第118話 三国会議・祭り1

 晩餐会ばんさんかいも終わりを迎えて、フォルトたちは宿舎に戻っている。

 結局は休憩室から出ずに、仲間内での歓談で時間を潰した。

 護衛対象のソフィアも、誰かと会話する目的があって来場したわけでもない。次代聖女が決まっていないから出席しただけに過ぎない。

 あえて言うと、会場に戻る意義が無かったのだ。


「むにゃむにゃ……。御主人様」


 与えられた部屋に戻ったフォルトは、二人の美少女を相手に夜の情事を楽しんでいるところだ。色欲の大罪を持つため、ただ寝るだけで済ますはずがない。

 今はレイナスと行為中だったが、後ろから声が聞こえた。


「カーミラ?」

「あんっ! フォルト様?」

「レイナス、ちょっと待ってね。カーミラ?」

「んんっ……。御主人様?」

「起きたか?」

「御主人様!」

「おおっ?」


 寝起きのカーミラが飛びつくように、フォルトに抱きついた。

 もちろんそれを受け止めるが、勢いを殺せずに押し倒される。今は色欲がたかぶっているので、彼女の柔らかい感触にほほが緩んでしまう。


「消えないでくださいねぇ」

「どっどうしたのだ?」

「何でもないでーす! それよりも混ぜてくださいねぇ」

「レイナス?」

「いいですわよ。悪い夢でも見たのかしらね?」

「悪魔が悪夢を見るって……。前にも言ったが俺は消えないぞ」


 カーミラは、バグバットと因縁があるようだった。晩餐会で顔を合わせたことにより、昔を思い出して夢を見たのかもしれない。

 ともあれフォルトは、二人を抱き寄せて気合を入れる。

 まとめて相手をすると大変だが、体力は有り余っていた。ベッドの上では、彼女たちの嬌声きょうせいが響き渡る。

 以降はいつの間にか寝ており、清々しい朝を迎えた。


「フォルト様、朝ですわよ。ちゅ!」

「んー?」


 フォルトは眠そうな目を擦りながら、頬に受けた感触の余韻に浸る。

 それから数分経った頃に、ベッドから起き出した。二度寝したいところだが、レイナスは双竜山の森に戻る予定になっている。

 近くのテーブルには、その彼女がお茶を準備していた。

 カーミラも椅子に座っているので、隣の席に移動して太ももを触る。


「三国会議も始まっているな」


 テーブルに着いたフォルトは、朝のティータイムを楽しむ。

 レイナスは元貴族令嬢として、優雅に茶を注いだ。お菓子は用意されていないが、彼女たちと会話を楽しむなら十分だった。


「ええ。最終日まで森に帰られてはいかがでしょう?」

「そうしたいが、な」


 ソフィアの護衛は、三国会議の最終日まで続く。

 レイナスの提案は魅力的だが、「あと数日の辛抱」と諦めている。


「カーミラ」

「はあい!」

「茶を飲んでマッタリしたら、レイナスを連れ帰ってアーシャを頼む」

「分かりましたぁ!」

「一日は短いですわね」

「ははっ。三国会議が終わったらさっさと帰る」

「お待ちしておりますわ」


 一日ごとに美少女を入れ替えるのは、実にすばらしい案だった。

 往復するだけなら半日もあれば良いので、フォルトとカーミラなら二人を運べるだろう。しかしながら、大罪の怠惰が邪魔をする。

 七つの大罪の中で、一番の罪じゃないかと思えてしまうほどだ。


「そろそろ森に戻りますわ」

「そうか。カーミラ、よろしくな」

「じゃあ行きますねぇ」


 カーミラが窓縁まどべりに移動して、レイナスを抱える。

 フォルトは見送ろうと席を立つと、部屋の隅に放り投げられている聖剣ロゼが視界に入った。


「あぁレイナス。聖剣を忘れているぞ」

「あ、あら……。いやですわ」

「さすがに怒ってないか?」


 レイナスがそそくさと取りに戻ると、聖剣ロゼがカタカタと動いている。

 意思を持つインテリジェンス・ソードなので、何かを伝えているのだろう。


「うるさいですわよ」

「何て言ってるんだ?」


 聖剣ロゼの声は、レイナスにしか聞こえない。

 ならばと通訳してもらうと、「ムキー! 私を忘れるなんて頭が沸いてるんじゃないの!」と言っているらしい。

 これに対してフォルトは、顔をしかめてしまう。


「口が悪いな」

「いつものことですわ。それよりもフォルト様」

