第112話 晩餐会2
大声で叫んだフォルトに、バグバットから声がかかる。
その光景は貴族たちに、驚きの目で見られていた。身分では一番低いソフィアの護衛であって、この場で領主が会話するほどの人物ではないからだ。
本来なら貴族であっても、声を掛けづらい。
「何か御用であるか?」
「あ……。悪いね」
「構わないのである。しかしながら衆目を集めたのであるな」
「参ったな。えっと……。楽団を貸してほしいな、と……」
「それぐらいなら問題は無いのである。必要なときに言うである」
バグバットは場慣れしている。
周囲の貴族たちには、会話の内容は分からない。ソフィアのほうを向いて、会話の相手はフォルトではないと演技してくれた。
その心遣いがニクイ。
「それでは楽しむである」
以降のバグバットに対しても、フォルトは感嘆の吐息を
会話を終わらせた後は、近くの貴族たちの所に向かったのだ。
(ほう。できる男とはバグバットのことだな。男の俺から見ても格好いい。でも本当に危なかった。俺は注目など浴びたくないのだ)
「フォルト様は大人しくしてくださいね」
「はい……」
ソフィアから
その後はカーミラの腕を引っ張り、とあることを伝える。
「カーミラ、カーミラ」
「何ですかあ?」
「次はアーシャをよろしくね」
「はあい!」
楽団を借りられるなら、音響の腕輪に録音できる。
そこでアーシャを呼び寄せて、音入れに参加させるのだ。彼女の鼻歌から、バックミュージックを完成させてもらう。
これで彼女が踊っても、音無しのシュールさが失われるだろう。とフォルトが考えたところで、一人の壮年男性が近づいてくる。
「これは聖女様。お久しぶりですな」
「遅れましたが公爵家へのご昇爵。おめでとうございます」
「ありがとうございます。ときに……」
少しだけ見覚えはあるが、この壮年男性はローイン公爵である。
レイナスを堕とすときに、カーミラがドッペルゲンガーに化けさせていた。もちろんうろ覚えなので、フォルトにとっては「どこかで見たかな?」程度だった。
貴族社会の身分制度で言えば、公爵家は最も地位の高い貴族である。
本来なら宮廷魔術師グリムが挨拶を済ませているので、ソフィアには用が無い。しかしながら、その目的は察して余りあるか。
公爵が近づいてきた目的など一つしかないだろう。
「なぜ、この場にレイナスがいる?」
「………………」
そうである。廃嫡したレイナスが目に留まったからに他ならない。
当然のように、フォルトも無関係でない。廃嫡する原因を作ったのだから、絶対に何かを言われるはずだった。
「お父……。いえ、ローイン公爵様。ご機嫌麗しく」
「なぜ、ここにいるのかと聞いておるのだ」
「聖女様の護衛ですわ」
「そうか。我が王国の大切な聖女様の護衛である。慎重に、な」
「はい」
「それと貴様……」
案の定ローイン公爵は、フォルトに厳しい目を向けている。とはいえ、それ以上の行動を起こさない。
レイナスは大丈夫と言っていたが、内心ではドキドキしている。
「何でしょうか?」
「貴様がレイナスをかどわかした異世界人か?」
「あ……。そう、です」
「ふん! 貴様は絶対に許さん。王国で何かやるなら絶対に潰してやる」
「はぁ……」
「だが、グリム殿の面子もある」
「え?」
「許しはしないが、廃嫡した娘だ。貴様にくれてやる」
父親としてのケジメか。
エウィ王国の貴族として、レイナスを廃嫡したのだ。一人の父親であれば本意ではなかったのかもしれない。
それでもフォルトに対しては、腹の底が煮えくり返っているだろう。
「では聖女様。これにて失礼」
「はい」
短い時間だったが、ローイン公爵は離れていった。
人間を見限ったフォルトは、公爵の人間的な一面に対して苦笑いを浮かべる。と同時に、貴族であり続けることに人間の醜さを見た。
レイナスに至っては、何も感じていないようだ。公爵を
いつもの彼女である。
「いいのか?」
「はい。いつでも殺せますわ」
「………………」
レイナスはドッペルローインを殺したことで、親でも殺せるようになっている。もしもフォルトに殴り掛かってきていたら、彼女が排除していただろう。
それもまた面倒なので、
「俺たちに手を出したらな」
「分かりましたわ」
「しかし、あまり人間味が無かったな」
「貴族社会とはそういうものですわ」
「まぁ父親公認だ。もともと俺のものだが、完全に俺のものだな」
「はい!」
レイナスは体を寄せて、腕に絡みついてきた。だがこれを続けると、晩餐会の最初に戻ってしまう。
つまり、フォルトが目立つ。
「レイナスはソフィアさんの横に、な」
「仕方ありませんわね」
「その代わり尻を触る」
「はい!」
(
フォルトの視線は、最前列にいるクローディアに向いた。
この場ではソフィアに止められたが、やはりエルフは欲しいのだ。外交問題になるのなら、レイナスのように調教する方法が良いかもしれない。
