いなのだろう。
魔人を当主とすることで、どの貴族家も退けるつもりなのだ。
(これは……。俺がローゼンクロイツ? あっちの世界だと
「カーミラ・ローゼンクロイツ」
「はあい!」
「答えるなよ」
「えへへ。カッコイイじゃないですかぁ」
「そっそうか?」
フォルトと同じ感想を持ったカーミラは、満面の笑顔で抱きついてきた。
最愛の小悪魔に問題が無いなら、姉妹の望みを
「カーミラは分かっているわね」
「結婚はフォルトが婿養子にするための建前よお」
「ほう。そんなに家名が大切なのか。なら……」
結婚は建前なので、女房面をするつもりは無いらしい。
ならばとフォルトは意を決したように……。
「だが断る!」
「なんでよ!」
「冗談だ。少し考えさせてくれ」
「な、ならいいわよ」
これで、なぜ二人で来たかが分かった。
アーシャの次は、本来だとルリシオンだけだった。だが双竜山の森を出るときに、「姉と一緒でなければ嫌だ」と駄々をこねたのだ。
それで
おそらくだが、家督を継がせるタイミングを狙っていたのだろう。
「やれやれだな」
「ローゼンクロイツ家は名家よ。王族が相手でも十分に効果はあるわ」
「へぇ。王族なんて会うこともないけどな」
「ふふ。いろいろと巻き込まれそうだからねえ」
「そうか?」
「今の貴方はどこにいるのかしら?」
「あ、はは……。アルバハード、だ」
フォルトがアルバハードに訪れたのも、ソフィアとデルヴィ侯爵の問題に巻き込まれたようなものだ。
双竜山の森に引き籠ると決めても、そうなっていない現実が情けない。もちろん自身の信念に従った結果なので、マリアンデールの指摘は的を射ている。
今後も同様の件が起きないとは、自信を持って断言できない。
「まぁみんなと相談してからだな」
「ちなみにレイナスちゃんとシェラは大丈夫よお」
「根回しは完璧ってことか?」
「ふふ。カーミラちゃんは見てのとおりねえ」
「アーシャは戻ったばかりだから何も知らないわ」
「はぁ……」
一連の話から察するに、姉妹は家名を武器に使えと言いたいのだろう。
魔法や格闘だけが戦いではない。人間に限らず、亜人との間でも活用できる。勇魔戦争以前は、普通に交流していたのだ。
フォルトとしては最終的に力で解決してしまえば良いので、この新しい玩具は面白いかもしれない。
それでも結婚という言葉に、本当にどうしようかと悩むのだった。
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
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