第113話 晩餐会3

 晩餐会ばんさんかいの会場は迎賓館らしく、多くの部屋が存在する。天井からはシャンデリア、壁には絵画や彫刻が飾られていた。

 会場を抜け出したフォルトたちは、案内人に連れられて休憩室に向かった。もちろん尋ねたのは、元貴族令嬢のレイナスである。

 ともあれ休憩室に入った後は、四人で囲めるテーブルに着いた。


「人が少なくて良かった」

「ふふっ。フォルト様らしいですね」

「町に出たおかげで多少は平気だけど……」


 休憩室には、派手な服を着た貴族たちがいた。

 何グループかに別れており、密談でもしているかのようだ。フォルトたちを一瞥いちべつした後は、距離を取って背を向けている。

 会話の内容には興味が無いので、とりあえず無視しておく。


「それにしても疲れました」

「まだ始まったばかりですよ?」

「もう帰りたい……」


 すでにフォルトは、ホームシックになっている。双竜山の森に帰りたいが、三国会議の最終日まではソフィアの護衛だ。

 とりあえず、会場から持ってきた鳥の丸焼きに食らいつく。


「フォルト様、お茶が入りましたわ」

「ありがとう」

「カーミラちゃんもオヤツを持ってきましたよぉ」

「さすがはカーミラだ」

「えへへ。あーん」

「あーん」


 カーミラが持ってきたのは、スライス状の燻製肉くんせいにくだ。歯ごたえはあるが、少し塩辛いかもしれない。

 喉が渇いたので、レイナスが入れたお茶を一気に飲む。


「ふふっ。もう一杯いかがかしら?」

「ありがとう。ところでソフィアさん、他の貴族たちはいいの?」

「私よりは御爺様おじいさまとお話していると思います」

「なるほど」


 基本的に貴族たちは、ソフィアと会話しても意味が無い。

 祖父の宮廷魔術師グリムは、国王の側近なのだ。グリム家の当主でもあるので、優先順位的にも蚊帳の外に置かれる。

 そう考えると、ローイン公爵とデルヴィ侯爵は異例だった。


(ローイン公爵は問題無いか。問題はデルヴィ侯爵だな。すぐに仕かけてくる様子はないから、当分は安心だと思うのだが……)


 ローイン公爵は、廃嫡した娘のレイナスが出席していたから近づいた。

 フォルトは初めて対面したが、完全に敵視されている。「エウィ王国で何かするなら潰す」と言われたが、何をするつもりが無いので無視して良いだろう。

 そしてデルヴィ侯爵は、ソフィアの身柄が目的だと思われる。

 ついでに自身もロックオンされたようなので、何かしらのアプローチがあるかもしれない。迷惑極まりない爺様である。


「やっぱりデルヴィ侯爵を殺しても?」

「駄目です」

「ですよね。分かってます。分かってますって!」


 デルヴィ侯爵の殺害は、ソフィアから駄目出しされた。

 侯爵という権力者を手にかけようものなら、その結果はお察しだ。エウィ王国を敵に回すことになるだろう。庇護ひごしてもらったグリムにも迷惑がかかる。

 フォルトは冗談として言っただけなので、ジト目の彼女をなだめた。

 以降は雑談していると、とある人物が休憩室に入ってきたのを目撃した。


「おっ! あのエルフだ!」


 亜人の国フェリアスの女王名代にして、エルフ族のクローディアである。

 今日の晩餐会では一番の収穫で、先の権力者のことなどは頭の中から消えた。やはりフォルトにとって、エルフは正義である。

 彼女の周囲には、これも珍しい人たちがいた。

 おそらくだが、獣人族と呼ばれる種族だ。頭に動物の耳がある以外は、ほとんど人間と変わらない。

 ニャンシーのように、尻尾は生えていないようだ。


(あれが獣人か。犬や猫のような耳があるな。男性に興味は無いが、女性も同じ感じかな? もしそうならえるものがあるな。フェリアス、か)