彼女のように堕ちれば、問題を提起することもないだろう。
「御主人様がイヤらしい顔をしています!」
「あ……。すまん」
クローディアは現在、他の首脳たちと歓談中だ。
その彼女を調教する妄想をしたところだった。顔に出てしまうのはフォルトの癖なので、目を擦って現実に戻る。
するとまた誰かが、ソフィアに近づいてきた。
「これは聖女様。ご機嫌麗しく……」
今度はデルヴィ侯爵である。
蛇のような目が特徴的な白髪の老人だった。侯爵の出方によっては、いろいろと面倒なことになる。
ローイン公爵と同様に身分の高い人物だが、やはりソフィアが目当てか。
「ご葬儀には参列できず申しわけありませんでした」
「気にするでない。身近な者たちだけで済ませておる」
「そうですか」
「相変わらずお美しいですな」
「ありがとうございます」
「グリム殿から聞いておるが、領地の屋敷で休息中とか?」
「はい。体調を崩しまして……」
「いけませんな。聖神イシュリルの加護があらんことを……」
「ありがとうございます」
ここまでは他愛もない会話だったが、絶対に気を抜けない人物である。会話の内容も友好的とは思えない。
ここまで話したところで、デルヴィ侯爵の目が鋭さを増した。
「聖神イシュリルではありませんでしたかな?」
「いえ。私の信仰する神は聖神イシュリルです」
「そうかの? ちと悪い
「どのような?」
「聖女様の信仰する神が変わっているなどという噂ですな」
「あり得ませんね」
「そうでしょうとも。聖女だった御方だ。あり得ないでしょうな」
芝居じみたデルヴィ侯爵は、ソフィアの体を視線で
フォルトにとっては非常に不快だが、今は黙って聞いているしかなかった。と言っても護衛として、そろそろ終わりにしてもらう。
(面倒な
「ソフィア様はお疲れのご様子です」
「何だ
「ソフィア様の護衛です」
「ふん! 護衛如きが出過ぎたことを言うでない!」
「………………」
「其方はグリム家の兵士かの? 所属と名前を言え!」
「所属はありません。名前はフォルトです」
「所属が無いだと? まさか森の異世界人か?」
「さてどうでしょう」
デルヴィ侯爵の細い目が、フォルトを捉える。まるで、獲物を変えた蛇に
思わずブルっと震えたところで、侯爵が口角を上げる。
「ふむ。あまり長くも話せぬな。聖女様、これで失礼」
「はい」
「フォルトと申したな。聖女様の護衛。しかと務めるように!」
「はい」
フォルトが気持ち悪いと思うほど、デルヴィ侯爵はあっさりと退いた。しかしながら、ソフィアを狙ってるのは確実だろう。
彼女に向けた蛇のような目は、そう言っていた。
しかも……。
「フォルト様、申しわけありません」
「謝る必要はないですよ。でもあれはソフィアさんを狙ってるね」
「背筋に寒いものを感じました」
「ついでに俺も狙われたようだけど?」
「みたい、ですね」
以前フォルトとコンタクトを取ろうとしていたレイバン男爵は、デルヴィ侯爵が抱える手駒の一人と聞いた。要は親玉と面識を持ってしまったのだ。
その侯爵が、あまり会話もせずに退いた。
さすがに真意が読めないだけに、貴族社会を知るレイナスに問いかける。
「身バレしたことになるけど……。どうなるかな?」
「フォルト様とは友好関係を結びたいようですわね」
「え? そうなの?」
「はい。あっさりと退いたのはそのためですね」
「ふーん」
あの会話で友好とは思えないが、レイナスの見立ては正しいと思われる。ならばとフォルトは考えるが、はっきり言って男性に用は無い。
そして、爺様はグリムだけで十分である。
友好関係など結ぶ必要性を感じなかった。
「ですが、ソフィアさんを異教徒にする件まで視野に入れていますわね」
「やはり最悪の事態はあるってことか」
「ふふっ。フォルト様、暫くはお世話になりますね」
「ははっ。俺が
レイナスの話を聞いたソフィアは、フォルトに対して笑みを浮かべる。
今後も双竜山の森で匿うのは確定なので、同じように笑みを返す。彼女も交えた自堕落生活も、別に嫌ではなかった。
ともあれ今は、目の前に飯が大量にあるので食べたくなる。
「もういいよね? いただきます!」
「あっ! フォルト様!」
「もぐもぐ。はい? もぐもぐ」
(これは何かの鳥か? でもペリュトンよりは味が落ちる、か? まぁなかなかイケると思う。俺は腹が膨れればいいしな)
誰かが制止したようだが無駄である。
暴食が全開になったフォルトは、食事をどんどんと平らげていく。すると目立ったようで、またもや貴族たちから奇異な目で見られている。
飯を食べる姿など珍しくもないのに、なぜこちらを見るのか。と思っていると、レイナスから耳打ちされた。
「フォルト様、晩餐会の食事は手を付けないのが常識ですわ」
「もぐ……。え?」
「毒が混入されてるときがありますわ」
「へぇ。もぐもぐ」
「口に入れても見られない所で吐き出すのですわ」
「何だそれ?