「どうした?」

「東に魔物がいるらしいですわね」

「なに?」


 自由都市アルバハードの東には、広大な原生林を国土としている亜人の国フェリアスが栄えている。

 聖剣ロゼの話だと、都市から一番近い沼地に魔物が棲息せいそくしているらしい。

 また震えている時間が長いので通訳してもらうと、「そこで強くなりなさいよスカポンタン!」と言ったそうだ。


「スカポンタン……。何か懐かしいな」

「え?」

「い、いや。なるほどな。いい案なんだが……」


 レイナスの自動狩りにもってこい、ではある。だが、国境を越える必要があるようだ。しかも亜人の国なので、人間だと警戒されるかもしれない。

 聖剣ロゼの話だけでは、情報が足りな過ぎる。


「今回は止めておこう」

「魔物の種類も分かりませんわね」

「それにアーシャと一緒のほうがいいだろう」

「ふふっ。彼女はレベルが止まってますわ」

「狩り場が無いので仕方ない。なかなか魔法を覚えないし……」


 頭脳面でレベルを上げても良いのだが、アーシャに望むのはこくかもしれない。気長にやるしかないだろう。

 とりあえず今は、フェリアスに魔物がいるとだけ覚えておけば十分だ。


「ではフォルト様、お帰りをお待ちしていますわ」

「うむ」

「それじゃ行きますよぉ!」


 カーミラはレイナスを抱えて、窓から飛び出していった。

 その際、『透明化とうめいか』のスキルで不可視となっている。体を密着させていれば、他人を見えなくすることも可能だ。

 ともあれ、アーシャが来るまで暇になった。

 そこで、昨日のうちに呼び寄せておいた人物の名前を呼ぶ。


「ルーチェ」


 フォルトは楽をするためなら何でも使う。

 ソフィアが外出しなくても、護衛をする必要があるのだ。もちろん面倒臭いので、眷属けんぞくのルーチェに宿舎の周囲を警戒させていた。

 外にいた彼女は、魔界を通って目の前に出現する。


「主様、お呼びでしょうか?」

「外の様子はどう?」

「数名ですが、宿舎をうかがっている者たちがいます」

「だろうね」

「いかがいたしましょうか?」

「放っておいていいよ」

「左様ですか?」

「それよりも休憩だ。茶でも入れてくれ」

「はい」


(こちらを窺っているねぇ。思い当たるのはデルヴィ侯爵だけど……)


 椅子に座り直したフォルトは、デルヴィ侯爵の狙いを考える。

 バルボ子爵からは、「友好的な話をしたい」との伝言を受けた。だが老獪ろうかいな人物なので、真意はまったく読めない。

 そして、分からないことを考えても眠くなるだけだ。なので茶を用意しているルーチェに、とある件について報告させる。


「ルーチェよ。例のモノはできた?」

「はい。思いのほか簡単でした」

「おっ! 持ってきた?」

「もちろんです。いつでもお渡しできるように、と……」


 ルーチェは胸の谷間から、鉄製の何かを取り出した。

 それを受け取ったフォルトは、顔に近づけてマジマジと見る。彼女はアンデッドなので、手に伝わるであろう温もりが無いのは残念だ。

 日本ではありふれているが、こちらの世界では珍しい。

 彼女に作製させたものは、俗にいう蛇口である。しかしながら、パイプやホースにはつながっていない。


「どれ……」


 コップに蛇口を近づけたフォルトは、ゆっくりと栓を回した。すると、冷たい水が出てきた。しかしながら、パイプやホースには繋がっていない。

 大事なことなので二回確認した。


「よく作れたな」

「主様の発想の賜物です」

「いやいや。日本にあるものを伝えただけだよ」

「仕組み自体は難しくありません」

「へぇ」

「栓の部分に設置型の召喚陣を組み込みました」

「召喚陣か」

「水の下級精霊ウンディーネを召喚して放水させます」

「なるほどな」

「一日三百リットルぐらいは出ると思います」

「凄いな!」

「真水ですので、不純物が混ざっていません」

「完璧じゃないか」

「魔力を持つ者なら誰でも使えます」

「………………」


(これが研究者か。魔道具の話になると止まらないようだな。まぁ気持ちは分かる。研究を続けたいがためにアンデッドになったのだし……)