「護衛かな?」

「フォルト様は獣人族を見るのは初めて、ですか?」

「こっちの世界では初めてですね」

「あら。異世界に獣人族がいらっしゃるのですか?」

「いやいや。創作物ですよ」


 こちらの世界で見た亜人種や魔物は、日本の創作物として知っている。微妙に違う部分はあるが、概ね同じだった。

 エルフ族や獣人族も同様で、何かしらの関係がありそうな気がする。


「あそこだけ人が集まらないね」


 フォルトが言ったように、クローディアたちは身内で固まっている。

 そして、貴族たちは近寄ろうともしていない。三国会議の晩餐会なのだから、彼らと会話しても不思議ではないが……。

 その疑問に、レイナスが答えた。


「確執があるのですわ」

「へぇ。レイナス、詳しく!」

「フェリアスの住人は、人間から迫害を受けた歴史があるのですわ」

「あぁ……。そういう系か」

「迫害は無くなりましたが、差別や偏見は残っていますわね」

「ふーん」


 人間は他種族を見下している。

 思想や思考、文化などに大きな隔たりがあるのだ。他にもフェリアスの住人を、奴隷として扱っていた時代もあった。

 それでも勇魔戦争では、互いに手を取って魔族を撃退している。

 今では三大国家に名を連ねているため、国家としては対等だった。とはいえ、謝罪や賠償をしていないらしい。

 人的交流もほとんど無い。


「使えるときだけ使う感じかな?」

「フォルト様……」

「ソフィアさん。その言葉の先は受け付けません」

「は、い……」


 人間を見限ったフォルトは、ソフィアの言葉を遮る。

 伝えたいことは分かるが、もう手遅れなのだ。

 今まで迫害して謝罪もしないのに、何かあれば助けを求める面の皮の厚さ。人間の醜い部分は嫌と言うほど見てきた。

 もう、人間の評価は変わらない。


(でもソフィアさんは言い続けそうだな。そういうところは、人間の良い部分だよ。でも全体的に評価すると醜い、が……)


 フォルトは考える。

 人間は誰しも、七つの大罪を背負っているのだ。

 こちらの世界であれば、人間に限った話ではない。知性を持つすべての種族が背負っており、大きさやバランスが違うだけである。

 ただし人間は、大罪のバランスが大きく傾く傾向があった。


(俺の持つ七つの大罪は、人間のそれとは似て非なるものだと思う。俺は大罪そのものなのだろう。ならこっちは?)


 また大罪とは別に、八種の徳も持っていた。

 儒教における「仁・義・礼・・忠・信・孝・てい」の八徳だ。

 もともとフォルトは人間であり、魔人に変わったところで八徳も持っている。人間の醜さを知ったことにより、これを他人に求めていたのだ。

 グリムやソフィアのように八徳を大きく見せる人に対しては、寛大な心で接していた。もちろん無意識のうちにやってるので、自覚は無い。


「魔人とは罪が顕現けんげんした種族?」

「何か仰いましたか?」

「いえ。またソフィアさんをイカせたいな、と……」

「っ!」


 これ以上考えると眠くなる。

 今でも眠いが、それに拍車がかかってしまうだろう。まだソフィアの護衛を続ける必要があるので、フォルトは思考を止める。

 すると意外な人物が、テーブルに近づいてきた。


「聖女ソフィア様とお見受けいたしますが?」


 そう。エルフ族のクローディアが声をかけてきたのだ。

 三大大国の一角、亜人の国フェリアスの重鎮である。当然のように、獣人族の護衛に守られていた。

 よく分からないが、ソフィアに話があるようだ。


「貴女はフェリアスの……」

「クローディアですわ。お見知りおきを……」

「はい。何か御用でしょうか?」

「いえ、用があるのは…………」

「どうぞこちらにお座りください」


 クローディアの言葉を遮ったフォルトは、椅子から立ち上がって席を譲る。

 丁度ソフィアの前に座っていたので、対面形式になって良いだろう。


「あ、ありがとうございます。ですが貴方に用があるのですわ」

「俺?」

「貴方は、その……。何者ですか?」

「ソフィア様の護衛であります!」


 フォルトのこれは、決まり文句である。

 実際に護衛なので、何も間違ってはいない。自衛隊のような敬礼ポーズは癖になっており、反射的にやってしまう。

 エルフに話しかけられて、思わず舞い上がったのかもしれない。


「貴方とバグバット様は、どのような関係で?」

「ソフィア様の護衛であります!」

「バグバット様との関係を……」

「ソフィア様の護衛であります!」

「えっと……」

「ソフィア様の護衛であります!」


(これに徹する! バグバットとの関係など無い! 関係があるのはソフィアさんなのだ! 俺は何の関係も無いのだ!)


