第121話 ソフィア日記2

「ちっ。インプロ――――」

「フォ、フォルト様!」

「おっと……」


 フォルトが片手を前に突き出して魔法を使おうとしていた。咄嗟とっさに飛びついて止めさせたが、彼はキョトンとしていた。


(簡単に人間を殺す。怖いですが……)


「ソフィア殿?」

「あ……。失礼しました」


 バグバットとともに席に戻ったのだが、昨日の出来事を思い出していたようだ。彼に対して失礼をしてしまった。


「いえ。それで、グリム殿の伝言とは?」

「失礼しました。嘘です」

「ふむ。吾輩に、何か相談事でも?」

「さすがですね」

「相談事とは、フォルト殿の事であるな」

「お察しの通りです」


 隣で伏せをしている地獄の番犬をチラリと見る。その三つの首はバグバットを向いており、妙な動きをすれば襲い掛かるだろう。

 その心遣いは嬉しいが、あまりにも失礼である。しかし、バグバットへ目を向けると察してくれたようだ。


「気にしておりません。それに、フォルト殿の気遣いが知れるのである」

「気遣いですか?」

「ケルベロスを選ぶあたり、話の内容を聞く気はないようであるな」

「そうですか?」

「聞く気があれば、人語を話せる魔物を召喚するのである」

「そ、そうですね」


(その通りですね。普段は、とても優しいのですが……。だからこそ、怖いのです。いつ人間に牙をくか分かりません)


 フォルトは、自身の境遇を話してくれている。それに偽りはないだろう。そして、人間に対する考えも聞いている。

 元は人間であったが、すでに魔人となっていた。そして、考え方も魔人に準じてきていた。人間を、その辺の虫と同じように見ている。


「フォルト様が魔人であることを知っているのは、私だけです」

「ふむ。吾輩も知ったので、相談されるわけであるな?」

「申しわけございません」

「いえ。一人で背負いこむのは大変である。して、どのような相談で?」

「私は、どうすれば良いでしょう」

「これはまた、大ざっぱであるな。ですが、気持ちは分かるのである」


 ソフィアは、フォルトと出会った時の事から話す。魔人と知らない者には聞かせられないが、バグバットであれば問題はない。


「なるほど。元人間の魔人であるか」

「はい」

「人間らしいのも、分かるというものであるな」

「………………」


 目の前でバグバットが考え込む。得られた情報から、何かを導き出しているのだろう。彼はとても頭がいい。


「吾輩から言える事は、二つであるな」

「二つですか?」

「一つは……。すぐさま縁を切り、近づかない事である」

「庇護を、お願いしたのですが……」

「詳しくは聞かないのであるが、グリム殿で対処できませんかな?」

「そ、それは……」


(たしかに、デルヴィ侯爵次第ですが、御爺様で対処できる可能性はあります。ですが、今すぐに離れてしまうのは……)


「フォルト殿は、離れれば追わないはずである」

「そうですか?」

「裏切るのは論外であるが、話せば分かる御仁である」


 怖いから離れると、正直に言えば追わないだろう。バグバットは、準身内たる庇護した者の意見は尊重するはずだと言っている。それにはソフィアもうなずく。


「そうですね」

「ただし、これについては一般的な話である」

「と、言うと」

「もう一つの話。これは、ソフィア殿の運命を決するものである」

「………………」


 運命と言われて緊張してしまう。おそらく、おそらくだが、自分が考えている事と同じだと思われる。


(バグバット様も気づきましたか。ですが、私だけの考えでないのだとすると……。これは決定的かもしれませんね)


「フォルト殿の身内になる事であるな」

「………………」

「生贄」

「やはり……」

「お気づきであったか?」

「はい。聖女剥奪と、聖女任命の遅れ」

「神々が望んでいるのは、あなたがフォルト殿の弱点になる事である」

「つまりは、足枷役ですか」

「その通りである。フォルト殿は、あなたに心を開いているのである」

「っ!」

「神々の望みは、魔神覚醒をさせない事。もしくは、遅らせる事である!」


 ソフィアが思い至っていた答えに、バグバットも至る。魔人への生贄となって、フォルトを無力化するのが目的だ。

 この場合の無力化は、神々に対してである。神々は人間を助けない。魔人が猛威を振るい人間を滅しても、また作れば良いと考えている。それは人間側の知らない事実だ。もちろん、ソフィアも知らない。


「これは、小悪魔への対抗手段であるな」

「カーミラさんですか?」

「もともと、魔人は悪寄りである。彼女の存在は、それに拍車をかけるもの」

「………………」

「善側へ引き寄せる役が、ソフィア殿というわけであるな」

「………………」

ゆえに、あなたの運命を決する事と相成るのである!」

「そ、そうですね」


(これは……。下手をすると使い捨て。いえ、間違いなくそうでしょう。魔人や悪魔の寿命は永遠。人間である私は数十年です)


