第120話 三国会議・祭り3

 屋台で大食いの注文を入れたフォルトは、時間内にすべてを平らげてしまう。

 この程度であれば簡単だった。

 魔人は固形物でも、ガンガンと胃袋に流し込めるのだ。強酸のような胃液で、一気に溶かせる。鉄の胃袋とは、よく言ったものだ。

 あまりにも速いので、他の客はげっぷをしながら眺めていた。


「御主人様、どうでしたかぁ?」

「うーん。旨かったけど……。俺は何を食べたんだろ?」


 時間制限があったので、フォルトは見た目や味を気にせずに食べていた。

 ともあれ屋台を出ると、遠くに人だかりができている。何事かと視線を向けると、カーミラが腕に抱き着いてきた。


「死体が発見されたのかなぁ?」

「あぁ。そういうことか」

「………………」


 ソフィアが黙っている。

 魔人と告白したときは、フォルトに対して口を出さないと言っていた。しかしながら、そう簡単には割り切れないだろう。

 彼女の内心が察せられる。


(やれやれ。場の雰囲気が悪くなるな。とりあえず帰るとするか。このまま町に出ていても良いことはないだろう)


「じゃあ帰りますよ」

「はい」


 雰囲気が悪くなるのもそうだが、さっさと帰りたい事情もあった。

 やはりフォルトは、人混みは苦手なのだ。

 もう惰眠を貪るに限るので、寄り道をせずに真っすぐ宿舎に向かう。到着後はソフィアと別れて、自身に割り当てられている部屋に移動した。


「御主人様は寝るんですかぁ?」

「そのつもりだけど?」

「もうすぐ夕飯でーす!」

「あ、そうだな。屋台の飯じゃ腹一杯にならなかった」


 惰眠を貪りたかったが、別に眠くはない。中途半端に食べたので、怠惰よりも暴食の大罪が勝っている。

 そしてフォルトは、外出して満足しているアーシャに顔を向けた。


「食べた量も中途半端だが、時間も中途半端だな」

「じゃあフォルトさん! …………する?」

「それは寝る前がいいな」

「珍しいわね」

「二人を満足させる時間も中途半端なのだ」

「たっ確かにそうね!」


 森で暮らしていれば、フォルトに中途半端な時間など無い。したいときにして食べたいときに食べていた。

 そして、寝たいときに寝るだけである。だがソフィアの護衛が入っただけで、中途半端な時間ができる。

 それは、相手に時間を合わせるのだから仕方がない。

 彼女の行動時間は、朝から夕方だった。夜は宿舎にいるので、自身の時間は必然的に夜から朝となる。

 晩餐会ばんさんかいが入ると、夜中から朝になるか。


「こういう時間は、ゲームをして暇を潰すのだがな」

「リリエラのゲームってさ。時間がかかるっしょ」

「そう言えばリリエラは何をやっていた?」

「レイナス先輩と基礎訓練。ルリ様と料理だったかな?」

「なるほど。野営を視野に入れているのか」


 王女だった割には、現実的に生き残るための術を身に付けているようだ。

 奴隷状態から成り上がるなら、選択肢としては正解だろう。


(カルメリー王国は小国らしいから、国民との距離が近い王家なのかな? それだけでは俺みたいな奴は救えないだろうがな)


 日本にいた頃は、国や自治体の支援など諦めていた。

 普通は支援される側から、それらに助けを求めるものだ。しかしながらそれすらやれないほどに、氷河期世代の引き籠りの実態は厳しい。

 バブルの崩壊から長期にわたった結果、体を動かす気力が失われている。だからこそ、支援の申請をする意欲が沸かない。

 現在行われている支援は、当事者の実情を本人から聞き取りしていない。なのでその支援は、当事者にとって無意味だった。


(基本的に自分から動かないクズだった。そういった引き籠りは発見してもらうのを待っている。だが絶対に探さないだろうな)