レイナスの話を聞いても、フォルトの食事は止まらない。晩餐会の料理に期待して腹を空かせてきたので、これは仕方ないのだ。
いま止められると殺気立ってしまいそうだった。
「さすがは御主人様です! 鉄の胃袋ですねぇ」
「ははっ。カーミラも食え。ほら!」
「あーん。じゃあ御主人様も!」
「あーん。もぐもぐ」
フォルトは自宅にいるような振る舞いをしてしまう。
周囲はどよめいているが、そんなものは気にならなかった。
「フォ、フォルト様……。皆が見ています」
「もぐもぐもぐもぐ」
(もういいや。飯ぐらい好きに食わせてもらいたい。こっちを見なくていいから、貴族同士で会話でもしてろ!)
暴食を満足させている最中のフォルトは、貴族について考えるのが面倒臭くなったのだ。視線など気にしていたら、折角の料理が冷めてしまうだろう。
ドンドンとタガが外れていく。
「ソフィアさんも食べる?」
「いっいえ。それどころでは……」
「はい? もぐもぐ」
「すばらしい! ソフィア殿のために自ら毒味をするとは!」
「え?」
貴族たちの不快感が最高潮に達したとき、再びバグバットが叫んだ。
そのおかげで注目される人物が変わった。
「今夜の晩餐会は吾輩の主催である!」
「「おぉ!」」
「吾輩の面子にかけて、毒などは入っていないのである!」
「「おぉ!」」
「このままですと護衛の人間に全部食べられてしまうのである!」
「「「ははははっ!」」」
(慣れてるなバグバット。よし、俺も援護射撃をしてやるか)
「これは旨いぞ!」
バグバットの心遣いに敬意を表して、恥を忍んでフォルトも大声を上げた。とはいえ、やはり目立ちたくない。
また注目を集める前に、レイナスを引き寄せて後ろに隠れた。
「フォルト様?」
「いいから前に立ってて」
「わっ分かりましたわ」
「ささっ、ソフィア様。もう安心です! お食べください!」
「は、い」
それを最後に、またもやフォルトは空気に徹する。後はソッポを向いて、慎ましく食事をするだけだ。
バグバットとのコンビプレーで、こちらを無視した貴族たちも食事を楽しむ。
非常に良い方向に変わってくれた。
(いやあ。バグバットには借りを作り過ぎたな。この礼はいずれするとしよう。俺は受けた恩に報いる男なのだ!)
フォルトの性格を形作るものに、義理と人情がある。子供の頃から見ている
これは個人の性格なので、魔人になっても変わらない。
身内を守ることや約束を守ること、妥協することも性格が関係している。
今はバグバットに感謝しつつ、次の行動に移った。
「ところでソフィアさん」
「何でしょうか?」
「休憩したくないですか?」
「え?」
「したいですよね? 人が多い場所で疲れたでしょ?」
「え、えぇ……」
「よし! ソフィア様がお疲れだ。みんなで休憩室に行くぞ!」
(もう無理。ギブアップ。引き籠りの俺に、この場は拷問だ)
一方的に決めたフォルトは、ソフィアを急かして晩餐会の会場を出る。
こういった場所には、休憩室があるものだ。会場にいる貴族たちは減っていないようなので、休憩室に人はいないだろう。
それに期待しながら鳥の丸焼きを持って、会場を去るのだった。
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
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