第119話 三国会議・祭り2

 三国会議が始まっている。

 エウィ王国・ソル帝国・亜人の国フェリアスの三大国家が、一堂に会して執り行われるサミットだ。

 もちろん開始以前から、活発な外交折衝は行われている。

 ただし現段階では、エウィ王国が劣勢だった。

 それを危惧したエインリッヒ九世は緊急の招集をして、劣勢についての報告を受けているところだった。


「農業分野ですが、ソル帝国から関税の引き上げを求められております」

「二年前に上げたばかりだぞ! 突っぱねろ!」


 報告会とも言える会議は、エインリッヒ九世の宿舎で行われている。

 仮の玉座の前に机が並び、左右に多くの貴族が座っている。また全員が座れるわけでもないので、身分の低い者は立っていた。

 そして現在は、農業担当の子爵から報告を受けている。だが、それに反発しているのがブレーダ伯爵である。

 魔の森を預かり、開拓の指揮を担当している人物だ。

 なよっとした体格の中年で、つり目が特徴的である。


「しっしかし! 帝国は食料の大量流入に懸念を表明しており……」

「それがどうした? エウィ王国の損にはなるまい」

「帝国の農業業界から反発の声が上がっているとの由」

「知ったことではないわ!」


 森にはまだ魔物や魔獣が存在するが、ある程度は奥地に侵攻できていた。

 今は切り開いた森の開拓作業を行っている最中なのだ。

 この開拓が予定通りに進めば、資源の入手と食料の大量生産が可能になる。だからこそ他国に輸出して、利益を得る算段をしていたのだ。

 ゆえに関税交渉には、神経をとがらせている。


「ブレーダ伯爵殿、王国の利益ばかりですと輸入自体を止められますぞ」

「グリム様……」

「ですが帝国には、魔の森の件が伝わっておりまするな」

「規制は敷いているはずですが?」

伝手つてが多ければ、それだけ伝わるという話じゃな」

「密偵か?」

「そのとおりです。陛下」


 仮の玉座に座っているエインリッヒ九世が渋い表情に変わった。

 人流があるので完全に塞ぐことは無理でも、王国の諜報ちょうほう機関も馬鹿ではない。密偵の捕縛・追跡、誤情報を与えるなどは日常茶飯事で行われている。

 そうなると……。


「こちらの失点だな。責任者は処分するとして……」

「お待ちください。陛下」

「デルヴィ侯爵、か」

「諜報機関ばかりが失点ではありますまい」

「何だと?」

「国内の警備に不備があるのでは?」


 昇爵したばかりのデルヴィ侯爵が、対面に座るローイン公爵に顔を向ける。

 レイナスの父親で、エウィ王国軍を総括する人物だ。国内の警備も担当するため、密偵が活発に動けている責任を問うたのだろう。


「それを言うなら、国境の警備に不備があるのでは?」


 デルヴィ侯爵は、三国と国境を接する重要な領地の領主である。

 国境の警備は領主が担当するため、逆に責任を問い返した。


「国境警備は万全ですぞ。それに公爵殿のことを言ったわけでは……」

「ええい、止めよ!」

「「ははっ!」」


 ローイン公爵とデルヴィ侯爵は、互いに反目し合っていた。

 王国内での実力も拮抗きっこうしており、それぞれで派閥をまとめている。しかしながら頼もしいことも事実で、エインリッヒ九世の悩みの種だった。

 その苦悩を知っているグリムが、二人の間に割って入る。


「ワシの落ち度ですな」

「爺が、か?」

「おそらくは双竜山を越えた者たちが諜報員だと思われまする」

「ふむ……。ならばよい。その報告は受けている」

「よいのですか!」

「仕方あるまい。報告を受けて備えなかったのだからな」

「「おおっ!」」


 この発言は、国王自らが非を認めたということだ。

 グリムを除く全員が驚愕きょうがくする。

 それに対してローイン公爵は、苦々しい顔に変わった。反対にデルヴィ侯爵は、ニヤリと笑みを浮かべる。


「代わりと言っては何ですが……」

「どうした? 爺」

「フェリアスとの人的交流の緩和。これを内々に取り付けております」

「ほう! さすがは爺だな」

「恐れ入りまする」


 亜人の国フェリアスとは互いに種族が違うので、活発な交流は行われていない。まるで無いわけではないが、相互の往来には厳しい規制が敷かれているのだ。