 こればかりは、当事者にならないと理解できない話である。

 普通に生きている人からすると、単なる甘えにしか聞こえない。子供部屋おじさんと揶揄やゆされるぐらいだ。

 もちろん、当事者本人も同じことを思っている。

 実のところ国が本気を出せば、そういった個人を発見するのは容易だ。にもかかわらず特定されない現状に失望して、負のスパイラルに囚われていた。

 年齢的にも将来の希望は無く、人生からの退場を考えている始末だ。

 「手の施しようがない」との言葉はあるが、まさにそのとおりである。だがそれで見捨てて良い話でもなく、重大な社会問題となっていた。

 結局は臭いものに蓋をして、今まで長期にわたって見捨ててきたツケだ。といった思考の旅に出たフォルトは、額に眉を寄せて口を開いた。


「ははっ。リリエラが羨ましいな」

「どうしたんですかぁ?」

「いや、何でもない。やっぱりやるぞ!」

「きゃ!」

「ちょ、ちょっと!」


 カーミラとアーシャを両脇に抱えたフォルトは、フカフカのベッドに雪崩れ込む。もうすぐ食事の時間だが、もうお構いなしだ。

 そして、三人の影が混じり合う。

 以降は情事の途中で休憩に入って、夕飯は遅らせるように伝えた。遅らせたと言うか、グリムやソフィアは先に食事を終わらせていた。

 それには苦笑いを浮かべて、好きな時間に食べるのだった。



◇◇◇◇◇



 日付も変わってフォルトの目の前には、バグバットがソファーに座っている。カーミラがアポイントを取ったので、彼の屋敷を訪れたところだ。

 応接室に通されて、今に至っていた。

 一緒にいるのは彼女の他に、アーシャとソフィアである。


「あれってスーツじゃないの?」

「そうだな」

「こっちの世界にもあるんだね」

「詳しい話は聞いていないが、な」


 吸血鬼の真祖バグバットは、ブラウンのスーツを着こなす紳士。

 フォルトやアーシャからすると、日本を感じさせる服だ。


「してフォルト殿、吾輩わがはいは楽団を貸し出せば良いのであるな?」

「うん。アーシャの鼻歌から曲を起こせるかなと思ってね」

「それは可能である。ただし、時間がかかるのである」

「できれば三国会議が終わるまでに欲しい」

「確約は難しいのであるが、楽団の準備はできているである」


 バグバットは両手をたたいて、応接室に執事を呼び入れた。

 音響の腕輪の使用方法は、アーシャが知っている。後は楽団がいる部屋で、用事を済ませてもらえば良い。


「よろしく!」

「あんまり期待しないでよね!」

「ははっ。アーシャ用だから、自分が納得すればいいと思う」

「そっか。じゃあ行ってくる!」

「カーミラもついてってやれ」

「はあい!」


 さすがに、アーシャを一人で行かせるのは忍びない。レベル百五十のカーミラであれば、何か問題が起きても余裕で守れるだろう。

 本当は傍に置いておきたいが、身内の安全が第一だ。

 まだバグバットを完全に信用していないのだから……。

 そして二人は、執事に連れられて応接室を出た。


「しかし、面白いことを考えるものであるな」

「そう? 何なら楽団のお礼に同じものをあげる」

うれしいのであるな」

「じゃあ後で届けさせる」

「有難く受け取るのである。ですが……」

「うん?」

「その魔道具は高級品である。外に出さぬが賢明である」

「へぇ。頭に入れておく」


 レイナスにも言われていたが、バグバットの助言だと重みがある。

 これは年齢などが関係してくるので、彼女には難しいだろう。


(何百年も領主をやってると違うな。やはり目上の者は敬うべきであるな。あ、バグバットの口調が移った……)


「時にフォルト殿」

「うん?」

「昨日は少々問題があったようであるな」

「見ていたのか?」

「大変恐縮であるが、監視をしているのである」

「それは構わないけど……。俺の身内に手を出したからな」

「で、あるか」


 バグバットとの約束は、アルバハードに手を出さないこと。

 それには、フォルトの身内に手を出さないことが条件になっている。つい先日の話なので、それは理解しているはずだ。


「なるべくなら捕縛をしてほしいのであるが」

「面倒でな。それよりバグバットは、人間に肩入れしてるのか?」

「吾輩は中立である。ゆえに争い事を好まないだけであるな」

「ふーん」


(多少の問題なら大目に見るけどな。アーシャの尻を触るとは許せない。あれを触っていいのは俺だけだ!)


 傲慢・嫉妬・色欲が混ざり合う。

 憤怒が入らないのは、程度の問題だった。痴漢程度なら激怒するほどでもない。身内が犯されたり殺されたら発揮するだろう。


「そう言えば、バグバットが着てるスーツって……」

「その昔、エウィ王国から献上されたのである」

「作ってるんじゃないのか」

「もう何着か欲しいのであるな。なかなか手に入らない一品である」

「バグバット様には……」


 ソフィアが会話に加わってくる。

 彼女がバグバットと出会うまでは、各国から珍品が献上されていた。とはいえ、それを酒に変えたのは彼女である。

 珍品の収集よりも、「モノ」の変化を楽しむように提案した。以降は何に対しても変化を意識するようになったとの話で、人生の暇が潰せているようだ。


「やっぱり長く生きると暇なのか?」

「で、あるな。興味を失うのが原因である」

「へぇ」

「酒の変化を楽しむようになってからは、人生が面白いのである」

「なるほどな」


(変化を楽しむねぇ。バグバットともなると、長期間での変化を楽しんでいるか。人間自体はどうでもいいが、人間が作る「モノ」の変化は楽しいかもな)