 エルフ族とお近づきになりたくても、それ以上に目立ちたくない。

 もう手遅れのような気もするが、フォルトはソフィアの護衛なのだ。


「貴様! 無礼であろう」

「クローディア様の質問に答えろ!」

「やめなさい!」


 要領を得ないとして、クローディアの護衛が怒鳴った。何となくフォルトは、ジェシカと一緒に魔の森に訪れた騎士を思い出す。

 名前は忘れてしまったが……。


(エ、エロ、エジ……。何だっけ? 魔法で吹っ飛ばしちゃたな。いやいや、ムカついた騎士なんてどうでもいい。仕方ないな。「うそも方便作戦」でいこう)


「ソフィア様と親しい間柄のようで、声をかけてもらっただけです」

「嘘を言いなさい。バグバット様を呼びつけたでしょ?」

「あ……。聞こえてたんだ」


 晩餐会の会場では、クローディアは最前列にいたはずだ。

 国家の代表として、エインリッヒ九世や皇帝ソルと会話していた。聞こえていないと思っていたが、エルフ族らしく耳は良いようだ。

 フォルトの窮地と見たか、ソフィアから助け舟を出された。


「私が頼んだのですよ」


(さすがはソフィアさん。ナイスフォロー!)


「嘘ですわね。あの呼び方は普通じゃありません」


(駄目だったか。このエルフは鋭い!)


 残念ながら無理のようだ。

 そこでフォルトは、それらしい話をする。


「護衛として、ソフィア様から離れるわけにはいきません」

「………………」

「そちらの護衛の人なら分かるよね?」

「分かりませんな。近くの給仕に伝えれば良い」

「ぐっ!」


 無駄である。このような嘘では、簡単に見抜かれてしまう。

 カーミラに助けを求めたいが、ソッポを向いてクスクスと笑っている。レイナスも良い考えが浮かばないようで、ニッコリと笑顔だけを浮かべていた。


(薄情者たちめ! だが、そこが可愛い……。じゃない! どう切り抜けるか。お助けバグバットは会場だから期待できないし……)