 これについては、ソル帝国とフェリアスでも同様だった。

 それを、帝国に先んじて緩和させる手腕は大したものだ。

 まだ正式発表までは詰める話も多いが、グリムなら完璧にまとめるだろう。


「しかし食料については、今後の課題になるな」

「はい。国民に安く提供するのも一つの手かと……」

「現状では飢えておらぬ!」

「そこへ回すなどもっての外ですぞ!」

「「然り然り!」」


 グリムの言葉に、すべての貴族が反対する。

 自らの領地では国民に寄り添う政策を執っているが、貴族は正反対である。彼らは支配階級として、国民から搾取するのが当然と考えていた。


「開拓は始まったばかりだ。農地にせずともよい」

「そうですな。農地ではなく、酪農用の放牧地でもいいですな」

「旨い肉が食べられるというもの」

「食料不足になれば、農地に変えやすかろう」

「「然り然り!」」


 貴族は自分が優先である。

 平民の食料事情など知ったことではなかった。酪農から得られるものは、すべてを貴族が接収するだろう。

 ともあれ、三国会議は始まったばかり。

 今後も各国の折衝が続くのだ。すべてを得ることはできなくても、より有利な条件を引き出せるように知恵を出し合うのだった。



◇◇◇◇◇



 三国会議が行われているアルバハードでは、それを祝う祭りが開催されている。多くの人が集まって、それはもう大盛況だった。

 そしてフォルトは、大通りに出たところで座り込んでしまう。

 俗にいう人間酔いである。


「フォルトさん、どうしたの?」

「酔った」

「はぁ……。じゃあ戻る?」

「いや。元気が出てきた」


 アーシャが溜息ためいきを吐きながら、一緒に座り込んで気遣ってくれた。召喚された当時は思いもよらなかったが、なかなかに優しいギャルである。

 それとは別にミニスカートなので、エッグいパンツが丸見えだった。


(うーん。視線が外せない。これはおっさんなので仕方がない。そりゃあ、こんなにも短いスカートで座ればなあ。でもおかげで復活できそうだ)


 ギャルにありがちな無防備状態である。

 心配そうな顔で気遣っているアーシャは、フォルトに下着をのぞかれていることに気付いていない。


「フォルト様?」


 ソフィアも気遣ってくれるが、魔人の弱点が人混みとは情けない。

 引き籠りを脱するには、まだまだ時間が必要なようだ。と言っても、晩餐会ばんさんかいでは座り込むほどでもなかった。

 ならばと気を取り直したフォルトは、デートの続きを楽しむことにする。


「あぁもう平気だ。しかし祭りとは……」

「祭りと言っても出店が多く出ているぐらいですね」

「へぇ」


 ソフィアの言ったとおり、大通りには出店が多く建ち並んでいる。

 食べ物から装飾品の販売もあり、そこかしこでにぎわっていた。


「じゃあ行こ行こ!」

「そうしよう」


 アーシャに促されて大通りを歩く。

 人混みだけで言えば、日本の若者が集まるような場所を思い出す。フォルトからすると、渋谷のセンター街や原宿の竹下通りが近いか。

 それでも出店を見ると、全年齢が対象のようだった。


「どう? アーシャ」

「駄目ね」

「店に入らなくても分かるのか?」

「歩いてる人を見れば分かるよ。ファッションのファの字もないわ」

「そっそうか……」


 確かに大通りで一番目立つのはアーシャだ。

 その証拠にすれ違う人たちは、露出の激しい彼女を見ていた。中にはほほを赤く染めて、顔を背ける人もいる。

 それは、フォルトの隣を歩くソフィアも同様だった。


「さすがにアーシャさんの格好は……」

「そう? これが普通なんだけどなあ」


 ミニスカートの時点でアウトな世界である。

 宗教的なものではないが、女性は肌を露出していない。

 それは服に金をかけないことで、生活を切り詰めているからだ。たまにある祭りのときに、安く買うのが一般的だった。

 そのため、見た目よりは丈夫さを選ぶ。


「でも金があれば、こっちの世界の女性も着飾りたいのでは?」

「それはもう……」

「ですよね。俺がプレゼントした服を着ていますし」

「っ!」


(ソフィアさんがエロ装備を着てくれたのは、そういうことかもしれないなあ。着衣派の俺としては、女性のファッションは重要だ。俺自身は何でもいいが……)