 人間であるソフィアを使うという事は、一定期間の生贄と考えているだろう。彼女の代わりとして、他の聖女を永遠に送り続ける事を神々は選択するはずだ。

 ソフィアは敬虔な信者である。聖神イシュリルが望んだのであれば、そうする事に問題はない。しかし……。


「その先は、ソフィア殿の考え一つであるな」

「え?」

「選択肢としては、三つ」

「三つですか……」

「一つは、吾輩の眷属になる事。つまり、ヴァンパイアになる事である」

「っ!」

「フォルト殿の興味が、ソフィア殿からなくなる可能性が高いのであるが」

「それに、バグバット様が危険では?」

「その通りであるな。選択肢としてはあるが、御免被りたいものである」


 吸血鬼の真祖であるバグバットに血を吸われれば、吸血鬼になる。それは、アンデッドになるという事だ。たしかに、永遠の命と言える。

 興味がなくなる事も、なんとなく分かる。フォルトはルーチェを抱いていない。彼女はアンデッドであるデモンズリッチだ。

 そして、バグバットは危険に晒される。身内に手を出せば殺すと明言されている。よって、フォルトは全力で滅ぼそうとするだろう。


「二つ目は、小悪魔から堕落の種をもらい、悪魔になる事」

「それは!」

「こちらは、いばらの道であるな。精神まで悪魔に落ちれば終わりである」

「そう……。ですね」

「神々の援助を期待してはならないのである!」

「っ!」


 種族が悪魔に変れば、精神まで悪魔に準じていく。それにあらがうのは可能だが、並大抵の事ではないだろう。ほぼ確実に落ちるのだから。

 それに対抗する力を、神々は貸さないはずだ。堕落の種を食べた時点で、神々から見放される。そこで使い捨てにされ、次の聖女を送り込まれるだけだ。

 この道を選ぶと、単独でやる必要がある。それも自分を見放した神々のためにだ。まるで道理が通らない。


「最後は?」

「三つめは、何も選ばずに、寿命で使命を終える事であるな」

「無難ではありますね」

「そうであるな。使命を次の聖女に、委ねればよいだけである」


 最後が一番楽な道である。歳を取れば見放される可能性が高いが、それまでに次の聖女へバトンタッチをすればよい。

 しかし、ソフィアの一生が魔人の生贄で終わる。まるで、魔人の玩具として生を受けたと感じてしまう。


(私の一生は私のものです。それを全て、捧げる。ですか……)


「全てを選ばないと、どうなると思われますか?」

「難しい質問であるな。吾輩の考えであれば……」

「構いません」

「魔神が誕生して、神話戦争の勃発であるな」

「それは……」

「天界、魔界、精霊界、物質界。その他、あらゆる世界に被害が及ぶのである!」

「っ!」

「異世界には波及しないと思われるが、さすがに見通せないのである」


 過去に一度だけ神話戦争が勃発していた。それを知る者は一握りである。現在まで伝えられているのは、その戦争に勝った神々が世界を作ったという神話だ。


「規模が……」

「ははっ。今すぐではありますまい。見たところ、フォルト殿は中立である」

「中立ですか?」

「フォルト殿の考え方は、人間の域を出ていないのである」

「そうですか?」

「人間を人間として意識してる間は、そうであるな」

「………………」

「フォルト殿の人間嫌い。それは人間から見た、人間への見解である」


(これは、カーミラさんが言っていた……)


 バグバットの意見は的を射ている。元人間であるがゆえに、その思考から人間という存在の内面を見ている。

 カーミラが耳打ちした言葉。「御主人様は、まだ人間だよお」と言っていた。つまり、バグバットの言葉が当てはまる。


「フォルト様の行動は、人間なら誰でもやる可能性があると」

「そうであるな。ここで問題になるのは、カルマ値であるな」

「カルマ値ですか」

「完全に悪へ傾くと、魔神になるのである」

「………………」

「人間は悪へ落ちやすいのであるが、引き戻す力も持っているのである」

「その手助けをしろと?」

「それを小悪魔が許すかは、分からないのである」

「少し……。考えます」

「そうであるな。しかし、時間がかかれば、次の聖女へ委ねられるのである」

「分かりました」


 そこまで話したところで席を立ち、一緒に応接室を出ていく。そして、フォルトたちの居る部屋へ向かった。それを見届けた地獄の番犬は、応接室から消えるのであった。



◇◇◇◇◇



(しかし……。身内になると言っても、多くの問題がありますね)


 アーシャの鼻歌から曲を起こしている楽団を見ながら、そんな事を考える。楽団は全部で二十人おり、それぞれの楽器を演奏をしていた。


「珍しい曲ですね」

「日本じゃ、クラブミュージックって言われてたよ」


 その名の通り、DJがクラブでかける音楽の総称だ。アーシャがよく通っていたクラブで流れていた音楽を、楽団が音に起こしていた。

 それは、ElectronicエレクトロニックDanceダンスMusicミュージック(EDM)と呼ばれるものだ。電子的な音楽なため、この世界に落とし込むとクラシックにするしかない。たかだか鼻歌だけで、よく曲を起こせたものである。


「吾輩の楽団は、超一流である!」


 バグバットが自慢げに語る。ほんの一部分であるが、目の前に居るフォルトは満足そうだった。


(問題は、彼の身内になると、グリム家をつぶすという事です。父様と母様に、弟か妹を作ってもらわないと。きゃ!)


 真面目な顔をしながら、頬を赤らめてしまう。そして、意識したくなくても意識してしまう。見た目は普通のおっさんなのだが……。

 ソフィアは見た目で判断しない。やはり、力に惹かれる女性だ。この世界では一般的な考えである。シュンになびかないのは、強さに問題があったのだ。


(それに、受け入れてくれるのかも問題です。た、たしかに、いろいろとアピールをされている感じはするのですが。この前も……。きゃ!)


 こんな事を考えていれば、意識して当たり前である。しかし、妄想が止まらない。まだ選択肢を提示されただけだが、その気になっている感じだ。


「ソフィアさん?」

「ひゃい!」

「?」

「い、いえ。なんでしょうか、フォルト様」

「この曲はどうですか?」

「アーシャさんらしい曲だと思います」

「そうですか。ところで」

「はい」

「顔が赤いようですが。もしかして、風邪でも?」

「――――――っ!」


 意識してる本人から言われて、とても恥ずかしくなってくる。フォルトは先程の話は知らないのだ。ここで変な詮索をされても困る。

 しかし、詮索されたい自分も居たりする。それを知った彼に、今ここで押し倒されても拒めない気がした。そんな事を考えながら、ソッポを向くのであった。



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