 日本では「モノ」の変化は激しかった。

 戦後七十六年だが、現在に至るまでに様々な変化があった。

 短期間での変化で著しいのは、やはり通信手段だろう。黒電話から携帯電話までそこそこの時は経っているが、以降のスマートフォンまで速かった。

 もちろん、飲食も速い。

 時代により変化が著しく、昭和と令和では味が段違いだ。

 普段であれば、日々食する「モノ」なので気にならないだろう。しかしながら、食べ比べると分かるものだ。


「調味料関係に力を入れてほしいものだ」

「で、あるか?」

「調味料の「さしすせそ」がそろっていない」

「それは?」

「砂糖、塩、酢、醤油しょうゆ味噌みそだったか?」

「ほう。砂糖と塩は分かるのであるが……」

「すまんな。作り方はサッパリだ」


(うろ覚えでは絶対に作れない。まぁ異世界人がいるんだから製法を知ってる奴はいそうだけどな。誰か作らないかなあ。俺は食べるのが専門だ)


 思わずフォルトは舌なめずりした。

 もしも調味料の種類が増えれば、毎日の食生活が華やかになるだろう。だが、自身では何もできないので他人任せだが……。

 そのような思いを知ってか知らずか、バグバットが立ち上がった。


「それでは楽団の様子を見に行くのである」

「だな」


 楽団の音入れにも興味があるフォルトは、バグバットに釣られて席を立つ。同時にソフィアに目を向けると、なぜか立ち上がろうとしなかった。

 そこで、「どうしました?」と声を掛ける。


「あ……。フォルト様は先に行ってください」

「え?」

「バグバット様に御爺様おじいさまからの伝言がありました」


 どうやらソフィアは、バグバットに伝え忘れた件があったようだ。

 すでに立ち上がっていたフォルトは「どうせすぐに応接室を出るから」と、彼女の座るソファーの後ろに回った。

 とりあえず、護衛として離れるわけにはいかない。


「大丈夫ですよ。三国会議の件ですので……」

「ふーん。俺に聞かれちゃ拙い話かな?」

「知ると面倒なことになりますよ?」

「うぐっ! なっならバグバット。分かっていると思うが……」

「もちろん手は出さないのである。吾輩にも立場があるのである」

「じゃあソフィアさん。何かあったら、こいつを盾にしてくれ」


 フォルトはバグバットに許可を取らず、その場で魔法を使った。すると応接室の床に、魔法陣が描かれる。

 はっきり言って、敵対行動と受け取られそうだ。



【サモン・ケルベロス/召喚・地獄の番犬】



 召喚陣からは、三つ首を持った大型の黒犬が召喚される。

 室内の三分の一は占拠している大きさだ。

 かなり厳つい顔で、地獄の番犬という名称に偽りは無い。「グルルルルッ」とうなっている口には鋭い犬歯が並んで、炎がチラチラと見えていた。

 今にも噛みこうと、バグバットを見下ろしている。

 召喚場所には配慮したので、調度品などは壊れていない。さすがに縦横無尽の動きはできないが、ソフィアの護衛は可能だろう。

 何かあれば思念で伝えてくれるため、その場合はすぐに戻れる。


「信用が無いのであるな」

「俺は身内しか信じないからね」

「で、あるか」

「楽団はどこにいるの?」

「執事を呼ぶのである」

「助かるよ」


 大変失礼で無礼ではあるが、バグバットはまったく動じていない。

 普段と変わらずに両手を叩いて、応接室に執事を呼び入れた。


「フォルト殿を楽団の所まで案内するのである」

「畏まりました」

「ソフィアさん。後でね」

「は、い」


(手は出さないと思っているけどな。人間じゃないし信じてもいいけど、バグバットとはまだ出会ったばかりだ。今後の行動で判断させてもらおう)


 執事も吸血鬼だからなのか、地獄の番犬を見ても動じていない。

 ともあれフォルトは人間嫌いだから、人間以外を信じるのではない。長年の人間不信がたたって、誰も信じていないのだ。

 身内を除いて、であるが……。

 以降は執事に連れられて、カーミラとアーシャがいる場所に向かう。すると遠くからは、楽団の奏でる音楽が流れてきた。

 それに気分を良くして、口角を上げるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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