 ルーチェは目をキラキラさせながら、蛇口の仕組みを説明している。

 骨と皮だったときなら、口を開いてもカタカタとしか聞こえなかった。同じ説明をされたら、騒音としか思えないだろう。

 改めて「受肉させて良かった」と思ったフォルトは、彼女からの説明を右から左に流すのだった。



◇◇◇◇◇



 フォルトがいる宿舎に、息を切らしたアーシャが到着した。

 ジェットコースターは好きだと聞いたが、まるで自衛隊の降下作戦以上の高さから落ちたことはないだろう。

 しかも彼女を連れてきたカーミラは、魔力を使って加速している。


「ぜぇぜぇ……。で、あたしは鼻歌を歌えばいいの?」


 カーミラに恨めしそうな目を向けたアーシャが、フォルトの足にもたれ掛かる。位置的に卑猥ひわいだが、本人は無意識だったりする。

 ともあれ、彼女を次に選んだことには理由があった。


「楽団を借りられるので、そいつらに曲に起こしてもらう」

「なるぅ。で、もらった音響の腕輪に登録すればいいのね?」

「うむ」

「日本とは楽器が違うんじゃない?」

「だがゲームミュージックもオーケストラになってたしな」

「オタク」

「何か言った?」

「いーえ、何でもぉ。すぐ行くの?」

「いや。さすがに何の連絡もしていない」

「ちょっと! あたしがいる間に終わるんでしょうね?」

「あっはっはっ!」


 楽団を貸してくれる相手は、アルバハードの領主バグバットだ。

 さすがに忙しい人物だろうし、アポイントは必要だろう。また、すぐに曲が完成するとも思っていない。

 明日にでもお邪魔して、音響の腕輪を預けるつもりだ。もちろんこの話も通していないが、「必要なときに言うである」と言っていた。

 きっと、快く受けてくれるだろう。


「でも、ここがアルバハードねぇ」

「どうした?」

「ファッションとか違うのかなってね」

「すまんな。気にしてなかった。どうなんだろ?」


 アーシャが立ち上がって、窓に近づいた。外から人を眺めるのだろうが、フォルトは次に言われる言葉が分かってしまった。

 そこで、先手を打つ。


「外出はしないぞ」

「えー! デートしよ?」

「なにっ!」

「どしたの?」


(ヤバいな。口調がギャルっぽくて好きだ。いやまぁギャルだが……。おっさん心をくすぐられるな。キャバクラの同伴をせがまれているみたいだ)


 フォルトは若い頃、キャバクラにのめり込んだことがある。

 給料とボーナスの大半を費やしたものだ。営業メールで誘われ、終業と同時にキャバ嬢と同伴していた。

 そして、ある時期を境に飽きる。

 ふと我に返ったという感じで、それ以降は通うのをやめた。


「夕飯までは時間があるな」

「なになに? デートしてくれんの?」

「まぁレイナスとも外に出たしな。行くか」

「わあい! だからフォルトさんって好き!」


(きまり文句なのは分かっているが、どうしてもデレてしまうな。そうだ。俺は女性に弱い。それは認めよう。まぁアーシャはもう……)


 女の社交辞令を本気にするのは男の性である。と言ってもアーシャは身内なので、本気にしても良いだろう。

 外出しないと言ったが、引き籠りのリハビリも兼ねられる。


「ソフィアさんの了解を取ってからな」

「あっ! じゃあ聞いてくるね!」

「任せた」


 満面の笑みを浮かべたアーシャは、部屋から出ていった。

 宿舎は広くないので、すぐに戻ってくるだろう。


「御主人様、カーミラちゃんがアポイントを取ってきますかぁ?」

「因縁があるんじゃないの?」

「えへへ。御主人様のシモベなので大丈夫でーす!」

「ふーん」


(そう言えば、どんな因縁か聞いてなかったな。大丈夫、なのか? まぁ魔人の俺に気を遣っているのは分かるし……)


 身内に手を出さなければ、アルバハードに手を出さない。

 そうバグバットには伝えたので、カーミラと因縁があっても平気だと思われる。彼の紳士ぶりは、晩餐会で理解していた。


「頼む。喧嘩けんかはするなよ?」

「はあい! 伝えたらすぐに合流しまーす!」


 カーミラは窓から飛び出していった。さっさとアポイントを取って、さっさと帰ってくるつもりだろう。

 そして彼女と入れ違いに、アーシャがソフィアを連れて戻ってきた。

 話を聞くと、どうやら一緒に外出したいらしい。


「ソフィアさんはデルヴィ侯爵に狙われているでしょ?」

「昨日の様子なら平気でしょう」

「そうかな? 宿舎は見張られていますよ」

「ふふっ。ならご一緒したほうが安心です」

「それもそっか」


 ソフィアが言ったように、フォルトと一緒にいたほうが守れる。

 アーシャは少し頼りないが、現在のレベルは二十五である。オーガと同等なので、一般兵よりは強い。


「あ、ソフィアさん」

「はい?」

「あの……。ローブを脱いでください」

「っ!」


 頬を赤らめたソフィアがローブを脱ぐと、フォルトがプレゼントしたビキニビスチェが視界に飛び込んできた。

 本当に律儀である。

 律儀過ぎて、鼻血ものの光景だった。


「おおっ!」

「それ着てるんだ……」

「え、えっと。もうよろしいですか?」

「うん。目の保養になった」


 これにはフォルトも、顔の筋肉が緩んでしまう。完全に目に焼き付けて、いつまでも思い出せるようにしておく。

 そのだらしのない顔を見て、アーシャが腕に絡みついてきた。


「エロオヤジ!」

「ははっ。じゃあ行くか」


 晩餐会前の外出と同様に、両手に華で満足である。

 アーシャの手を握ったフォルトは、ソフィアを連れて宿舎から出た。とはいえ、昨日のリハビリは効果がなかったようだ。

 大通りに出た瞬間に視界がクラクラして、その場に座り込むのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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