「分かりました。本当のことを言いましょう」

「聞きましょう」

「他人に聞かれると問題なので、少しお耳を拝借しても?」

「分かりましたわ」


 夢にまで見たエルフの長い耳が、フォルトの口元に近づいた。ならば、やることは一つだけろう。

 誘惑に負けたので、それを実行してしまう。


「ふぅぅ」

「ぁっ!」

「貴様! クローディア様に何をした!」


 耳に息を吹きかけると、クローディアはビックリして後ろへ下がった。

 それを見た獣人族の護衛が、彼女の前に出て武器を抜こうとする。


「すみません。あまりにも魅力的で息が荒くなってしまいました」

「貴様! 死にたいのか!」

「やめなさい!」


 フェリアスの重鎮に対して無礼が過ぎたらしい。

 ともあれバグバットは、クローディアの中で重要な位置を占めているのだろう。護衛の行動を遮ってくれたので、フォルトは難を逃れた。

 冷や汗ものだが、どうやらエルフは耳が弱点のようだ。


「次は許しませんわよ?」

「はいはい。では、ゴニョゴニョ」

「…………」

「ゴニョゴニョゴニョ」

「ぇぇぇぇっ!」

「ゴニョ」

「っ!」

「といった次第です」

「わっ分かりましたわ! 貴方たち、行きますわよ!」

「「はっ!」」


 クローディアはほほを赤らめて、この場から護衛と共に去った。

 「嘘も方便作戦」が大成功で、フォルトはホッと胸をなでおろす。すると一連のやり取りを見ていたカーミラが、首を傾げて問いかけてきた。

 レイナスやソフィアも興味津々のようだ。


「御主人様、どんな嘘を吐いたんですかぁ?」

「嘘とは失敬な。俺は醜い人間とは違うぞ」

「フォルト様、嘘の内容によっては……」

「ソフィアさんまで……」

「世の中には良い嘘と悪い嘘がありますわ」

「レ、レイナスの言ったとおりだ!」


 レイナスの言葉が身に染みる。

 内容は大したことがないので、フォルトは彼女たちに明かしてしまう。


「俺はソフィアさんを通じて、バグバットから恋愛相談を受けた」

「はい?」

「バグバットがある女性を射止めたいと言うので相談に乗った」

「はぁ……?」

「その相手がクローディアなのだ!」

「そうなんですかぁ?」

「多分な」

「「………………」」


 バグバットは紳士である。きっと許してくれるだろう。

 また彼が言い出さないかぎり、クローディアには分からない。いっそのこと、本当に付き合ってもらっても良いだろう。

 吸血鬼の真祖とエルフのカップルなどは、フォルトにとって胸熱の展開だ。


「ふぅ。一難が去って良かったな」

「フォルト様、また一難が来ると思われますよ?」

「あっはっはっ! まぁ目くじらを立てるような話じゃないさ」

「さすがは御主人様です!」


(クローディアは赤くなっていた。満更ではないだろう。しかしそうなると、彼女は狙えないなあ。やはり他のエルフを……)


 おそらくクローディアは、バグバットに好意を抱いている。

 ならば、フォルトが手を出しては無粋だろう。二人の関係を、遠くから温かく見守るにかぎる。「嘘も方便作戦」で進展があるかは、まさに神のみぞ知る。

 そんなことを考えていると、またもや誰かが声を掛けてきた。


「フォルト殿とお見受け致す」

「はい?」


 今度は貴族らしき男性が話しかけてきた。

 休憩室なので休憩したいのだが、残念ながら許してもらえないようだ。


「えっと……。誰?」

「失礼。私はバルボと申します」

「はて? どこかで聞いた名前ですが……」

「(フォルト様、デルヴィ侯爵に仕える子爵家の……)」


 さすがはレイナスである。貴族のことはよく知っている。

 ただし思い出しても、嫌な表情になるだけだった。


「そのバルボさんが、俺に何か用ですか?」

「はい。デルヴィ侯爵様が是非とも二人でお話がしたいと……」

「あ……。遠慮します」

「はい?」

「面倒なので放っておいてください、と伝えてください」

「なっ! 侯爵様がお呼びなのですぞ!」

「いや、俺には関係が無いんで!」


 フォルトの返答に、バルボ子爵は「あり得ない」という表情だ。

 格差社会において、侯爵の命令は絶対なのだろう。呼び出されればすぐに向かうのが当然、とでも言いたそうだ。

 これ以上の問答は避けたいが、またもやソフィアが助け舟を出してくれた。


「御爺様の許可は取ってありますか?」

「聖女様……」

「彼は御爺様が庇護する異世界人で、エインリッヒ陛下も認めています」

「それが?」

「許可をもらわずに連れていくと、問題になると思いませんか?」


 宮廷魔術師グリムは、フォルトの後見人なのだ。

 それは国王のエインリッヒ九世が認めており、デルヴィ侯爵でも覆せない。

 状況により挨拶程度なら構わないが、二人で会うなら筋を通さないと、国王を軽視していると受け取られるだろう。


「そっそうでしたな。失礼しました」

「侯爵様には、そのようにお伝えください」

「分かりました。しかし伝言だけよろしいですか?」

「構いません。貴方にも立場があるでしょう」


 ソフィアの援護射撃が頼もしい。

 王様の名前を出されると、子爵では引き下がるしかないようだ。


「友好的な話をしたい。其方そのほうのためにもなるだろう。と仰せです」

「ふーん。友好的にねぇ」

「はい。私事ですが、何度も使者が送られるかと思いますぞ」

「じゃあ考えとく。だから今は放っておいてほしい」

「分かりました。そのようにお伝えします」


 バルボ子爵は、そそくさと休憩室から出ていった。

 フォルトとしては、今後もデルヴィ侯爵と会うつもりが無い。伝言は無意味で、一生放っておいてもらいたい。

 そんなことを思いながら、レイナスが入れた茶を飲むのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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