 こちらの世界の住人であるソフィアは、今もローブを着て肌を隠している。

 それはともあれ、フォルトたちは大通りを歩く。すると出店の屋台から、空腹を刺激する匂いが流れてきた。

 同時に足を止めて、その発生源を探していると……。


「きゃ!」

「どうした? アーシャ」

「ちょっと! 痴漢に触られたんですけどぉ!」

「ええっ! どいつ?」

「んー、どいつだろ? あいつかなあ?」


 アーシャが視線を向けた場所に、こちらを見てニヤニヤしている人間がいる。

 三十代前半ぐらいの男性で、手を開いたり握ったりしていた。どう考えても、彼女を触った余韻に浸っている。

 これに対してフォルトは、額に青筋を浮かべた。


「ちっ。インプロ……」


 アーシャは身内であり、フォルトの大切な女性になったのだ。

 ならばと自身の信条に準じ、男性に対して右手を突き出した。しかしながらその行動を見たソフィアが、腕にしがみついてくる。

 絶対に手を離さないといった力強さがあった。


「フォ、フォルト様!」

「おっと……。ソフィアさん?」

「フォルト様、いま何をしようとしましたか?」

「え? 痴漢をした男を殺そうと……」


 身内に手を出したら殺す。

 それがフォルトの信条なので、アーシャに手を出した男性を殺すだけだった。簡単な話だが、ソフィアにいさめられる。


「だっ駄目です!」

「え?」

「いいですか? むやみやたらに人を殺しては駄目です」

「でも俺のアーシャが……」

「でも、じゃありません!」


 ソフィアの言った話は、人間だったフォルトにはよく分かるし理解している。だが魔人変わっている今、そのような倫理観などどうでも良いのだ。

 自分の大切な身内に手を出した報いを与えたかった。と思っていると一連のやり取りを見ていたアーシャが、ニヤニヤとしながら顔を近づけてくる。

 実にうれしそうな表情だ。


「今さ。俺の、って言った?」

「言ってない」

「言ったよね?」

「言ってない」

「ふーん。言ったっしょ?」

「言ってない」


(しまったな。アーシャをいい気にさせてしまった。それに何だ? このリア充状態は……。俺が爆発してしまいそうだ)


 世界が違えば、かくも違うものなのか。

 いい年をしたおっさんが、ギャルから惚気のろけられているのだ。

 いつかこの反動がきそうで、フォルトは怖くなった。とはいえそれまでは、今の状態を楽しむつもりだ。

 そうでなければ、絶対に後悔するだろう。


「しょうがないですね。ソフィアさんに免じて忘れましょう」

「もぅ……。駄目ですよ?」

「御主人様! 戻りましたぁ!」


 ソフィアの説教が終わった頃。

 バグバットのところに使いに行っていたカーミラが合流した。居場所を特定するとは、さすがはシモベである。

 彼女もローブを着ているので、肌は露出していない。


「戻ったか」

「はい! 何かあったんですかぁ?」

「いや……。何でもない」

「えへへ。アーシャを触った男なら殺しときましたよぉ」

「カ、カーミラさん!」


 カーミラは一部始終を見ていたようだ。

 痴漢を仕留め損なったが、さっさと始末していた。


「どうやったんだ?」

「『人形マリオネット』で操って、路地裏で自殺させましたぁ!」

「なるほど」

「何てことを……」

「貴女は御主人様を勘違いしていますねぇ」

「え?」

「ゴニョゴニョ」

「っ!」


 カーミラは無表情になって、ソフィアの耳元でささやいた。すると何かを告げられた彼女は、様々な感情が入り混じったような表情に変わる。

 内容がまったく聞き取れなかったので、フォルトは首を傾げた。


「カーミラ?」

「何でもないですよぉ」

「そっか。でも死んじゃったなら仕方ないな」

「ちぇ。あたしがりたかったなあ」

「ごめんねぇ」


 フォルトが堕ちているように、アーシャも堕ちていた。見捨てられたくないという思いが、彼女の倫理観を壊している。

 他にも、堕落の種が関係していた。レベルを上げて成長すると悪魔に変わるが、同時に精神も染まっていく。

 そして彼女の言葉を聞いたソフィアは、いぶかし気な表情を浮かべる。


「これは……」

「ソフィアさん、どうしました?」

「いっいえ。では宿舎に戻りましょうか?」

「ちょっと待ってね」

「え?」

「ほら見えるでしょ? 大食いで無料らしい」


 すでにアーシャを痴漢した男性などは、フォルトの頭の中から消えている。

 そんな些細ささいな出来事よりは、大食いの看板を掲げている屋台に意識が移っていた。すでに暴食が限界だったので、宿舎に戻る前に腹を満たしたいところだ。

 ならばと早速三人を連れて、店主に参加の旨を伝える。

 そして屋台の店主が驚愕するのは、数分後の出来事だった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

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